第464話勇者、魔王城へ行く・前編

 

 三日後。特に勇者達に怪しい動きは見られず今日に至った。

 いやまあ、花園からカラカスへとやってきて色々と情報を集めていたみたいだし、調べ回っていたのはそうなんだけど、ここではその程度は別段『怪しい』ってほどでもない。もっとも、やり方が杜撰すぎて少し浮いていたが、花園に『お客様』がやってくるようになってからはそんな杜撰な者達も増えたので、それほど違和感があるってものでもない。


 で、そんな勇者様一行は今日もカラカスへとやってきていたのだが、その目指す場所はといえば……


「おい、魔王様よお。お前の言った通り、マジで勇者が正面から来たぞ」


 今日の俺は花園ではなく城の方に待機していたのだが、ちょうど計ったかのように勇者がやってきたようだ。

 そのことを親父が呆れたように話しかけてきたが、まあ予想通りだ。


 親父はあいつらは来ないだろうと思っていたが、俺は違った。ダメ元ではあるだろうが、あの勇者ならこの切羽詰まった状況ならやってくるだろうと思っていたのだ。


「ああ、みたいだな。じゃあ護衛は頼んだ、親父……いや、騎士団長」

「……その呼び方やめねえか?」

「あんたも魔王呼びやめたらな」


 親父は『騎士団長』と呼ばれるのを嫌そうにしているが俺だって『魔王』と呼ばれるのは嫌だ。


「チッ。しゃあねえな。どうせ今回の仕事中だけだし、我慢すっか」

「俺の呼び方を改める気は無いのかよ」

「そんなもん、あるわけねえだろ」


 そんな感じで少しだけ軽口を交わすと、親父はふうぅ、と息を吐き出した。


 そして、息を吐き終わった後に顔を上げた親父は、普段とは違って真剣な目付きへと変わり、纏う雰囲気すらも変わった。

 改めて見るが、戦う者としての意識に切り替えた親父は凄まじいな。


「てめえら仕事だ。エディ。他の奴らも集めろ」

「了解っす」


 親父が声をかけると、親父の後ろについてきていたエディが返事をし、スッと音も立てずにその場を去っていった。


「エミールは客人の護衛な」

「坊ちゃんの方じゃねえんですかい?」

「こいつには必要ねえだろ。それに、間近で見てるやつも必要だろうし、お前が適任だ」


 護衛、なんて言っているが、勇者達に護衛なんて必要ないだろう。だがそれでもつけるってことは、礼儀として、案内役としてという意味もあるだろうが、それ以上に勇者達の行動を把握するための監視役として期待しているんだろう。


「まった。今から会うのか?」


 だが、俺はそんな親父の行動に口を挟んだ。


「あ? ちげえのか?」

「いや、だって普通は王様って面会の申請が来たからってそうそう会うもんでも無いだろ。何日か日を置いて会うもんじゃないか?」


 普通ならそうだ。王様に会いたい、じゃあ会わせてやろう。だなんて普通なら起こらないだろ。


「普通ならそうだろうな。でもお前、ここはカラカスだぞ? なんだって普通の考えに従ってんだよ。それに、今日会えないだろうって思うのは向こうも同じだろうよ。だからこそ、あえて今日会うんだよ。そうすりゃあ、相手は今日会うつもりはなかったから準備も心構えもできずに会うことになる。意味があるかはわからねえが、多少でも動揺させられれば儲けもんだろ?」


 確かに、親父の言うことも一理ある。俺が考えていなかったように、向こうだって会いたいと言ってすぐに会えるとは思っていなかっただろう。にもかかわらず会えるとなったら、心の準備とか武装の確認とか状況把握とか、まあそう言った諸々が整っていないだろうから、隙を作ることができる。


「……まあ、それは確かにそうかもしれないけど……あんた最初っからそのつもりでいただろ。できることなら前もってその考えを教えておいてほしかったんだが?」


 親父の考えは理解できるし、有効だと思うが、あの対応の速さからして最初っからそうすることを決めていただろうと思う。エディやエミールなんて有能な二人は、普段は引き連れないで他の仕事を任せてるのに、今日に限って二人とも連れているのもおかしいと言えばおかしいし。


「そりゃあお前、言ったら楽しくねえだろうが」

「……騎士団長が王様にいう言葉じゃねえな」


 ニヤリと笑う親父に苦々しい表情で言い返した俺は、急いで王様らしい格好へと着替えることとなった。


 ——◆◇◆◇——

 ・勇者


「ふう……」


 この街——カラカスにやってきて数日が経ったが、今日はいつになく緊張する。

 だけど、それは当然の話だろう。だって、これから俺達は魔王の城へと向かうんだから。


 魔王の城。それは御伽噺や漫画、アニメの世界のものだと思っていたけど、今俺の目の前にはその魔王の城が存在している。

 勇者である俺がどうして魔王の城に来ているのかと言ったら、それは当然魔王を倒すため! ——なんかではなく、ただちょっと用があるからだ。


 ……用があるから、なんて理由で勇者が魔王の城に向かうだなんて、前代未聞だろうな。


 でも、ここの魔王は魔王らしくない。

 ここは犯罪者が集まる場所で、ほぼ全員が犯罪者。そんな街を統べる王なんだから、悪人であることに変わりはない。そのはずだ。

 でも、あの案内役の青年の話を聞いて、なんとなく心の中にもやもやとした感情ができてしまった。

 それは花園と呼ばれた街の中を歩いていても解消されることなく、むしろ強まったような気がする。

 それがなんなのかわからないけど、あまり好ましいようなものではないように思える。

 だが、こっちのカラカスの街へとやってきて周囲を見回せば、そのもやもやとした感情も消えていった。


 だが、その感情は全て消えることはなく、疑問は相変わらず残っている。


 ——ここの魔王は本当に『魔王』と呼ばれるような人類の敵なのだろうか、と。


「無茶な事、勝手な事はしないでくださいね?」

「わかってるさ。今回は話に来ただけだ」


 そんな俺の思考を遮るように仲間である『聖女』のカノンから声がかけられ、意識を目の前の城へと戻す。

 カノンの言葉はちょっとキツめに思えるけど、これは俺が仕方ない。いままでの俺の行動や、それによってかけた苦労や心労を思えば、多少の小言は受け入れるべきだろう。というか、苦労をかけてるのが分かってるのに好き勝手できるほど心臓が強くない。俺は『勇者』と呼ばれているが、実際にはただの高校生——一般人なんだから。


「あなた方にも聞いているのですよ?」

「わかっている」

「はいはーい、っと」


 カノンの注意に、ダラドとリナも返事をしたが、ダラドはいつものように固い表情と真剣な様子で頷き、その逆にリナは軽い調子で答えた。


「でも、今日は話を通すだけで、実際に会うことにはならないんだろ?」


 カノンの言う通り警戒しないといけないのは間違いない。ただ、そこまでする必要があるのか、と思わなくもない。所詮は会うための約束を取り付けるだけなんだから魔王本人に会うことはないだろうし、そこまで厳しく何度も言うようなことでもないんじゃないかとも思う。

 いや、それでも相手の機嫌を損ねないように態度はちゃんとする必要があるのは理解してるけど。


「はい。おそらくは数日開けての面会となるでしょう。ですから、その間にこちらのカラカスの街で情報を集め、この街、この国の状況を確認する必要があります。加えて、我々に有利になるような情報を少しでも手に入れたいところですね。知るべきことを知らなければ騙される可能性は考えられますから」


 俺達はこの場所に来てから数日ほど街を出回って、いま聖国で起きている異変に関する手がかりや解決策を探したけど、結局何もわからなかった。

 でも、それはそうだろうな。だって、異変が起こっている聖国でも何もわからなかったのに、他国なんて離れた場所に行ってしまえば余計にわからなくなるに決まってる。

 それでも、『世界中のどんなものでも手に入る』とさえ言われている場所であれば何かわかるかもしれないと思っていたけど、そう簡単ではなかった。

 結局、俺達はある程度のカラカスの状況を理解するだけで、必要なことは何も知ることができなかった。


「できることならばもっと時間をかけて丁寧に調べるべきなのでしょうけれど、今は一刻も早く事を解決すべきですから余計な時間はかけていられません」

「どうせこの街の奴らがやったに決まっている。何せ『魔王』を名乗るような者達だぞ?」


 ここの『魔王』が植物を操るからか、ダラドはこっちにくることになった際に最初から今回の異変をカラカスの者達の仕業だと決めつけている。

 俺だってその可能性はないとは言わないけど、最初から決めつけるのはどうなんだと思う。


「でも、この間の人は魔王って名乗ったのは人間に敵対するためじゃないって言ってただろ」


 俺たちが花園と呼ばれている街に入った際、この場所に不慣れな俺たちを案内すると申し出てきた青年がいた。

 犯罪者の集まる場所でなんの方針もなく動き回るのはやめたほうがいい、と話し合って決まったので、俺たちはその青年に街の案内を頼むことにしたのだ。

 ……その際案内料として結構な額がとられたけど、まあ……まだなんとか許容範囲だった。あれは必要経費だ。何も知らない状態で歩き回るよりは良い判断だっただろう。多分。


 俺と同じくらいの歳のその青年とは色々と話をしたが、その全てが、なんというか……重かった。

 いままで俺が話してきた人達と、どこか言葉に込められた重みが違ったように感じられたのだ。

 だからこそ気になる。あの青年の言葉を意識せずにはいられなかった。どうしても、あの青年が嘘をついているようには思えない。


「……あの案内をした者か。だが、果たしてどこまでが本当なのやら。市井にはそのように伝えていたとしても、実際には魔王の意図は違っている可能性は十分に考えられるだろ」

「まあそうかもしれないけど……」


 だが、俺とは違ってダラドはここに住んでいる者全てを敵だと考えている上、『魔王』を悪だと決めつけているからか、悪い方向で考えてしまっているように感じる。


 その考えも間違いではないんだろうし、確かに『魔王』は悪で間違い無いんだろうけど……でも、なんだかな……

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