第463話勇者達について
「まあそれはいい。そういうのは実際に話してもっと詳しく調べねえとわからねえだろ。他はなんか情報あんのか?」
他に情報か……あるな。むしろ勇者達に関する俺の所感なんかよりも、そっちの方が本題だ。
「ある。あいつらの目的なんだが……」
「なんだ、そこまでわかったのか?」
「多分だけどな。勇者が漏らしてくれた。で、その目的なんだが、薬を求めてるらしい」
「薬? ……ここまできて薬ってことは、裏のもん……は、教会だからねえか。エルフの秘薬の方か?」
親父はだれか怪我あるいは病人がいるのかと思ったようだが、違う。だが、確かに薬とだけ言ってたら勘違いさせるか。
「いや、あー……薬ってのは正確じゃないか。正しくは問題を解決する方法を探してて、その可能性の一つとして薬を探してるって感じだな」
「問題だぁ?」
「ああ。親父も知ってるだろうけど、あっちでは異変と、その影響での飢饉が起こってるらしい」
「その話か。確かに聞いたことがあんな……ああ、ならその薬か。確か、聖国の領土内にある植物達が全部枯れたらしいんだろ? んでその原因はわかってねえ」
聖国で何が起こっているのか自体は親父も知っているので、すぐに俺の言葉の意味を理解することができたようだ。
母さんも話自体は聞いているんだろう。真剣な表情をしながら聞いている。
俺はそんな親父の言葉に頷き、話を進めていく。
「そうだ。その解決策を探しにきたらしい」
「解決策ねえ……んなもんわかんのか?」
「さあ。植物の専門家であるエルフに聞けば何かしらわかるかもしれないけど……いや、無理か。前にリリアんところの聖樹と話をしたけど、あの聖樹も原因がわからなかったんだから無理だと思う」
植物そのものであり、現在存在している植物達の生みの親みたいな存在である聖樹でわからないんだったら、いくら植物の専門家であるエルフといえどわからないだろう。
……だが、おそらく何があったのか自体はあの聖樹は知っていたんだろう。確証はなかったかもしれないが、それでも可能性としては分かっていたはず。にもかかわらず分からないふりをしたのは、切られた聖樹について話をしたくなかったからか、あるいは切られた聖樹の復讐を邪魔したくなかったからか。
その解決方法も知っている可能性があるが、まあ教えないだろうな。
「だとしても、諦めねえだろうな。もしかしたら、こんなことになったのは魔王のせいだ、ってな感じで襲いかかってくるかもしれねえぞ」
「まあ、それはあるかもしれないとは思ってるよ。でも、その場合はこの城で会うことになるだろ、どうせ。向こうは『魔王』の姿なんて分かってないんだし」
魔王の姿を知っているんだったら、俺に会った瞬間に襲いかかるか、あるいは隙を見て捕らえようとしてもおかしくないはず。そうでなかったとしても、話にも上がらなかったのは疑問だ。
つまり、あいつらは俺の姿を知らないことになり、「こいつが『魔王』なんだ」って紹介されない限りはあいつらに襲われることはないだろう。
「まあ勇者に襲われるかどうかはともかくとして、その異変だが……原因がわかったかもしれない」
俺がそう言うと、親父は驚いたように片眉を上げてこちらをみてきた。
母さんも同じく驚いた様子で目を見開いている。
……でも、母さん。世話を焼くのは良いんだけど、割と真面目に話してる時に俺の服についた食べかすを取ったり口の周りを拭いたりしなくていいよ。真剣な顔してたって誤魔化せないからな。
「……本気か?」
「確定じゃないけどな。あくまでもそうかもしれない、って予想だ」
「だとしても、わかったんだってんなら収穫だな。その内容は?」
親父は一旦大きく息を吐き出すと、いままでよりも余計に真剣さを増した表情で問いかけてきた。
この話の内容次第ではこの国の今後にも関わってくるかもしれないんだし、そうなるのも当然だろう。
「向こうにある聖樹が枯れたそうだ。というか、枯らされただな。より正確に言うなら、切り倒された」
「……切り倒されたぁ? んな話聞いたことねえが……そこんとこどうなんだ? っつーか、そもそも聖樹があるなんて話も聞いたことがねえ」
「予想でしかないけど、もう何百年とか千年とか、そういう話だろうからな。長生きなエルフでも知らないかもしれないし、なんだったら聖国の奴ら自身知らないかもしれない」
親父は聖樹が切り倒されたなんて話を知らなかったようで、俺の話を聞くなり訝しげな声を出して問いかけてきた。
だが、仕方ないだろう。何せ最低でも数百年前のことだからな。人の記録には限界がある。
予想でしかないけど、今の聖国の上層部だって知らない奴らが多いんじゃないだろうか? 多分こっちにきてる聖女とか勇者は知らないと思う。聖樹なんて存在があったことやそれを切り倒したことを覚えているんだとしたら、植物関係で異常が出たとなったらまずそっちを調べるだろ。信憑性がなかったとしても、本当にやばい状況なんだから調べると思う。
でも実際にはこっちにきた。それはつまり、奴ら自身切り倒した聖樹についてなんて忘れているってことだ。
「——と、言っても、あくまでも予想だ。実際にはもっと違う何かの可能性もあるけど、そこは知らない」
「……聞いた限りじゃあ、おめえの言う通り聖樹が関係してそうな感じはすんなぁ」
親父はそう言うと大きくため息を吐き出し、チラリと聖樹——フローラの方を見た。おそらく、フローラが枯れた場合について考えたんだろうが、俺がいる限りは枯れさせたりなんてしない。後世の対策については、またそのうち考えておけば良いだろう。
「ま、そっちについては俺の方でも調べておくし、エドワルド達にも共有しておくが、それはそれとして、だ。それで、魔王に会いたい、なんて言われたそうだが、それについてはどうするつもりだ?」
「んー……変に暴れられても困るし、一応魔王に会いたいなら正面から面会を申請すれば会えるかもしれない、って教えてやったから近いうちにくるかもしれない。その時はあってやろうかとは思ってる」
「なんだ、『魔王様』が会うのか?」
「変に疑われたままでも面倒だろ。一度はまともに話をしておいた方がいいかなって」
もうすでに勇者の人柄も知れたし、俺としてはあいつらに興味はないし、脅威だとも感じない。
けど、あいつらの方はそんなことはないんだから、そのうち会うことになるだろう。だったら無茶をやらかさないうちにこっちの主導であってしまった方が楽になるはずだ。
だが、俺がそう言うと、すぐそばで俺の世話をしていた母さんがぴくりと動きを止めた。
たまたまではあったが、そんな反応が見えてしまい、俺は母さんへと顔を向けて声をかけた。
「母さん?」
「……大丈夫なの? 勇者なんてきたところで、ヴェスナーを傷つけるようならすぐに私が叩きのめすけれど、それでも危ないことに変わりはないわ」
貴族の令嬢、あるいは王妃とは思えないような発言をしているような気がするが、実際にそれができるだけの力を持っているわけだし、それくらい俺のことを心配してくれているというのは理解できる。
「心配ありがとう。でも、こっちで会えばそんなに危険はないだろ。何せ、騎士団長様がいらっしゃるんだから。……まあ、さっきもいたみたいだけどな」
でも、心配してくれるのはありがたいし、『勇者』が相手となると流石に慢心しているわけにもいかないから万全の状態で対応するけど、多少手ぬかりやがあったとしても親父が待機していれば大体なんとかなりそうな気がする。
正直言って、たとえ伝説に出てくるような『勇者』であろうと、親父は殺せないんじゃないかと思ってる。だってそれくらい化け物だし。前までも強かったくせに、結婚した時の贈り物としてフローラの力の欠片を受け取ったことで、さらに強化されている。
もう、なんというか、手がつけられない状態だ。正真正銘の化け物。亜神とか半神とか言っても過言ではないんじゃないだろうか?
「……そうね。この人がいるんだものね。なら、大丈夫かしら……?」
俺の言葉は母さんに受け入れられたようで、親父の方へと顔を向かせながらそう口にした。
「安心しろ。みすみす目の前で殺されるようなバカはやらかさねえ。何があっても守ってやるさ。こいつも、お前もな」
「まあっ……!」
親父は普段になく優しげに笑いかけ、母さんはそんな親父の様子に驚きと喜びを混ぜながら明るい声を漏らした。
……俺、もう帰っても良いだろうか?
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