第462話親父への報告
「親父。話があるんだが、ちょっといいか?」
その後俺たちは予定していた通りカラカスに向かい、親父に話を通すことにしたのだが……
「あ。……母さん」
「ヴェスナーちゃん! あらあら、こっちにきてくれたのね!」
普段は自分の部屋で書類作業の手伝いなんかをしているはずの母さんだが、今は休憩中だったようで親父の部屋で親父と一緒にお茶をしていた。
「ヴェスナーちゃんも一緒にどうかしら?」
「……ちゃんはやめてくれって言っただろ」
「あら。そうだったわね。ごめんなさい」
俺に怒られたことで、しゅんっと肩を落とした母さん。
そんな母さんの様子を見て、親父が目で「どうにかしろ」と合図を送ってくる。
こいつ、なんかめんどくせえ感じになってるなぁ。いやまあ、幸せにしてくれてるんだったら良いんだけど……。
「まあ、こっちには報告に来ただけだったけど、せっかくだから少し休んでこうかな。俺が一緒しても大丈夫か、母さん」
「ええっ、もちろんよ! 待っててね。今私が準備してあげるから」
そうしてお茶の準備をするために立ち上がった母さんを見てこっそり息を吐きつつも、俺は席につき、侍従であるソフィア達三人は壁ぎわで待機することとなった。
尚、リリアはこっちにはきていない。ただ報告するだけだからと言ったら、つまらなそうだと呟いてどっかに消えていった。
「で、なんだ?」
「そっちにももう連絡いってるだろ? 勇者の件なんだが、その報告にな」
事前に軽く話は通してあるはずなので、親父もどうして俺がこっちにきたのかはわかっているだろう。
「報告っつっても、立場で言ったらお前の方が上なんだから、むしろ俺が報告する側じゃねえのか?」
「まあそうなのかもしれないけど、それは気にすんなよ。ってか、あんたの方が実権は上じゃん」
俺が『王様』で、親父が『大臣』なのだから、立場的には俺の方が上だ。
だが、実際に振るうことのできる力や使うことのできる人材という意味では親父の方が上だし、エドワルドや婆さんの二人も俺より上だ。
流石に他の役人よりは俺の方が上だけど、まだまだ俺は完全にこの街を手にしたとはいえないし、それどころかこの城ですら完全に掌握しきれていない。
まあ、こんな場所に集まってるのはそれなりに我が強い奴らだからな。
「にしても、勇者が来たってのに、随分と落ち着いてんな。俺なんて不安になって自分でわざわざ見に行ったのに」
親父が少しニヤニヤとしながら俺のことを見てきたが、そんな態度を見せている理由はわかる。それは俺の態度だ。少し前までの俺だったら、ちょっとおかしなことが起こったら「どうしよう」、「大丈夫だろうか」なんて悩んでいた。
今回みたいな『勇者』なんてのは特別やばい状況だ。
だが、今回俺が焦ったり慌てたりした様子を見せないので、揶揄う意味を込めてこんなムカつく笑みを見せているんだろう。
「まあ、今更勇者程度やってきたところで、どうとでもなるからな」
実際、勇者のことは結構不安だった。
だが、実際に会ってみると、なんか思ったほどでもないというか、警戒するような相手ではないと思ったのだ。もちろんそれで油断するつもりはないし、今後はむしろ警戒を強めるつもりではいるけど、直接戦ったとしても割と余裕を持って勝てそうな気がしたのだ。
それは何も根拠のない錯覚ではない、と思う。何というか、あの勇者からは『怖さ』を感じなかったのだ。この街にいる奴らに限らず、武力を持っている奴ってのは大なり小なり〝俺は強いんだぞ〟みたいな雰囲気があるのだ。それはどんな雑魚でも変わらず、親父みたいな化け物でも同じだ。
あの勇者は他者を寄せ付けない強さを持っているような態度が感じられたが、その言動が一般人と同じだった。
それはおそらく突然力をつけることになって、その力のおかげでいままで勝ち続けることができてきたからだろうと思う。だからこそ、厳しい訓練を積み重ねてきたものとは違って、振る舞いや意識が素人のままなんだろう。
魔王以外に自分を倒せるものはいない、という経験からくる自信。あるいは、『異世界で力をもらった』という状況が、自分を物語の主人公のように思わせているのかもしれない。
だが、あんな隙だらけのやつなら、いくら力があっても殺そうと思えばいくらでも殺せる。
「心配しなくても良いのよ、ヴェスナー。いざとなったら、私が倒してあげるから」
そこで、お茶と菓子の準備を終えた母さんが戻ってきて話に入ってきたのだが、それはどうなんだと思わざるを得ない。
だって、母さんだぞ? 戦わせるのはちょっと……。
「いや、まあ、手を貸してくれるのはありがたいけど、戦える戦えないは別にしても、流石に母さんに戦ってもらうわけにはいかないだろ」
第十位階になってるんだし、戦うこと自体はできるだろう。だが、だからといって戦って欲しいわけじゃないし、そもそもそこまでするような相手でもない。
「そう? でも、必要になったらいくらでもいってね。私はいつでもあなたの味方だから」
「ありがとう。母さんに助けてもらいたくなったらちゃんと言うから、その時は頼むよ」
「ええ。任せてちょうだい」
そうして話がひと段落ついたところで母さんはカップに口をつけた。流石に貴族の令嬢として育ち、王妃として生活していただけあってその振る舞いは綺麗なものだ。隣でだらけた様子で茶を飲んでる男とは釣り合わないと思えるほどに見事な動作は、俺も見習うべきだろう。
俺が母さんの動作を眺めていると、母さんは一口飲んでからカップを置くと再び口を開いた。
「もっとも、今回は本当に大丈夫だと思うけれどね。なんていっても、この人はついさっき帰ってきたばかりだもの。だからこうして私と一緒に休んでいるのよ」
「おい、ちょっと待て」
親父は母さんの言葉を聞くなり少し慌てた様子で声をかけたが、その態度は以前と違い、少し乱暴な口調になっている。
だが、そんな乱暴な呼びかけに、母さんはそれににこりと笑みを向けて頷いただけだった。その様子が、さも「わかっていますよ」とでも言うようなものだったので、随分と馴染んだものだなと感慨深い思いを感じる。
だがまあ、それはそれとして……
「帰ってきた? って、どっか行ってたのか?」
「安全確認よ」
俺の問いかけに対して母さんは迷うことなく答えたが、良いんだろうか? さっき親父が止めてなかったか?
そう思って親父の方をチラリと見たのだが、親父は何も言わずに天井を仰いでいる。
……なんか、こんな親父の姿を見ることになるとは思わなかったな。
「安全確認って、どういうことなんだ?」
「実は、あなたから勇者に関しての報せが来たときに、この人はあなたのところへと向かって行ったのよ。そうしてさっきまでヴェスナーの安全のため、こっそり後をつけてたの。勇者が万が一にでも襲いかかってきた時、それにあなたが対処しきれなかった場合に備えてね」
全然気づかなかった……。植物達や配下達は気づいていたのかもしれないけど、親父に関する情報を集めていたってわけでもないし、報告するような危険な存在でもない。何せ俺の父親だからな。
加えて、俺の意識は勇者の方に向いていたこともあって親父が花園にやってきて俺たちのことを見ていただなんて思ってもみなかった。
「随分と過保護だな」
そういって親父の方へと顔を向けると、親父はゆっくり顔を正面へと戻した……かと思ったら今度は横へと顔を逸らした。
だが、そんな状態で目を合わせようとはしないが、それでも話をするつもりはあるのか一度ため息を吐いてから口を開いた。
「……お前は俺らの頭だ。それが勇者を見つけたから調べてみる、なんて報せがきたら動かねえわけにもいかねえだろ」
確かに『騎士団長』なんて役職についている以上は、王様を守る必要があるのだから、心配して行動するのもわからないでもない。
でも、まさか親父がそんなことをするなんてな……という気持ちはある。
「まあいい。そんなことよりも、勇者はどうだったんだ?」
誤魔化したな。まあ、今はそのことについては追求しないでいてやろう。
「基本的な評価としては凡庸だな。異世界から召喚されて二・三年程度な上、そのほとんどを戦闘訓練や何かで過ごしたからか腹芸は得意じゃなさそうだ。戦闘面はわからないが、まあ弱くはないだろうな」
弱くはないだろうが、厄介ではない。というのが勇者に対する俺の評価。
「他の奴らはどうだ?」
そんな評価に頷きつつ親父はさらに問いかけ、俺はそれに答えていく。
「聖女は世間知らずな面は多少あれど、勇者よりは警戒心が強い。一応教会所属の神官らしいけど、どっちかっていうと政治家って感じがしたな」
「綺麗なだけじゃやってけない、ってか。まあ、実際勇者のお目付役って意味も兼ねてるだろうし、頭お花畑なのはつけないだろうからな」
ただ、気になったのは天職だな。あいつは『光魔法師』と『治癒魔法師』の二つだったはずだ。どっちが天職でどっちが副職かまではわからないけどな。
でも、そんな天職を持っている存在があんな黒い面を持って行動している、ってことが気になった。
リリアを見てもらえればわかるだろうが、普通はあんな感じの穏やかで優しい感じになるはずだ。……嘘だ。流石にあんなバカみたいなやつにはならない。
まあでも、あれほどひどくはなくても、多少なりとも近い雰囲気にはなるはずだ。にもかかわらずあの感じ。それが少し気になった。
もっとも、天職とはあくまでも本人の才能、適性を形にしただけなので、必ずしもそれが性格と一致するのかといったら別だ。大抵は近い感じになるものだが、絶対ではない。
治癒の才能があっても人を傷つけることが好きなやつだっているだろうしな。
あの『聖女』も、きっと天職の性質と本人の性格が一致しない珍しいタイプなのかもしれない。
「神殿騎士は警戒心の塊で、当然の如くカラカスやここの住民達を嫌ってる」
「だろうな。あそこの連中ならそう感じるのも無理はない。っつーかそう思えなきゃ異端として扱われるだろうよ。それに、バカみてえな信仰がなけりゃあ『神盾』なんてたいそうな呼び方で呼ばれねえだろ」
『神盾』——それは聖国にいる三人の第十位階のうちの一人。勇者のお目付役兼護衛として付けられているようだが、実際の能力はどんなものなのかはわからない。ただ、噂では戦闘において一度も傷ついたことがないんだとか。
性格的には、親父が言ったようにバカみたいな信仰心を持ってて、教会の教えは絶対! って感じのやつだ。軽く接した感じだと狂信者ってほどではないが、それに近い感じはあるかもしれない。信仰を曲げることなく愚直に信じ続ける、って感じで。
「魔法使いは抜け目ない感じだな。状況、条件次第じゃ裏切りそうだ」
最後の一人は『双魔』と呼ばれる魔法使いのリナ。
話してみた感じだとこの街にもそれほど忌避感がないし、あいつは確か聖国の所属じゃなかったはずだしで、頑張れば引き抜けそうな気がする。
「……裏切りね。それはどうだかな」
「? なんかあるのか?」
「いや、あの女は意外とまともかもしれねえな、ってな」
俺あの女のことを引き入れることはできなくもないと思ったが、どうやら親父の考えは違うようだ。多分それはあの女に関する情報量の差なんだろうが、親父が調べた情報を後で見せてもらおうかな。
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