第461話八天(肥料)の成果
「ああそうだ。フローラ」
だがそこでふと思い出したことがあったので、足を止めてフローラへと声をかけた。
「ん〜?」
「前にあげた八天と巨人の肥料。調子はどうだ? 異変とかはないか?」
力の強い存在は良い肥料になる。それを知ったために、俺はこの国を襲撃してきた者達の死体は肥料に変えたのだが、その中でも『八天』と呼ばれる強者達がいた。
加えて、王国が襲撃されたとき、親父が斬り殺した巨人も、多少なりともその残骸は回収して持って帰ってきた。
あれらは特に良い力があるため、良い肥料になるだろうと思ってフローラと相談して聖樹の周りに撒いたんだが、どうなっただろうか?
あれからもう一年経つんだから、何かあるんだとしたらもう影響が出ている頃だろう。
「だいじょーぶ! 悪いどころかすっごく良いよー!」
正直言って今の今まで忘れていた。異変、ということで思い出したけど、これまではその影響なんて気にかけてこなかった。
何か悪影響があったら報告が来るようにはなっていたから、それがないってことは大丈夫だとはわかっているが、それでもいままで確認してこなかった分ちょっとだけ気になった。
だが、フローラのこの感じからして悪いことなんて何もなかったようだ。
「そうか。ならよか——」
「ただ、ね? ちょっと……」
だが、安堵した俺の言葉を遮ってフローラが話したのだが、どうにもその言葉は歯切れが悪い。もしかして、何かあったんだろうかと少し不安になる。
「何かあったのか?」
「……あっち」
フローラはそういってある方向を指差したが、そっちは確か……
「果樹園だったか?」
踊るバナナだったり爆散する柘榴だったり人が真下に来ると思い切り落下してくるりんごだったり……まあ、色々あるわけだが、そんな化け物植物が植えてあるエリアが存在している。
化け物植物と言っても、ここに入れる奴には襲いかかったりしないし、味も普通のより美味しい場合が多い。中には酸味しかない柑橘系の実とかあるけど。
こうなったのも俺が色々実験した結果なんだが、美味しいし防衛になるから何の問題もないだろう。
……まあ、蠢く樹木の園なんて見られたら、さすがは魔王の領域とか、『魔境』とか呼ばれるようになるんだろうけど。
「フローラの力が増えたんだけど、間違えてみんなに余分にあげたら勝手に大きくなっちゃった……」
「勝手にって……なんだあれ?」
フローラに言われてそっちを見ると、フローラが操ったのだろう。勝手に草花が動き出した。
そして、視界を遮っていたそれらが動いたことで、それまでは草花で隠れていたものが見えるようになった。
「大きな……木苺、でしょうか?」
ソフィアがそう口にしたが、その言葉からは動揺が感じ取れる。
だが、それも当然といえば当然だ。だって、あり得ないものが見えるんだから。
普通なら、いくら視界を遮るものがないのだとしても、ここからでは距離があって見えないものだ。それは位階によって身体強化されていても同じ。
にもかかわらず、非戦闘系の天職であるために身体強化の倍率が低いソフィアでも見ることができるほどの果実。……でっかすぎじゃないか?
ここからでは正確にはわからないけど、見た感じ一メートル近くはあるんじゃないかと思う。
でも……え? もしかして、あの果樹園全部がそんな感じになってるのか? 踊るバナナや落下してくるりんごも? ……ちょっとわけがわからないですね。
「ごめんなさい……」
「いや、あー……良いんだけど、でも何でだ? こんなに大きくなかったはずだろ?」
「最近はお水もいっぱいもらえるようになったから、その分栄養も回せるようになったの。だから、多分そのせいだと思う……」
「あ〜、なるほどな」
俺は俺の部下として『農家』を育てていたし、潅水が使えるようになったやつのうち、人間性に問題ないやつはこの聖樹の庭か、あるいはリリアの故郷のどちらかに配属することがあった。
配属されればエルフ達からちやほやしてもらえるし、割と人気な職業だぞ? エルフと結婚を目標にして修行に勤しむ者だっているくらいだ。
ちなみに、今の最高位階は第四位階。まあ、鍛えだしてから一年程度だと考えると、上々と言っても良いんじゃないだろうか?
でもまあ、そんなわけで、植物にとっては大変喜んでもらえる魔法的栄養の塊である潅水を使えるものが増えたことで、いままで以上に植物の生長がおかしくなっ——良くなったんだろう。
「なんか害はないのか?」
「ナーなら多分大丈夫。食べるー?」
「食べられるのか?」
聞いてくるってことは食べられるんだろうが、あれだけ生長したものだと、ちょっと食べるのに勇気がいるよな。なんか、突然口ができて噛み付いてきそうなイメージが出てきてしまう。
そんなふうに及び腰になっていると、フローラが何かしたんだろう。木苺の木がゆるゆると伸び、こちらに向かって進んできた。
「はい。どうぞ」
「一粒がかなりでかいな」
フローラから差し出された木苺——ラズベリーは、一つの粒が拳大以上にある。それがいくつも連なっているんだから、こんなもん食べ切れるわけがない。全部食べようと思ったら普通に体積が俺の胃の容量超えてるだろ。
「……美味しいです。むしろ、普通のよりも上なんじゃないかな?」
差し出されたそれに手を伸ばそうとしたのだが、まずは毒味としてベルが食べることとなったのだが、一口食べたベルは目を見開いて驚いた様子でそう言った。
それを見て大丈夫だと判断した俺は、ゆっくりとそれに手を伸ばして一粒むしって口に運んだが、結構いける。ラズベリー特有の酸味は薄く、甘みが強い。
どんなものでも大きくなると大味になってしまうものだが、これはそんなこともない。普通に小粒の味の繊細さのまま、より美味しく、巨大になっている。
そんな俺の後に続くようにして、カイルも食べているが、ソフィアだけは手を伸ばさない。
何でだろうと思ったが、すぐに理解できた。多分、数時間後になって異変が起きた場合を考えているんだろう。何かあっても食べ物由来なら《浄化》を使えばある程度はなんとかなるが、自分も倒れてしまいそもそも使うことができなければ役に立たないからな。
だが、一人だけ食べられないのはアレだし、せっかくなら食べて、同じ感覚を共有して欲しい。後で問題ないようならソフィアにも食べさせてやろう。
……ん? そういえばリリアはどうしたんだろう? こういうのを見たら真っ先に手を伸ばしそうな気がするんだけど……
「んえ? あんあお?」
……どうやら、俺が知らない間に採って食べていたようだ。両手にはラズベリーの粒が握られており、口に頬張られている。
まあ俺たちだけじゃ食べきれないし、せっかくだから食べてくれるのは嬉しいんだけど……汚いからもっと丁寧に食べろよ。その赤く染まった口元と服を見たら血を啜ったように見えるぞ。
「ナーはフローラを怒らない……?」
俺達が喜んでいる様子を見たからか、フローラは恐る恐るといった様子でこちらを見上げながら尋ねてきたが、この程度じゃ怒るつもりはない。これが失敗作で、とてつもなくまずかったとしても同じだ。
「別に、これくらいじゃ怒らないさ。それに、八天を肥料にするときに、何かあるかもなとは思ってたんだ。それがこんな変化ならむしろ歓迎だ。ありがとうな」
そもそも八天を肥料にするのは俺の考えだったし、事前に相談してやったんだから、失敗したとしても俺の責任だ。
というか、これだけ良い感じ……まあ、多少不気味ではあるけど味はいいし食いではあるし、良い感じに育ったんだったら怒ることなんて何もない。
「どういたしましてー!」
俺が感謝を口にしながらフローラの頭を撫でてやると、本当に怒られていないんだと理解したんだろう。フローラはパッと花笑んでくるりと宙を飛び回った。
「——でも、これだけ量があるとちょっと処理に悩むな」
これだけの大きさがあると、俺たちだけでは消費しきれない。
「とはいえ、捨てるのはもったいないし、できる限り食べていくしかないか」
せっかくこんなところまで体を伸ばして実を分けてくれたんだから、それを捨てるというのも何だか悪い気がする。
だが、それでも俺たちだけで食べ切れるとは思えない量なので、最終的には持ち帰ることになるだろう。
「じゃあ俺ももう一つ……っ!?」
「あっ」
「え?」
カイルがもう一粒食べようと手を伸ばしたところで、木苺の葉っぱにペシりと手をはたき落とされた。
さっきまではちゃんと分けてくれていたのにどうして突然そんな行動に? と思ってフローラの方を見てみるが、特にフローラが何かしたような様子は見られない。
だがカイルの手がはたき落とされたのは事実で、どういうことなんだろうかと問いかけてみる。
「……なあフローラ。説明してくれ」
「うーんとね。簡単に言うとー……なめられてる?」
「なめられるって、カイルが植物にか?」
そう尋ねながらカイルと木苺の木を見比べてみたのだが、お互いに睨み合っているのか全く動かない。木と睨み合っているだなんて、かなり滑稽な様子だ。
だが、もしかしたらカイルが睨んでいるだけで、木苺の方はただ無視しているだけかもしれない。それはそれで滑稽というか哀れだけど。
「うん!」
「うんって……」
フローラは元気よく頷いたのだが、植物になめられていると言われたカイルはピクピクと頬を引き攣らせている。
でもまあ、その反応も当然だろうな。ここの植物達が普通ではないというのは承知しているだろうが、それでもこいつらと話をしたことがない者にとっては所詮はただの草でしかないのだから。
「……上等じゃねえか。フローラ、少し乱暴にしても大丈夫か?」
「本体が折れなければ問題なしー?」
「そうか。……ヴェスナー。少し護衛から外れても平気か?」
「まあ良いけど……なにするつもりだ」
何をするのか、なんて今のやり取りとこいつの態度を見るだけでわかるが、それでも一応問わずにはいられなかった。
「そんなの……ぶっ倒してやるんだよ!」
そう叫ぶと、カイルは拳を構えて一瞬で木苺へと接近し、殴りかかった。
……全力で植物に殴りかかるとか、言葉も絵面もひっどい哀れな感じがするな。
「——ようやく倒せたな」
木苺と戦ったカイルだが、俺達が観戦を始めて約三十分くらいでようやく倒すことができた。
まあ、カイルとしても木を完全に折らないように倒すってのは結構難しかったんだろう。相手は人間じゃないから攻撃も当てづらいし、するりと避けられるし。これで剣も使って殺して良いんだったらもっと早く方がついただろう。
だが、そうやって倒すことはできたんだが、その戦いの最中でリリアが近づくと普通に分けてもらえたのがカイルを余計に哀れに感じさせたな。あれ、わかっててやってるのか知らないけど、かなり挑発になってただろ。
「あの植物強すぎんだよ! っつーか絶対魔物化してるだろ!」
魔力を操る生物で魔物なので、あんな異常な進化を遂げた植物はある意味魔物と言っても良いだろう。魔力なんて不思議エネルギーがないとあんなことはできないだろうし。
「まあ、聖樹の近くだったから、というのもあるでしょう。それだけ力を与えられていたからあのような力を得たのではないでしょうか?」
「カイル。その状態で近寄らないでね。ヴェスナー様が汚れちゃうから」
「ちくしょう!」
木苺の爆弾を喰らって全身を赤く染めているカイルの叫びが響き渡った。
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