第460話切り倒された聖樹について
「……お前、毎回思うけど依代はどうしたんだ?」
「ん〜? 今日はあっちの方〜」
「あっちって、やっぱり置き去りか。……持ってかれたりしないよな?」
自分で作っておいて言うのも何だが、フローラの体はかなり見目の良い出来になってる。控えめに言って美少女だ。
フローラが宿っていなければただの木の彫刻だけど、それでも今にも動き出しそうなほどの出来になっている。あれを売ればかなりの額になるだろうし、そうでなくても自分で使う用に回収しようとするやつもいるかもしれない。
「だいじょーぶ! フローラがいなくなったらみんなが持ってきてくれるから!」
「みんな? みんなってのは、街の奴らか?」
「うん! エルフのみんなが担いでお庭まで持ってってくれるの!」
そう聞いて一安心だ。街の奴らはフローラが精霊だって知っているが、俺のところの者だってのも知ってるので手は出さないと思う。
だが精霊は高値で売れるし、売らないにしてもフローラの体がよからぬ奴に持っていかれる可能性は十分に考えられる。もしそうなったらと考えると、少し……大分不愉快だからな。
まあ、エルフの奴らも心配がないわけじゃないけどな。だってあいつら、聖樹を信仰してる集団だぞ? 御神体とも言えるフローラの体を運ぶとなったら、何をしでかすかわからない。猫がまたたびに頬を擦り付けるみたいに、エルフがフローラの体に頬を擦り付けてたら……ぶん殴るだろうな。
「あ——」
「どうした? 何かあったか?」
「えっと、う〜ん? ……知らない人達がびっくりしてた」
この街の全てを把握しているフローラが言うくらいだし、知らない人ってのはこの街の外からきたやつか?
いきなり目の前で女の子が木でできたマネキンみたいな姿になったら、そりゃあ驚くだろうな。
でもまあ、その程度ならなんの問題もないだろうし、それはそれとして、だ。ちょっとした疑問も解けたことだし、本題に戻るとしよう。
「二人とも、ここ最近なんかこの辺の植物達がおかしいとか、枯れるとかそういった異変・異常があったりしたか?」
「んー? 植物が枯れるのはいつものことだけど、別におかしなことはないわねー」
俺の言葉に、リリアは少し考えたような様子を見せたが、結局は何もないと首を横に振った。
「それよりもさ、これどう!? 今作ってるのにこうしてわたしの像を置いて、それで——」
「フローラはどうだ?」
問いかけに答えた直後、リリアは立ち上がって指を差しながらなんか言い始めたが、それを無視してフローラへと顔を向ける。
「聞いてよ!」
「そのうち俺に暇があって気分が乗って機会があったらな。——で、フローラ。最近植物達に何か変なことは起こってないか?」
「んーとねー……うん。何にも起こってないよ〜!」
フローラはそう言ったが、リリアとフローラの二人ともが何もないって言うとなると、本当にこの国では何も怒っていないんだろうな。
「他の場所はどうだ? できれば聖国……東の方の状態が知りたいんだが、それ以外の北でも西でも、何か異変があれば教えて欲しい」
「んー……ん〜ん。何にもないよ〜」
この国では何もなかったとしても、他の国でも同じなのかどうかはわからない。そのため、もしかしたら、とおもって問いかけてみたのだが、どうやら何もないようでフローラはまたも首を横に振った。
「そうか。聖国も相変わらず、ってことだよな」
「そー」
この国も、周辺の国も何も起こっていないにもかかわらず、相変わらず聖国は異変が起きているとなると、本当にあそこだけなんだな。
「なあ。そもそもなんだけど、何が起きてんだ?」
と、そこでカイルが眉を寄せて難しい顔をしながら問いかけてきた。
そんなカイルに対して、ベルが呆れたような様子で口を開く。
「それを調べるためにフローラに聞いてるんでしょ」
「いや、そりゃあそうなんだけど……そうじゃなくて、なんつーか、フローラとしてはどんな感じなのか、ってな。わからなくなってるって言っても、その感覚がどうわからなくなってるのか、俺たち知らねえし」
「そうですね。どのように変化があったのか、今までとどのように違うのかが判明すれば、手がかりにはなるかもしれませんね」
……そういえば、俺は聖樹から話を聞いたり植物達から話を聞いたりしていたし、その内容については共有していたけど、その辺の『どんな感じ』というような情報は話していなかったか。
「んーとねー……繋がってない感じー?」
カイルの問いに、フローラは少し考え込んだ後、首を捻りながらそう答えた。
「繋がってない? それってどういうことなんだ?」
「んーとね、フローラは他のみんなと繋がってるんだけど、あっちのみんなだけ塞がっちゃってるの」
「……なるほど。塞がっている、ですか」
理屈はわからないし、なにが起きてるのかもわからないだろうが、なんとなく起きている現象自体は理解できたようで、ソフィアは多少なりとも納得した様子で頷いている。
「リリアんところの聖樹も同じようなこと言ってたから、多分その感覚に間違いはないと思うぞ」
「え? あの子がなんか言ってたの?」
もう結構前になるが、前にリリアの故郷であるエルフの里に行ったときに聖樹と面会したが、その時にも『塞がっている』と言うようなことを言われた。
「ちなみに、向こうに聖樹ってあるのか?」
「なーい。ずっと前にはあったみたいだけど、切られちゃったんだってー」
「……切られた? 聖樹がか?」
俺がそう問いかけると、フローラは少し悲しげな表情を浮かべながら小さく頷き、答えた。
「うん。なんか『神様の邪魔になる』からー、って」
……ああ、だからか。だからあの時あの聖樹は暗い笑みを浮かべたのか。
そりゃあ、ああなるだろうなと納得せざるを得ない。何せ、自身の兄弟のような存在が殺されたんだから。
普通の植物達はいくら殺されたところで、他の植物が生き残れるならオッケー、なんてスタンスだが、聖樹だけは特別だ。
この世界の植物達は『始祖の樹』と呼ばれる一つの植物から派生したものだ。
まず始祖の樹があり、その始祖の樹の精霊が宿ったもの、あるいはその精霊が変質して姿を変えたものが聖樹となった。そして聖樹がそれ以外の世界中の植物を作り、管理しているとエルフの間では言われている。
そんなだから、始祖の樹が全ての植物の大元であるが、聖樹こそが植物の親であると言える。
そんな聖樹は容易く増えることはなく、枯れることはできる限り避けなければならないのだ。もし聖樹が全て枯れれば、それはこの世界の植物全てが枯れることになるから。
聖樹を増やすこともできないわけではないが、その場合は始祖の樹がまた新たに聖樹を作るか、聖樹自身が己の力を分け与えて生み出す、ある意味分身のような存在を作るかのどちらかだ。
もしくはごく稀ではあるが、聖樹になりえるほどの力を持った精霊が植物に宿った場合だが、これはほとんどあり得ない。適性の問題もあるが、そもそもそれほど強い力を持った存在が好き好んで身動きの取れない体を選ぶのか、といった問題があるからだ。
だが、そんな聖樹が切り倒された。
そんな過去があったからこそ、あの聖樹は自身の力を分けてでも俺に種を与えたんじゃないだろうか? すでに一本減ってしまっているからその分増やしたかった。あるいは自分もいつ死ぬかわからないから。
俺なら『農家』だし、普通に育てる分には枯らす心配もなく、武力的にも守ってもらえそうだったからちょうどよかったんだろう。
あの聖樹に言われたってこともあるし、直接見て確かめるつもりだったけど、思わないところで知れたな。
「神様の邪魔って、そりゃあ信仰の邪魔ってことか?」
カイルはそう問いかけたが、その考えは多分正しいだろう。
フローラの言った『神様の邪魔になる』というのは、おそらく文字通りの意味ではないはずだ。
聖樹があったところでこの世界の神は別に何とも思わないと思う。
にもかかわらず邪魔になると言うことは、それは『神様にとって』ではなく、『神様を信仰している自分達にとって』邪魔という意味ではないだろうか?
まあ、考えてみればそう難しいことではない。この街の住民達やエルフ達の態度を見ていればわかるだろうが、聖樹は信仰の対象になり得る。
そんな存在は、神様を祀る国からしてみれば異端だ。その異端の存在が自国にあると言うのだから、邪魔で仕方ないだろう。それこそ、切り倒してしまうくらいには。
「ありえない話ではないでしょう。教会の本部のそばに自分たちの神以外に強い神聖な力を放つものがあれば、信仰は揺らいでしまいますから」
「でも、だからって聖樹を切っちゃうものなの?」
「聖樹がどういったものか知らなければ、ただのでかい樹だ。それがでかいものだったら考えたかもしれないが、今のフローラくらい、もしくはそれよりちょっと上程度の大きさだったらおかしくないだろ」
今のフローラは、直径百メートルはあるような化け物みたいな大樹だ。リリアのところの聖樹はもっとデカかったが、多分あれが本来の聖樹の大きさなんだろう。
だが、いくら大きかったとしても、見た目だけなら大きな樹でしかない。
そこに精霊が宿っていて特殊な力を備えていたとしても、『自分たちの神様』に比べると大分格が落ちるだろうし、この程度ならなんてこともない、と調子に乗ることは十分に考えられる。
ちょっと違うけど、現代日本だって曰く付きの樹を切り倒したりするし、自分たちの都合がいいように考えるのは人間の特技だ。
「で、今になってその影響が出てきたってか?」
カイルがそんな疑問を口にしたが、その可能性は十分に考えられるだろう。
今回の件は切り倒された聖樹の呪いである。なんて、あり得ない話じゃない。
でも、何で今更になってなんだ、って感じはするよな。俺たちが知らないってことは、聖樹が切り倒されたのなんて何百年……下手をすれば千年以上も前の話だろうし、それが今になって表れたってのはちょっと疑問だ。
実は聖樹は死んでいなくて、意識を回復するのに時間がかかったとかだったらわかる。けど、それだったらリリアのところの聖樹、あるいはフローラが教えてくれると思うが、そんなことはなかった。
ならやっぱり切り倒されたって言う聖樹は実は生きていた、なんてことはないと思うんだけど……わからん。やっぱり直接見てみないことにはさっぱりだ。
「いや、それはわからない。もしかしたら何かしらの外的要因があって、ってことも考えられる」
一応そんなことを言ってみたが、じゃあどんな要因が、って言われると何ともいえない。
「ですが、そうであればなぜこちらにはなにも起こっていないのですか?」
まあ、そうだよな。何かしらの病気や災害であれば、他の国に何の影響もないのはどう考えてもおかしい。
であれば、やっぱり聖樹が原因であると考えるべきか。
「そうなるとやっぱり呪いか? あるいは、今まではどうにかギリギリのところで息を繋いできた聖樹だが、ついに枯れてしまい、聖樹が存在しないことで植物達への加護が失われた、とか?」
「結局聖樹を切り倒したことが原因じゃねえか」
「実際のところはわからないけどな」
どんな理由であろうと、異変が聖国限定だってなってると、聖樹による異変の可能性が高いと思う。
「でも、とりあえずなんとなくは掴めたな。親父のところに行くか」
確証があるわけでもないが、わかっている情報を共有するべく、俺は花園を離れてカラカスの城へと向かうことにした。
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