第459話聖樹を信仰

 

「俺としては別に周辺の国とかどうでもいいし、倒そうと思ったらもっと別の方法使うんだけどな……」

「ですが、敵国の力を削ぐために人為的に引き起こすのであれば、良い方法だと思いますよ。病気や魔物もそうですが、特定の範囲を狙い撃ちした出来事ではなく、広範囲に及ぶ自然現象であれば人間がやったとは思われづらいですし、それがただの不作であれば尚更です。国力に影響するほどの病や魔物による被害は珍しいですが、不作など数年に一度はどこかの国で起こっているものですから。仮に疑われることがあっても、糾弾されることはありません」


 まあ確かにな。『魔王』みたいな強力な魔物が現れたならそれを倒せば万事解決だけど、自然災害だとどうしようもない。敵対してる国を弱らせるんだったらいい作戦だろうな。


 だが、もし俺が聖国を狙ったと考えられているんだったら真に遺憾だ。そんなことするわけないのに。もしやる必要があるんだとしたら、今回みたいな明らかな異変じゃなくて、もっとバレないようにやるっての。


 そういえば、前にこっちに攻め込んできた馬鹿どもにほぼ確実に花粉症を発生させるお花をプレゼントしたんだけど、あの花達はどうなったんだろう?

 しばらくは聖国内で花粉症患者が出て、涙や鼻水が止まらない、みたいな話は聞いたんだけど……あいつらも枯れちゃったのか? ……ちょっと残念だな。


「実際、お前もできないわけじゃないだろ?」

「まあ、やろうと思えばな。……めんどくさいからやらないけど」


 肥料生成のスキルを使って、穀倉地帯の地面を肥料ではなくその失敗作である腐ったなにかに変えてしまえばそれでおしまいだ。

 あるいは、周辺の栄養を根こそぎ吸い上げて育つ毒草とかをばら撒けば、他の植物は枯れるし、育った草は食べられないから人間は飢えることになる。


 もしくは……そうだな。『飢え』でなくていいんだったら、毒草や人の害になる虫を引き寄せる花を街中にばら撒けばいい。滅ぼしたいんだったらともかくとして、戦力低下って意味ならそれで大体終わるだろ。


「まあ、あいつらには俺が……というか魔王が植物を使うってことがバレてるし、疑われるのも仕方ないか」


 結構目立つ感じで植物使ってきたし、密偵もいるだろうから聖国なんかの一部にはバレている。

 その使用者が『俺』だということまではわかっていないみたいだけど。なんでも、あいつらは俺ではなく『魔王』という部隊が存在し、そいつらが集団で同時にスキルを使うことで大規模な攻撃を仕掛けているように見せかけているんだと思っているらしい。

 まあ、『農家』のスキル系統ってばらついてるからな。火も植物も地面も干渉することができるんだから、『農家』を恵まれないただの非戦闘職だと思っているような奴らとしては、『農家』本人が戦っていると考えるよりも、そっちの部隊があるって方が納得できるものだろう。

 俺としては勘違いしてくれるんだったらそれはそれでいいけど。


「とりあえず、一旦館に帰って勇者たちの監視を手配してから親父のところに向かうか。……ああ、そうだ。それからリリアとフローラにも話を聞いておかないとだな」


 フローラなら呼んだらすぐに来てくれるだろうけど、今すぐに聞く必要があるってわけでもないし後でリリアとまとめて話を聞けばいいだろう。

 それよりも、まずは勇者達がなにをしてもいいように監視兼護衛を用意しないと。

 一応俺も監視できるけど、四六時中ってわけでもないし、何かあった場合にすぐに動けるかって言われると、場合によっては距離があるだろうし無理だ。

 それから、今の情報を親父に知らせておかないとだな。エドワルドと婆さんにも知らせておいた方がいいだろう。まあ、俺がおかしな動きをしてたらあっちにも情報が入るだろうし、もう知ってるかもしれないけどな。


「監視の手配でしたらすでに終わっています。案内した宿にも先んじて指示は出してありますのでご安心を」


 なんて思っていると、ソフィアが当たり前のことのようにそう口にした。

 どうやら俺が勇者達の相手をしている間に終わっていたようだ。有能で助かるよ。


「ああ、ありがとう。じゃあ、あとはリリアとフローラのところに話に行くだけか」


 問題はあいつがどこにいるのか教えてもらってないことだけど、その辺は植物達に聞けばすぐにわかるだろ。




「リリアは……ああ、いるな」


 植物達から話を聞いて、リリアを探しに聖樹の庭の入り口前までやってきたのだが……


「ほらー! あんたたちもっと働きなさい!」


 リリアは台の上に乗ってなんか叫んでいた。


「あいつ、なにやってんだ?」


 俺たちの視線の先では、何十人もの人が忙しなく動き回っているのだが、リリアはその者達に指示を出しているように見える。


「さあ? でも、ここでなんか建ててるってことは、許可自体は出したんだろ?」


 カイルが言ったように、ここは少し特別だ。聖樹の庭に入るための入り口の前なので、俺が許可を出した者しか建築の許可が出ないし、所有することすらできない。通行自体はできるんだけどな。

 そんな場所で何かを建てているんだから、俺が許可したのは間違いない。実際、その内容は俺も覚えている。


「ああ。なんでも、聖樹を信仰するための神殿のようなものを、今ある小さなものからちゃんとしたものに変えようって話がエルフの間で出てたらしくてな。それの許可は出した」


 今までは聖樹の庭の中に小さな小屋みたいな祠、あるいは神殿が置かれていたんだが、それだとエルフだけしか中に入ることができない。何せ、聖樹の庭の中には俺が許可した者以外の人間は通行許可を出していないからな。


 だが、そんな許可がない奴らの中にも、聖樹を信仰している奇特な奴らがいる。それはカラカスから花園へと移り住んだ奴らだ。来たくてカラカスに来たわけではない連中は、元々気性が穏やかな者達が多い。加えて、神様を信仰していた者達も多くいたし、今でも祈り自体は捧げているらしい。ただ、その対象がな……。


 一応この街にも神殿はある。犯罪者だからって神様を信じないわけではないのだ。この世界ではスキルなんてものもあるし、それに対外的にも神殿があった方が良かった。何せ、この街は『お客様』を迎えるためにあるんだからな。その客のためにも、ないよりはあった方がいいだろうってことで存在自体はしていた。それほど大きくはないけどな。


 でも、それは『神様』を祀るための神殿だ。


 自分たちを守らなかった神様なんかよりも、今の自分たちを守ってくれている聖樹の方が信仰に相応しい。

 そんなふうに考える奴らがいるのだ。そのため、普通の神殿ではなく、エルフ達が使っていた聖樹の神殿を聖樹の庭の外にも作ることとなった。


 まあ、あいつらの場合は聖樹を信仰する、ってよりは、この街を作って俺を信仰してるって感じもするけど。

 でも、その辺は気にしない。きっとそれはただの勘違いで、あいつらはちゃんと聖樹を信仰してるんだろう。


 でも、そんなわけで聖樹の庭の外に神殿を作る許可は出したんだが……それがなんであいつが現場監督みたいになってんだ? いや実際に監督してる奴は別にいるんだろうけど……


「リリア」

「なに! ……ああ、なんだあんた達か。なんの用? もうあのクッソつまんない遊びは終わったの?」


 つまんない遊びって……別にこちとら遊んでいたわけじゃないんだけどな。

 まあ、こいつにとっては勇者を尾行する、という遊びだったのかもしれないけど。というか、確実にそうだったんだろう。だからつまんないって言ってどっか消えたわけだし。


「聞きたいことがあってこっちに来たんだが……その前に、なんだってお前が指示出ししてんだ?」

「ふふん! だって聖樹を崇めるための建物を作ってるのよ? それってつまり、聖樹の御子であるわたしを崇めるための建物と言っても過言じゃないでしょ!」

「過言だし、フローラはお前の聖樹じゃねえだろ」


 そもそも工事のこと自体知らなかっただろ。知ってたら俺たちになんてついてこないで、最初っからこっちにいたはずだからな。

 途中から参加したやつが何偉そうにしてんだか。


「まあいい。工事の邪魔をしなければ遊んでていいぞ」


 俺としては、工事の邪魔をしなければ、そして俺が聞きたいことに応えてもらえればそれで良い。一緒にいて欲しいと思ってるわけでもないし。


「邪魔ってなによ! そんなのしてないんだから!」

「はいはい。まあそれはそれとして、聞きたいことがあってやって来たんだ」

「聞きたいことお〜? なあに〜?」


 リリアは首を傾げると、台に座って足をぶらつかせ始めた。

 だが、まだ話すには準備ができていない。あともう一人必要なんだよ。


「話の前に、フローラどこに行ったか知ってるか?」

「は〜い! こっこだよ〜!」


 フローラの居場所をリリアに尋ねてみたのだが、俺が名前を出したことで呼ばれたのだと理解したのだろう。フローラは中にぷかぷかと浮きながら現れた……裸で。


 いやまあ、精霊だし服を着ないのもわかるんだけどな?

 俺が呼んだからって急いで来てくれたのもありがたいことだ。

 でも、せっかく体を作ってやったんだからもうちょっと大事にしても良いと思う。毎回毎回体を捨てて出現しなくても良いのに。


 ……というか、フローラの抜けた依代ってそのあとどうなってるんだろうか? そのまま道端に置きっぱなしになるのか?

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