第452話聖女エルフのお言葉
「えー? 別にそんなことないんじゃない? 勘違いとか?」
リリアにこれまでのことや俺が悩んでいた事について話をしてみたのだが、その結果帰ってきた答えがこれだった。
どんな答えに、俺は片手で頭を押さえてため息を吐き出す。
「そんなことあるんだよ。……だからこそ、俺は悩む羽目になってんだから」
今まで俺は、内心では他人を下に見ていた。もちろんそんな気は一切なかったつもりだが、あくまでも〝つもり〟でしかなかったのだ。
俺が自分を変えたいと思ったのはそんな自分が嫌だと思ったからなのに、その傲慢さが勘違いだったなんてことがあるはずがない。
「ん―? んー……でもそんなことないと思うんだけどなぁ〜」
でも、リリアは俺の言葉を聞いて改めて考え込む様子を見せるが、それでも俺の言葉を否定するかのように呟きをこぼした。
「別にわたしは見下されたとか思ったことないしー。そう思ったんだとしたら、それはあんたがそう思ってるからじゃないの?」
リリアはそう言ったが、しかしそれは俺がそう感じただけではないはずだ。でなければベルがあんな風に泣くわけがないし、婆さんにも俺の内心、本質について言われたのだ。
「ベル達も言ったんだぞ?」
「それじゃあベルがそう思ってるだけじゃない?」
俺が反論しても、リリアは尚も俺の考えを否定するようなことを言い、半透明な板のような結界を魔法で生み出した。そして、それに座るとぷかぷかと宙に浮かび上がり、呑気にその辺を漂い始めた。
どうしてこうも俺の言葉を、考えを否定するんだろう? 俺のことについて俺自身が言ってるんだから、それは間違いではないだろうに。
そもそも、リリアはこんなことで反論するのは珍しい。普段だったら「へ〜。そうなんだ〜」くらいで終わりそうなものなのに。
「あっ、リリアッ! 勝手にどこかに行かないでって——」
「なんだヴェスナー。こんなところにいたのか……なんか話してたか?」
なんて考えていると、リリアを探していたのかベルとカイルが慌ただしく扉を開けて入ってきた。
そういえば、リリアにはこいつらがついていたんだったな。一人でここに来たのと、今のベル達のセリフからして、リリアのやつは勝手に二人を振り切ってここまで来たんだろう。
「ちょうどいいわね! 全部私がまるっと解決してあげるわ!」
俺が悩みを相談したこの場に、ちょうど渦中の二人がやって来たからだろう。リリアは自分が解決してやるんだと少し楽しげに言い放った。
まったく……人の悩みをなんだと思ってんだこいつは。一度思い切り殴ってやろうか?
……あと、すごくどうでもいいことだが、そんな透けて見える板の上に立ってると、いくら裾の長いドレスって言ってもパンツ見えるぞ。というか、見えてるぞ。それを指摘するつもりはないけど。
「あんた達、なんだか変なこと言って喧嘩してるみたいだけど……まったく。わたしがいないとダメダメなんだから〜」
肩を竦めながらそんなことを言っているリリアだが、パンツを見せながらである事に変わりはなく、イラつきよりも呆れの方が上回っている。
そのため、普段だったら拳骨の一発でも喰らわせている今の台詞にも、あまり怒る気にはなれない。
「なんか知らないけど、こいつは自分勝手なせいであんた達に迷惑をかけた、悲しませたーって言ってるのよ。そのせいでこいつは変わりたいって言ってたけど……」
リリアはそう言いながら自分が乗っている結界を操って俺たちの前まで降りてくると、ぴょんっと結界から軽やかに飛び降り——ることに失敗し、ころぼそうになったが、なんとか転ぶ事なく着地に成功した。
そして転ばなかったからだろう、軽く息を吐き出すと、もう一度深呼吸をしてからキリッとした表情に切り替わってカイル達のことを見た。
「あなた達はどう思ってるの? 変わって欲しいと思っているの?」
カイルとベルの二人にリリアはそんなことを問いかけたが、その答えは決まってる。
だって、あの時すでに今のお前は嫌だ、というようなことを言われたのだから。それは変わって欲しいってことだろ?
「それは……」
「わ、私は、もっと私達のことを考えてくれるようになってくれたら嬉しいな、って……」
やっぱり、そうだよな。口籠るカイルと、小声ながらも自分の意見を口にしたベルを見て、俺は改めて自分の考えが間違いではなかったんだと拳を握りしめる。
だが、リリアはそんな二人のことを見ると、呆れたようにため息を吐き出した。
そして、少しだけムッとした表情でベル達へ向かって口を開いた。
「バッカねー。自分の都合で誰かが変わってくれるわけなんてないじゃないの。そんなの常識でしょう? あの人のことが嫌いだ、だからあの人は変わるべきだ。そんなこと言って誰かが何かを変えてくれる? くれないでしょう?」
……それは、確かにそうではある。誰かの何かが嫌いだったとしても、それを言ったところで何にもならない。ちょっとしたことならば直してもらえるかもしれない。だが、そいつの本質に関わるような大きなことは言った程度じゃ変わらない。
その言葉は正しい。そう感じてしまった。
だが、今回俺はベル達の言葉で、俺自身の本質——考え方を変えようと思った。それは、普通ではないことなんだろう。では、変わりたいと思った俺は、間違っていたのだろうか?
「こいつは自分のことを傲慢だなんて言ってるけど、他人に変わってくれだなんて言って悩ませてるあんた達も傲慢ってもんよ。その事に気づきなさい!」
自分が気に入らないから変われと言うのは、相手の人間性、個性といったものを否定する行いであり、確かにそれは傲慢と言うべきことなのかもしれない。
変わりたい、変わろうと思っていた俺ですらそう感じてしまうようなことを言ったリリアの様子は、普段とは違って見えた。というか、明らかに違う。まるで、前にやった戦争の時の演説をした時のような威厳が、うっすらとだが感じられた。
「気に入らないことがあるのなら、誰かに強要するんじゃなくて、自分が変わるべきじゃないの? ねえ、ベル?」
普段とは違って、なんだかオーラのあるリリアに問い詰められるような眼差しと言葉を向けられたベルは、ビクリと体を振るわせるとゆっくりと口を開いた。
「そ、それは……そうだけど。でも……私はヴェスナー様に傷ついてほしくなくて……」
「それはあなたがそう考えてるだけでしょ? ヴェスナーの考えじゃないわ」
リリアの言葉にベルは唇を噛み締め、悲しげに眉を顰めながらリリアのことを見つめた。
「じゃあ、どうすればいいの……。好きな人に傷ついてほしくないって思うのがそんなにダメなことなの? もっと一緒にいて欲しいって思うのがそんなにダメなの!?」
「ダメとは言ってないわよ。考えるだけなら好きにすればいいんじゃない? ただ、人に押し付けちゃダメだって言ってるのよ」
ベルの叫びに、リリアは怒鳴り返すことはなく、ただ諭すように言葉を放っていくだけ。
どこか超然とした様が見られるリリアの言葉に、ベルは黙り込んだ。
そんなベルを無視して、リリアは今度は俺の方へと顔を向けて言葉を放った。
「あんたも、どうせ世の中なるようにしかならないんだから、時には諦めて流れに身を任せたら? いくら頑張ったところで失敗することはあるんだもん。好きに生きて、好きにやって生きればいいの。何かを変える必要があるとしたら、それは自分の在り方なんかじゃなくて、向き合い方だけよ」
変えるのは自分の在り方ではなく、向き合い方……。
「簡単に言えば、大事なのは気の持ちようってやつよ! 自分がどうすればいいのか、なんていくら考えたって正しい答えなんて出ないんだから。答えが出たとしても、それは自分が正しいって思ってるだけで本当に正しいのかは別だもん。だから、あんたは自分が思うようにすればいいのよ!」
なら、俺の考えていた自分を変えるべきだって考えも、俺が正しいと思ってるだけだってことか。
……いや、そうだったな。ついさっきソフィアから言われたんだった。俺は間違ってないって。変わらないで欲しいって。あれは、俺が正しいと思ってもソフィアにとっては正しくなかったから言われたことだ。
こうも長い間悩んだ末に、悩む必要なんてないんだって言われると、なんだか今までのことが無駄に思えてくる。
でも、お前は間違ってなんていない。そう言われるだけで心が軽くなる気がする。
それはソフィアにも言われたことだが、だからこそじゃないだろうか。一度ソフィアに言われて心に余裕ができたからこそ、こうもリリアの言葉が響いてくるんだろう。
「……そうか」
「……というか、そう思ってないとやってらんないわよ! だって今までわたしが何回失敗したと思ってんの!? 頑張って準備してもなんでか知らないけど失敗しちゃうんだもん。これはもう、わたしが悪いんじゃなくって世界が悪いのよ!」
……なんだろうな。今まで真面目でいい感じの言葉を言っていただけに、こうも馬鹿みたいなことを言ってると、その落差が凄すぎて微妙な気分になる。
「——まあー、いいや。で、あんたは変わりたいけど変われないとかなんとか言ってたじゃない? でも、変われてないってことないでしょ?」
「……変われないから困ってたんだよ」
「本当に何にも変わんない人って、そもそも悩まないでしょ。自分を変えたい、な〜んて悩むことができた時点で変われてるんだから、変われてるんじゃない。あとはそこからもっかい変わるだけでしょ? そうすれば今度こそ悩むことないくらいに変われたって言っていいんじゃないの?」
自信満々で向けられたその笑みにはなんの陰りもなく、迷いがあった俺にとってはありがたいもので、ともすれば救いのように感じられたかもしれない。
もっとも、今はソフィアと話をしてある程度整理をつけたあとなのでそこまでではないが、それでも、もしかしたら、なんて思ってしまった。
「……普段からそんな態度だったら、俺は多分お前のことを——」
だからだろう。そう口走った俺だったが、そんな俺の言葉は最後まで口にされることはなく止めてしまった。
「ふい〜。つっかれた〜! あ、フローラ、ありがとねー!」
「どうだった〜?」
「ばっちしオッケーよ! あの子にもお礼言っといて!」
「んー、楽しかったから気にしないでいいよ、って〜」
「あ、そう? じゃあ気にしないわ!」
それまでは静かだったフローラが、突然姿を見せてリリアと話し始めた。
それと同時に、リリアから感じていた威厳のようなものが綺麗に消え去ってしまった。
普段から威厳なんてないから、話終わった後に威厳が消えたのはいいんだけど、今の意味深な会話はどういうことだろうか?
「今の会話はなんだったんだ?」
「え? ああ、うん。えっとね。あの子に協力してもらったのよ。ほら、前にも見せたことあったでしょ?」
「前にもって、それは戦争の時か?」
今回のリリアの雰囲気は以前にも感じたので、その時と同じものだとしたら、こいつの言う『前』と言うのは戦争の時だろう。戦争で演説をした時のあの感じ。
そうなると、『あの子』ってのはリリアのところの聖樹だろうな。
「そそ。あの時あの子の力を借りたんだけど、今回もちょっと力を貸してもらったの。まあ、ここはちょっと遠いから、フローラに繋いでもらったけどね」
ああ、だからフローラとあんな会話をしてたのか。そういえば、思い返してみれば話の途中からフローラがいなかった気がするな。
でも、なにがあったかは分かったけど、そもそもなんだってそんなことをしようと思ったんだ?
「なんでそんなことをしたんだ?」
「え? だってせっかくならカッコよく見てもらいたいじゃない? お悩み相談でかっこいい答えを出してみんなに満足してもらえたら、また相談して来たり頼ってもらえたりするかなー、って思ったのよ。……で、どうどう? また相談したくなった? いつでも相談に来ていいのよ?」
そんなことが理由かよ。いやまあ、助かったと言えば助かったし、言ってることそのものは間違いではなかったし
まあそれはそれとして、今はリリアに構ってるよりも大事なことがある。今のこの雰囲気と気分がなくならないうちにさっさと行動に移さないと。
「ベル、カイル。少し話をしないか?」
俺はすぐそばで黙っていたベル達二人に話しかけた。
「話?」
「ソフィアに言われたんだけど、今まで俺たちってまともに自分のことについて話をしたことがないだろ? だからお互いのことが本当の意味で理解できず、勘違いやすれ違いが起こるんだって」
「……まあ、自分のことを話すような街じゃなかったってのもあるし、俺たちの間柄だってそう簡単にいろいろ話すようなものじゃないからな」
「ああ。だから、どうだ? もっと話をして、お互いのことを理解して、それで、もっと歩み寄っていけないか?」
なんだろう。こうして改めて言うとかなり恥ずかしい。演説であればそう言うものだと割り切れるんだけど、こうしてある程度以上に親しい相手に正面切って話すとなると、恥ずかしすぎる。
そのせいでまともに顔を見ていられず、顔を逸らしてしまった。
「……主にそんなことを言われたら従者失格……いや、護衛とか従者とかは関係ないか。ま、わかった」
カイルはそう言って肩を竦めると、トンと拳で俺の肩を軽く叩いた。
「ベルはどうだ? もっと話をして、それで——」
「はいっ……はいっ! もっといっぱい。もっとずっと、ずっと話します!」
俺は今までの俺を捨てたりはしない。だって、俺は俺のままでいいんだってことを教えてもらったから。
でも、捨てないままでも変わっていこう。もっと話をして、もっと手を取り合って。
なにが変わるのかと言ったら、なにも変わらないだろうけど、まあ要は気の持ちようってやつだ。
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