第450話かつて『人形』だった者から

 パーティーが終わった後、俺は一人で玉座の間にやってきていた。

 なんでこんなところにきたのかと言ったら、特に理由はない。ただ、強いて言うのなら考え事をしたかったから。そのためには、王様であるって事を自覚させてくれるこの場所はちょうどいいと思ったのだ。


「母さん喜んでたな」


 玉座に座りながら、俺は目を瞑り、先ほどまでの光景を思い出す。

 俺やフィーリアにも笑いかけてくれるし、普段から楽しげに笑う人だったけど、今日の笑顔はそれとは質が違った。

 まあ当たり前のことだろう。子供に向ける愛情と結婚相手に向ける愛情は別物だろうから。

 だがなんにしても、とても嬉しそうだった。


「親父も、あんな笑ったのは見たことないや」


 親父も普段になく笑っていたが、ああも笑っていられたのは、『仲間』がいるからこそだろう。


 仲間……今の俺にはいないものだ。

 少し前までは仲間だと思っていた奴らはいた。でも、今は俺の自分勝手な考えのせいで本当に『仲間』と呼べる関係ではなくなってしまった。


 俺は他人のことを考えずに自分勝手にいすぎたんだ。その結果ベルを泣かせたし、ソフィアやカイルに悔しい思いをさせた。

 今ではなんとか〝いつも通り〟に戻る事はできたけど、それは本当の意味で元に戻ったわけじゃない。あくまでも表面上はそう取り繕っているだけ。


 本当の意味で元に戻るには、ちゃんと向き合って俺の考えを伝える必要があるだろう。

 そして、それはこのまま先延ばしにし続ける事はできない。もうここいらが限度だろう。これ以上先延ばしにすれば、ぶつかったところで気持ちが風化しすぎて意味がなくなる。


 何より、こうして今回みたいな大きな出来事があった時ってのは、話をするにはちょうどいい機会だ。周りの空気のおかげで、普段と違った事をする際に踏み出しやすい。

 このタイミングを逃したら、どうせ俺のことだ。またヘタレて先に進めなくなるだろう。


 でも、どうやって切り出そうか。できることなら、今日中に伝えたほうがいいんだろうけど……


「どうされたのですか。そのような顔をされて」


 なんて思っていると、玉座の脇にある通路からソフィアがやってきた。

 こんなに近寄られるまで気づけなかったとか、いくら考え事をしていたと言っても油断しすぎた。


「ソフィア? ……給仕だったんじゃないのか? カイルとベルはどうした?」


 ソフィアは今回のイベントにおいて給仕役を行っていたはずだ。そしてそれはベルとカイルも同じ。

 にもかかわらずソフィアの気配しかしないのはどう言うことだろうか?


「あの二人でしたらリリアの相手をしております。流石にヴェスナー様をお一人にしておくわけにも参りませんので、私だけはこちらに」


 まあ一応王様だしな。今みたいに油断してることだってあるだろうし、一人くらいはそばに置いておかないとか。


「そうか。……それで、さっき言ってた事だけど、〝そのような〟って、俺、どんな顔してる?」

「まるで見放されたかのような、そんなお顔です」

「そっか……」


 どうやら俺はそんな情けない顔をしていたようだ。まあ、自分でもわかっていたけどな。

 だって今の俺、最高にカッコ悪いし。いつまでグダグダ言って悩んでんだよって話だ。

 そんなことはわかっている。——けど、踏み出せないんだ。


「リエータ様もヴォルク様も、結婚されたからといってあなたのことを見捨てることはあり得ません」

「ああ、それはわかってるさ。だから、そっちは気にしてない。……俺が気にしてるのは、別のことだ」


 ちょうどいい、といえばちょうどいい。三人まとめてだと少し尻込みするが、こうして一対一で向かい合うことができたんだから、


「前々から言わないといけないと思ってたんだ。あの時、俺はお前達にひどい事を言ったよな。お前達の意見なんて聞かないで自分勝手に決めて、好き勝手行動して、そしてお前達を見捨てた。それでお前達に迷惑をかけたし、悲しませた。お前達は、俺の言葉を聞くだけの人形なんかじゃないってのに。そんな当たり前のことにも気づけなかった。婆さんに話をしてようやく気づけたくらいだ。情けなさすぎると自分でも思うよ」


 あまりうまく纏まっていない心の内を、下手くそに吐き出していく。

 このまま話を続けたところで、どうせ俺はまともな事は言えないだろう。


「だから俺は、あの時みたいな事はもうしない。これからはお前達の意見をちゃんと聞いて、お前達のことを考えて、それで、自分勝手な自分を変えていこうと思う」


 そうして俺は『自分を変える』というその思いを言葉にし、ソフィアへと伝えた。


「——自分勝手。それの何が悪いのですか?」

「え……」


 だが、真剣な表情で睨みつけられながら吐かれた言葉を受けて、俺は言葉を失った。


 だってそうだろ? こんな言葉が返ってくるだなんて、思ってもみなかったんだから。

 ソフィアのことだから、いつもみたいに笑って許すと言うだろう、なんて思っていた。


 なのに今、俺はソフィアに睨まれている。


 ソフィアはゆっくりと俺に近づき、玉座の前まで来るとそこに跪いた。


「自分勝手がすぎるのは悪いことかもしれませんが、他人のことばかりを考え過ぎれば、それはその人らしさを失うこととなります。それこそ、人形と呼べるでしょう。他人のことばかりを慮り、自己を出すことのない無様な『お人形』。私は、あなたにはそんなふうになってほしくありません」


 真っ直ぐに俺のことを見つめながら話したソフィアの言葉。

 それに何かを答えようと口を開いたが、何を言っていいのか分からずに声が出ない。


 そんな情けない俺をみながらも、ソフィアは話を続けた。


「以前も話しましたが、私は好きに振る舞うあなたに惹かれたのです。周りを顧みない。それがどうしたと言うのですか」


 それがどうしたって……でもそれじゃあ……。


「ヴェスナー様は、あの時私達を見捨てたとおっしゃられましたが、それは違います」


 違うって……でも、だって俺はお前達を連れていかなかったんだぞ? 一緒に、と言う意見を切り捨てて、自分だけで進んでいった。それは、『見捨てた』だろ?


「垂れ下がった紐を掴んで、その紐が切れて落ちてしまった場合、どう思うでしょうか? その紐が悪いと思うか、あるいは紐を用意した人が悪いと思うか……。私は、掴まっていた者が登れなかったのが悪いと思います。目指す場所があるなら、目的が、願いがあるのなら、必死になって登ればよかった。紐を持っている誰かに引き上げてもらって上に連れて行ってもらおうだなんて、愚かしいにも程がある」


 その『紐』と言うのは、多分俺のことなんだろう。


「あの時私たちは見捨てられたのではなく、ただ紐を上るのが遅すぎただけです。登り切ることができなかったから、あのような結果になったのです。その証拠に、ヴォルク様はあなたの隣に立てている。あの方は、紐なんて必要としないほどに高みへと登っていますから。誰も彼もを突き放し、切り捨てているのではなく、ただ周りがあなたについていけないから切り捨てられたように見えるだけ。それだけのことです」


 確かに、あの時一緒にいたのが親父だったら俺は一緒に行こうと言われても簡単に頷いただろう。

 カイル達だって、親父くらい、とはいかなくても、エディ達くらいの力があれば一緒に行ったと思う。


 ……でも、じゃあ俺はどうすればいい?


 自分がダメだったと感じて、俺は自分のことを変えようと思った。でもそれは間違いだとソフィアは言う。

 あの時の俺は間違いではなかったのか? 俺は、間違えてはいないのか?

 でも、ならどうしてあの時あんな悲しそうな顔をしてたんだ……。


「私の思いは、他の者達とは違うのでしょう。ベルやカイルは、純粋にヴェスナー様のお側にいたいと願っているでしょうから。あの時だって、側にいられないことを嘆いていました」

「……お前は違うのか?」

「もちろん、お側にいられないこと自体は悲しく思いますし、恨めしくも思います」


 ソフィアはそこで言葉を止めると、跪いたままグッと拳を握り、眉を寄せた。


 そんな顔を見ると、やっぱり俺は間違えているんじゃないかと思わざるを得ない。だが……


「ですが、それは貴方の側にいられない事が理由ではありません」


 ソフィアは首を振ってそう告げた。


「あなたの心に残ることができない。それは確かに悲しいとは思います。ですが、それはあなたが悪いのではなく、その心に残るだけの傷を残せない私が悪いのです。恨めしいと言うのなら、私は、あなたが気にかけるほどの存在になれない私自身が恨めしい」


 そう言ったソフィからは、本当に自分のことが恨めしいと思っているんだと理解させられるような、そんな雰囲気が感じられた。


「誰からどう思われようと、自身の決めた道を進む。それは素晴らしいことです。私にはそれができなかった。私が『農家』の天職を授かったから、というだけではありません。私は常に周囲の視線を気にして生きてきました。両親のために頑張ろう。兄弟のためにみっともない姿は見せないようにしよう。みんなの期待を裏切らないようにしよう、と。そう思い続けて生きてきました」


 それは、まだソフィアが貴族の令嬢として家にいた時の話だ。前にも聞いたことがあるが、今回の話は今までとは比べものにならないくらいに重く響いているような気がする。それほどまでに感情がのっているのだろう。


「その結果がここです。きっと、周囲のことなど何も期待せずに生きることができたのなら、私はもっと違う道を歩んでいたことでしょう。親に捨てられた時も、絶望なんてことをして諦めるのではなく、逃げ出してでも人生を謳歌しようとしたことでしょう」


 そう言い切ったソフィアは、一旦言葉を止めて天を仰ぐようにしながら小さく息を吐き出した。


 そして顔を正面にいる俺に戻してから、首を横に振って再び話し始めた。


「ですが実際には違います。私は周りのことを考えすぎた結果、一人で勝手に全てを諦め、人生を悲観していました。そんな私からしてみれば、周囲のことなど考えず、ただひたすらに我が道を行くあなたが眩しく見える。いつまでも無邪気に進んでいけるその姿に、憧れさえ抱けるのです」


 跪きながら両手を組んで話す姿は、まるで祈っているかのようにも見える。


「あなたが周りのことを考えていないというのなら、私が考えましょう。あなたのお側で、あなたが考えるべき雑事の全てを私が考えます。だから、あなたはあなたのままでいいんです。変に考えを巡らせ、迷い、『人形』へと向かおうとしないでください」


 だがそれは祈りなんかじゃなく、かつて『人形』だった者からの願い……いや、懇願だった。

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