第449話結婚のお祝い

 

「母さん、おめでとう」

「ありがとう、ヴェスナーちゃん」


 市民向けの演説を終えた後は場所を移して街の改修完了式典——ではなく母さんと親父の結婚について祝うこととなったのだが、母さんは嬉しいからか俺の呼び方が元に戻ってしまっている。

 おそらくは嬉しいことがあったから感情が暴走気味なんだろう。

 もしくは、政略結婚ではなく普通に恋愛結婚ができることで心が乙女に戻ってるから意識も若返ってしまった。その結果、普段は抑えている呼び方が表に出てきてしまった……んじゃないかと思う。


 こうして〝ちゃん〟呼びにもどっているとなんだかがっくりとするが、まあ今くらいはいいか、と特に何かを言うでもなく流すことにした。


「母さんがこっちにきてから数日経ったけど、大丈夫か? なんか街の雰囲気が恐ろしいとか怖いとかない?」


 一応まだ母さんは街には出ていないけど、この街に入ってきたときはどうしたって街の様子を見たはずだ。

 この城からだって、上層階からは街を見下ろすことができるわけだし、母さんの身体能力があれば街の人々の様子を確認することだってできるだろう。

 口にはしなかったとしても、そうしたものを見た結果、怖いと感じることはあるかもしれない。何せ自分の家の周りに犯罪者が屯しているようなもの……というか実際にそうなのだから。


「大丈夫よ。初めは少し不安もあったけれど、思っていたのとは違ってみんな優しくしてくれているわ」

「そうか。ならいいんだけど……」


 母さんのことだから、たとえ何か感じていたとしてもこの場で俺に言ったりはしないだろうけど、それでも本人の口から何もないんだと聞けて少しは安心した。


「母さんは今後悔とかしていないか? 環境が大分変わって今までと違うこともあって大変だろうし、ザヴィートの城で暮らしてた方が、安全でいい暮らしができたかもしれないぞ?」


 こんな時に聞くことではないのかもしれない。でも、気づいたらそんなふうに問いかけてしまっていた。


「……フィーリアちゃんが一緒にいられないのは少し残念だけれど、それでも会えないわけじゃないものね。あの子からは少し難しいかもしれないけれど、私から会いにいくことができるんだもの。何より、あなたがいてくれるのだから、それ以上に嬉しいことはないわ」


 そう言って母さんは俺に微笑みかけてから手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめた。

 そのことは嬉しいし、こうして一緒にいられるようになったのだって嬉しい。

 でもそれ……


「親父と一緒にいるよりも?」

「そ、それは……そのぉ……」


 俺の問いかけに、母さんは一瞬何を言われているのかわからないと言った様子でキョトンと首を傾げたが、すぐに顔を赤くし、俺から目を逸らして口籠った。


 ……母さんが幸せなのはいいことなんだけど、自分の母親が乙女な姿を見せているのを見るのって、なんか……ほんとに〝なんか〟……って感じがする。いや良いんだけどな?


「俺にはなんかねえのかよ」

「ヘタレてなかなか話しかけられなかったおっさんか……どうもおめでとう」

「ありがとよ、クソガキ。ヘタレてんのはおめえも同じだろうが。いつになったらまともに向き合うんだ? あ?」

「……このやろう。自分は終わったからって……」


 親父に言葉を求められたので事実を言ってやったら、同じように事実を返された。いや、同じように、じゃなくてむしろこっちの方がダメージが大きい気がする。


 ……でも、実際親父の言うことは間違いではない。

 もうそろそろ、俺もソフィア達に向き合って答えを出さないと。


「おい、お前なんか用意してたんじゃないのか? さっさと寄越せよ」


 俺が難しい顔をしていたからか、親父はそう言って話を変えた。


「その言い方だと賊みたいだぞ」

「こんな街なんだから、こんなんでいいだろ」


 親父の気遣いに、俺は少しふざけた調子で返すと、今度は母さんの方へと顔を向けた。


「母さん。今親父が言ったみたいに、今回の祝いの品を用意したんだけど……」

「え? あら、そんなものいいのに。あなたが祝ってくれるのならそれで充分幸せよ」

「母さんならそういうかもなとは思ったけど、それとこれとは別だろ。なんか贈らないと気が済まないんだ」


 母さんは俺が祝ってくれることが本当に嬉しいんだと言わんばかりの笑みを浮かべているが、だからと言って贈り物をしないのは違うだろう。

 それにもう用意したし、今更用意しなくてもいいと言われても困る。


「でも、正直今回のことで何を贈ればいいのかわからなかったんだけど、俺は一応『農家』だし、それらしい贈り物を用意しようかなって思って、野菜を用意したんだ。今回の食事に提供した野菜は全部俺が作ったものだ。今回のために特別調整したものだから、喜んでもらえると嬉しい」

「ふふ、そうなの? ありがとう」


 俺が用意した贈り物がたいそうなものではなく、ある意味微笑ましいものであったからか、母さんは楽しげに笑っている。その笑みには、純粋に嬉しい楽しいってだけではなく、どこか安堵したような雰囲気が感じられる気がした。


 もしかしたら、俺の感じたその感覚は、俺が『農家』って天職をちゃんと使っていたからって理由なのかもしれない。不遇とされている『農家』なんて天職として産んでしまったことで、我が子の人生を狂わせてしまった。多分、母さんはそんなことを考えたことだってあったはずだ。


 だが、俺が『農家』だからと嘆いていないで、むしろその天職を有効に使っていることで悩んでいたことにケリをつけられた。なんてこともあるかもしれない。


「お前が特別にって……腹からなんか生えたりしねえよな?」


 しかし、嬉しそうな母さんと違って、親父はとっても失礼なことを言ってきた。


「失礼な。そんなことするようなものを出すわけないだろ」

「まあ、そうだよな……」


 人をなんだと思ってんだ、まったく。失礼なおっさんだなあ。


 まあ、普通のものより栄養が詰まってるから健康にはなるし、やろうと思えば栄養素の過剰摂取で体調不良にすることはできるだろうけど。

 親父の言ったように腹から植物を生やすことだって可能だ。と言うか、それはもうやったことあるし。


 でも今回はそんなことをやっていないので、ただの美味しい野菜達だ。


 ただ、こんなめでたい日の贈り物に食材だけじゃ物足りない感じがするよな?


「それから、野菜や果物だけじゃパッとしないから、これも用意したんだ」


 そんなわけで、もう一つ用意した贈り物を取り出し、母さんへと渡す。

 贈り物に失敗した時用に二つ目を用意していたんだが、小賢しいとは言わないでほしい。


「まあっ。お花の髪飾りね」

「髪飾りだけじゃなくて、一応服にもつけることができる。生花だけど、三日に一回くらい水を吹きかけてやればそれだけで枯れずに生きていられるから」


 母さんに贈ったのは、大きな花にいくつもの小さな花が垂れ下がっている飾りだ。

 これは俺が種から育てて作った〝手作り〟かつ〝高価〟な贈り物だ。売れば屋敷の一つくらいは買えると思う。だってこれ、世界でここだけにしか存在していない花を使った花飾りだし。


「で? これの効果は? お前が普通のものを贈るわけないだろ」


 髪飾りの贈り物だってのに、親父は物騒にもそんなことを聞いてきた。

 ここは祝いの場なんだから、綺麗だな、で済ませておけよ。……まあ、効果はあるけどさ。


「一応、でかい花を咥えていると、大体の毒は解毒してくれる。小さい花の方は毒を吸収するから、そのまま飲み込めば大体の毒は無害化できるはず。毒を吸った花そのものは体内に残るから、後で《浄化》かなにかをしないとだけど、その場凌ぎにはなる。はず」


 こんなところで暮らすんだから母さんだって襲われることもあるだろう。

 母さんは第十位階だから武力的な問題は自力でどうにかできるかもしれないが、絡め手はどうしようもない。普通の人よりも体が丈夫だから、常人なら即死するような毒を飲んでも少しの間は生きていることができるだろうが、完全に無効化できるってわけじゃない。


 そんな時のために、これだ。毒を飲んだと分かった瞬間に小さな花を飲み込めば、胃の中にある毒を吸収してそれ以上体に取り込まないようにしてくれるし、でかい花を加えればその蜜は解毒剤になる。


「……また、すげえもんを作ったな」

「いいのかしら? そんなすごいものを貰って……」

「いいも何も、母さんのために作ったんだから、受け取って欲しい」


 母さんに送るためにわざわざ何世代もかけて品種改良したんだ。《生長》があるから育てるのは一瞬で終わったけど、効果を調整するのにだいぶ時間がかかった。

 だがそれも、喜んでもらえるのなら大した苦労ではないと思える。


「……そう。ありがとう。大事にするわね」


 母さんはそう言うと、俺が贈った花飾りを両手で包み込み、優しげに笑った。


 その後は、俺とだけ話しているわけにもいかないので、親父と母さんは他の者達と話しをし始めた。

 その中には当然ながらエディやジート達、親父の仲間がいて、みんな楽しそうにしている

 俺もあんなふうにちゃんと笑い合うことができるだろうか?

 ……いや、だろうか、じゃなくて、そうなれるように変わるんだ。そのためにも、もう逃げてないであいつらと話をしないと。


「ナー、ナー。食べ放題はいつなのー? もう食べていいのー?」

「……お前もかよ」


 そうして穏やかな時間を過ごしているとフローラが姿を見せ、どこぞのアホエルフが言いそうな事を言い出した。


 そんなフローラにその辺に並んでいた料理をとって渡してやる。


 フローラは俺が渡した料理を受け取って嬉しそうに食べているが、フローラとしては今回のことはどう思っているんだろうか?


「なあフローラ」

「んー? なあにー?」

「親父と母さんが結婚するんだけど、お前はどう思ってる?」


 フローラは親父や母さんと付き合いがあるわけでもないし、もしかしたらなんとも思ってないかもしれないけど、なんとなく聞いてみたくなった。


「んー……ナーは幸せー?」

「そうだな。予想外ではあったけど、二人が本当の両親としていてくれるんだったら、それは幸せって言っていいんだろうな」


 こんな微妙な言い回しになったのは、なんとなく自分の中でまだ実感が湧いていないからだろう。


「ならフローラも嬉しい! お祝いする!」


 だが、フローラはそんな細かな言い回しは特に気にならなかったようで、持っているフォークを天井に向かって掲げると、その先から光の玉が打ち上げられた。

 打ち上げられたその玉は弧を描き、親父と母さんへと向かって落ちていった。

 その光の球を受けた母さん達は、全身を発光させている。


 普通なら光の魔法かなんかで攻撃したんじゃないかと思うかもしれないが、フローラがそんな事をしな言ってのはよく分かっている。

 それに何より、あの光には見覚えがある。


「今の光、あれは……加護か?」

「フローラの力のちょっとー?」

「そんなこともできたのか」


 前に俺がフローラの本体である聖樹と初めて接触した時、こんな感じの光が現れた。あれはてっきり本体だからこそできるのかと思っていたが、どうやらそうでもなかったようだ。


「おい、バカ息子。今のはなんだ?」


 突然光の玉を当てられたからだろう。親父と母さんが他の者との会話を切り上げてこっちに戻ってきた。


「いや、なんというか……フローラからの贈り物?」

「これが贈り物って……また大層なもんをよこしてくれたな」

「そんなにすごいのか?」


 親父はすごいと言っているが、俺が受け取ったわけでもないので何が起こったのか正直よく分かっていない。

 前に俺が受けたのと同じだとすると、スキル関係が強化されたんだと思うけど……どうなんだろう?


「お前は元から馬鹿げた『器』を持ってたから多少の増加程度では気にしねえかもしれねえが、今ので大分スキルの回数が増えたぞ」

「そんなにすごい効果なのか……」


 ……ま、まあ、結婚の場で天から降ってきた光を受けて体が発光したとか、見た目的にもすごい祝福されてる感があるし、ちょうどいいんじゃないか?

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