第433話魔王城見学会
建設を終えた城の正門に行くと、すでに親父達三人のボスが待っていたのだが……
「ようこそお越しくださいました、魔王陛下」
姿を見せた俺に親父がそんな声をかけてきた。
その言葉を聞いた瞬間の俺の心情がわかるか?
普段とはまったく違うどころか、今までも見たことがないくらいに恭しく礼をしている親父を見て、俺は思わず顔を顰めてしまったが、それは仕方ないだろう。
多分、家の中で気を抜いてたところに裸足でナメクジを踏んだ時のような、そんなレベルの嫌悪感を顔を出していただろう。
実際、俺以外にもその場に集まっていた仲間の何人かは笑いを堪えたり気持ち悪そうに親父を見ていたりしたので、俺の感覚は正しいはずだ。
「キモいからその態度やめろ、クソ親父」
「ははっ、何をおっしゃられるのやら。お戯れはおやめください。あなたの配下である私の態度に、何か間違いがあるとでも」
「全部間違いだろ」
親父の態度は間違いだらけで、むしろ正しいところなんてなく間違いしかない。
だが俺がそう言うと、親父はそれまでの気持ち悪い態度を消し、真面目な表情になった。
「……まあ、実際んところはこの態度にも慣れておけってことだ。身内だけなら構わねえけど、こうして城ができた以上、どっかから人を招くこともあるだろ。そん時に身内だからって態度をわけねえと、侮られるぞ」
「別に、侮りたいなら勝手にすれば良くないか? それでこっちを舐めてかかるようなら、潰せばいい」
「ま、基本はそうだな。だが、時と場合によるだろ。侮られちゃまずい時だってある。だから、使い分けができるようにはしとけよ。魔王様」
まあ、市民達の前でどこかの国の奴らと話をすることがあったとしても、そこで態度の切り替えができてなかったらまずいだろうな。
相手に侮られるのはともかくとして、市民達の象徴として失望されればそれは何かが起こるきっかけを生むことになりかねない。自分たちの国王が情けなければ、ついて行きたいとは誰も思わないからな。
「……はあ」
でも、正直なところ面倒だなと思う。
理解はできるけど、それを実行したいかっていうと、ため息しか出てこない。
「この間の話はもう答えは出たかい?」
そうして親父と話していると、一区切りついたからだろう。婆さんが前に出て、そう声をかけてきた。
「……いや、まだだ」
「そうかい。ま、そんな慌てて出す必要があるもんでもないし、焦って出した答えなんて碌なもんじゃない。ゆっくり考えな」
婆さんとしても、俺がみんなにどう接していくのか、どういう心構えでいくのかの答えを出せたとは思っていないようで、軽く笑みを浮かべて下がった。その表情は、どこか優しさが感じられた気がする。
「なんの話でしょう? 金ですか?」
「そんなもん関係ないからあんたはどっか行きな」
「貴方がたがそのように話すのであれば、金が関わらないことはないと思いますが……まあいいでしょう」
婆さんが俺に声をかけたことが気になったのかエドワルドがばあさんに声をかけていたけど、婆さんは何かを話すこともなく軽くあしらっている。
エドワルドも無理して聞いたところで意味がないのを理解しているんだろう。残念そうにしながらも、肩を竦めて引き下がった。
「ヴェスナー、こっちを見ろ」
そうして婆さんとの話を終えると、親父が声をかけてきた。
そちらへと視線を向けると、その背後には二人の男がいたが、その格好からして城の建設に関わった職人だろう。
だが、親父がここでただの一般の職人を呼ぶわけがなく、それなりに重要な役割についていたもの達なんだろうとわかる。多分、前に話していた訳ありだけど腕のいい者達じゃないかと思う。
「こいつらは今回この城の建設にあたって核となった奴らだ」
「やっぱりか。それって例の奴らだろ?」
「ああ。仕掛け狂いと死体狂いだ」
親父が紹介した名前はどうなんだと思うが、それはともかくとして、名前と経歴の割にはその見た目は普通だ。
筋肉質で日焼けをしていて髭が生えてる……まあ普通の工事現場のおっさんって感じ。
仕掛け狂いの方は少しだけ雰囲気が学者っぽい感じがしなくもないけど、死体狂いの方は特に何もない。本当に普通なので、本人なのかちょっと迷う。
「思ったより普通な見た目だな」
「そりゃあ見た目は能力には関係ねえからな」
「まあそうかもしれないけど……まあいいや。それより、そんなおかしな呼び方じゃなくて、まともな名前教えてくれよ」
いつまでも仕掛け狂いや死体狂いなんて呼ぶわけにもいかないし、呼びたくない。
なので普通の名前を教えてくれと親父に言うと、親父は後ろへと振り返り、二人を見た。
その視線を理解した二人は僅かに視線を交わした後、一人だけが一歩前に出てきた。
「お初にお目にかかります、魔王陛下。この度は御身の偉大なる居城の建設に携わることができたことを喜ばしく存じ上げます。私はローエン、こちらは同僚のララグラドと申します」
仕掛け狂いと呼ばれた男が代表として自分たち二人の自己紹介を済ませたのだが、その仕草は偉い奴を相手にするのになれているような感じがする。
「思ったより、どころか普通にまともだな」
まあ、貴族の依頼を受けてたって話だし、これくらいできないと貴族から依頼をもらえないのかもしれない。
ただ、もう一人のララグラドって方は慣れていないのか、視線があっちこっちへ動き、体も落ち着かないようで小刻みに動いている。
でも、俺は一応王様なんだし、一般人の態度としてはそんなもんだろうと、特に気にすることなく流した。
「今回はこいつらに案内してもらう」
「そうか。頼んだ」
「「はっ」」
そうして俺達は二人の案内を受けて、完成した城の見学会へと移っていった。
「——こちらがメインホールとなります」
玄関や客間など、いくつかの場所を見学しつつ通過していき、今はダンスなんかを行うような広間にやってきていた。
だが、その広さが問題だ。問題ってほどでもないんだけど……かなり広い。
こんな広さがあっても使わないだろ。だって呼ぶような相手いないし。
これが普通の国で普通の首都だったらお偉方を呼んでパーティーなんてのがあるだろうからこれくらいの広さがあっても困らないんだろうけど、ここはカラカスだぞ? ダンスをするためにみんなが集まると思うか? ……ないな。
集まったところで、精々が決闘か試合か喧嘩、或いは酒呑み大会みたいなのしか起こらないんじゃないか?
「こちらのホールにはいくつかの仕掛けがございまして……」
だが、そんな俺の考えを知らないローエンは話を進め、奥へと足を進めていく。
「まず、あちらの席に座られると思いますが、何か緊急事態があった際には手元の仕掛けを起動していただければ——」
もしここで何か催し事があれば俺が座るであろう席を指さしたローエンは、そこで言葉を止めると楽しげな表情を浮かべながら振り返ってきた。
そして……
「ホールが落ちます」
「……は?」
ホールが落ちる? それってどういう意味だ?
その言葉の意味をとっさには理解仕切れず、俺は間抜けな声を漏らすこととなった。
「……なんだって?」
「ホールが落ちます。正確には、そこの床の一部になりますが、落下し、敵を排除させることができます!」
数秒してからなんとか聞き返すことができたのだが、返ってきた答えとしては変わらない。どうやら本当に床が落ちるらしい。
落ちる場所を指で示しながら答えたローエンだが、その様子はとても楽しげだ。
「下の階はどうなってる? 部屋があったはずだろ」
「そこは食糧庫や倉庫になっておりますので、まあ荷物は潰れることとなりますが命の危険よりはましかと」
いつもより幾分か厳しい顔つきで親父が問いかけたのだが、ローエンはそんな違いには気づいていないようで淀みなく話を続けていく。
「加えて、さらに仕掛けを起動させますと階下に落ちた者達を閉じ込めることができます」
……でも、床が落ちるような仕掛けを作ったのは驚いたけど、有用ではあるよな。いざって時の役には立つと思う。
俺が使うかって言ったら微妙だけど。だって敵が襲ってきたんだとしても、攻撃される前に敵を倒せばいいわけだし。
「さらにっ!」
「まだあるのか……」
「いざとなればその仕掛けの中に飛び込んで逃げることも可能でございます。仕掛けを起動したところで危機的状況から脱することができない場合もございましょう。敵に仕掛けの存在がバレていることもあり得ます。そんな時のために、仕掛けを起動させ、中に飛び込み、追加で仕掛けを起動すれば、部屋に閉じ込められることになりますが、逆に言えば外から身を守ることもできます」
「しかし、閉じ込められただけでは結局死んでしまうのではないですか?」
エドワルドは仕掛けに興味があるのか、割と真剣な様子で聞いている。
でも、確かにそうだよな。ここにいるってことがわかれば、大回りしていけばそのうち辿り着かれるわけだし、その時に逃げられないなら意味がない。
だからと言って簡単に逃げられるようにしたら、それはそれで捕まえた奴に逃げられるから問題だ。
「ご安心を。部屋の中には一定の手順で起動させれば秘密の通路が出現します。そちらを通れば城の外へと抜け出すことができるのです」
秘密の通路か……確かにそういうのが好きだって聞いてるし、それならまあ、使えないこともないか。単純な仕掛けじゃなくてちゃんとした手順を踏まないとってんなら、偶然逃げ道ができることもないだろうし。
だが、俺がそう納得したところで婆さんが問いを投げた。
「一定の手順、と言ったけど、もしその手順を無視したらどうなるんだい?」
「爆発します」
爆発……するのか。
「……」
「ああ、ご安心ください。魔法的な仕掛けですので、火薬の類による暴発や不発はありません。最初の落下の仕掛けと閉じ込める仕掛けを起動しないと爆発は起こらない様になっておりますので、不慮の事故で、ということもありません」
それは安心……できねえなあ。
だってそれ、ある意味常に真下に爆弾が置かれてるようなもんだろ? 一応大丈夫だとは言ってるけど、それでもなぁ……。
「……仕様書にはそんな仕掛けはなかったはずだが?」
「途中で思いつきましたので、せっかくならばより良いものを目指すべきだと思い、行わせていただきました!」
親父がかけた問いにローエンは威勢よく答えているが、親父は頭が痛そうだ。俺も頭が痛い。
でも、こういう奴なんだよな。それで前に貴族の雇い主を殺してるわけだし。
「……まあ、役に立つことがあるかもしれないし、今更排除するために作り直すのもアレだ。俺達だけが知ってる分には問題ねえだろ」
「そもそも、そんな仕掛けを使うほどの状況に陥るとは思えないけどな」
「まあ、俺達はな。だが、次の世代となるとどうなるかわかんねえだろ。お前は良くてもお前の子供が第十位階になれるとも限らねえ」
……言われてみれば、そうか。俺もそのうち子供を作ることになるんだろうし、その時はこの場所を引き継ぐことになるだろう。
その子供が罠なんて使わなくても生き残れるような強者になれるのかと言ったら、それはわからない。
「私も無理ですよ。一人で敵に囲まれでもしたら、普通に死にます。ですので、こう言った仕掛けはありがたいですね。……できることならば前もって教えていただきたかったところですが。これでは予算の組み直しをしなくては」
ここにいる三人のボスと俺という四人の中で、唯一戦闘能力が低いエドワルドはそう呟いているが、こいつもこいつで結局はどうにかして生き残りそうな気がするんだよな。こいつ、金にあかせて基本的に全身魔法具で固めてるから並大抵のやつじゃ倒せないだろうし。
だが、こんな仕掛けを無断で施すような奴らな、他にどんな仕掛けを作ったのかわかったもんじゃないな。
便利ではあるんだけど、恐ろしくもある。
「それでは次の場所へとご案内させていただきます」
そうして俺は少し不安になりながらも次の場所へと進んでいった。
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