第432話〝いつも通り〟

 

「——というわけで、城の方が完成したんで坊ちゃんには一度見にきていただきたいんすよ」


 親父が俺に頼み事に来てからおよそひと月。今日も俺のところに人が来ていたのだが、今回は親父ではなくその側近であるエディが来ていた。


 エディが持ってきた話の内容としては、城が完成したけど、あれは一応『王の城』ってことになっているので、そこでは基本的に生活しないであろう俺にも見にきてほしいとのこと。

 まあ、暮らす暮らさないは別にしても、ある程度は俺も使うことになるだろうし、何かしらの不備がないか確認する必要もあるので観に行くこと自体は構わない。


 今はまだ庭の予定地には建材とか置かれていたからろくに庭造りもしてこなかったし、城の様子も見てこなかったが、果たしてどんな感じになっているのやら……。例の建築家たちは暴走していないだろうか?


「どうせ庭を作る時に行くことになるんだけど、まあわかった。その日取りはいつだ?」

「坊ちゃんの都合がいい時っすね」


 正直なところ、俺は特にやることもないし、いつでもいいんだよな。むしろ、俺なんかよりも婆さんやエドワルドの方が忙しそうだしそっちに合わせた方がいいような気がする。


「俺はいつでもいいんだけど、エドワルドとかの予定の方が詰まってるだろうし、そっちを優先しなくていいのか?」

「坊ちゃん。忘れてると思うんすけど、坊ちゃんはこの国の王なんすよ。トップに予定を合わせないでどうすんすか」


 エディはどこか呆れたように言ってるけど、確かにその言い分は正しいか。

 俺自身は大して変わっていないと思うけど、その立場はだいぶ変わっている。

 実務面で言ったら俺はまだまだみんなに頼りっぱなしだし、みんなの方が『上』だと言えるだろうけど、立場だけで言ったら俺が一番『上』だ。

 そんな俺が配下の顔色を伺って予定を合わせるだなんて、おかしいと言えばおかしな話だろう。


「それに、今は向こうのほうが忙しいかも知んないすけど、これが数年後数十年後となれば、坊ちゃんの方が忙しくなるかもしれないんすから、今のうちに坊ちゃんに予定を合わせることに慣れておかないとお互いに困ったことになるっすよ」

「あー……そうか。まあ、そうなるのか」


 俺がエドワルドより忙しくなるなんて全然想像できないけど、このままカラカスという国が発展していけば、どうしたって仕事は増えるだろう。

 この花園だって人がもっと来るようになるだろうし、それに伴って面倒も起こる。

 カラカス本街の方は、あっちはルール無用だから法律とか気にしないでいられるけど、それでも問題は起こるだろう。

 そして、周りの村や町や森なんかを含めた領土の管理なんてもっと複雑になるはずだ。


 その時に今みたいに俺の方が予定を合わせるんじゃ、どうしたって問題が出てくると思う。


 ……もっとも、俺が忙しくなったとしても、エドワルドは別のことをして金稼ぎしてるだろうから、俺よりも忙しいかもしれないけど。


「で、もっかい確認すんすけど、坊ちゃんの方の予定は大丈夫っすか?」

「……ソフィア。俺の予定って特に入ってないよな?」


 特に何もなかった気はするけど、確認のためにソフィアへと問いかける。


 この一ヶ月とちょっとの間、結局俺は自身の悩みに答えを出すことができず、あの魔王に会いに行く時にいたソフィア達に対して少し距離ができていた。

 だがそれでも、関係が疎遠になったりあからさまに何かをしたりされたり、なんてこともなく、なんとか普段通りに接することはできるようになっていた。

 まあ、それも内心ではどう思っているかわからないけど。心の内では、もしかしたらまだ怒り続けているかもしれない。あるいは、呆れているかもしれない。


 これもそのうち……できるだけ早くに、自分がどうあるべきか答えを出して解決すべきだろうとは思っている。

 それでも、踏み込むのが怖くてまともに向かい合って話をすることもできず、答えを出さないままやってきてしまった。


 ソフィアは何事もなかったかのように、普段通りに俺の問いかけに答えた。


「二日後には一度巨人の様子を見に行くことになっております。その更に二日後にはエルフの森に定期挨拶に向かう予定がございます」

「ああ……巨人はともかくとして、そういえばそろそろだったか」


 巨人は前に活躍してもらってからろくに世話をしていなかったので、その様子見というか、ご機嫌伺い? また何かあった時にいざってなって動いてもらえなかったら困るからな。


 エルフたちに関しては、エルフの姫であるリリアがこっちにいるため、定期的に挨拶に行く必要がある。

 定期的と言っても数ヶ月ごとなんだけど、エルフにとっては頻繁にきてくれるマメで優しい人になるらしい。

 一日あれば行き来出来る距離だって事を考えると、それほど頻繁ってほどでもない気がするけど、まあそこは時間感覚のせいだな。


「できるだけ早い方がいいでしょうから、多少急にはなりますが明日はいかがでしょうか?」

「どうだ?」

「大丈夫っすね。ダメだろうと通すんで、それでお願いするっす」


 今回城に行くのは、その出来の確認という意味もあるし、三日も四日も開けると確認が遅れ、工期も伸びることになる。

 そのため、できるだけ早い方がいいというのは理解できるので、新たな城に向かうのは明日となった。


「時間は?」

「あー、ボス——団長からは昼を一緒にどうか、って提案があるんで、午前でお願いしたいんすけど、どうっすか?」

「じゃあ、明日の朝……九時くらいでいいか?」

「わかりました。それじゃあ、明日の九時で城に集めとくんで、その時に城の正面に来てくださいっす」


 そうしてエディは別れの挨拶をすると、ゆっくりしていくでもなくささっと帰って行った。


 俺は明日城に向かうことになったわけだが、その際に一つ問題というか、なんというか……解決しないといけないことがある。


「ソフィア……」


 そう考え、俺は少し時間を置いてからソフィアへと声をかけた。


「はい。いかがされましたか?」

「あー……いや、ベル達はどうしてるかなって、ちょっとな……」


 俺が解決しないといけないのは、ベルたちのこと。解決といっても、俺自身の問題に答えを出すことではない。それができるのなら一番いいんだけど、今すぐにできるわけでもないのでそれとは別のこと。

 この部屋、あるいはこの屋敷にこもっているだけなら護衛は必要ないんだけど、ここを離れてカラカス本街の方に出るとなると、流石に護衛を頼む必要がある。


 だが、その事をなかなか切り出すことができず、そんな曖昧な問いかけとなってしまった。


「ベルとカイルは訓練に時間を割くようになりましたので、そちらにいるかと」

「そうか。それって俺の……いや、なんでもない」


 今、ソフィアはこの部屋にいるものの、カイルとベルはいない。あの時俺が置いて行ったせいで、鍛え直している、らしい。


 それは俺があの時置いて行ったからだよな、なんてつい聞きそうになってしまったが、そんなことは分かりきっているし、聞いたところでどうなるものでもない。

 なので俺は、言葉を途中で止めると首を振ってなかったことにした。


「明日は、悪いけど一緒に来てくれるように言っておいてくれ」

「かしこまりました」


 翌日。俺は『普段通り』にソフィアとベルとカイルを伴ってカラカス本街にできた城へと向かって馬車に乗っていた。

 尚、リリアはいない。魔王にはリリアの遊び相手を頼んだし、今頃魔王と遊んでいるだろう。……苦労をかけるし、後で会いに行っておこう。


「——前のも迎賓館って言うにはだいぶでかかった気がするけど、それと比べてもでかいな」


 まだカラカスの本街についたばかりで城にはついていないのだが、町が整備されて大通りもできたので、ここからでも城を見ることができたのだが、その大きさは遠目から見てもかなり大きい。


「まあ、この国の象徴になるわけだからな。でかくすんのはわかりやすい強さの証だろ」


 カイルは俺の言葉にいつも通りの様子で返してきたが、その様子が逆に心をざわつかせる。


「そうだな。でも……よかった。これでもし『魔王城』みたいな感じになってたらどうしようかと思ったよ」


 けど、そんな感情に気づかないふりをして、俺もいつも通りに言葉を返す。


「ボス……あーっと、団長がお前の母親を迎えるために作ったんだから、その辺は大丈夫だろ」

「と、思いたいんだけどな。安心できない要素があったんだよ」

「安心できない要素?」


 カイルは眉を顰めて首を傾げているが、いるんだよ。安心できない要素が。


「人の体を壁に埋め込んで芸術だって言い張るようなセンスの持ち主が協力してるらしい」


 前に親父から聞いた後で軽く調べてみたんだが、本当にそんな奴がいたのだ。自分の家は自分の好みで改造しており、噂に違わぬ奴だった。

 建築家なんだからカラカスではなく花園、あるいは近くの村や町に住んでいるのかと思ったら、違った。カラカスの本街そのものに住んでいやがったのだ。

 普通なら建築家なんて力のない存在がカラカスにいたら一瞬でカモにされるから滞在なんてしないし、ましてや住もうだなんて思わない。

 だが、そいつは人間の死体が簡単に手に入るってことから、カラカスに住むことを決めたようだ。


 死んだら家に埋められる。そんな家だから、カラカスの住民であっても近寄らない魔境となっていた。


 そして、そんな奴が協力しているのだ。『魔王城』への不安が消え去るわけがない。


 一応外観は植物で監視できるんだけど、城の中はまだ花瓶とか飾られてないし、苔も生えてないから監視できないし、今でも割と恐ろしさを感じている。


「それは……なんつーか……正気か?」

「その建築家も雇い入れた奴らも正気だよ。ただ、親父が張り切らなきゃもしかしたら『魔王城』に相応しい見た目になってたかもしれないから、そこはあの張り切りも助かったって言えるな」


 とはいえ、だ。どんな内装になっているのか恐ろしさは感じるものの、親父が母さんのために張り切って準備しているんだから、おかしなことにはならないだろうと思っている。


 ……まあ、牢屋とか拷問室とか、そういう場所はどうなってるかわからないけど、それならそれでいいと思う。その建築家も楽しめるし、捕えた者達は素晴らしい日々を送れるだろうから。俺達には見えないところなら存分にやってくれていい。


「それはそれで、この国の象徴としてはあってんじゃねえのか?」

「カイル。お前は壁から人が生えてるような城で暮らしたいか?」

「ぜってー嫌だ」


 俺だってやだよ、そんな城。

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