第431話王妃様を迎えるために
戦争を終えてから、俺は毎日を遊んで過ごしている——わけではない。
こんな法律だとかルールだとかなんてほとんど存在しないような街であっても、やることはある。なんたって俺は王様だし。
そもそもルールがないのはあくまでもカラカスだけ。花園では他の町よりもだいぶ緩いとはいえルールはあるし、その二つ以外の場所では普通に暮らしてる奴らがいるんだから、そっちでは法が適用されるので、その処理はどうしたって生まれる。
それに、他にもいろいろな問題は出てくるわけだし、仕事がないわけじゃないのだ。
正直なところまったくもってやりたくはないけど、これも王様の役目だろうからやるしかないのだ。
もっとも、俺はまだまだ見習いだ。本当に重要なことはエドワルドや婆さん達が処理して後で報告って形になってる状態だけど。
「ヴェスナー様、ヴォルク様がお越しになられました」
そんなふうに机に向かって仕事をしていると、部屋のドアが叩かれた。
ソフィアがそれに対応したのだが、どうやら親父が来たようだ。ただ、どうして親父がこっちに来たのかわからない。
「……親父が?」
「はい。いかがなさいますか?」
「通してくれ」
「かしこまりました」
今の時期は母さんを迎えるために張り切って街の改善作業を行なっているため、結構忙しそうだった。
前にカラカス本街の方に行った時はまだ完成してなかったし、もう終わったってことはないだろうから、それほど暇があるってわけでもないと思う。
それなのにどうして……。
「おう、ヴェスナー。遊びに来てやったぞ」
なんて考えていると、親父が部屋のドアを開けて姿を見せた。
親父がこっちに来た理由はわからないけど、まあ話を聞けば良いか。
「遊びにって……絶対違うだろ。でも珍しいな。親父がこっちに来るの」
「そうでもねえだろ。結構来てると思うぞ」
「まあ、少し前まではな。最近はあっちの方にかかりきりだっただろ?」
「あー、まあな」
親父は俺の言葉になんと答えたものか迷ったのか、少し視線を彷徨わせながら答えた。
そんな困るようなことを言ったつもりはないんだけど……さてはこのおっさん、恥ずかしがってんのか?
でもまあ、確かにそうかもな。母さん——恋人、或いは婚約者を迎えるために必死になって場所を整えているのを息子に言及されるのは、結構恥ずかしいかもしれない。
だからっておっさんがそんな恥ずかしそうにしても、見てるこっちは嬉しくも楽しくもないからやめてほしいけど。息子としてもそんな反応を見せられても、今度はこっちが反応に困るし。
……まあ、話を進めよう。
「で、こっちに来たってことは、あっちの街の整備はもう終わったのか?」
「いや、まだだな。後二ヶ月くらいはかかる」
二ヶ月か。まだまだかかりそう……いや、一つの区画とはいえ、街の改修なんて二ヶ月で終わるもんでもないか。本来なら年単位の仕事になってもおかしくない。
それを考えると、後たった二ヶ月で終わるってのは異常だろう。
それもこれも、全ては天職のおかげだな。重機なんて使わなくても荷物を持ち運ぶことができるし、建物の解体も地ならしも一瞬で終わる。廃材の処理だってどうとでもなる。
機械なんてなくても機械以上に効率がいい手段があるんだから、そりゃあ早いか。
「でも、たった二ヶ月か。早いもんだよな」
「そりゃあ建築系の天職持ちを使ってっからな。しかも結構な凄腕の奴らだ」
親父はそういったが、凄腕といっても建築系の天職は非戦闘職だ。そんな奴らがこの荒くれ者達が集うような場所にいるんだろうか?
「こんな場所に凄腕の建築家っているのか?」
「いるさ。むしろ、こんな場所だからだな。腕は良いが余計なことをするやつや、技術とセンスが反比例してるようなやつは行き場所がなくてここにくる。あとは世渡りが下手で周りと軋轢ができて、その結果嵌められて奴隷落ちとかな。酷え奴だと指名手配されてるやつとかいるぞ」
「建築家で指名手配……全く想像つかねえな」
何をどうしたら建物建てただけで指名手配されるんだ? 横暴な貴族がデザインが気に入らなくて捕まえたとかそんなんか?
「なんでも、秘密の通路だとか隠し部屋だとか、そういう仕掛けが死ぬほど好きで、家人ですら知らねえ仕掛けを施して、貴族がそれに嵌って死んだとか」
「……それはひどいな」
家人も知らない仕掛けって……そんなの罠だろ。
確かに隠し通路や隠し部屋に憧れるのはわかるし、かっこいいとも思う。実際、この建物だって似たようなのはいくつかあるし、貴族や王族ならそういったものの一つ二つはあって然るべきだろう。
でも、それを家人にも伝えないで勝手につけるのはどうなんだ?
そういった仕掛けって、大抵が侵入者対策で攻撃力のある罠も仕掛けてあるし、伝えなければ普通に死ねるだろ。
実際、死んだから指名手配されたみたいだけど。
「あとは人間も獣も問わず死体を壁に埋めて、一体化させて飾る、なんてセンスの持ち主は仕事を貰えずにこっちまで流れ着いたっつってたな」
「それもひどいだろ。さっきとは別方向で」
剥製を壁に飾るやつのセンスは理解できないけど、行為自体は理解できる。
でも、死体をそのまま直接壁に埋めるって……何考えてんだ?
そんなことしたら不気味すぎじゃねえか?
まあ、みんなそう思ったからこそ仕事を依頼しなかったんだろうし、その結果そいつはここに流れ着いたんだろうけど。
「まあそいつらも腕は確かだからな。趣味にさえ目を瞑れば仕事はできるし人を使うのも上手い。監視さえつけておけば役には立つ」
だが、そういった親父はどことなく疲れているように見えた。
……多分、そんな奴らの相手をしたんだろうな。
「で、そんなおかしい奴らのおかげで街は様変わり、か」
前にあっちに行った時に見たが、完成前でもある程度は形になっていたし、大通りなんかはもうすでに完成したといってもいいような状態だった。
全部が完成したら前よりも遥かに綺麗で使い勝手のいい場所に変わるだろう。
それがカラカス〝らしい〟のかと言われると微妙だけど、まあ住んでた奴らにとっては良いことなんじゃないか? 今までの住民は国の金で家が綺麗になって、スラムの奴らは家を手に入れられる……かもしれない。
変化後の様子が嫌なら、あまり手の入ってない西区に向かうだろう。
「ああ。だが、それとは別に城も建ててんだよ」
「城……ああ、中央区になんか建てるって言ってたな」
今のところ、カラカス本街には城がない。中央区には俺達が会議したりするようの迎賓館的な建物はあったんだけど、そこで誰かが暮らしているわけでもないし、用意しなかった。
だが、俺が魔王になったわけだし、作ろうという話は前々から上がっていた。
俺は基本的に花園で暮らしているが、それでもやっぱり『魔王の城』は必要だろうとなったのだ。
まあ、当たり前といえば当たり前だ。城なんてのはその国の象徴。それを見ただけでどの程度の力を持っているのか把握するための指標になる。
それがたかが迎賓館程度じゃ、象徴としては弱すぎる。
別に権力争いをしたいわけでもないし、相手から舐められたところでどうとも思わないんだが、外交としてはマイナスであることに変わりない。
そんなわけで城は建設中だったのだが、そこに余計な手が入った。
余計な、といっても親父のことなんだけどな。
王国の元王妃である母さんがこっちにくることになったのに、そのための設備が整っていないとなったら問題だ。
というのが親父の主張だ。確かに、それ自体は間違いではないのだが、なんか、建前が薄っぺらすぎて本音が透けて見えるというか、思いが暴走している感はある。
大方、貴族の御令嬢である母さんにこんな危険で野蛮なところに来させるんだから、せめて不自由をさせないように、危険に合わせないように、最高の設備を用意しよう。みたいなことを考えたんだろう。だって、血の繋がっていない息子のために最高の教材と教師を用意したくらいだし、今回もそんな感じだと思う。
母さんは不自由があっても気にしないだろうけど、まあ好きにやらせておこう。親父も楽しそうだし、城が豪華になって悪いことでもないからな。
ただ、そのせいで一から計画を見直すこととなり、城の建築は遅れ、まだ完成していなかった。
もっとも、その城ももうすぐ完成しそうではあるけど。多分あとひと月もあれば出来上がるだろう。
「おう、それだ。んでまあ、その城なんだが、建てるのはこっちでやってるんだが、庭の方がな。お前に頼めねえかと思ってんだ」
「庭? それって前に俺が王国の城でやったようなやつか?」
「そうだ。あんな感じで、攻撃力のある安全な庭を作ってくれ」
攻撃力のある安全な庭とはこれいかに?
普通は庭に攻撃力は求めないと思う。俺が言うことでもない気がするけど。
「でも、庭って他のやつが作ることになってるだろ?」
「どうにかした」
どうにか〝した〟のか。ってことは、俺が頷く前からもう庭担当はいなくなったってことかよ。
おっさんちょっと暴走しすぎじゃねえか?
「……まあ、特に今はやることもないし、いいぞ」
「そうか! いやー、よかった。断られたらどうしようかと思ってな。ああ、そうだ。なら、あと新しく作った広場や大通りの植木。あれもなんか緊急時に使えそうなのに変えといてくれねえか?」
「緊急時って……まあ良いけど……なんで最初っから俺に頼まねえんだよ」
すでに広場や大通りには植物が植っている。それを入れ替えるとなると、ちょっと面倒だ。
最初っから俺に頼んでくれてれば、そんな面倒もなく種撒いてバーっと育てて終わりだった。
「最初からお前がやってると、そこは何かあるってバレて警戒するだろ。だが、バレてなけりゃあなんかするにしても油断する。んで、なんかしたところをお前が捕まえる」
「まあ、普通はそこらへんの植木が攻撃してくるなんて思わないだろうから、効果的ではあるんだろうけど……。でもそれって一回やると効果なくならねえか?」
「ああ。だが、本当に大事なところで一回使えればそれで十分だ」
……なるほど。つまりこれは、大事な王妃様が何かあった時の対策ってわけか。
カラカスで暮らすようになったら街に繰り出すこともあるだろうし、そこで万が一が起こらないとも言い切れない。
もしかしたら攫われたり、襲われたりすることだってあるかもしれない。
その時の避難先として、広場や大通りの植木がある場所を使おうというわけだ。それならどこにでもあるし、下手に逃げるよりも安全で信頼できる。何せ、絶対に裏切ることはないんだから。
「まあ、わかった。街の植木の方はちょっと面倒だけど、親父が一生懸命、寝る間も惜しんで頑張ってるんだから、それくらい協力するさ」
「……別に、寝るまも惜しんで、ってほどじゃねえよ」
「でも、俺あんたがそんなに何かに取り組んでるのを見たことないんだけど?」
「うるせえ。とにかく、頼んだぞ。細かい話は後で人を送る」
人をよこすくらいだったら最初っからそうすれば良いのに、それでも親父本人が来たのは、万が一にでも俺に断られないようにするためだろうな。
「それにしても……もうすぐか」
……よし。前回よりも進化した庭を作ってやるとしよう。
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