第430話仲間と人形の違い
それから数日後、俺は再びカラカス本街へとやってきていた。
だが、今回は親父のところではないし、魔王の件でもない。聖国やバストークのその後の動きに異変があったわけでもないし、花園の運営に問題があったわけでもない。
じゃあなんでこっちにきたのかといったら……
「婆さん、いきなり来て悪いな」
今日は親父ではなく婆さんの方に用があったのだ。それも、かなり個人的な用で。
婆さんの住んでいる娼館に向かうと、少しも待つことなく婆さんの部屋へと案内されたのだが、俺がくるってことは伝えていなかったにもかかわらず、なぜか食べ物も酒も女も用意されて完璧な歓待状態が整っていた。
「おや、魔王様じゃないかい。どうしたんだい、突然こんなところまでやってきて」
そんな準備万端な部屋の真ん中で、婆さんがとぼけたような様子で俺が来たことを不思議がっているが、ここまで準備しておいて知らなかったフリは無理があるだろ。
まあ、この婆さんのことだ。どうせ俺を揶揄っているんだろう。でも、揶揄っているんだとわかっていても、この婆さんに「魔王様」なんて呼ばれるのは慣れない。親父やエドワルド、その他の仲間や配下に呼ばれるのも慣れないけど、この婆さんは殊更だ。
「魔王様はやめてくれよ……。今日は話があってきたんだ」
「そうかいそうかい。こんなところまでやってきたってことは、個人的な話なんだろう?」
「……ああ」
人がいると話しづらいな、と思っていたんだが、俺が婆さんの言葉に頷くなり、周りにいた女達はスッと音を立てることなく部屋を去っていった。
流石は最高級の娼館ってか。見た目が華やかなだけではなく、その内側も相当なものだ。
どうせ扉の外や近くの部屋に待機してるんだろうけど、俺の素の能力じゃ気配を察知することもできない。
でもそれは戦うためではなく、客に煩わしさを感じさせないために鍛えたのだからすごいとしか言いようがない。
それはそれとして、人がいなくなったんだから話し始めないと。そのために来たわけだし。
「……実は、最近ソフィアやベルが、なんというか……よそよそしい……訳じゃないんだけど、前と違和感がある態度なんだ」
そう。今日話に来たのはそのことについてだ。
どうにも数日前から二人……いや、カイルもだから三人だな。まあいつものメンバーの態度がおかしいのだ。
何がどうって具体的に何かあるわけじゃない。普段通りに仕事はしてるし、失敗があるわけでもない。カイルとベルはちょっと訓練の時間が増えたけど、まあそれもそんなにおかしなことじゃない。
「そりゃあアレだろう? 月のものってやつさね。男にはわからないだろうけど、女は色々大変なもんだよ」
「それは前からあっただろ。そうじゃなくて、そんな数日程度の限定的な現象じゃない感じなんだよ」
「それじゃあ、あっちじゃないかい? いつまで経ってもあんたが手を出さないから、いい加減しびれを切らしてるんだろうねえ。 ああ、そういえばあたしのあげたマンドラゴラはどうなったんだい? 結局調薬には使ってないんだろう?」
「あれは別方向で活躍してもらってるけど……そうでもないんだよ。なんていうか、こう、どう言っていいのか分かんないけど、うーん……やっぱり〝よそよそしい〟が一番近い気がする……」
「流石にあたしもそれだけじゃあさっぱりだね。とりあえず、何かしら原因に心当たりはあったりしないのかい?」
まあ、そうだよな。俺が婆さんのところに来たのは、女性に関してはこの婆さんに聞くのが一番いいと思ったからだけど、流石になんにも前後を話していないのにわかるわけがない。
「一応思いつく原因としては——」
思いつく原因としては、ないこともない。よそよそしさを感じ始めた日の前日にあった出来事として、魔王の仲間入りがある。
だが、その際に俺は三人に対して少しまずい態度を取ってしまった……らしい。
自分でもはっきり断言できないんだけど、あの時の三人の態度は少しおかしかったし、その翌日から様子が変わったんだから多分それが原因で合ってると思う。
そのことを婆さんに話すと……
「それは坊が悪いねえ」
ため息を吐かれてからそんなことを言われた。
やっぱり俺が考えたようにあの時のことが原因であってたのか。
でも、俺が悪い……のかもしれないのはわかってるけど、正直何が悪いのかわからない。
「人は、生きるだけじゃ交わらないのさ」
そんな俺の様子を見てとったんだろう。婆さんは徐にそんな言葉を口にした。
「? それはどういう……?」
「みんなこの世界に生きている。けれど、生きているだけじゃあ共に人生を歩んでいるとは言えないだろう? 友や血縁であったとしても、ただ一緒にいるだけならば、ただ話しをするだけならば、それはただの他人でしかないものさ。だからこそ、人は誰かの痛みを理解しようとする。誰かの痛みや苦痛が分かれば、そしてそれを分け合えれば、人は痛みを分け合えた誰かとその人生を交わらせることができるから」
痛みを分け合うことで、人生を交わらせる……。
「誰かと共に歩むと言うのは、その誰かと痛みを分かち合うこと。大事な誰かが苦労をした。大変だね、じゃあ俺も手伝うよと。辛かったんだね、ならその痛みは俺も背負うよと言える者が本当のの仲間であり、家族でもあるのよ。……にもかかわらず、坊はそれを拒絶したんだろう? 表面上の傷さえなければなんの問題もないって」
……確かに、俺はあいつらにそう言ってやることはできなかった。痛みを分け合うんじゃなくて、俺一人で抱えて終わらせようとした。それは、確かに婆さん言うところの『仲間』に行うような事ではないんだろう。
でも、怪我なんてない方がいいはずだ。命の危険なんてない方がいいはずだ。そこは間違い無いだろ?
「いや、それはみんなのことを思って……。だって死ぬかもしれないんだぞ? でも俺がやれば、調子にさえ乗らないで最初から本気でやれば、全部片付くんだ。何事もなく終わらせて、その後にみんなで笑ってた方が幸せだろ? それはいいことのはずじゃないのか?」
「それは置いていく奴の身勝手な言い分だねえ。そんなふざけた言葉は、相手のことを見下してるのと同じことだよ」
俺があいつらのことを見下している。そう言われた瞬間、何を考えたわけでもなく勢いよく立ち上がって口を開いた。
「俺は見下してなんてっ——」
「座んな。話をしに来たのは坊の方だろう?」
だが、立ち上がって叫んだところで、その言葉の途中で睨まれてしまい、気圧された俺は言葉を止めてしまった。
少しの間そのまま睨み合っていたけど、この場合は悪いのは急に叫び出した俺の方なので、大人しく座ることにした。
「坊は見下してないって言ってるけど、確かに純粋に見下してる訳じゃないんだろうさ。でも同じことだよ。少なくとも、置いていかれる者にとってはね」
俺はあいつらのことを見下しているつもりはなかった。あいつらだけじゃなく、他の仲間達のことだって見下しているつもりなんてない。
でも、それは俺がそう思っているだけだった? 実は、自分でも気づいていないうちに内心ではみんなのことを『仲間』とは思っておらず……『お人形』とでも思っていたんだろうか? 自分にとって都合の良いように動いてくれる、自分の生活を彩ってくれる愉快な仲間達。
あるいは、自分の目的を果たすための便利な『駒』。だから俺は、みんなのことを
俺は、みんなのことをそう思っていたのか?
「人は誰しもそんな思いを抱くものさ。世界は自分を中心に回ってるってねえ。自分の都合の良いようにあるべきだ。そうあって欲しい。それはあたしだってそうだったんだから、他の奴らも似たり寄ったりだろうね。……ただ、すぐにそれが偽りだと気づくのさ。世界はそんなに都合よく動かないって。そんな思いじゃあやっていけない。そんな態度じゃあ誰もついてこないと理解せざるを得ない。そうして一人じゃ生きることができないと学び、誰かと寄り添って、誰かに寄り添って仲間を作るのさ」
自分の都合がいいように、か……。確かに、そう思ったことはある。
けど、世界はそんなに都合が良くないって俺は知ってたはずだ。だって俺は、自分に都合よく考えた結果死んだんだから。
「けど、坊の場合は環境が悪かった。いや、良すぎたのかもしれないねえ。何不自由なく育つことができたから、その上こんな街で育ったから倫理観や道徳心、人間性ってもんがどこか歪になっちまってるんだろうね。だから、心のどこかでまだ自分が世界の中心だと思っちまってるのさね」
婆さんはそう言っているけど、それは違う。ただ俺は、今回が一度目の人生じゃないってだけだ。だから普通の子供とは違ってしまっている。
俺は自分が良ければ世界なんてどうなってもいい、なんて身勝手な思いをして生きていた。他人がどれほど傷つこうが、自分が楽しければそれでいい。
そう思って生きていたから最後には馬鹿なことをやって死んだ。そしてこの世界に生まれ変わった。
転生前の人生はクソだった。それは別に誰かのせいじゃない。ただ単純に俺自業自得だ。
前の人生は自分のせいでダメダメなものになり、最後にはみっともなく死んだ。要は『失敗した人生』だ。
そんな人生があったからこそ、今度は失敗しないようにしつつ、楽しんで生きようと思った。
そのためにも、仲間を大事にしようと思っていた。そのはずだ。
でも、それはどうやら俺の思い違いだったらしい。
仲間は仲間ではなかったらしい。
婆さんの言う通りなんだろうな。だって俺は生まれ変わったんだから。一度死んだのに生まれ変わって今では第十位階という強者になり、『農家』という見下されていた天職で軍隊を撃退できるほどにまでなったんだから。
まさしく世界の中心——主人公らしいと言えるだろう。
「王になる。その意思はいいよ。王として国民を守る覚悟も成長したって言ってやろうじゃないか。でも、王であっても世界の中心なんかじゃないんだよ。どれほど力を得ようと、あんたはただのちっぽけな人間であることに変わりはないのさ。他人を見下すなとは言わない。あたしだってやってることだしね。でも、坊の大切な者達は、坊の都合のいいように動く人形じゃあない。そのことを覚えておきな。大切な人を失うかもしれない。それでも本人の意思を尊重して、共に傷を分け合いながら進むのが人間ってもんさ」
人形じゃない。ああ、確かにその通りだ。そんなの当たり前だ。
……でも、俺はその当たり前だと思っていたことは、所詮頭の中でそう考えていただけでしかなかったわけだ。
「それなのに坊は痛みを分け合うのを拒絶したんだ。そりゃあよそよそしくもなるだろうねえ。何せ、『お前達は仲間じゃない』って言われたのと同じようなものなんだから。坊にはそんな意思がなかったとしてもね」
自分のクソッタレな本質を思い知らされたようで、今にも吐き出しそうなくらい胸の中がぐちゃぐちゃして気持ち悪い。
俺は椅子に座りながら項垂れたまま、顔を上げることも指を動かすこともできないでいる。
「そんな気落ちした顔をして、情けないったらないねえ」
婆さんがそんなことを言ってくるが、何も言い返せない。だって今の俺はひどい顔をしてるだろうし、情けないのは本当だから。
「反論もなしかい。そんなに元気がないのに、どうすればいい、なんてことは聞かないんだねえ」
どうすれば、か。どうすればあいつらと仲直りできるのか。どうすればこんな自分を変えることができるのか。
そんな事、教えてもらえるのなら教えてもらいたい。そう思う。
でも……
「……そんなの、聞くようなことじゃないだろ」
明確に理由があるわけじゃない。でも、聞くようなことではないような、そんな気がした。
「はん。それくらいわかる程度の頭は残っていたかい。なら、ゆっくり考えることだね。必要なら部屋を貸すよ。うちの子だってつけてあげようじゃないか。たまには全部を忘れて何かに溺れるのも必要なもんだからね。それは休むんであって、逃げるわけじゃないんだから」
女に溺れて全てを忘れろって? 確かに、それも一つの手ではあるかもしれないな。一旦全部を忘れて意識を切り替えて、落ち着いてから改めて考える。十分に〝あり〟と言える考えだろう。
でも、俺は婆さんの言葉に首を振った。
「……いや、いい。それをやると、あいつらを裏切った気分になるから」
「なんだい? 結婚したわけでもないのに、もう尻に敷かれてんのかい?」
婆さんは少し目を見開いて驚いた様子を見せた後、楽しげに笑ってそう言った。
「話を聞いてくれてありがとう。ちょっと考えてみるよ」
少しだけだが、そんなふうに軽く話したことで気分が落ち着いた俺は、そう言って席を立ち上がった。
「ちょっとと言わず、いくらでも考えな。今の話だって、あたしが絶対の正解ってわけでもないんだ。ただあたしが正しいと思ってることを話しただけで、あんたは別の答えを出すかもしれない。ただ、それがどんな答えであれ、迷わずに済む答えをだしな」
最後に婆さんからそんな言葉を受けて、俺はその場を去っていった。
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