第434話仕掛けの次は死体
ローエンの案内を受けて真新しい城の中を進んで行った俺達は、ローエンの作った仕掛けを百以上も紹介され、だんだんうんざりしてきた。
その中の例を挙げよう。
なぜか気づかれやすいように存在している通路を潜ると、その先からはどこかで見たことのあるような転がりくる大玉(鉄製)。
厨房のそばにある扉をくぐって地下に行くと、水源とのことだがなぜか存在している地下水路(もはや地底湖)。
広間の階段そばにあるスイッチを押すと一枚の板になる階段。
不用意に開けるとタライが落ちてくる物置部屋。
なんでそんなもんを仕込んだって思うような仕掛けが山ほどあり、その説明を聞いているだけでも疲れてしまった。
だが、その疲れも新たな部屋を見た瞬間に吹き飛んだ。
「……なんだ、ここ」
たどり着いたのは、城の中でも奥まった場所にある地下室だった。……そのはずだ。
なんでそんな曖昧なのかというと、この空間が今までの城の様子とは一線を画しているからだ。
これまでは執務室や寝室、キッチンやトイレなんかの色んな場所を見てきたが、そのどれもが城に使われていてもおかしくないようなデザインだった。
だが、ここだけはどう考えても今までとは違う。今までのデザインから派生したなんてとてもではないが考えられず、明らかに城を作った者とは別の者が手がけたような、そんな光景を作り上げていた。
具体的にどんな様子なのかというと、まず地下に降りるまでは普通だったが、地下の部屋の内と外を隔てる扉を潜ると人の顔のようなものが壁にいくつも埋め込まれていた。
それに眉を顰めつつ足を踏み入れると、足裏に凹凸を感じ、下を見れば地面には様々な大きさの眼球が埋め込まれている。
咄嗟に足を上げて別の場所におろしたのだが、その先でも嫌な感触がある。
加工されているからか踏んだところで潰れはしないようだが、それでも踏んでいたいものではない。
足下を無視して部屋の中を見渡してみれば、柱や梁には人や獣が縦にまっすぐ埋め込まれており、この場所はそれらが支えとなっているのではないかと錯覚してしまう。水泳で伸びをするが、あんな体勢だと思って貰えばいい。それが埋め込まれて柱となっているのだ。
そのくせ、部屋は妙に明るい。だが、その明るさは一定の光量を保つのではなく、まるで切れかけの電球みたいにチカチカと不定期に明滅している。そのため、明るいのに不安を掻き立てられる。
「えー、こちらは牢になります」
「牢って……これが?」
「は、はい……」
俺の呟きにローエンが答えるが、その答えはおっかなびっくりという感じの怯えが感じ取れたが、それはこの部屋の光景に対してか、それともこんな部屋を見た俺達の反応に対してか……。
「こりゃあ……なんだな。随分と〝らしい〟風情だな」
「らしいとは、〝魔王城らしい〟ですか? 確かに、こんな光景は普通の城では見ることはできないでしょうね」
親父とエドワルドはそんなふうに話しているが、二人ともその反応の大小に差はあれど、眉を寄せて困惑した様子を見せている。
確かにこんな場所は『魔王城』に相応しいだろうよ。普通の城では見ることができないってのもそうだろう。普通の城にこんな場所があったら驚くどころの話じゃない。
「ちなみに、これを担当したのは……」
「ご推察の通り、こちらのララグラドになります」
ああ……やっぱり。そんな感想しか出てこない。
元がなんであるかに関わらず、死体を建物に埋め込んで芸術と称する建築家のララグラド。
その前情報は入っていたけど、まさかここまで酷いとは思わなかった。
「ヴォルク。あんた止めたんじゃなかったのかい?」
婆さんが呆れた様子で親父に声をかけているが、それは俺も気になる。
この城は母さんを迎えるために作った場所だ。いや、本来の用途としてはまさしく『魔王城』なんだけど、でも建築の責任者である親父の意識としてはやっぱり、母さんのため、だろう。
にもかかわらず、どうしてこんな……こんな頭おかしい場所を作らせたんだ?
そんな婆さんの言葉に、親父はより一層顔を顰めて、ため息を吐き出してから答えた。
「止めたさ。止めはしたが……止めるたびにそいつのやる気が落ちてったんだよ。それに比例して腕も落ちてくから、仕方ねえってんで牢や普段使わないような地下室を担当させたんだ。そこは好きにしていいからそれ以外はまともにやれってな。それ以降は他にやることもあったし、一々見にいくのも面倒だったもんで報告だけ受けて確認してねえ」
ララグラドは今回わざわざ親父が手を出してまで呼んだ人員だ。それだけの価値がある職人なんだろう。
だが、当の本人としては、これだけの規模の建物を作るために呼ばれたのに、自分の腕を好きに振るうことができなかった。
だから落ち込んで本来の能力が発揮できず、それをどうにかするためにこんな場所を作らせたわけか。
まあそれは理解できないでもない。今まで見てきた城の様子は……所々やりすぎじゃないかって仕掛けがあったり初期の計画にはない秘密の通路なんかがあったりはしたものの、その技術は見事の一言だった。
それにはララグラドの手柄も入っているのであれば、その全力を発揮してもらえないのはもったいない。いくつかの部屋を潰すことで全力を出してもらえるんだったら、それは十分にアリだと言えるだろう。
……でも、これは流石にどうなんだ? 『魔王城』を通り越して『魔界』になってないか?
「そりゃあ明らかにあんたの手落ちだねえ」
婆さんは確認を怠った親父に対してため息を吐きつつ小言を言い、それに反応して親父が情けなく表情を歪めた。
そんな婆さんとは違い、エドワルドは最初に驚きはしたものの今ではもう驚きはないようで、平然としながら口を開いた。
「別に良いのではないですか? どうせここにくるような者を相手に慮る必要などありませんし、ここが犠牲になっただけで他がまともに出来上がったのであれば、それで良いでしょう」
まあこんなところに来るのは俺たちに敵対したような奴らだろうから、そいつらのことを考える必要はないんだろう。でも……
「でも、これ使うの俺たちだぞ?」
「違いますよ。確かに私達はこの牢に不届き者を送り込むわけですが、私達自身がここで寝泊まりをするわけではありません。普段は視界の中に入ってこないのならどうでもいいではありませんか」
「いや、そりゃそうかもしれないけど……自分が使ってる場所の地下にこんな場所があるって思うと気にならないか?」
「気になりませんね。もう死んだ以上その肉体はただの置き物でしかなく、置き物は何もできませんから」
死んだ以上は置き物って……そうかもしれないけどさぁ。でもそこまではっきりと割り切ることできるか? なんかこう……怨念とか呪われそうじゃないか? 実際死霊術師なんているわけだし、幽霊がいないわけじゃないんだから。
まあ、そういった存在は自力では何もできない上に、ちゃんと処理しておけば死体に残留思念的なものも残らないから幽霊も存在していられない。だから、ここにあるものが処理してあるのなら問題はないんだけど……どうなんだろう?
「これらを『作品』というくらいです。どうせその辺はちゃんと処理しているのでしょう?」
「その辺は当然問題ない。です」
「でしたら、なんの問題もありませんね」
俺の考えを感じ取ったのか、エドワルドはララグラドへと問いかけたが、ララグラドは堂々とした態度で答えた。
「でも、もし冤罪でここに放り込まれた奴がいたとしたらどうする? 外に出た時にこんな場所があるんだぞって言いふらされでもしたら、大変じゃないか?」
「大変、とは何がどう大変なのでしょうか?」
「え? そりゃあ……俺たちの評判的な?」
「カラカスという犯罪者の街のトップであるという時点で評価はマイナスの最低値ですよ。気にするほどのことではありません」
……それも、そうなのか……?
でも確かに、カラカスの所属で、その頭って評価は何よりな悪評ではあるんだろう。
「強いていうのなら、あなたの趣味だと認識されるくらいですが、まあ私には害がありませんので」
「俺に害があるじゃねえか!」
エドワルドの言葉に俺は反射的に怒鳴ったが、当のエドワルド本人は素知らぬ表情で話を続けた。
「それに、仮に捕まった者が冤罪だとしても、捕まるようなヘマをする方が悪い。それがここのルールでは?」
「いやまあ、そうだけどさ……」
「もし外に言いふらされたとしても、その結果敵対行動を抑制できていいのではありませんか?」
「確かに、捕まったら〝こう〟なるって思われてりゃあ、無意味に反乱を起こしたりする奴らは出てこなくなるだろうな。誰だってこんな姿になりたかねえからな」
エドワルドの言葉に親父も頷いたが、俺だってその理屈は理解できる。でもそれを許容できるのかどうかって言われると……うーん。
「というか、これ今更だけど俺が渡した木を使ってんだな」
「分かるのか?」
「まあ、そりゃあ俺が用意したものだし?」
……そういえば、こいつらにもう
加工された時点で死んでるわけだけど、たまに聞くだろ? 木材から芽が出る、みたいな話。
もしかしたらこいつらも息を吹き返すんだろうか?
そうなったら、埋まってる腕とか顔とか目玉とか口とかその他諸々、なんて思うんだろう?
気に入ってくれるならまだマシだけど、気に入らないからって暴れ出したりしたらどうしよう?
なんて考えていると、気になったことができてしまった。それは……
「さっきから何か言いたそうにしてるけど、なんだ?」
俺は、こんな部屋を作り出した犯人であるララグラドへと声をかけた。
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