第428話あらたな なかまが くわわった

 ——◆◇◆◇——


「さて、それじゃあ本題の魔王だけど……植物はどうなったんだろうな?」


 前はうっすらとだったが反応はあったはずだ。今回だって、前回よりは反応があった。

 なら、ここまで近づいたらもっとなにかしらの反応があるんじゃないだろうか?

 或いは、こっちから話しかけてみるか? それで反応すれば、あの魔王は寄生樹に乗っ取られていると考えてもいいだろう。それなら、ああして水——《潅水》混じりの水の出口でだらけてるのも理解できる。何せ中身が植物なんだし。


 もちろん反応したからって言っても、あくまでその可能性があるってだけなので確信が持てるまで油断するつもりはないが、ひとまずの判断材料にはなる。


「——《潅水》」


 というわけで、近寄る前に話しかけることにしたのだが、話しかけるよりもこうした方が反応がわかりやすいんじゃないかと思って斜め上に手をむけ、スキルを発動した。


 その瞬間、それまでただ壁にへばりついて水に浮かんでいただけの魔王がぴくりと反応を見せた。

 そして、その体を持ち上げると、ビタンビタンと触手を荒ぶらせ始めた。

 一見すると暴れて敵対行動をとっているようにも見えるが、これは喜びを表現しているようだ。何せ頭の中に声がすっごいくるんだもん。


 普段はある程度制限をかけている《意思疎通》のパッシブスキルだが、それを今だけあの魔王に植えた寄生樹に集中させて発動させていた。

 その結果、頭の中が声にならない声で埋め尽くされたのだ。そしてそれは、悲しみや怒りなんかではなく、喜び一色。


 魔王は手足を必死に動かしてドタドタと俺の方に近寄ってくると、《潅水》の降り注ぐ場所でぴたりとその動きをとめ、べたあ……と、溶けたスライムみたいに地面に横たわった。


 これ、間違いなく植物の影響を受けてるな。それも、かなりの割合で。


 まだ完全に支配されたかどうかはわからないけど、それでも意識の大半は寄生樹だと思っていいだろう。


 本当に魔王操れていいんだろうかと思わないでもないけど、でもまあ、魔王が支配されてるんだってんなら話は早い。


「とりあえずどうしてここにいるのか、とか、本当にあの時の魔王なのか、とか聞きたいことがあるんだけど……いいか?」


 そうして話を聞いたのだが、どうやらこの魔王は本当に俺たちが戦った魔王であっているようだ。

 勇者たちに倒されたってことになってるのに、どうしてここにいるのかと言ったら、あれはこいつではなくこいつの兄弟だったようだ。つまり、二体で一体の魔王だった。

 それを聞いて理解した。こいつは『魔王』の半分でしかなかったからこそ、俺達が戦った時にそれほど強くないと感じたし、勇者が南で戦っていたときにも戦いが長引いたのだろう。

 怪我を負ったり疲労したら海に逃げ込んでもう片割れが戦う。そうして入れ替わることで長期戦を可能としていたのだ。


 そして、どうしてあの時助けに来たのか、どうしてここにいるのかと聞いたら、あの時助けに来たのは復讐だったそうだ。

 寄生樹に半分ほど意識を奪われながらも、前に南で戦っていた時と、移動した際に追いかけてきた時に感じた力の持ち主の気配を感じたので、復讐のために襲いかかってきたそうだ。


 なんで勇者の方じゃなく姉王女の方に来たのかと言ったら、魔王がいた場所から近かったこともあったけど、以前南で戦っていた軍勢のほとんどが姉王女の支配下にあったことで、その力の印象が強かったらしい。そのせいで姉王女が戦いの主犯なんだと感じたとかなんとか。


 まあ、あの軍隊は勇者以外全員がスキルの影響下にあって操られていたし、あいつの力の気配を感じ取ってもおかしくはないだろうな。


「それで、これからはどうするつもりだ?」


 そう聞くと、できることならばここに居たいとのこと。

 まあそうだろうな。だってもうこいつの意識はほぼ寄生樹なんだから。

 ただ、流石は魔王というべきか、寄生樹に完全に支配されているわけでもないようだ。


 いや、より正確にいうなら、魔王と寄生樹が混ざった状態になっているらしい。

 意識を侵食されながら抵抗を続け、その状態が長く続いたことで、それが普通になった。そして今では、魔王の意識を残しつつ、自分は寄生樹だという認識でいるとのこと。


 ……なんかすごいことになってんなぁ。というのが俺の本音だ。というか、それ以外に感想なんてないだろ?


「ここにいるのは水が欲しいからか?」


 中身は植物だし、こうしてこの場所で浮かんでるってことはそうなんだろうと思う。

 そんな俺の考えは正しいようで、魔王は触手を動かしてベタベタと地面を叩いている。


「……でも、流石に困ったな」


 俺がそう呟くと、魔王は「なにが?」とでも言いたげな様子で触手をくねらせた。


「倒したはずの魔王が生きてた、なんてことになったら、聖国の威信に傷がつく。それを避けるためにも、奴らは軍でここに攻め込んでくるか、或いは少数精鋭で人を送り込んでくるだろうな」


 例えば、勇者とか。


「そうでなくても俺たちの立場は微妙だってのに、この上さらに魔王なんて存在を仲間に引き込んだとなったら、本当に『魔王』として扱われる可能性が高くなる。戦って勝てないわけでもないけど……面倒だな」


 自分の考えをまとめるようにそう呟くと、魔王は気落ちした様子で触手をへにゃりと垂れ下がった。


「っ——!」


 だが、それだけでは終わらず、突如頭の中に悲鳴のような音が響いてきた。とても騒がしい耳鳴りのようなそれは、多分目の前の魔王からだろう。より正確にいえば、その体内にいる寄生樹から。

 おそらくは、このままいけば自分はここから追い出されるかもしれないとか考えたんじゃないだろうか?


「待て、待った。追い出さないで良いように今考えるから落ち着け」


 そう言ってやれば魔王は騒ぐのをやめ、うにょうにょと触手を動かし始めた。多分、これは期待の表れだろうな。犬のしっぽが揺れるのと同じ感じ。


 しかし、マジでどうしたもんかな。流石にここにおいておくことはできない。

 とはいえ、こいつを殺すのもな……。体内の寄生樹のおかげでこいつはもう俺たちに友好的だし、戦力としてもいてくれると助かる。


 俺もこいつも得をする方法としては、ここにとどまり続けることは許さないけど、定期的に海とここを行き来するのは許す感じか? それなら魔王だって潅水の恩恵を受けることができるし。

 まあ、そうなったらこの排水路周辺はちょっと改築して、魔王が休んでいる時に外から見られないように屋根かなんかをつけることになるだろうけど。


 ただ、それだと休んでいる時はいいとしても、移動してる時が危ないんだよな。魔王単体でやられるのならまだ良いけど、俺たちと繋がりがあるぞってバレるとこの場所にまで被害が出ることになる。


 んー……もういっそのこと花園の中に入れるか? 聖樹の庭に入れたまま外に出さなければバレることもないし、いざという時の戦力として確保しておくことができる。


「——あっと、そうだ。魔王と寄生樹で同化したって言ったけど、魔王本来の力はどこまで使えるんだ?」


 戦力として確保しておくのは良いんだけど、実際のところどの程度戦力になるのか気になった。巨人の場合は寄生樹が寄生したらスキルを使えなくなっちゃったし、もし魔王も能力が使えなくなったんだったら戦力としての価値が変わってくる。そして、その結果次第では対応も変わる。


 だが、そんな俺の考えは杞憂だったようで、どうやら魔王の力はそのままそっくり使えるそうだ。水を操る能力も使えるし、自己再生能力も使える。再生力に関しては、むしろ植物が混じったことでより強化されたらしい。まあ、植物って頑丈だし、本体を切ったところで再生するからな。再生能力って意味じゃかなり上位の存在だろうから、そんなのが体の一部になったら再生力も向上する……のかもしれない。まあ、頑丈になったのは確かだろう。殻の裏が木で埋められているのなら、前みたいに砕くことはできないかもな。


 それから、もう一つの能力があったのだが、これはかなり重要なことで、その話を聞いて思わず顔を顰めてしまった。


「水棲生物との意思疎通か……」


 そう。それが魔王の能力。……というよりも、水棲系の魔物全般の能力らしいが、魔王の場合は魔王であるがためにより強化されているらしい。

 思念を飛ばす距離はここから聖国付近までならできて、近場にいるのなら、大抵のものは協力させることができるんだとか。スキルじゃない版の《洗脳》、或いは《扇動》に近いかもしれないな。


「なら、ここから海の様子を探ることもできるか?」


 俺がそう問いかけると、魔王は触手を動かして川をチャポチャポ叩く。


 すると、数秒経って川から何かが飛び出してきた。……魚だ。

 これは、魔王が呼び出したのか? 任せろ、ってことでいいんだろうか?


 普通、魚が自分から陸に飛んでくることはない。だって死ぬことになるんだから当然だろ。でもこうして自ら川を飛び出してきたってことは、それだけ魔王の呼びかけの効果が高いことになる。

 それだけではまだ、ここから海までの距離を探ることができるのかってのはわからない。

 だがこれで魔王が魚と意思疎通できることの確認はできた。魚に進んで身投げさせるほど強力な力を持っているわけだし、嘘をついてる感じもないから、多分できるんだろう。


 今までは海の様子なんて探ることはできなかった。海藻ならば俺のスキルの範疇だから聞くことはできるが、あくまでも海藻は地面から生えているものだ。或いは浮かんでいるものもあるだろうが、それでも海全体に広がっているわけじゃない。

 だから、俺の情報収集能力ってのは海ではごく限定的なものでしかなかった。それが、この魔王がいることで解消されることになる。何せ、海にいる生物すべてから話を聞くことができるんだから。


「……海や川なんかの水のあるところや、水に接している地点で起こった異変、異常を調べて報告することはできるか? できるのなら、こんな水路の外ではなく、中に入れてやっても良いんだけど?」


 そんな言葉を聞いた瞬間、魔王はピンっと触手を伸ばし、バシャバシャと水面を叩き始めた。


 水が跳ね上がった影響か、それともやる気を見せた魔王が命じたのか、川からどんどん魚が飛び出して俺の方に突っ込んできた。


「うわっ! おい、やめ……ぶえっ」


 豪快に水がはねて俺の全身を濡らし、俺の周囲では突っ込んできた魚たちがびちゃびちゃと跳ねている。


 これは喜んでるんだろうってことはわかるんだが……この魚をどうしろって?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る