第427話誰も傷つかないための最善

 

「それに、前にも俺の兄上様と話をしたことがあってさ、その時に考えたことがあるんだ。王ならば、決断を下さないといけな時がある、って。——でも、それは俺の目指す王じゃない」


 でも、そう。俺は切り捨てないと決めたんだ。


「ここはみんなから捨てられた者が集まってできた場所だ。俺だって、お前だってそうだろ? 全員何かしらに捨てられたんだ。そんな奴らが俺を王として仰いでくれてんのに、そんな奴らの王が、そいつらのことを切り捨てていいわけがない」


 俺は誰も切り捨てない。できる限りの仲間を生かす道を選ぼう。


 俺は、俺のために命をかける誰かの命を背負う覚悟はした。だが、それとこれとは別だ。覚悟はしたが、だからってその誰かに命をかけさせなくちゃいけない道理はない。


 命をかけずに済むのならそれに越したことはないし、俺にはそれができるだけの力があるんだ。

 だから、危険には俺一人で対処しよう。それが一番みんなが傷つかない道だと思うから。


「俺は、俺に仕える者の覚悟を背負う覚悟をしなくちゃならない。時には仲間が死ぬことも許容して行動しなければならないんだろう」


 王様やってる以上、俺は俺の下にいる奴らの命に責任を持たなくちゃいけないし、俺のために命をかける奴らの覚悟を無駄にしないようにしなくちゃならない。それは、そうしたいという想いではなく、そうしなくてはならない義務だ。


「けど、だからって仲間が死ぬことに何も思わない訳じゃないし、一人でも多く死なせないために行動するのは間違いじゃないはずだ」


 覚悟を背負う覚悟はした。誰かが俺のために死ぬことがあるってのも理解してる。

 でも、死んで欲しいわけではないのだ。俺一人が出張って行くことで全てが片付き、その結果誰も傷つかないような道があるのなら、それは素晴らしいことで、俺はその道を選ぶべきだ。

 だって、誰かが死ぬのは悲しいことだから。そのことを今回仲間が倒れたことで思い出せた。


「……確かに、我々は所詮第五、第六位階程度です。私も第七位階でしかありません。あなた方に比べれば塵芥と言ってもいいような存在でしょう。ですが、それでも私は私を受け入れてくれたこの場所を守りたいと思っております。この場所を守るために命をかけたいと思っております。それでも、われわれは頼りないでしょうか?」


 こいつの言う通り、普通の街ならば第五位階第六位階はかなり上の存在だし、第七位階なんてのは大抵の街でトップになれるだろう人材だ。強いし、どこでも歓迎されることだろう。


 それでも……


「……ああ」


 それでも、俺には及ばない。

 こいつが百人集まったところで、俺が本気を出せば容易に勝てる。

 多少苦戦することはあるかもしれないが、それだってせいぜいが傷を負わされる程度で、命の危険までは届かない。


「けどっ!」


 そんな俺の言葉に悔しそうにしている元騎士の男とは別に、ベルが前のめりになりながら叫んだ。


 その表情は悲しげで、悔しげで、見ていたくないものだ。

 だが、その表情はどんどん悲しげなものへと歪んでいってしまう。


「……けど、それじゃあヴェスナー様はどうなんですか……?」


 今にも泣き出しそうな顔で、震える声を吐き出すベル。


「みんなのために戦って、傷ついて……それを悲しいって思う私たちは、貴方のために何かをしてあげたいって思う私たちは……どうすればいいんですか……」


 俺はそんなふうに悲しませたいから一人で行くって選択をしたわけじゃないのに。むしろその逆のはずだ。なのに、なんでこんなことを言わせてしまっているんだろうか。


「どうすれば、か……。待っててくれればいいよ。待ってて、笑って普段通りに生きててくれれば、それだけで俺が頑張る意味はある。そのために一人で行くんだから」


 でも、俺は一人で行くという選択を変えるつもりはない。だって、それが一番安全であることに変わりはないんだから。


「でもっ——!」

「かしこまりました。無事なお戻りを願っております」

「ソフィアッ!?」


 尚も俺を止めようと言葉を発したベルだったが、その言葉を遮ってソフィアが恭しく礼をした。

 そんなソフィアの態度に、ベルは驚いたように声を荒げて振り返ったが、それでもソフィアは態度を変えずに俺の事を見たまま口を開いた。


「ベル。何を言ったところで、私達が足手纏いなのは変わりません。力がないのは悪いことですから。貴方が何を言ったところで、弱いのは事実です。いくら敵の存在が分かるとはいえ、分かったところで何もできなければ意味などなく、邪魔でしかないのです」

「ッ……!」


 どこか棘を感じるソフィアの言葉に、ベルは目を見開いて言葉を失い、その後悔しげに唇を噛んだ。


 だが、そんな様子を見せたのはベルだけではない。足手纏いだと、邪魔だと言ったソフィア自身も、顔には出さないものの拳を握って震えさせている。


「待ってくれ。そんなつもりじゃない。俺はお前達のことを足手纏いだなんて思ってないし、邪魔だとも思ってない。ただ、俺はお前達に死んでほしくなくて、傷ついてほしくなくて……」


 勘違いさせたままではダメだ。

 そう思って俺が一人で行くことについて改めて説明をするが、なぜだろうか? なんだかうまく言葉が出ない。


「ですが、ヴェスナー様のおっしゃられていることは、そういうことですよね? 死ぬかもしれないからついてくるな、と」


 俺がろくな説明にもなっていない半端な言い訳をしていると、俺の言葉が終わるのを待たずにソフィアは普段よりもキツい声でそう言った。


「それは……でも……」


 それがなんだか怒られているようで、俺はつい視線を逸らしてしまう。


「わかっております。貴方が私達のことを大切に思って下さっているのだということは。ですが、それを気に入らないのは私達の自由のはずです。いくら止められようと、心の底から納得することは難しいものです」


 ソフィアがここまで俺に何かを言うだなんて、珍しいを通り越して初めてのことだ。

 普段は使用人らしく、奴隷らしく、一歩引いて動いていた。にもかかわらずこうも言ってくるってことは、それだけ俺の行動はダメなんだろうか?


「それでも、行かれるのでしょう?」

「ああ……悪いな」


 流石にここまで言われると、本当にこれでいいのかと思えてくる。

 でも、これが最善のはずだ。俺が一人で向かうことで、誰も傷付かず、誰も死なないで事を終わらせることができる。


 今の話は、後で色々と考える必要はあるかもしれないが、それはこの魔王の相手を終えてからで問題ないだろう。とにかく今はこの街の——ひいてはこの国のためにあの魔王の対処をしないとダメだ。だって、俺はこの国の王様なんだから。みんなを守るために最善を果たさないと。


「謝るほどに私達の事を思ってくださるのでしたら、行かないでくださると助かるのですが……」

「それは……」

「はい。無理だと言うことは理解しております。ですので、せめて怪我をすることなく戻ってきてください。無事に戻ってきていただけたのならば、私達もいつも通り笑ってお迎えいたしましょう。それが私にできる唯一のことですから」


 もしあの魔王と本気で戦いになったら無傷でってのは難しいかもしれない。

 それでも、怪我をしないことでみんなが笑っていてくれるんだったら、いつも通りの姿を見せてくれるんだったら、俺はそこを目指そう。傷なんて負わず、余裕を見せて終わらせれば、ベルだって今後俺を一人で行かせることに納得してくれるだろう。


「それに、あれからは大丈夫な感じがしますので」


 俺が頷いたのを見たソフィアは、ふっと少しだけ悲しげな笑みを浮かべると、今度は魔王へと視線を移しながらそういった。


「大丈夫な感じ……?」

「お忘れですか? 私の能力は貴方に悪意を抱く者の感知です。少なくとも、今の時点ではあの魔王からは貴方への悪意を感じられません」

「そうか」


 そういえばそうだったな。最近はフローラや植物達が事前に不審者なんかを教えてくれるから危険なことはなかったけど、ソフィアは『従者』として主人——俺に対する敵意や悪意の類を感知することができるんだった。

 そして、『主人に対する悪意』、と言っているが、この『主人』というのは何も俺個人を指すものではない。位階が高くなると、『主人の所有物』にまで効果範囲が広がるそうだ。

 そしてこの街だって俺の所有物だ。なんたって俺はこの国の王だからな。だから、あの魔王がこの街に対して悪意を抱いていたら、ソフィアはそれを理解することができる。

 もちろん距離の制限はあるけど、この程度の距離なら十分効果範囲内だろう。


 にもかかわらず、その反応がないってことは、あの魔王は俺やこの街を狙っているわけではないということになる。それもあってソフィアは俺が一人で行く事をすんなりと認めてくれたんだろう。


 と、そうして二人と話を終えて魔王のところへと向かおうとして、今まで何も言わずに二人の後ろで腕組みをしながら立っていたカイルが視界に入った。


「……カイル。お前は何かないのか?」


 こいつは俺の護衛だ。だったら、ベルやソフィアよりも真っ先に俺の安全を考えて文句を言う立場のはずだ。

 なのにカイルは一言も発していないのが気になり、三人の中で一人だけ話をしていないという事もあって、つい必要もないのに声をかけた。


「何か言って欲しいか? どうせ止めたって一人で行くくせに?」


 だが、カイルは腕組みを解いて俺と向かい合い、静かな声でそう言ってきた。


「いやまあ、それは……」

「わかってるよ。俺も最近第七位階に上がったけど、まだ第七位階程度でしかない。そんな奴が行ったところで、足手纏いだろ? 護衛の面目が丸潰れだけどな」


 カイルは冗談でもいうかのように肩を竦めたが、その表情はどこか作りものくささがあるように感じられた。


 今までのカイルは第六位階だった。それでも十分にすごい事だし、普通の街なら護衛としては引っ張りだこだろう。それなのに今では第七位階にまで上がったのだ。王族の警護にだって使える。それくらいすごい事だ。カイルの歳でこれほどになっているだなんて、世間一般では十分に天才と呼ばれるくほどだろう。


 でも、魔王と戦うには少し足りない。

 前回戦えたのは、あれは魔王が負傷をしていたからだ。

 だが今見る限りでは、もうあの時の傷は無くなっている。それはつまり全快状態の魔王と戦わなければならないということで、その場合はどうなるかわからない。


「前にも似たようなことを言ったことがある気もするが……」


 そう言いながら、カイルは俺の方に歩み寄り、正面で立ち止まると真っ直ぐ俺の事を見据えて口を開いた。


「いつか必ず強くなる。足手纏いだなんて思わせないくらい……それこそ、お前の方から一緒に来てくれって頼むくらいに」

「……そうか」


 カイルはそう言ったが、強くなったとしても俺は結局一人で戦う事を選ぶんじゃないかと思う。だって、それが一番安全だから。俺にとっても、みんなにとっても。


 だが、カイルはそう思わなかったようで、不満気な様子を見せてきた。


「なんだよその顔。いくら強くなってもそんなことは頼まないってか? そんなことはねえだろ。だって、お前はボスのことを頼ってる。それは父親だからってこともあるかもしれねえけど、それ以上に『強いから』だろ? 一緒に戦っても死なないと確信できるくらいに強いから、だからお前はボスを頼るんだ」


 ……確かに、カイルの言ったように、親父がいたら俺はあいつのことを頼るだろう。

 あいつは俺なんかよりも強いし、剣を振れば大抵の敵を殺せる。神剣なんて常識はずれの技も持ってる。数千どころか数万の軍隊を相手どっても無傷で終わらせることができるだろう。それくらい常識の埒外の存在だ。

 だからこそ頼れる。だって、あいつは死なないと思えるから。

 俺がどれだけ油断してようと、どれだけ愚かなことをしようと、その結果厄災が迫ってきたとしても、親父なら死なず、一緒に戦ってくれる。そう思える。


「だったら、俺もそれくらい強くなってやる。そうすれば、今のこの情けない気持ちも吹っ飛ばせるだろうよ」


 それは俺に向けた言葉ではあったが、カイル自身に向けられたものでもあるように感じられた。


 親父くらい強くなる、か……。


「……俺はスキルを使い始めて五年で第十位階になった。お前は……あと何年で〝ここ〟まで来れるもんだろうな?」


 何かを考える前に自然とそんな言葉が口から溢れた。

 それはお前では無理だという拒絶なのか、それとも、そうなれることを待っているって挑発なのか、どっちなのか自分でもよくわからなかった。


 だが、その答えを出す前に俺は話を打ち切って、みんなに背を向けて魔王のいる場所へと歩き出した。

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