第426話一般兵士の意見

 

「フローラ、どうかしたか?」

「んーっとねー。なんかみんなが騒いでる〜?」


 植物が騒ぐ、ってのもおかしな言葉な気がするが、聖樹であるフローラにはあいつらの声が聞こえるのだからおかしくはないのだろう。


 だがまあ、それはそれとして、一体何に対して騒いでるんだ? 一応危険なやつや敵らしき奴が確認できたらその時点で知らせてくれとは言ってあるけど、騒いでるだけで報告として上がってこないんだったら敵ではないってことだと思う。

 じゃあ何で騒いでるんだって言われるとわからないけど。それは本人達に聞くしかない。


「それは——」


 と思って植物達に尋ねるべくフローラに声をかけたのだが、その言葉は遮られることとなった。


「ヴェスナー様! 襲撃者です!」


 そう言いながら、ベルが普段になくドアを勢いよく開けて部屋の中に入ってきた。

 あまり褒められた振る舞いではないが、言っていることが本当ならばその慌てた様子も無理はないだろう。でも……


「襲撃者? この状況でどこのバカが?」


 ついこの間大きな戦いをしたばかりだ。火事場泥棒にやってきた、って可能性もなくはないが、それにしては来るのが遅すぎる。

 そもそもここはカラカスの街に近く、襲撃するには適さない場所だってのに、一体誰が襲撃だなんて?

 もしかして確保した国民(奴隷)が反乱でも起こしたか?


「どこのと言いますか、そもそも襲撃者と呼んでいいのか……。端的に言いますと、魔物が花園への排水路の入り口に張り付いている」

「魔物が? ……ちょっと待った。フローラ」

「は〜い」


 俺が呼ぶだけで何を求めているのかわかったようで、フローラは植物達からの情報を集めて俺に送ってくれた。


 だが、そうして受け取った光景にいたのは……


「魔物って……お前魔王じゃねえか……」


 フローラから受け取った情報の中で、魔王は街の外にある排水路の出口にへばりついていた。

 数本の触手は使われず、排水の流れに任せて揺らめいているのが少し面白いと思ってしまった。


「魔王、ですか? それは前に逃して、この間も戦いに参加した、あの?」

「そう。その魔王だ。まあ同一の存在かはわからないけど、見た目だけは同じだ」


 ベルは俺の言葉に不思議そうに首を傾げているが、今の時点ではおそらく、としか言えない。

 勇者が倒したらしいのにこっちに現れたってことは、今回の魔王は分裂するのかもしれない。あるいは複数いたか。

 正確なところはわからないけど、何にしても前回のやつと同じではない可能性は十分にある。


「とりあえず、そこに向かうぞ」


 排水口なんかで何をしてるのかわからないけど、向かわないわけにもいかない。

 今のところ攻撃してくる意思はないっぽいから、何とか穏便に終わるといいんだけどな。

 一応寄生樹が寄生してたみたいだし、多分何とかなると思う。

 けど、何とかならなかった場合に備えて人を用意しておこう。


 ……ああ、それから、周囲に他所からの監視がいないかも確認しておこう。万が一にでも魔王がここに留まっている、なんてことが聖国にでも知られたら、面倒なことになるからな。

 対外的にはもう『魔王』ではないけど、聖国の上層部は真実を知ってるわけだし。


 そうしてちょこっと対処をしてから俺は報せを持ってきたベルと、ソフィアとカイルを連れて魔王の元へと向かっていった。

 尚、リリアはいない。多分今頃庭で溺れてるんじゃないか?




「本当にいるよ。……何してんだ?」


 一応植物達から魔王の状態を見せられたし、ここに来るまでも動きがないとは聞いていたから魔王の状態は把握していた。

 だが、実際にその状態を見てみると違和感がすごかった。だって魔王が排水路の出口でぷかぷか浮いてるんだぞ? おかしくない訳がない。


「ヴェスナー様! ようこそお越しくださいました!」


 街壁に接近すると、そこを警備していた兵達に出迎えられた。

 どうやら俺が来ると知って、この場所の責任者自身が出迎えてくれたようだ。

 その責任者の兵の案内に従って、俺達は壁の上へと進んでいく。


「流石にあれは来ないわけにはいかないだろ。……で、今のところなんか反応はあったか?」

「いえ、あそこで浮かんでいるだけで、たまに身じろぎをするくらいです。あとは何も」

「こっちから人を送ったりは?」

「しておりません。下手に刺激してはまずいので、指示があるまでは監視にとどめておりました」

「そうか。よくやった」


 これで魔物が壁に張り付いたから排除しよう、なんて攻撃でも仕掛けてたら、もしかしたら魔王が暴れ出していたかもしれない。

 だから下手に刺激せず様子見に留めておいたのはいい判断だろう。


 しかし、このまま様子見を続けるわけにもいかず、何か手を打たないといけない。となれば……


「まずは俺が近づいてみるか」


 この距離まで近づいたことで、あの魔王が前回、前々回と俺が出会ったあの魔王であることに間違いはないのだとわかった。だって植物の気配がするもん。

 というか、気配だけではなく、以前とはちょっと違ってなんか呼んでいるような気さえしてくる。

 それはあの魔王に戦意がないから植物の意思が表に出てきたのか、もしくは寄生樹の侵食具合が進行したからなのかはわからない。

 だが、前に比べて間違いなくその意思を感じられた。


 だからこそ、その体内にある寄生樹と話ができる俺が行くべきだ。俺は第十位階だし、あの魔王と戦ったこともあるから大抵の攻撃には対処できるはずだ。


「危険です! あれが魔王なのだとしたら、近づいてはなりません!」


 と思ったのだが、それは俺たちをここまで案内した責任者の兵に止められてしまった。


 まあ、こいつが俺のことを止めるのもわかる。だって俺はこの国の王様なんだ。俺がいなくても実務的な面では問題ないとはいえ、それでも死なせるわけには行かないだろう。死なないんだとしても、魔王なんて存在に近づけさせるべきではない。


「って言っても、この間も近づいたしな。それでも攻撃されなかったぞ?」


 だが、俺だって勝算がない訳じゃないし、ある種の確信のようなものがあるのだ。


「ですが……ですがそれでも、まずは兵を先に送って様子を見るべきです!」


 こいつは元々はどこかで仕えていた本職の兵士か騎士なんだろうな。それくらい振る舞いがしっかりしているし、言っていることも正しい。


 本来なら、こいつの言ったように兵を先行させて様子見をするべきなんだろう。だが……


「その結果、その兵達が死ぬ可能性を見逃して、か?」


 そんなことをして魔王の不興を買えば、敵対して殺されてしまうかもしれない。俺が行けば何の被害もなく終わらせられるかもしれないのに、だ。


「……正直な、この間の戦争も後悔してるんだ。決して油断してたわけじゃなかった。攻撃されても凌ぎ切る自身はあった。何もさせず、仕留めることはできると思っていた」


 あの姉王女に会いに行った時、俺は自分の中では万全を期したと思っていた。

 万が一敵兵が動き出しても王女を逃がさないように仲間を連れて行った。

 姉王女が何かをしても対抗できるようにあらかじめ防御用の装備を持たせていた。

 精神に干渉する魔法の対策のために結界も張っていた。

 そうして準備を整え、あの場所に出向いたんだ。


 わざわざ話をしたのだって、『姉』と会話をしてみたかったってのもあったけど、あれはあいつから不気味な感じがしたから話をしてその不気味さの正体が少しでも分かれば、と思っての行動だった。


 準備はした。不測に対応できるように警戒していた。決して侮ってなんていなかった。


 ——でもダメだった。


 俺は無事だった。けど、他の奴らは守りなんて関係なく、対策なんて意味をなさず、全員が姉王女の魔法によって倒れた。


「でも、その結果はどうだ。確かに誰も死ななかったさ。でも、あの王女にいいようにやられて、連れて行った仲間はみんな倒れた。ただの精神攻撃だったからまだマシだけど、即死するような攻撃だったらどうする? 精神が壊れたらどうする? だったら、連れて行かない方がマシだろ」


 今回はただ悪夢を見せるだけ、永遠の眠りにつかせるだけという肉体の命には何ら害のない攻撃だったからことなきを得た。

 でも、もしあれが即死技だったら?


 今回の場合はあの姉王女が第十位階だったことと、普通の第十位階ではなかったことがあったからこそ、ああして守りを貫通することができたんだろう。あれはそうそうあるようなことではない。

 でも、決してないことでもない。

 もしもう一度同じような状況になったとしたら、その時連れている兵士達は死ぬだろう。


 だったら、最初っから兵士なんて連れて行かないで、俺一人で対処すればいい。やろうと思えばできないわけでもないんだから。

 そうだ。あの時だって、敵兵の確保だとか殺しすぎないようにだとか考えていなければ、姉王女を捕まえようだなんて考えていなければ、あんな無様を晒すこともなかった。最初から全力で仕留めておしまいだっただろう。


 だから、今回俺は誰も連れて行かない。俺一人ならあの魔王に攻撃されることもないだろうし、攻撃されたとしても対処できる。俺以外の誰かが死ぬことはない。


「ですが、兵も騎士も死ぬことが仕事です。主を守るために戦い、死ぬために我々がいるのです」


 だが、そんな俺の言葉を聞いてもなお、責任者の男は退かず、自身の意見を口にした。


「だとしても、死地に送ることが正しい訳じゃないだろ」

「それも時と場合によります。そうすることで多くを守ることができるのなら、そうするべきです。我々も、兵となった時点でその覚悟はしております。それは他の者達もそうでしょうし、そうあるべきです。守るために命をかける覚悟がないのであれば、その者は兵になどなるべきではないのですから」


 ここは場所が場所だけに、全員がそんな立派な思いを持って兵士になった訳じゃないと思う。中には金が欲しいからだとか、奴隷としてだとか、色々あるだろう。いや、それはこの街に限らないか。普通の街だって、命をかけて兵士をやっている奴なんてごく少数のはずだ。


「できる事ならば、貴方が出て来るのは最後にしてほしいとは思っております。もっとも、この街……この国の在り方を考えるとそうも行かないとは思いますが」

「ま、奥に引っ込んでるだけのやつを王だなんて思わないだろうからな、ここの奴らは」

「ですが、最初に出て行くのは違うのではないかと存じます」


 最終的に行く必要があるのは認めるが、それでも最初に王が出て行くのは違うのだという意見を変えず、この男はなおもそう言った。


「……お前は、元々は兵士だったのか?」

「騎士でしたが、仕える相手が国か王かの違いだけで、似たようなものでした」

「ま、やっぱりそうだよな。なんかそんな感じがしたよ。……それで、元騎士からして、俺の考えは間違ってるか?」


 過去に同じような仕事をしていたにしても、ただの兵士にしてはこの場所を守るって仕事に誇りを持っているような気がしたからそうじゃないかと思ったが、やっぱり騎士だったか。

 ここに来る前の職が騎士なんだとしたら、そりゃあ仕事に誇りがあってもおかしくはないだろうな。


 でも、騎士からしてみたら、俺はどんなふうに映っているんだろうか? それを少し聞いてみたくなった。


「一介の兵士として貴方様に意見を申し上げるのは不敬かと存じますが、王であるのならば、大勢のために個を切り捨て、様々な思いを呑み込んで最善を目指すべきではないかと」


 確かに、それは王に仕え、王を守る騎士としては正しい意見なのかもしれない。でも……


「最善ね……。誰も死なない、誰も傷つかない結果は、最善じゃないか?」

「……」


 最善を目指すというのなら、誰も傷つかないことこそが最善だろう。


 そんな俺の言葉に、目の前の元騎士だった男は眉を寄せて黙り込んでしまった。

 こいつだって、俺の言葉はわかっているんだと思う。誰も傷つかないようにしたい。すべきだ。

 でも、それと同時に王を守らなくてはならず、王に立派でいてもらうことこそがみんなの幸福のためになる。そう信じているからこそ、切り捨てろと言ったんだと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る