第425話南部連合を倒したあと
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それからしばらくして、巨人や寄生樹、及びその他諸々の植物達に進軍を邪魔されていた聖国やバストークは、それ以上の進軍をやめて撤退していった。
バストークはともかくとして、聖国はやけにあっさり引くなと思ったんだが、元々単独では勝ち目が薄い相手との戦いだってのに聖国が出張ってきたのは、バストークと姉王女の力を借りることができるからだ。だが、姉王女は死に、それを聞いたバストークは撤退。残ったのは聖国だけとなった。
それでもこっちは多少なりとも疲弊しているわけだし、回収した国民や捕虜達のことで混乱もあるから平時よりは攻めやすくなっているだろう。まともにぶつかり合えば、もしかしたらいい勝負になるかもしれない。
だが、それは聖国の奴らが万全の状態だったら、の話だ。
道中に仕掛けてあった草花や巨人達は、聖国軍相手に結構な被害を出してくれたようだ。
聖国からこっちに来るまでには森を通り抜けないといけないんだけど、その森全体が敵になったのだからその被害も頷ける。
物資輸送用の車輪は草が絡んでうまく動けず、歩き通しで疲労している兵の足は草に絡め取られて転び、夜になると闇に紛れて巨人が襲いかかり、ついでに寄生樹をばら撒いて戦うごとに人がどこかへと消えていく。
もっと大々的に寄生樹をぶちまければ一瞬で方がついたかもしれないが、それやると本当に人類の敵としての魔王認定されてしまうので、今回は敵に気付かれないように少数だけをバレないように連れ去ることになっていた。
しかし、全員をうまく連れ去ることができたわけではなく、中には連れ去ろうとしたところでバレてしまい、仕方なく殺して処分した者もいた。
だが、それはそれで脱走兵だ暗殺者だ裏切り者だと騒ぎになってしまい、聖国軍は仲間同士であっても疑い合うようなことになってしまった。
そんなこんなで、聖国軍の空気は最悪だった。
そりゃあそうだろうな。こんなところまで長期間歩いてきたってのに、カラカスの領土内に入った瞬間に転んだり荷車が動かなくなったりすることが多くなったんだ。
一つ一つは些細でありふれたことで、これまで移動し続けたのだから目に見える形で疲労が出てきてもおかしくない。
でも、それがいくつも重なればそれだけ疲れは増す。それに加え、巨人なんて化け物の襲撃があり、行方不明者や暗殺なんてことが起こるようになったんだ。これまでと同じように進むことはできないし、こっちまでたどり着いたとしてもまともに戦えるかって言ったら難しいところだろう。
それに加え、どうやら進軍に同行していた勇者が、魔王を名乗っているとはいえ人間相手の戦争に参加するのは乗り気ではなかったようで、勇者の機嫌取りを兼ねて撤退したらしい。
もっとも、撤退したと言っても、攻め込んだという事実は変わらないんだが、そのことについて話をしようとしたら、それは魔王を倒すために仕方ない行動だった、と言われて逃げられた。
まあ、この場合の魔王とは俺のことではなく、姉王女のことだけど。数十万もの人間を操り、他国に攻め入って人類を大量に殺し、意のままに世界を変えようとした邪悪な『魔王』。
バストークと聖国は、そんな魔王である姉王女の思惑に気づき、表面上は協力する姿勢を見せたものの、実際にはカラカスと協力して魔王を倒すつもりだった——と言い張っている。
実際、何十万も操ったのは確かで、他国に攻め入ったのも確か。他の人間のことなんて考えておらず、好き勝手しようとしたのも本当なわけで、言葉の上では確かに魔王で間違いない。
加えて、姉王女が異形化したのを見ていた監視がいたらしく、その事もあってあいつは正真正銘の『魔王』だったってことになった。それも、人に仇なす存在である『邪神』から力を受けた、なんて設定まで付け加えて。
確かにそんな見た目してたし、俺たちも邪神とは呼んでいたけど、まさか本当に『邪神』なんて呼ばれるとは思っていなかった。
正確にはその力を得ただけのしもべの魔王ってことになってるらしいんだけど、まあ『邪神』って言葉のインパクトはすごいもんだろうな。何せ神話や御伽噺にしか出てこないような名前だ。それが今になって出て来たことになるんだから、その話を聞いた奴らは反応に困ることだろう。
けど、その影響で、ここまで姉王女に誘導されて連れてこられた数十万の軍……まあもう減ってるけど、そいつらの中では「そんな存在がいたんだったら自分たちが操られても仕方ないよね」って空気が流れ出した。
そのせいで、捕虜にした奴らは自分たちを解放しろと言い出したのはとっても面倒だった。自分たちは攻めたくて攻めたんじゃなく、ただ操られていただけなんだから悪くない。なんて宣っているのだ。姉王女の『扇動者』は、本人に全くその気持ちが無ければ動かすことはできないってのに。
こいつらがここまで操られたってことは、少なからずその気があったってことだ。攻めるつもりなんてなかった、なんて言わせない。
多分、これも見越しての邪神の出現宣言なんじゃないかと思う。こっちに手一杯になれば自分たちにちょっかいをかけることはできなくなるから。その間に聖国は自国に逃げることができるし、やられた軍の態勢を立て直すこともできる。
まあ、奴らの策に乗らないといけないのは癪だし、そいつらの対応をするのは面倒だけど、開放なんてしない。だってせっかくの人手だ。苦労して皆殺しにしなかったのに、わざわざ手放すわけがない。
でも、全員返さないとそれはそれで面倒だし、南部が潰れることになるので、何割かは返すことになった。具体的には家庭を持ってるやつ。そいつらは無理やりこの場所に留めておいても逃げるだろうし敵意を抱くけど、独身だったら無理して逃げることもないはずだ。
そんなわけで、国民(奴隷)は十万には届かなかったけど、それに迫るくらいの数のプラスとなった。
もっとも、突然そんなに人が増えても済む場所もないし、色々と決めないといけないことや教えないといけないことがあるからまだまだ混乱した状態だけど、なんとかなるだろう。どうせ文句なんて言えないし。すでにある村を襲って場所を奪うこともできないんだから、放置で問題ない。
別に襲ってもいいけど、村の守護神トレント達の餌食になると思う。
でも安心しろ。食料だけなら無限にあるから。雨風を凌ぐことはできなくても、飢えることはないぞ。最近は俺以外にも《生長》を使える『農家』も増えてきたし、足りなくなることはないだろう。
……もっとも、飢えないのは従順なやつ限定で、だけど。
まあそんな感じで俺達が捕虜の対応に追われている間に聖国とバストークは無事に逃げ帰ることができてしまった。残念だ。
そして、どうやら帰った先でも同じように姉王女が魔王だったことや邪神の話を国民に広げているようだ。それがあたかも真実であるかのように。後から何か言ってきても、すでに『真実』が広まった状態を作るかのように。
まあ、それが通用するのは一般の国民だけで、当然ながら当事者の俺たちには通用しない。
でも、言い訳の嘘だってのはわかっているけど、それを咎めることもできない。
姉王女がやった事は魔王と呼ばれてもおかしくないことだし、向こうには勇者がいたし。何より、俺たちに害はないんだ。攻めてきたことを賠償してもらうのは無理だが、状況的には悪くないので邪神の話をあえて否定するつもりもない。
そして、本物の魔王はというと、それに関しては不問となった。なんで協力してくれたのかはわからないけど、あれは『人類の敵』である魔王ではなく、邪神という敵を倒しにきただけ。姿が似てるのはただの偶然。むしろ邪神の力に反応して邪神を倒しにきてくれた良い存在であるとされた。
まあ、すでに勇者が魔王を倒したって大々的に宣言しちゃったし、今更魔王が実は生きてました、なんて言えないだろう。魔王は倒されて、今回のは別物だったとするのが一番平和に終わる。
もっとも、あいつらの教義的に魔物を神の使徒とすることはできないし、自分たちの仲間とすることもできないから、邪神を助けた魔物の存在は国民には伝えていないみたいだけど。
でもまあ、そんな感じで、今回の戦争も無事乗り切ることができたわけだが……
「んん〜?」
窓辺の一番日当たりのいい場所で寝ていたフローラが突然顔を上げて声を漏らした。
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