第423話姉の最期

「……すっご」


 今までにないくらい派手な光景を見せられ、俺はただそう呟くことしかできなかった。

 親父の神剣の時もすごいと思ったけど、今回は使ったのがリリアだってこともあって、より一層驚いたのだ。


「むえー……もう、むりー……」


 だが、俺がそんな感心しながら見ていると、リリアは力なくそう口にし、眩いばかりの光の柱は徐々にその光量を落とし、最後にはふっと消えてしまった。


 一瞬前まであったはずの光の柱が綺麗さっぱり消えてしまったことで、本当にそんなものがあったのかと疑いたくなるが、その痕跡はしっかり残っている。

 光の柱をその身に受けた邪神は、それまでの威勢の良さを消し、溶けたスライムみたいに地面を這うことしかできていなかった。


 あそこまで弱れば、少し時間はかかるかもしれないけど流石に俺でも処理できるだろう。

 そう思って《焼却》しようと思ったのだが……


 ズドンッ!


 そんな音が響いた。それは魔王が自身の手である鋏を邪神へと叩きつける音で、その音は一度だけではなく何度も響くこととなった。


 まるで恨みを晴らすかのような、憎悪すら感じられるほどの連打に、俺は割り込むことができずただ見ているだけだった。


 魔王が叩くたびに、まだかろうじて形を保っていた黒い蠢く肉の塊が形を変え、その身を周囲に散らせていく。


 そして、魔王は連打をやめた。かと思ったら飛び散った邪神の体が水によって一箇所に集められた。

 何をするつもりなのかと見ていると、魔王はその場で思い切り飛び跳ね、着地と同時に思い切り鋏を叩きつけた。


「っと……」

「ぐへー……ゆれる〜」


 その威力は凄まじく、振動でリリアはべちゃりと地面に倒れ、土埃で視界が遮られる。

 時間経過で視界が晴れるのを待ってもいいんだが、それだと時間がかかるので少しでも早くするために潅水を上に向かって放ち、雨のようにすることで土煙を消していく。


 そうして視界が晴れ、魔王達の様子が見えるようになったのだが、俺の視線の先では叩きつけた反動で魔王の鋏は大きく破損し、片腕は完全に潰れてしまっていた。


 どうしてこの魔王がそこまでこの邪神を……姉王女を攻撃しているのかわからない。だが、ただ単に俺の味方だからってわけでもないと思う。


 大地を砕き、邪神を倒した魔王。

 その後はどうするのかと警戒しながら見ていたのだが、敵を倒し終えたからか、魔王はその場で動きを止めてしまった。


 死んだのか? そう思ったが、中にいる寄生樹たちの反応は先ほどまでと変わらない。ということは、つまり魔王の意思はまだ残っており、生きていることになる。


 しばらく様子を見ていると、魔王は割れた地面からのそのそと離れ、歩いて去って行こうとしている。


「……ねーねー、あれ、倒さなくてもいいのー?」


 そんな姿を見ていると、不意にリリアから声がかけられた。

 確かに今なら特に苦労もなく倒すこともできるとは思うし、実際俺も攻撃しようと思ったのだが、魔王の様子を見たらどうにもそんな気分にはなれなかった。


「気分じゃない」

「へえー、そう。……あっ。で、ねえ。あの気持ち悪い方はどうなったの?」

「安心しろ。ちゃんと倒せてるよ」


 まだその辺に黒い肉片が散らばっているし、それらを処理をする必要はあるだろうが、本体と呼べるようなものはもうない。


「そう……それはよかった……っ! ねえ、どうどう? わたしすっごく頑張ったでしょ!? これはもう盛大に褒めてもらうしかないわね。ご褒美は期待してるわよ!」

「ああ、よくやったな。ありがとう」


 普段はふざけたことしかしないリリアだが、今回は「よくやった」というしかない。

 前回の王都民救済騒動に引き続き、こんな化け物に相対する光魔法師……これ、もう本当に『聖女』って呼んでもいいんじゃないだろうか? 少なくとも、実績だけは相応なものだと思う。むしろ、それ以上かもしれない。だって、俺は聖国にいる聖女の噂って聞いたことないし。


 そりゃあ、〝いる〟ってことは聞いたことがあるし、どんな存在なのかも聞いたことがある。けど、今代の〝聖女個人〟の話は聞いたことがない。精々が勇者と一緒にいるってくらいだ。情報も集めてみたけど、特筆するようなことはなかったし、なんというか、まあ凡人?


 そんなやつに比べれば、リリアはまさしく『聖女』だろう。

 他人の痛みを理解し、心の底からの慈悲で癒し、みんなを守るために化け物に立ち向かう。……まあ化け物と戦ったのはみんなを守るとかって理由じゃないかもしれないけど、やったことの結果だけで見れば間違いではない。


 普段はふざけてるくせに、いざとなったらこれ以上ないくらいに輝くだなんて、本当に面倒なやつだと思う。

 常日頃から聖女と呼ばれるに相応しい行動を取ってるようなやつだったら俺だって惚れたかもしれないが、普段の様子がアレでアレすぎてアレだからちょっと恋愛対象としては見辛い。だからこそのペット枠。精々が手のかかる妹? 実年齢で言えば俺の方が年下なんだけどさ。

 でも、改めて真面目に戦うところを見ると、かっこいい……なんて思ってしまった。


 まったく……ペット枠なのかヒロイン枠なのか、はっきりして欲しい。


「……あれ? でも、よく考えると悪者相手に複数で袋叩きって、それ『悪』じゃなくて『勇者』みたいな……」


 なんて考えていると、真面目だったリリアはどこかへ消えたのか、リリアはそんなことを言って首をかしげた。

 でもまあ、確かにな。俺はリリアのことを『聖女』だと感じたが、それだと『悪』ではないよな。


 だが、それをいうと面倒なことになりそうな気がしたので、誤魔化すことにした。


「何いってんだよ。こっちは魔王なのってて、あそこには正式な魔王が協力してくれてるんだぞ? どっちが悪かって言ったら、どう考えてもこっちだろ」

「そう?」

「そうそう。それにしても、本当によくやったな。やっぱりお前はすごいな」

「えへー」


 若干棒読みになっていたはずの俺の言葉だが、リリアは手放しで褒められたことで、へらりと相好を崩して笑った。

 ……ほんと、ペット枠かヒロイン枠か、はっきりしてくれないかな?


「とりあえず、帰るか」


 まだ周りには倒れている奴らがいるけど、それはまあ、あとで街の奴らに頼んで運んでもらうなり拘束するなりしよう。

 それから、カラカス本街の方に戻らないといけないんだけど、それもまあ一旦花園に戻ってからでいいだろ。どうせ向こうには親父が行ってんだ。最悪の場合でも敵軍が文字通り〝全滅〟するくらいなもんだろ。


「……っと、その前に後処理くらいはしないだったな」


 帰ろうとしたところで、ふと周りの状態と、やろうと思っていたことを思い出し、俺はそう言いながら周囲を見回す。


 周囲には本体が死んださいにばら撒かれた黒い肉片が存在している。

 だが、普通なら死んでおしまいに思える光景だが、それで終わりではなかった。


 あたりに散らばった黒い肉片からは触手のようなものが伸びて蠢き出した。その先端が五本に別れているところを見るに、人間の手を形作ろう押しているんじゃないだろうか? それは先ほどまで人間の手のようなものを作って動いていたことからしても当たっているだろう。


 だがそんなのをおとなしく見ているわけがない。

 腕の形成も、傷の修復と同じようにかなり遅かったが、放っておいたら厄介なことになるかもしれないので焼き払うことにした。


「これで、本当に終わったな」


 目の前で炎に炙られて身を捩らせ、どんどん萎れていく黒い肉片を見て、改めて終わったんだと理解できた。

 それからしばらく炎を見続け、地面にばら撒かれた肉片が見えなくなったことで焼き尽く終えただろうと火を消した。

 あとは……一応肥料化もしておくか。燃えかすから再生されても困るし、肥料にまで変わってれば復活することもないだろ。


 ついでに、一応後で神官や光魔法師を使ってこの辺浄化と解呪してもらおう。何かあると決まったわけではないけど、あんな不気味な見た目をしてたんだから死んだ後でも何かあっておかしくない。


 ……しかし、夢を見てたどり着いた場所がここか。


「俺の〝姉さん〟も、随分と哀れな道を進んだもんだな」


 すでに肥料に変わって色が周囲と違っている地面を見ながら、元姉だったものに対して呟いた。


 俺が王族として育っていたとしても仲良くなれたとは思えないが、全くその可能性がなかったとも言い切れない気がする。


 基本的に俺は小物の凡人だ。立場や身分に、俺自身の格が合っていない。王なんてものを望むような、望んでいいような存在じゃないんだ。


 そして、それはこの姉も同じようなもの。

 願って追い求めて、自分に相応しくない、分不相応な場所に手を伸ばした結果がここ。


「……王なんてもんを、求めなきゃよかったのにな」


 あるいは、王なんてものはどうでも良かったのかもしれない。ただ捨てられたと思ったから国に戻りたかっただけなんじゃないか。

 なんて、そんなことを考えてしまった。


 それでもこの姉がクズだったのは変わりないし、やったことを許容できるわけでもないけど。


 けど、少しだけ哀れに思った。


 普段は殺した相手のことを気に留めることなんてないのに、こんなことを考えたのは相手が実の姉だからだろうか?

 決定打を与えたのは俺ではないが、殺す気で戦ったし、トドメを刺したのは俺だ。姉を自身の手で殺したという事実に、多少なりとも思うところがあったんだろう。


「坊ちゃん!」


 なんて、柄にもなく感傷に浸っていると、花園から十名程度の部隊がこっちにやってきた。どうやら戦いが終わったことで様子見に人をよこしたらしい。


 街の様子を聞いてみると、花園では現在回収した国民、及び敵兵の対応でちょっとした騒ぎになっているらしい。予め対応の準備をしてはいたけど、流石に人数が多すぎるようだ。

 だが、それ以外には特に問題らしい問題もないとのこと。


 そしてカラカス本街の方だが、あっちももう戦いは終わり、今は追撃戦に入ってるとのことだ。

 逃げたやつを追いかけて確保するよりも、回収した国民に対して何らかの対処をすべきじゃないのかと思ったが、まあ国民(奴隷)を確保する機会だし、後回しにしたんだろう。

 もっとも、その辺りの後始末やなんかはエドワルドや婆さんがうまくやるだろうから問題ないと思うけど。


 そうして軽く現状についての話を聞いていると、先ほどまではそこら辺で倒れていた仲間達も今ではなんの問題もなく起き上がり、こっちに集まってきていた。


 全員が起きる前に、最後に全体の状況を確認しておこうと、植物達に花園とカラカスの周辺の状況を送ってもらう。


 そこでは報告で聞いたような光景が広がっており、住民達の表情は忙しそうではあるが楽しげで、一種の祭りのような雰囲気すら感じられる。

 幸せになることを目指してこんなところまでやってきて、結局は苦しみながら死んだ王女なんかよりも、こいつらの方がよっぽど幸せそうに見えた。


 ……もうあの姉のことなんて考える必要はないか。結局俺たちは兄妹でも友でも仲間でもなく、殺し合った敵なんだから。俺たちが生き残って、あいつが死んだ。それでおしまいだ。


 そう割り切ると、頭を軽く横に振りながら姉王女だったものに背を向けて、花園へと帰っていった。

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