第422話ビャーッとすごいやつ

 

「でも……任せたってどうすればいいんだ?」


 俺の手札にはあの邪神に対して有効打となるような攻撃はないわけだし、下手に手を出すことはできない。

 精々が植物を育てるか燃やすか。或いは邪神の足元の地面を持ち上げて隙を作るくらいだろう。


 ……とりあえず、追加で水を補給しておくか。


 と、俺が改めて水をやれば、魔王は再び攻撃に勢いが戻りだした。


 その後は思いつく限り攻撃してみたんだが、やっぱり俺の攻撃では大したダメージを与えられなかった。

 《焼却》であれば多少は炙れるが、その場合だと魔王も地味にダメージを負っているようなのでそれ以上使えなかった。


 だが、魔王を水で回復させつつ騙し騙し戦っているのにも限界がある。そろそろマジでどうにかしないといけない。


「リリア。まだ動けるか?」


 そう考えた俺は、周りの奴らに結界を張ってへばっていたリリアへと声をかけることにした。

 基本的にリリアは回復とか防御担当なんだが、それでも攻撃技がないわけじゃない。その攻撃はあの魔王の硬い殻を傷つけた実績もあるし、少なくとも俺が攻撃してるよりは効果があると思う。

 それに何より、『闇』には『光』だろ?


「んえー……。もう動きたくないんだけどー?」


 聖樹からの補助があるとはいえ、スキルと魔力を使いすぎたのだろう。リリアは普段になく気怠そうにしている。


「仲間が倒れている中で強敵に立ち向かうとか、かっこよくないか?」

「……言われてみれば?」


 俺の言葉を聞いたリリアは、疲れた様子なのは変わらないものの、それまでの乗り気ではない表情とは違い思案げなものになった。


「そーねー……うん。よし! それじゃあ頑張ろっかな!」


 そして、数秒ほど考えた後、楽しそうに笑みを浮かべながら頷いた。


「ちなみに、お前が使える今一番強い攻撃ってどんなのだ?」

「えっとー、なんかこう……ビャー! ってやつ」


 リリアから説明を受けたが、その説明があまりにも抽象的すぎて何が言いたいのか理解できなかった。


「さっぱりわかんねえな。なんだよビャー、って」

「だから、上からビャーッ! ってするやつよ。もう、わかってよ!」


 リリアは一度の説明で理解してくれない俺に憤っているが、文句を言いたいのはこっちだ。そんな説明でわかるわけねえだろ。


 だが、ここでそんな文句を言ったところで意味があるわけがなく、仕方なく俺は詳しく聞き直すことにした。


「上からってことは、なんか降ってくるのか?」

「うん。光が柱みたいにズゴンッて降り注ぐのよ。あれ、疲れるしちょっとだけしか使えないんだけど、フローラがいるんだったら、まあ十秒くらいは使えると思うのよね」

「最初っからそう説明しろよな、まったく……」


 改めて聞き直してやれば、今度はちゃんと状況がわかるような説明になっており、そんな説明ができるのなら最初からそう話しておけよと思ってしまう。

 だが、この程度ならいつものことだ。特に問題があるわけでもないのだから話を進めよう。


「でもまあ、それはそれとして、十秒か。もっと使えないのか?」


 発動時間が十秒ってのは、魔法としては短い方だ。もっとも、普通は攻撃するために魔法を放てば十秒も経つ前に結果が出るものだから、普段は魔法の持続時間なんてあまり気にしなくてもいいことだが、今はできるだけ長く維持できた方がいい。

 何せ相手は魔王と対等に戦えるようなやばい化け物。多少の油断が命取りになるかもしれないのだ。


「できないこともないけどぉ。あんなおっきいの相手だとそれなりに大きく使わないとだし、余分に力を使わないとだもん。絶対に十秒以上使えるって言うのは無理ねー」


 化け物の大きさは大体四・五十メートルってところだろう。それだけの範囲を一気に効果範囲にするとなると、そりゃあ力を使うか。


「ちなみに、それって第何位階のスキルだ?」

「第八ね。すっごいでしょ!」

「まあすごいっちゃすごいが……第十位階は使えないのか?」


 確かに第八も世間一般としては十分にすごい。だが、この状況では少し心許なさがある。

 こいつは第十位階にまでなっていたはずだし、できることならそっちを使ってもらいたいんだが……どうなんだろう?


「う〜ん。わたしのって、あれ、あの子が近くにいないと無理なのよねー。ほら、第九位階と第十位階って精霊に力を貸してもらうでしょ? わたしの場合は森にある聖樹だから、ここだとギリギリ範囲外なのよ」


 そういえば、一応聖樹も精霊だったな。でもそうか。聖樹は力は強いけど、場所が固定されるのか。

 今はフローラから力を借りてるけど、それはリリアと契約してるってわけでもないし……仕方ない。今は第八で満足しよう。

 どうしてもやばかったら、最悪邪神を引き連れてエルフの森の方へ逃げて、リリアが第十を使えるようになったら使ってもらう、かな? それ以外に方法があるならそっちを選ぶけど、この状況的に他に手が出てくるとも思えない。


「そうか。まあ、なら仕方ないか。じゃあそれを頼んだ」

「う〜い」


 どこか気の抜けたような返事をしたリリアだったが、その直後にはそれまでの気怠さや不真面目さを消して、真剣な様子で杖を構えだした。


「《光よ満ちろ・我が意をここに示さん・我に仇成す者を消し去れ》」


 そうしてリリアの詠唱が始まった。

 普段は適当に使うだけだと言うのにもかかわらず今回詠唱しているのは、魔王と戦った時同様、そうまでしないと効果が見込めないと判断したからだろう。


 だが、そんなリリアの詠唱が始まったのを見たのか感じたのか、とにかく邪神が魔王に向けていた腕の数本をこちらへと伸ばしてきた。


 リリアは魔法を放つまでまともに防いだり動いたりすることはできないだろう。なら、俺のやることは一つだな。

 つまりは——


「悪いな、邪神様。時間を稼がせてもらうぞ」


 そう言いながら地面に種をばら撒き、急速に生長させることで樹木の壁を作り出した。

 邪神の腕は壁に阻まれた。——が、その腕には腐敗の力でも込められているのか、樹木の壁は触れられた箇所から腐っていく。

 木々の隙間からその様子が見えた俺は、咄嗟に樹木の壁に触れている腕の真下の地面をひっくり返し、腕を地面の下へと沈めた。


「普段俺がやってることだけど、やられるとめんどくさいな」


 俺は普段攻撃する時に触れたものを腐らせたりしているが、そうやって防御を崩されると厄介なことこの上ないな。


 だが、あくまでも今の俺の目的は倒すことじゃなくて時間を稼ぐことだ。耐えることはできるわけだし、あとはこのままリリアを守り続けていれば大丈夫だ。


「《これなるは裁き・世界を正す神の意思なり・しかして神の意思は世界を満たされず・その裁きは邪悪によってかき消される》」


 一度攻撃が防がれたからか、邪神はさっきの十倍近い数の腕をこちらに向けた。それもさっきみたいに直線ではなく、前方の様々な角度から襲いかかってくるような形でだ。


 さっきみたいに地面ごと巻き込むのは無理。これだけの数となると、どうしても天地返しじゃ隙間ができてしまう。


 そう考え、俺は周囲に種をばら撒いた。これは先ほどと同じように思えるかもしれないが、その量が違う。

 さっきは木を何本か生やしただけだが、今回は森を作った。

 何百という数の樹木が一斉に育ち、俺たちのいる場所を起点にし、この場所に森を形成していく。


 だが、それも腐敗の手に触れれば腐ってしまうのは同じで、結局は時間稼ぎにしかならないし、あの速度だとリリアが魔法の準備を終える前に俺たちに到達するだろう。


 だから、もう一手打つ。


 俺はリリアから離れ、邪神の方へと近づくとその場で腰を落として何か棒状のものを持つように構えた。

 手の中には何もない。だが——


「《収穫》」


 そう口にした瞬間、俺の手の中には鎌が生み出された。

 この状況で鎌なんて作ったところでなんになる。普通ならそう思うだろう。


 だが、今俺の手の中にあるものを見れば誰もそんなことは言えないはずだ。

 何せ、その大きさが異常なのだから。

 俺が作り出した鎌は、長さおよそ三十メートル。スキルを二百回分注ぎ込んで作っただけあって、かなりでかいものが出来上がった。


 そんなものを作ったところで普通なら持つこともできないだろうが、俺は天職も副職も第十位階。そして、盗賊の方は身体強化のスキルがある。

 まあ盗賊は副職なのでスキルの効果が低い上、敏捷性を中心に上げる身体強化だから腕力を使うための使い方としては間違っているんだが、足りない分はスキル回数を余分に突っ込むことで解決した。


 そうして準備をしていると、森の木々を溶かし、腕がこちらに近づいてきた。

 最短であと十メートル程度の距離に近づいた瞬間、強化した体で、作った巨大な鎌を——振り回す。


 すると、こっちに近寄ってきていた腕は切り落とされ、のたうちまわった後に動かなくなった。


 だが、その一度だけでは全ての腕を切り落とすことなどできず、俺はリリアに当たらないように気をつけながら二度三度と鎌を振るう。


 そうして全ての腕を刈り、それと同時に木々を刈り終えると、切られた木々が倒れて視界がひらけた。

 それと同時に——


「《されど光は滅びず願いは輝く——ディヴァインライト》!」


 リリアの魔法が完成した。


 魔法が完成すると、邪神の頭上に光の球が無数に出現した。

 それを見た魔王はすぐさま邪神から距離を取り、邪神は何をしようと思ったのか光の玉へと手を伸ばした。


 直後、光の球は弾け、真下へ向かっていくつもの光の柱を叩きつけた。

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