第421話魔王対邪神(仮)

 

 魔王がこっちにやって来るのを待ってる間にも、親父は一人化け物と戦い始めた音が背後から聞こえてきたが、俺はそちらを気にすることなくただ魔王だけを見据えていた。


『〜〜〜〜〜!』

「っ!?」


 そして魔王が接近し、いざ、となったところで頭の中に何かの声のような——誰かが泣いているようなものが響いてきた。


「なん——くそっ!」


 だがそんな声なんかにかまっていることはできず、俺はすぐに魔王の対処をすべく特殊改良をしたトレント配合の種をばら撒き、迎撃をする。


 だが——


「っ!? なんでっ——!」


 育てたはずの植物達は、普段なら問題なく敵を捕らえ、攻撃するはずなのに、今回に限ってはそうはいかなかった。


 魔王は育った植物達の中を突っ切り、こちらへと向かってくる。


 それでもなんとか止めようと、混乱しつつも次の手として《天地返し》を発動させ、魔王の足下の地面をひっくり返した。

 しかしそれでも魔王は完全に地面の下に埋まることはなく、触手を使って這い出てこようとしている。


 魔王が出てくるのを食い止めるべく、俺は自分が覚えているスキルを手当たり次第使用していった。


 播種、肥料生成、焼却。収穫で作った鎌を盗賊スキルで投擲もしてみたし、普段は使わないような潅水も使ってみた。


 後々になってみればもっと落ち着いて行動しろと言えるのだろうが、今の俺にそんな余裕はなかったのだ。


 だが、魔王は消耗するどころか余計に元気になり、触手を一斉に動かし——跳んだ。

 そして、その方向は俺のいる場所ではなかった。


 魔王は俺のことを無視し、頭上を飛び越えて親父達の方へと向かっていった。


「親父! そっちに行った!」

「チッ、何してやがる。やっぱまだまだガキかよ……ああん?」


 親父は俺が魔王のことを逃して近寄らせたことで、仕方ないとでも言うかのように悪態をついたが、すぐに怪訝そうに眉を顰めてそれまで戦っていた化け物から距離をとった。


 魔王は親父が距離を取ったことなんて全くもって気にせず、化け物へと突っ込んでいき、その職種と鋏で攻撃し始めた。


「こいつぁ……どういうこった?」

「魔王はあの化け物を倒しにきたってのか?」

「見た感じだけならそうだけど……でもなんでだ?」

「そんなのは知らねえが、まあチャンスではあるな」


 いくら魔王とはいえ、あんな化け物が相手ではすぐに勝つことは難しいのだろう。相手は回復能力を持ってるみたいだし、酷い耐久戦になりそうな感じだ。

 だが、この調子で魔王があの化け物を攻撃し続けてくれるなら、あの化け物にも問題なく勝つことができるだろうな。


「あっれ〜? う〜ん?」


 と、そこで場違いにも間抜けな声が聞こえてきたので、思わず振り返ってしまった。


「リリア? ……どうした」


 振り返った先では、みんなに結界を張ってへばっていたはずのリリアが、座り込みながらも魔王達のことを見てうんうんと首を捻っている。


「んえ? あ、うんとね。あの逃げ出したへっぽこ魔王からなんでかわかんないけど……」


 逃げ出したってことは、多分前回途中で逃げ出したことに対する不満からの言葉なんだろうが、魔王もお前から〝へっぽこ〟なんて言われたくないだろうな。


「『みんな』の感じがするのよね〜。……なんで?」

「いや、俺に聞かれても知らねえし」


 でも、『みんな』か……。リリアの言う『みんな』ってのは、植物のことだろうけど、それがあの魔王から感じられる?

 でも、あれはどう考えても植物型ではないよな。


「みんな、ってのは、植物達のことでいいんだよな?」

「うん、そう」


 リリアが頷いたのを見て、俺も試しに魔王へと語りかけてみたのだが、明確な意思疎通はできなかった。


 ……あ、でも触手の一本がこっちに向かって手を振ってきた。どうなってるんだ?


「……ヴェスナー。お前、前回魔王に遭遇した時、なんか体ん中に寄生樹をぶち込んだとか言ってなかったか?」

「え? ……あ。あー、そういえば、そんなことも……え、じゃああれ、リリアの言った『みんな』ってその寄生樹がまだ生きてるってことか?」

「いや俺に聞くんじゃねえよ。植物はおめえの担当だろ」


 親父はもう戦いが終わった感を出しており、剣もしまっている。

 でも、親父の言われた通り、前回の寄生樹がまだ生きてる可能性は十分にある。

 あの時はうまく発動できなかったからてっきりあの種は死んだモノだと思ってたけど、それなら魔王が俺たちに協力するのも理解できるし、さっき植物達が攻撃しなかったのも理解できる。あれは、仲間だと判断したから攻撃する必要はないとわかった、あるいは、魔王の中の寄生樹から攻撃するなと言うようなメッセージを受け取ったのかもしれない。


「なんか、魔王の方は弱っていってないか?」

「みてえだな。まあ元が水棲の魔物だ。陸に上がってりゃあ力も弱まるだろうよ」


 南を攻める時も、水棲だって事で攻めきれなかったみたいだし、親父が言ったように陸だと本来の消耗よりも早く弱まり続けるんだろうな。


「お水よお水! あの子にお水をあげるの! ……あっ! あとわたしにもね!」

「水って、そんなので解決するのか?」


 まあ植物の影響下にあるわけだし、元が水棲の存在だと考えれば、水のないところで戦ってる今は力が落ちているのかもしれない。

 そう考えると、あながち水を与えるってのは間違いじゃないのか?

 いや、そういえばさっき潅水をぶっ放した時に暴れてたな。あれ、もしかして体内の植物の影響か?

 ……まあ、他に何かやってやれることがあるわけでもないし、水をやってみるか。

 でも、リリア。お前にはやらないぞ。


「《潅水》っと。——お?」


 ちょっと距離があったけど、思いっきり勢いをつけて雨のように降らせてやれば、効果はあったようで魔王は触手を荒ぶらせ始めた。


「苦しんでねえか?」

「っつーよりも、薬キメてイカれてるやつに近えな」


 無闇矢鱈と振り回すように見えるその様子は一見苦しんでいるようにも見えるが、ハイになってリミッターが壊れ暴れているようにも見える。

 もし後者なら、確かにあいつは寄生樹の影響下にあるんだろうな。


「……っと。水を操り始めたな」


 だが、寄生樹の影響下にあるといっても、まだ俺が《意思疎通》できないだけあって魔王の意思は残っているのだろう。魔王は俺が降らせた潅水の水を操って攻撃し始めた。


「化け物大戦争に変わったな」


 水を補充できたことで本領を発揮することができるようになったのだろう。魔王の攻撃は先程よりも一層激しいものとなり、それに対抗するようにあの化け物も激しく抵抗し始めた。


「魔王と魔王……いや。魔王と『邪神』の戦いか?」


 そんな戦いを見ていると、不意に親父がそんなことを呟いた。


「邪神?」

「見た目の感じからしてみてそんな感じだろ」

「まあ、生理的に受け付けないような見た目してるよな」


 黒く不気味な色に染まった、所々ピンクな肉の塊が蠢いて人の腕や触手を生み出して戦っているとなったら、確かに『邪神』と呼べる見た目だろうな。


 でも邪神と魔王の戦いって、どんな世紀末だよ……。


「で? もう一人の魔王様は参戦しないのか?」

「俺が? 参加すると巻き込まれそうな気がすんだけど?」


 今の戦いの様子は、いわば触手と触手で叩き合っている状態だ。何十という鞭が荒れ狂っているとも言えるだろう。

 そんな中に入って一緒に戦えば、どう考えても巻き添えを喰らうに決まってる。


「そりゃあ近づいたらの話だろ? 近づかねえで遠くから」

「だったら親父がやればいいんじゃねえか? あんたならこっからでも剣を飛ばすことができんだろ」


 一応俺もこの場所から攻撃することはできるが、それだと戦力になるか怪しい攻撃しかできない。だが、親父ならば俺とは違ってここからでも有効的な攻撃ができるはずだ。


「いやー、実はさっきの戦いで力を使い果たしてな。もう無理だ」


 だが、親父は肩をすくめてそんなことを言いやがった。


「ざっけんな! あんたまだ余裕だろうが、クソ親父!」

「ま、戦えるか戦えねえかで言ったら戦えるが、俺はあの魔王と面識がねえ。そんな俺が混じったら、邪魔をされたってことで狙いがこっちにくるかも知んねえだろ? だがお前なら知り合いだし、一応仲間判定受けてるっぽいからなんとかなるんじゃねえの?」

「それは、まあ……納得できなくもないけど」


 今はあの魔王が化け物——改め『邪神』と戦っているからこんな無駄話してる余裕があるわけで、下手に参戦して魔王が戦わなくなったら大問題だ。

 だがその点、俺ならばさっき攻撃されなかったし、あの魔王の中にあるらしい寄生樹との繋がりもわずかながらあるから、手を出しても魔王から攻撃されることはないだろうとは思う。


「それに、ここが大丈夫なら俺は他にやることがあっからな」

「やること?」


 親父は「やること」なんていっているが、こんな魔王と邪神の終末戦争みたいな状況以上に優先しないといけないやることなんてあるか?


「敵はこの化け物だけじゃねえってのを忘れてねえか?」

「あ……」


 そう思ったのだが、親父がカラカスの方を指差しながら言った事で、俺は今の状況を改めて理解しなおした。

 そうだ。まだ俺たちは戦争の途中だったんだ。

 花園での戦いは終わったし、敵将である姉王女はああなってるからてっきり戦争自体は終わった気分でいたけど、それは花園に限った話。

 別働隊として動いていたカラカスの本街を襲っていた軍はまだ残っている。


「ヤバそうな気配を感じてこっちにきたが、敵の軍自体はまだ存在してっし、それに、その後に続いてる馬鹿どもの対応の準備もしなくちゃならねえ」


 加えて、あの軍を倒したんだとしても、その後がまだ残っている。聖国とバストーク。この二つが南部連合に同調して攻め込んでくるわけだし、ここで無駄に時間をかけたり被害を出したりするわけにはいかない。


「あー、そうか。これ倒して終わりじゃなかったな。バストークは……まあどうとでもできるけど、聖国の方は巨人がいて罠があるって言っても、それだけで全滅は無理だろうしな」

「だろ? そんなわけで、ちっとあっちを終わらせたら聖国の奴らと〝話し〟をしに行かなくちゃならねえ」


 バストークはカラカスの奴らだけでもなんとかなるだろうが、聖国の方は無理だろう。そこまでの人手が足りないってのもそうだけど、あっちはあっちで第十位階を連れてくるっぽいし、俺たちが相手をしないといけない。

 そういった事情もあって、できる限り早く、そして被害を少なく終わらせないといけない。魔王と邪神の問題が片付いたとしても、カラカスが傷つき、戦力が減りましたではまずいのだ。


「ってわけだ。あとは任せたぞ」


 俺が理解したのをみると、親父は軽い調子でそう言ってから、一気に走り出した。

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