第420話プライド

 

「……チッ。そんなこともできんのかよ。多芸なこった」

「でも、さっきよりは確実に小さくなってるし、それを続けていけばそのうち死ぬんじゃねえの?」

「そううまくいくといいんだが、どうだかな」


 もう勝ったんじゃね? と楽観的に考えた俺の言葉に、親父は曖昧な答えを返してきた。何か気になることがあるようだ。だが、それがなんなのかはわからない。


「でも、この後の方針としてはその聖剣で攻撃するしかないだろ」

「……まあ、そうだな」


 いくら親父が違和感を感じていようと、今のところ有効打はその剣しかないんだから親父に頑張ってもらうしかない。


「で、何でああなったのか詳しく説明しろ」


 親父は自身の手の中にある聖剣へと視線を落として軽く眺めてから、視線を正面へと戻しつつことの経緯を聞いてきた。


「——なるほどな。考えられるのは、闇魔法ってとこか」


 親父にここであった事を話したら、そんな言葉が返ってきた。

 その言葉には俺も同意だ。見ていた感じだとそんな気はする。

 見た目も真っ黒だけどただ黒いってわけじゃなくて『闇』って感じがするし。


 あとは、物語の定番だろ? こう、邪悪な魔法使いが何かをしようとして暴走して暴れ出す、みたいなのは。

 実際、『闇魔法師』って天職は数が少なく、なにがどうなっているのかその詳細はあまり知られていない。王家でさえ把握していないらしいから、なにが起こっても不思議じゃない。


「だが闇魔法で〝ああ〟なってるってことは……容量オーバーか?」

「容量? 闇魔法で吸収できる力のか?」

「そうだがそうじゃねえっつーか……」


 親父は、あの化け物を睨みながらなんとも歯切れの悪い返事をしてきた。

 だが、その後は自分の頭の中を整理するようにゆっくりと話し始めた。


「あー、位階が上がる時、お前も感じたことがあると思うが、何つーか頭の中をいじられてるような、体の中にある何かが歪むような、そんな感覚があるもんだ。それ自体はちょっとしたもので、普通にしてりゃあ特に気にかけるもんでもねえんだが、今回はそれが影響してんじゃねえか、ってな」


 確かに位階が上がるとその際になんか頭の中に響いてくる言葉、みたいなものはあるし、体の奥で何かが変わったような感覚がある。それは体内にある神の欠片が成長したからだって言われてるし俺自身そうだと思ってたが、それのせいで何か異変があったってことか?


「でも、影響ってどんな風にだ?」

「俺達の使うスキルは『神の欠片』なんて呼ばれてんだろ? 元々人間には過ぎた力である『神』の力。それが使うことで人間の体に馴染んで成長し、新たな力を授ける。それがスキルや天職に関する通説だ。あの位階が上がる時の感覚は、俺たちん中の神の欠片が大きくなってるからじゃねえかと思ってる」

「それが今回のことと関係するってーと、つまりあれは神の欠片が力の吸収しすぎで大きくなり過ぎて暴走したってことか?」

「予想でしかねえけど、良い線いってんじゃねえか? あとは、第十位階の魔法に耐えられなかったとかもあるかもな。無理やり位階を上げたみてえだし、そういうなんか、体が追いつかなかったとかあってもおかしくないだろ」

「ああ、なるほど。確かにそれもあるかもな」


 ……確かに、『神』の欠片なんだ。元々人間にはすぎた力であるスキルなんてものが使えるようになるってのに、それを強引に強化していけば異常が出るのも当たり前、ってことか。


 多分十万回のスキル使用で次の位階になるのだって、スキルや上がった神の欠片の力を自身の体や魂に馴染ませるための期間が必要だからだと思う。

 そう考えると、限界までスキルを使った際にあんな体の底から全身をやすりがけされるような不快感も納得できる。


「悪食すぎた弊害か」


 確かにお手軽に位階をあげられて、多分スキルの回数上限も上げられるから便利だが、強引に位階を上げすぎたわけだ。


 そこで改めて姉王女が変異する際の様子を思い出してみたのだが、はたと気がついたことがあった。


「……そういえば、『魂を砕いて』……とかなんとか、詠唱の最後に言ってた気がする」


 あの姉王女が魔法を使う際に唱えた詠唱。あれの最後の方でそんな文言があった気がする。


「あ? んだよ。じゃあもうそれで決まりじゃねえか。さっさと思い出しとけよ」

「あんなやばい状況で一回しか聞いてない言葉を、そんなにすぐに思い出せるわけねえだろうが」

「ま、実際のところはわかんねえけどな。もしかしたらそんなスキルの影響なんて関係なしに、最初の予想通り無理やり位階を上げた影響かも知んねえが、そこはどうでもいい。どうせ、わかったところで何がどうできるってわけでもねえんだからな」


 確かにな。親父の言う通り、姉王女がどうしてあんな姿になったのかがわかったからといって、俺たちに何かできるとは思えない。今は〝ああ〟なったってことと、それに対処しなければならないってことだけで十分だ。


 しかし、原因はそれでいいとしても、じゃあどう対処すればいいんだってなると……


「親父、神剣って使えるか?」

「……まあ、使えねえこともねえが、所詮は斬るだけだ。その後に呪いを流し込んだとしても、さっきみたいに分離されると全部は殺しきれねえぞ」


 まあ、そりゃあそうか。


「あれを全部消し切ろうとするくれえでかい剣も、まあ作れねえわけじゃねえが、周りの被害が酷えことになるな。最終的にどうしようもなきゃそれも仕方ねえが、今はまだやるべきじゃねえ」


 ……確かに、一撃でアレを消し切ろうとするとかなりの大きさの剣になるだろう。以前に見たあの国境割りみたいな傷跡がここにできるとなれば、それはカラカスにとって不都合なことになる。

 水平に薙ぎ払ったとしても、どうしたって被害が出る。

 でも……


「攻撃対象の選別ができるんじゃなかったか?」

「そりゃあ全力を出さねえ時の話だな。アレを相手に、そんな余裕あると思うか?」


 改めて目の前の化け物へと意識を集中させたが、親父の剣で切られてもまだ平然としている様子から、少しでも加減をすれば、たとえ《神剣》を使ったとしても殺しきれないかもしれないと思えてしまう。


 いざとなればそんなことも言ってられないから頼むことになるんだろうが、今はやるべきではないって親父の判断は正しいだろう。


「お? なんだありゃあ。剣か?」

「化け物が一丁前に武器使うのかよ……」


 あれについての対処方法について考えていると、化け物は自身の体から生えている腕を自身の体に突っ込み、剣を取り出した。

 剣、と言っても蠢いて見えるからあれも腕や体を構成しているものと同じものでできているんだろう。


「あんな姿でも剣を使うとか、親近感が湧くな」


 敵が剣を取り出したからか、親父はそんな馬鹿なことを言っているので、俺は肩をすくめて言葉を返す。


「向こうに湧いてんのは殺意だろうけどな」

「かもな。でもあんなバケモンから街や仲間を守るために戦うんだから、勇気が湧くってもんだろ?」

「いくら守るためって言っても、あんな化け物に進んで立ち向かう奴は、勇気じゃなくて頭が沸いてんじゃねえかと思うけどな」

「そりゃあ勇者様に失礼だろ。あんな化け物や魔王に勇気を持って立ち向かうのが奴らなんだから……って、なんだ?」


 なんて、親父と軽口を交わしていると、花園の方向からなんだかヤバそうな気配が漂ってきた。


 目の前の元姉王女から完全には意識を外さないまま、そのヤバそうな気配を漂わせた存在へと視線を向けるとそこには……


「なんっ、であいつがっ……!?」


 まだ遠目だったが、以前にも見た触手の塊……魔王がこっちに向かって来ていた。


「ありゃあ……噂に聞いた魔王か? なんだってこんなところ……いや、そもそも勇者や聖国の奴らが倒したんじゃなかったか?」

「知らねえよそんなこと! それより、どうする? 化け物二体の対処ってなると、流石に面倒程度じゃ済まないぞ」


 親父が言ったように、確かに勇者が魔王を倒したって話は聞いていた。だから俺も安心していたんだ。

 けど、視線の先にいるあれはどう見てもあの時の魔王だ。

 どうして生きているんだ、とか、どうしてここにいるのか、とかはわからない。けど、そんなことは重要じゃない。

 今重要なのは、あの魔王がこっちに向かって来ているってこと。目の前にいる化け物だけでさえ対処に悩んでいるところなのに、魔王なんてものが加わったら流石に手に余る。


「さてどうしたもんかね……。ま、やるしかねえだろ」


 死んだはずの魔王がやって来たことで慌てた俺とは違い、親父はわずかに顔を顰めてそう呟いただけで終わった。

 だが、見える限りの反応はそれだけだったが、その体から感じる気迫は先ほどまでよりも遥かに強く感じられた。


「俺があっちの黒いのをやる。お前は魔王の方をやれ。一度は戦ったことがあるんだから、あっちよりはやりやすいだろ。……魔王が魔王の相手をするって、なんか笑えるな」

「馬鹿なこと言ってる場合じゃねえだろクソ親父! それに、一度戦ったことがあるって言っても、あの時はカイル達の助けがあってどうにか撃退だぞ。それを一人でやれなんて……」


 親父は冗談を交えて軽い態度で言っているが、正直言って俺一人じゃきついと思う。

 前の時はベルとカイルという囮がいて、万が一の場合に備えてリリアという回復要因がいた。だからこそ、無茶を承知で突っ込んでいくこともできたし、その結果撃退することができた。


 だが、今回は誰もいない。


 一応リリアは起きているが、みんなを守るための結界を張っているだけで手一杯のようだから期待するだけ無駄だろう。

 だから戦うのは俺一人だけだし、それで勝てるのかっていうと多分む——


「できねえか? できねえんだったら、俺が守ってやってもいいぞ。赤ん坊の頃みてえにな」


 ……。


「……いや、やる。やってやるよ。俺は、親父に守られてるだけのガキじゃねえ。この国の魔王だからな」


 そう言ったは良いけど、自信なんてない。

 けど、今の親父の言葉を聞いて「じゃあ守ってください」なんて言うのは、なんだろうな。言葉ではうまく言い表すことができないくらいに不愉快なことで、俺の心の内で何かが暴れまわっていた。


 これは言葉にすれば陳腐でありきたりなものになってしまうけど、簡単に言うなら——俺のプライドが許せなかった。


 だからこそ、俺は覚悟を決めて魔王へ向かって足を動かし、親父は姉王女だった化け物へと歩き出した。

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