第410話姉王女:扇動者の軍

 一つの大きな陣幕にたどり着くと、そこを警備していた者が何も言わずとも入口を開け、私を中へと迎えた。


 中に入ると簡素ながらテーブルと椅子が用意されており、その椅子には奥にある一つを除いてちゃんと全てが埋まっていた。


 ここに集まっているのは各部隊の将達。〝これ〟らは兵達をまとめる能力もそうだけど、その武力も私の配下として使ってあげてもいいと思えるほどの強者。

 けれど、そんな強者も長い間私のスキルに晒されていれば抵抗などできるわけもなく、今では私のために動く立派な手駒でしかない。


 とは言っても流石に完全に命令を聞かせることはできず、時折抵抗することもある。けれど、それは『扇動者』の欠点であるためにどうしようもない。『自身が納得できる理由』でなくては動いてくれないなんて、全く面倒な仕様よね。その他大勢の雑魚と違って無理矢理言うことを聞かせることもできないのが煩わしいわ。


 でも、今この場に限ってはそんな制約は意味をなさない。だって『魔王討伐』という大義があるのだから。その大義のためならば、みんな命を捨てて戦ってくれるわ。自分の命を投げ捨ててでも魔王を倒すことは、人類のためであり、正義の行いなのだから。


「これから魔王を倒すため、そして人々の平和を取り戻すため、あの街に攻め込むわ。あそこには犯罪者たちしかいないから被害など気にせず存分に戦いなさい」


 それだけ伝えると、私はそれ以上は何も言うことなく後の話はあらかじめ話を伝えてある士官に話させることにした。

 けれど、私の代わりに話させるからと言って、私がこの男のことを信用しているのかと言うとそう言うわけではない。

 この男はそこそこ優秀ではあるけど、私のスキルに抗えるような能力を持っていないために完全な人形となって動いてくれる。だから便利で裏切ることのない小間使いとして雑用に使っているの。


 なんでそんな男に話させるのかだけど、そんなことは当たり前でしょ? だって私は偉いのよ。こんなところで私自ら会議を進めるなんてこと、するわけないでしょう?


「現時点において敵は姿を見せていません。これは罠の可能性があるものと考えています。そのため、作戦としてはまず一当たりして様子見を行なうこととなります。二万程度で接近し、他は後方で待機。その様子次第で待機していた者たちの動きを決めます。その後は敵が仕掛けてこないのならば待機していた軍も戦いに加え、仕掛けてきたのであれば対応をする。と言う流れになります」

「それは、つまりは行き当たりばったり、ということですかな?」


 私の人形である司会の男の言葉を受けて、集まっていた将の一人が私のことを見つめながら挙手をし、そう口にした。

 確かに内容としては大して間違っていないけれど、その言葉は美しくないわね。まるで私がなんの策も立てられない無能みたいに聞こえるじゃない。


「臨機応変、だ。諜報部隊を放ったが、誰一人として帰ってこなかった。そのため、敵の状況は不明だ。いきなり全軍を突撃させるわけにもいかない」


 その将の一人の言葉が気に入らず、隣にいたロナへと視線を向ける。

 ロナはそれだけで私の意図を理解し、すぐさま言葉を発した将を睨みつけて説明をした。普段と違う言葉遣いなのは、こんな会議の場で女だから、侍従だからと舐められないようにするためね。

 基本的に私には逆らわないけど、スキルの影響下にあっても自我は残っているために私以外には普段通りの感性と思考で接する。だから付け入る隙があると舐めた行動を取るものもいるのよね。

 ロナはそれを防ぐためにこういった場面だと強気な態度をとっている。


「それは理解できます。ですが、二万程度での突撃となると、何か起きた際には助けに向かうのが遅れることになります。そうでなくても、普通に敵からの攻撃を受けたとしてもそれなりの被害が出ることでしょう」

「だから突撃する二万の部隊のうち少し離れて先頭を進む五千は、このカラカスで集めた住民達となる。それならば敵も攻撃を躊躇うだろうし、こちらを攻撃されようとも、その分影響は少なく済む。残りは輜重部隊から一万。主力から五千程度だす。この兵達は、いつでも逃げられるように守りを主体として戦ってもらう。第一陣はあくまでも敵の出方を見るためであり、言ってしまえば囮だ。何かあるかもしれないとわかっているところに主力を出すわけにはいかない。なので、第一陣の仕事は敵を倒すのではなく、時間を稼ぐだけでいい。敵が仕掛けないのであれば追加の兵を送ればいいのだからな」


 今回は大量の軍を連れてきたけれど、そのうちの半分近くは物資を運ぶための輜重部隊で構成されている。そのため純粋に戦える兵力となると一気に落ちてしまう。

 けれど、もうここまで物資を運んできたのだから、輜重部隊など用済みよ。流石に壊滅は困るけれど、多少減ったところで問題ないわ。この局面においては、主力を守るための囮に使うのなら、物資の運搬よりも有効な使い方と言えるでしょうね。

 元々輜重部隊の者達は軍人ではなく、私の演説を聞いて快く参加してくれた志願兵達だもの。荷物さえ運び終えたのなら、存分に戦ってもらわないと。


「しかし……」


 口を挟んだ将はまだ何か言い募ろうとしているけれど、その先を聞くつもりはない。

 この会議は、お前達の意見を聞くための場ではなく、私の考えを伝え、それを実行させるための場。言葉は許しても、意見を許したつもりはないのよ。


「これはもう決まったことよ。この軍の総指揮官である私の言う事は聞けないかしら?」

「いえ、そういうわけでは……」

「まさか、魔王を倒したくない、などとふざけたことを口にするつもりではないでしょう? 人々を守るため、魔王を倒すことは正しいことよ。それを拒絶するということは人類の敵に回るということだものね。あなたや、あなたの配下、家族はそんなことないわよね?」

「……は。余計なことを口にして申し訳ありませんでした。全力を持って魔王討伐に当たらせていただきます」


 私が言葉を放てば、スキルの効果だけでなく総指揮官の立場も加わっているのでその場にいる誰もがそれ以上逆らおうとはしない。


「そう。それでいいのよ」


 返事や態度からして不承不承と言うのが見て取れるけど、それでも私の命令から外れるようなことはしないと理解しているので、了承してから顔を俯かせた将を見ても特に問題とは思わない。


 そしてその場での会議は終了となり、その場にいた者達は各自部隊の指揮へと向かっていった。


「あの街を陥とすことができれば、魔王の首はすぐそこです! あの街を陥とし、その先にある本城を陥とせば、もう魔王による被害を出すことはありません!」


 会議が終わってからしばらくすれば全軍の準備が整い、ついに花園と呼ばれる街の攻略へと移ることになった。すでにカラカスの街の方では、こちらに援軍を出さないように足止めをするための戦いが始まっていることでしょう。


 こちらもできる限り早く花園を陥とすために出発した方がいいのでしょうけれど、その前にやることがある。


 そのために、私は全軍に聞こえるように拡声器を使って声を広げ、その声にスキルを乗せて話し始めた。


「皆さんにも家族がいることでしょう。それはみなさんだけではなくこの世界に住む誰もが同じことです。ですが、その中には犯罪者の暇つぶしや自分勝手な願いによって奪われ、犯され、殺されるという不条理によって幸せを壊されてしまった者が数え切れにほどに存在しています。それは、許せることでしょうか? 許していいものでしょうか? いいえ、そんなはずがありません! 誰かの幸せを私利私欲によって奪うことなど、あっていいはずがありません! 故に、我々があの街を我が物顔で奪っていった魔王とその配下を倒すのです! あの街を陥とし、魔王を倒し、街を解放することができれば、あの街に集まった犯罪者たちによる被害は消え、無意味に人が殺されることも、理不尽に未来を奪われることもなくなるのです! 人類の平和が訪れるのです! 魔王を倒した暁には、皆さんの苦労に見合うだけの栄誉も報酬も手に入れることができるでしょう。我々は人類を救った英雄になれるのです! ですが、そのためには皆さんの力が必要です。ともに魔王を倒し、人々を救う英雄となりましょう!」

「「「「おおおおおおおお!」」」」


 私の演説が終わると、全軍から勇ましき声が上がった。

 その声を少々うるさいと感じるものの、それを顔に出すなんて不手際は見せない。

 これで兵士達の士気は高まり、文字通り命懸けで戦い、臆すことなく突き進んでいく『立派な兵士』になってくれることでしょう。


「……はあ。使いやすい駒であることは確かだけれど、いちいちこうして演説をしなくてはならないのも面倒ね」

「ですが、そのおかげであれらは何の疑いを持つこともなく敵へと向かっていき、逃げることなく死ぬまで戦うことでしょう」

「そうでなくては困るわ。この私があそこまでしたのだもの。それなりの結果を出すのは当然のことでしょ?」


 それだけ言うと私は身を翻して指揮官達の集まる陣幕へと戻っていき、事態の変化を待つことにした。


「そろそろ半分くらいは進んだかしら?」

「そうですね。もうそろそろ敵側からの攻撃が行なわれてもおかしくはない頃合いで——」


 もうそろそろ事態が動き出してもいい頃合いだと思いロナに話しかけ、ロナも私の言葉に答えたのだけれど、その言葉は最後まで続くこと泣く途中で止まってしまった。


「な、なんだあっ!?」


 ロナが言葉を止めてしまったのは、そんな叫び声が陣幕の外から聞こえてきたからに他ならない。


 その叫びは先程の兵士の声のようなものもあれば、何を言っているのかわからない声もあり、さらに遠くからは悲鳴のような叫びも聞こえてきた。


 その叫びによって、私たちは事態の変化を悟ることができた。

 何が起きているのかを確認するために、私はその場にいた他の士官たちに道を開けさせ、外に出て行った。

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