第409話姉王女:魔王についての予想

 ──◆◇◆◇──


「殿下」


 カラカスの周辺に陣を張り、これからあの街を攻め落とすという日の朝、私の侍女であり『裏』のまとめ役でもあるロナが話しかけてきた。

 基本的には誰も私に話しかけることはない。何せ、他ならない私が話しかける許可を出していないのだから。

 けれど、ロナは別。普段から彼女には話しかける許可を出しているし、罰するつもりもない。


 だから話しかけてくること自体はおかしなことではないのだけれど、今日は何か様子が違っていた。

 これから攻め込むから、というだけではなく、もっと違う何かがあるように見える。


「ロナ? なにかしら?」

「昨夜送り込んだ者たちですが、失敗したようです」


 その言葉を聞いてどうしてロナの様子がおかしかったのかを察した。


 私は、昨夜のうちにカラカスとその隣にある花園と呼ばれる街の二箇所に裏の人間を放っていた。

 それが失敗したとなれば、ロナの様子のおかしさも理解できるというものね。


 けれど、その話が本当なら少し疑問も出てくる。


「……全員? 確かそれなりの数を送ったと聞いていたけれど?」


 最初から何割かは失敗するだろうと思っていただけに、九割程度まで失敗しても十分に成果を出せるようにそれなりの人数を送り込んでいた。

 にもかかわらず、その全員が失敗したというの?


「残念ながら、全員です。予定していた合図がありませんでした」


 私の問いかけにロナは表情を変えないまま首を横に振り、送り込んだ者が本当の意味で全滅したのだと告げた。


「……そう。まったく。せっかくわたしの手足として使ってあげてるっていうのに、使えない奴らね」


 使おうと思って以前からそれなりに手間をかけてスキルの影響下においておいたというのに、にもかかわらずろくな成果を出すことができずに一瞬で潰れてしまった。

 せっかく用意した駒が全く役に立たなかったことに苛立ちを感じて僅かに眉を寄せたけれど、すぐに息を吐き出して頭を振ると、壊れた駒のことなんて意識の外に放り捨てる。


 どうせ絶対に必要というわけでもなかった。役に立てばいい、という程度のもの。なので思い通りにならなかったことに苛立ちはしても、そこまで腹を立てることでもない。


「まあでも、元より大した期待などしていないわ。ここは犯罪者の街。いくら裏のものを使ったところで、そもそもこの街全体が裏の者の住処なのだから外部の侵入者への対策も当然とっていることでしょう」

「はい。我々としても何か役に立てば良い程度の考えでしたので、予定そのものには大した影響などございません」

「ならいいわ。予定通り進めなさい」

「はっ」


 ロナは私の言葉に返事をすると、一度礼をしてから陣幕を出ていった。

 おそらく、私の言葉通りこの後に控えている予定の準備のために動き出したのでしょうね。


 しばらくは外から聞こえてくる騒々しさを鬱陶しく思いながら過ごしていたのだけれど、しばらくするとロナも戻ってきた。

 その後は城にいる時とは全く違う質素で味の薄い朝食を取り、さらに時間が経つと予定した会議のために移動を始めた。


「これだけ接近してもいまだに敵の姿は見えないのね」


 私のための陣幕を出て敵の住処へと視線を向けてみたけれど、普通ならこの時間、この距離に敵がいれば兵を並べて列を作っていてもおかしくはない。

 だというのに、街の外に出ている敵は一人たりとて見当たらない。


 敵は街を持っているのだからこれだけの人数に対抗するべく籠城を仕掛ける可能性はある。

 けれど、それでも少々おとなしすぎる気がする。あそこに住み着く者共の性質を考えれば、大人しく街に籠っているというのはどうにも違和感があって仕方がない。


 所詮は賊どもの集まりであるが故に、規律だった行動ができずに戦列を組むことすらできない可能性もないわけではないけれど……


 そんな私の考えを止めるように、ロナが斜め後ろから声をかけてきた。


「ですが油断なさらないでください。調べた限りでは、件の魔王を名乗る者はすでに軍隊を相手にし、街に被害を出すことなく打ち破っております。それも、ただの軍ではなく八天のうち五名をまとめてです。現在は何者の姿も見えないのは、自身の攻撃に味方を巻き込まないため、とも考えられます」


『八天』——それはザヴィート王国にて第十位階に到達した常識の埒外の存在。彼らはそれぞれが王国内に自身の領土を持ち、そこで王の如く振る舞っていた。

 それは第十位階という力の強大さをを知っていれば当然の対応なのかもしれない。今は私も第十位階の強者——一握りの選ばれた存在ではあるけれど、以前は王女という身分があるだけだった。

 王女である私を差し置いて王と交渉して自身の領土を手に入れ、支配し、王であるかのように振る舞っていることが気に食わなかったけれど、それも仕方がないとも思えていた。


 でも、そんな八天もたった二人を残して殺された。そして今では少し前にあった反乱軍の騒ぎで残っていた二人も殺されたけれど、それは今はどうでもいいこと。

 問題なのは、五人もの第十位階がこの地で全て殺されたということ。つまり、それだけの戦力が存在していることに他ならず、ロナの言うようにとてもではないけれど油断していい状況ではない。


 とはいえ、それを誰がやったのか、というのは理解している。いえ、正確にははっきりと分かっているわけではないけれど、おおよその予想はついている、の方が正しいわね。

 誰がやったのか。そんなの、『魔王』に他ならない。普通なら第十位階を五人まとめて殺すなど、同じ第十位階であったとしてもできるはずがないと言うところだけれど、それができるからこそ『魔王』という人類の敵を名乗るなどという頭のおかしいことをしているのでしょう。


 あるいは、魔王以外にも第十位階の強者がいる可能性もあり、そうでなくとも第九、第八位階が数十人単位でいればたとえ第十位階であっても倒すことはできる。


 普通の街ならばそんな高位の天職がいるわけがないと一蹴するところだけれど、ここの場合は少し事情が違う。


 ここは犯罪者の街。各国から追われるようなお尋ね者が集まる場所。集まった者は例外なくなんらかの罪を犯している。その者らは国から逃げなくてはならないような『何か』を犯した罪人であり、国に追われても逃げ切ることができる強者でもある。

 ならば、普通の街には存在し得ないような戦力がいてもおかしくはない、というのが私たちの考え。


「それは理解しているわ。けれど、魔王はあちらの本城の方にいるのではないのかしら?」


 とはいえ、そんな戦力たちの大半はこんな派生した街ではなく、メインであるカラカスの街で待機しているのではないかと思う。だって、あちらが本体であって、こっちはザヴィートとの緩衝地帯として作っただけの街だもの。


 そこに私の弟である捨てられた出来損ないが暮らしているという噂もあるようで、それもあって花園と呼ばれる場所を先に潰すことにしたのだけれど、それはまあどうでもいい話ね。だって、戦力としては意味をなさないでしょうから。


 だから、私が気をつけなければならないのは、『魔王』の方。

 一応その出来損ないの愚弟が魔王としてトップに立っているようだけれど、それはあくまでも目眩し。単なる真実から目を逸らさせるための囮でしょうね。

 だって、私の弟ということは、まだ二十にも満たない子供。私は特別だったからもう第十位階なんて場所に辿り着いているけれど、普通はできない。出来損ないと呼ばれ、捨てられた弟には、到底辿り着けない境地だもの。

 だからこそ、愚弟が魔王という可能性は排除していい。


 そうなると本物の『魔王』が誰なのかわからなくなる。でも、その正体が何者なのかは分かっていないけれど、候補はいる。


 一人はエルフ。どういうわけかこの街のそばに集落があっても、襲われることなく生存して来れたのはそれだけの強者がいるから。エルフならば長命であるため、高位階がいてもおかしくはない。実際、『八天』の一人はエルフの血が混じっているもの。

 そして、そのエルフの中で最たる候補がその女王。強力な植物を操ることからも、エルフの可能性は十分に考えられる。

 エルフの王女があの街で自由に動き回ることができている、ということもその証拠の一つと言えるでしょう。でなければ、希少価値のあるエルフが、あんな犯罪者の街で自由になんていることはできないはずだもの。


 二人目は、ザヴィートの反乱が起こった際に巨人を倒したと言われている『剣士』。巨人を容易く倒すような技を個人で出せるようならば、それは魔王の名に相応しい化け物。

 前情報である〝植物を操る〟という項目からは外れるものの、剣士の他に植物を扱う職を持っていたり、そもそも植物を操ったのは魔王ではなく側近がやったと考えることもできる。


 前の八天を相手した時の戦いだって、植物を操り、大地を操り、炎までも操った。二つまでならば理解できるけれど、三つも異なる性質のスキルを使ったとなると、魔王とは単独ではなく『魔王』という演出をするための集団だという可能性は十分にあり得るでしょう。


 三人目は、これは確定ではないけれど、数百年の時を生きる人間の女があの街には存在しているらしい。

 その魔女は私と同じで人を操り、意のままに動かすことができるという。

 あくまでも噂だけれど、それなりに信憑性のある噂。

 流石に数百年は言い過ぎだとしても、魔女の噂が本当であれば、先程の『魔王』を演出する組織も不可能ではない。人を操る魔女を司令塔とし、魔女の意思一つで全員が寸分の狂いもなくスキルを使い、操ることができるのなら、それはただの人の集まりを超越した一つの存在と言える。魔王を名乗るには十分でしょう。


 そのうちのどれが本物の魔王なのかわからないけれど、エルフの女王は滅多に森から出てこず、残りの二人はカラカスの街を拠点としている。

 そのため、手早くやれば花園の攻略には特に問題というような要素はない。


「おそらくはそうでしょうけれど、実際のところはどうなっているかわかりません。昨夜の潜入でうまく情報を集めることができればよかったのですが……」


 確かにロナの言う通り潜入に向かわせた役立たずたちが何かしらの情報を手に入れることができていればよかったのでしょうけれど、結局役立たずは役立たずで死んだのだからそれを言ったところで意味なんてないわ。


「死んだ駒のことを言っても仕方ないでしょう。元々いなくても問題ないように作戦は組んであるのだから、このままやるわよ。各将達はもう集まってるのよね?」

「はっ」


 私の問いかけにはっきりと答えたロナを引き連れて、私は目的の陣幕に向かって歩いていった。

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