第408話襲撃の夜。その結末

 

「——ともかく、敵が近づいてきてるのは確かだし、明日にでも始まるだろ。あるいは今日の夜からか?」

「そうですね。到着してから戦いを始めたところですぐに陽が落ちることになるでしょうから、それは避けるはずです」


 暗い中での戦闘になると俺たちの方が慣れてるだろうし、そうでなくてもあれだけの軍を暗闇の中で動かせるわけもない。全員が夜目とテレパシー的な能力を持ってたら別だろうけど、まあそんなことがあるわけもないからな。


「そしてそれを私たちが倒すのね! ふっふっふっ。かかってらっしゃい。わたしたちが倒してあげるわ! 魔王とその一味としてね!」


 まだ俺たちの姿なんて見えていないだろう敵に向かってリリアは指を突きつけるが、どこから取り出したのか知らないが仮面を顔につけた状態でポーズをとっている。

 そういやそんなのを持ってたなぁ、と思ったが、もしかしてそれで敵の前に出ていくつもりなんだろうか?


「……なんか勝手に仲間に加えられたんだが?」


 ってかあの仮面てよく見たら前に使ってたやつとちょっと違くないか? 記憶違いじゃないんだったら、前よりもキモくなってる気がする。

 前のは鼻から上を隠すだけの仮面だったが、今回のはどこぞの部族が持ってそうな紋様の描かれたおどろおどろしいものだ。

 ……お前はなんでそんな仮面なんて複数個持ってんだよ。一体どこでそんなもん買ったんだ?


「あのポーズは俺達も参加するべきなのか?」

「仮面なんて持ってないです……」

「必要ありませんよ、ベル。カイルはともかくとしても、どうせ私たちは出番などないでしょうから」


 カイル、お前らはあんなポーズ取らなくていいし、ベルも仮面なんてつけなくていいぞ。

 そもそも、ソフィアの言ったようにそんなの披露する機会なんてないだろうからな。


 敵が来ると分かっている以上、俺だってめんどくさかったがそれなりの準備をしたのだ。

 急造ではあるが、一応軍隊相手用の設備も整えた。突貫作業にしてはいい感じになったんじゃないだろうかと密かに自慢の作戦だ。うまくいけばそれだけで敵を全滅させることができる最強……いや、最恐で最凶で最狂の手だ。ぶっちゃけ思いついた時には、そんなことを思いついた自分の頭を疑ったくらいだ。結局有効そうだったから使うことにしたけど。

 まあそんなわけなので、リリアのかっこいいポーズもキモい仮面も披露する機会はないだろう。もし俺の罠を突破したとしても、その後に俺が直接攻撃を仕掛ければそれで終わりだ。


「対策って……あの植木達だろ? あれ本当ひどいよな」


 まあ、俺のやったことを知ってる奴はカイルみたいに呆れた様子を見せる奴もいるが、効果的なのは確かだと思う。


「まあどうなるかは見てのお楽しみってな」

「楽しめるのは俺たちだけだけどな」


 カイルがそんなふうに肩を竦めて冗談を言ったが、その様子は緊張した様子なんて全くない。それは他のメンバーも同じだ。もちろん俺もな。何せ最初から勝ちは決まってるような戦いだ。後はどれだけ被害が出るのかってだけで、負けなんてはなっから心配しちゃいない。

 夜中の襲撃だろうが明け方の突撃だろうが、なんら慌てることなんてないんだ。後は待ってるだけで結果が見えてくるだろう。

 人間万事塞翁が馬。人事を尽くして天命をまつ。そんな感じだ。言葉の意味があってるかは知らんけど。



 ──◆◇◆◇──


 どこぞの暗部の一人


 陽が落ち、月が空を支配する深い夜。俺たちは陣地から離れ、魔王とその配下である犯罪者どもの根城である街から少し離れた位置に集まっていた。

 その周囲には俺以外にも二十名ほどの同僚が待機している。

 どうしてこんな陣地から離れた場所で集まっているのかと言ったら、それは裏切るため、などではない。これからあの街に向けて出発し、作戦を開始するからだ。


「それではこれより作戦を開始する。——散開」


 今回の任務は危険が大きい。何せあのカラカス——その派生らしき街のようだが、それでもそこに住まう者達は全員が裏と繋がっている訳ありの者達。一般人やそこらの兵よりも我々のやり方を知っているだろう。

 我々はこれまで暗部として活動してきたが、あの街には同類がいてもおかしくない。というよりもいると考えておくべきだろう。そんな街に潜入しにいくのだ。危険がないはずがない。


 だが、これが成功すれば王妃殿下のお役に立つことができるはずだ。

 あの方のご命令通りに成果を上げることができたのなら、後は人類のために役立ててくれることだろう。

 今まで暗部として後ろ暗いことばかりをやってきた我々だが、我らの行動が人類を救うための一助となるのなら、これほど誇らしいことはない。

 今回の仕事も表に出ることはないだろうし、それは今までもそうだ。だが、今回のことが表に出ないのだとしても、我らが人類のために役に立つ事ができたのだという誇りは手に入れることができる。誰からも褒められることなく、日の目を見ることがない、誇れるような仕事でもないが、それでもこの任務を果たすことができればその成果を胸に誇りを持って生きることができるだろう。

 何せ相手は、人類の敵である魔王なのだから。


 ——そろそろ時間か。


 俺は周囲にいた仲間達に合図を出し、それぞれ持ち場についていく。


 そして予定していた合図とともに壁へと向かって全力で走る。


 全力で走ると言っても、あくまでも気付かれないように、だ。外壁の上を確認した限りでは人影はあったから、それらの監視に気づかれることになれば任務は失敗になってしまう。そのままでも続行できないわけでもないだろうが、最上の結果は逃すことになってしまう。


 それ故に《隠密》《幻身》《視線誘導》などのスキルを使って我々は進んでいく。


 そんなふうに警戒しただけあって、特に見つかることもなく壁に到達することができた。第一段階クリア。

 続いての第二段階は壁の上へと登り、監視を処理する。その後壁の上で仲間と合流し、第三段階で街に降りて潜伏することになっている。


 そうして街の中に潜り込んだ後は情報集めや工作を行うのだが、まあまずは第二段階をこなすことに意識を集中させよう。


 頭の中の雑念を振り払うと、壁の上に登るために全身に力を入れ、『暗殺者』のスキルである《壁面歩行》を使用して壁を駆け上がる。


 途中で発見されることもなく無事に壁の上に辿り着いた俺は即座に周囲を確認して監視の兵を見つける。


 ——いた。


 その姿を認めてしまえば後は悩むことなどない。

 いつものように静かに素早く背後から近づいていき、細長い形をしたナイフを突き刺せばそれで終わりだ。

 相手が全身鎧を着ていたために、のどではなく装甲の隙間である脇から心臓に向けてという少々面倒な方法での暗殺だが、スキルを併用すれば確実に殺すことができるので問題ない。


「?」


 だが、なんだろうか。確かにいつものように突き刺して殺したはずなのだが、その手に伝わってきた感触に違和感が……


「木偶か……」


 違和感を確かめるために、たった今自分が殺した兵の兜を開けてその様子を調べてみたのだが、それは人ではなかった。

 見かけはそれらしい格好だが、中身は人ではなく植物だった。おそらくは木組みの人形に鎧を被せて立たせただけなのだろう。

 どうやら下から見えた兵の何割かは見掛け倒しの案山子でしかないようだ。


 だが、考えてみればそうおかしなことでもないのかもしれないと思う。

 何せここは犯罪者の街。集まるような奴らは犯罪者であり、そんな奴らがまともに仕事を……それも夜間の警備などという暇でやりがいのない仕事をこなせるのかというと、疑問出てくる。


 いい加減な兵に持ち場を離れられて無防備になるよりは、最初から期待しないで案山子を置いておいた方が敵に対する警戒としては有効なのかもしれない。

 少なくとも、こちらとしては敵の姿が見えているのであれば警戒しないわけにはいかないのだから


「っ!?」


 だが、僅かに気を抜いたところで案山子の顔が弾け、小さな綿毛のような粒をばら撒いてきた。


 ——罠か!


 そう理解して即座にその場を飛び退いて様子を伺うが、案山子は空中に何かをばら撒いたが、それ以上の何か異変はこれと言って何も起こらない、綿毛のようなそれはふわふわゆらゆらと滞空しているが、それだけだ。

 なんだったんだと思いながらも、異常が発生したのは確かなので速やかにその場を離れるべく走り出した。


 途中で仲間と合流しつつも所定の位置まで走っていく。走っていると数人の、案山子ではない本物の見張りと遭遇したが、全て殺した。


 だが、遭遇した全てが見張りというわけではなく、先程のものと同じような案山子が存在しており、今度は攻撃した直後に破裂したために攻撃する度に小さな粒を受けることになった。


 小さな粒を受けたと言っても、それ自体に痛みはなく、傷一つつけることはできていない。

 だが、綿毛のように空中に漂うため、全てを避けることはできず、服や髪に絡まっているものがいくつか存在している。それは俺だけではなく仲間達もそうだ。


 だが、その程度であれば問題ない。毒があるわけでもなく、体内に取り込んだわけでもない。仮に毒があって体内に入り込んだとしても、我々は毒に耐性を持っているために多少の毒程度ではなんの影響もない。


「どうする?」


 仲間の一人が服についていた綿毛をとり、それを指でつまみながら問いかけてくるが、仲間達もその粒の真意を計りかねているのだろう。

 だが、その問いの答えは決まっている。


「続行だ」


 当然だ。この程度で逃げるわけにはいかない。我々の行動にはこれからの人類の未来がかかっていると言っても過言ではないのだから。それほど重要な仕事であり、ここで不安に駆られて逃げ出してしまえば、そんな仕事を我々に任せてくれた王妃殿下に顔向けできない。


 そう思っているのは俺だけではなく仲間達全員だったようで、仲間達ははっきりと頷くのを確認した俺は次の行動——第三段階を実行するべく動き出した。


 だが……


「うぐっ!?」

「ぎいいっ!?」

「ぐぎゃあっ——」


 街へと潜入するために壁の上から降りた俺たちを、突如全身を突き刺すような痛みが襲った。

 その突然の痛みの理由がわからず、予想もしていなかった痛みのせいで着地を失敗してしまい、地面に叩きつけられた仲間もいる。


 俺はなんとか不恰好ながらも手足を使って着地したために体を地面に打ち付けられることはなかったが、変わらず続いている痛みに顔を顰めて自身の体を見下ろした。


「なん、だこれはっ……!」


 潜入中であるにもかかわらず無意味に言葉を漏らしてしまったが、それも仕方ないだろう。

 何せ、痛みの発生した箇所からは小さな植物の芽が出ており、それが全身に広がっているのだから。


 自分の体から無数の植物が芽をだす。そんな常軌を逸した不気味な光景を見た瞬間に、背筋に何かが這い回るようなゾワゾワとした感覚に襲われるが、その感覚を振り払って何が起きているのか、どうすればいいのかを考えるべく必死になって頭を巡らせる。


 まるで、体から植物が生えているかの様子。それがどこか頭の隅で引っかかっているが……


「……っ!」


 その何かに気がついた瞬間、俺は目を見開いて改めて自分の体の状態を確認する。


 自分の体に起こっている状況と、先ほど見た綿毛のついた小さな粒。

 それらを合わせて考えると頭の中に一つの植物の名前が浮かんだ。だが、そんなものがわかったところでどうしようもなかった。


 頭の中に浮かんだ植物の名前は——寄生樹。


 北部の山の奥に生息し、衝撃を受けることで種をばら撒く植物。その種は獲物に絡みつき、親株から一定の距離を離れるとその寄生した相手の魔力を吸い上げて急速に成長をする。

 北部の山では最も恐れられる植物の一つとして、見つけ次第燃やすことが推奨されている魔の植物。


 だが、それだけならば確かに脅威ではあるが、まだ『魔』の植物などと呼ばれることはなかった。


 この植物の本当に恐ろしいところは、生き物を操るところだ。頭部に根を張れられることになればその体の制御権を奪い、同族の多いところへと向かって歩いていく。そして種をばら撒き繁殖する。

 決して街に持ち込んではならず、間違っても街中で育てるようなものではない。もし育てるようなものがいたら、それは狂人の類だ。


 そのはずなのに、それがどうしてこんなところに……。それも、あんな案山子の中に入って……


「ぐっ!」


 そんなことを考えながらも、どうにかして生き延びるために多少乱暴でも芽を引き抜いていくが、途中でいくつも喰らっていただけあって数が多い。

 そもそもあれだけの数を取り除くなんてできるんだろうかという疑問が頭の中に浮かぶが、それでも生き延びるためには全て引き抜くしかない。


 大丈夫だ。寄生樹は魔力を吸って成長するという性質上、魔力の少ない人間であれば大した被害になる前に除去することができるし、我々のように魔力を隠して行動する必要のある者であれば、寄生樹達に奪われないように魔力を操作することもできる。

 そうして少しでも時間を稼いでいるうちに仲間と協力して取り除いていけば、あるいは少々危険ではあるが仲間と協力して大怪我をしない程度に全身を火で炙れば——。


 そう思って周りを見回したのだが……


「あはははははっ!」

「ぃアアアアア〜……」


 あまりの痛みのせいか、突然のわけがわからない状況のせいか、痛みに慣れているはずの者たちだというのにもかかわらず、地面を転げ回ったり、精神を壊して涙を流しながら笑い続けたりしている。


 これでは助かることができない……。


「っ! いったい、何を考えてこんなものを用意したんだっ——!」」


 思わず寄生樹などというものを街中に用意した敵に対してそう思わず口にしてしまうが、その瞬間、上空から何者かが降ってきた。


「なんっ……!?」


 上空、と言うよりも、壁の上から飛び降りたのだろうその相手を見ると、その相手は首にナイフが突き立っていた。


「これは、さっきのっ……!」


 首からは血が流れることはなく、頭は顔面部分が破裂していることから、先ほど壁の上に存在していた見張りがわりの木偶だとわかった。


 そんな木偶達が両手を前に突き出して掴みかかってくる。


 なんで動いているのかわからないが、そんなとろい動きで捕まるようなヘマをするわけがない。——通常であれば。

 今は体についてしまった寄生樹への対処もしなければならず、下手に暴れて目立つことをしてもならない。


 すでにここまでのことをされているのだから、潜入自体は気付かれているかもしれないが、これが自動迎撃式であれば、まだ挽回することができる。そのためにも、できる限り手を隠したまま速やかにこの場を離れる必要がある。


「っ——!」


 だが、そう都合よくいくはずもなく、ついには木偶どもに捕まってしまった。

 切り落としたはずの腕が一人でに動きだし、俺の足を掴んだのだ。


 そしてついには俺の感情は乱れ、同時に魔力の操作も乱れてしまい、寄生樹たちに魔力を供給してしまった。


 あ——

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