第407話魔王討伐軍、到着
──◆◇◆◇──
それからひと月半後。当初の予想よりも少し遅かったが、まあ誤差の範囲だろう。大軍を率いての移動なんて、いくら予想しててもズレが出てくるもんだからな。それが自領内ではなく他国ともなれば当然だ。
……というか、遅れた原因って俺のせいだし。
いや、別に特に何をしたってわけじゃないんだけど、ほら、国境とかその辺に植えておいた植物達がね? 勝手に動き出して悪さを少々……。
ついでに、近道しようとしたようで森を突っ切ってきたんだが、まあなんというか、残念な結果というか、通ってはならない場所を通ってしまったというか……お疲れ様。
しかし、そんな妨害があっても止まることなく進んできた南部連合軍は、ついに俺たちカラカス本街のすぐそばまでたどり着いていた。
「こうしてみると、やっぱ数十万ってのはすごい数だよな。奥まで見えないな」
「そうですね」
物見に設置してある望遠鏡を覗きながら呟いた俺の言葉に、隣で同じようにして敵の様子を見たベルが頷きを返してきた。
当初は二十万ちょっと程度の敵の軍も、ここにくるまでにさらに集めたんだろう。追加で十万近くの人を引き連れていた。
「この後には反対から聖国達が来るんだろ?」
「らしいな。こっちの奴らよりは遅れてるらしいから、多分戦ってる最中に挟撃って感じなんだろうな」
フローラネットワークによると、まだ国境は超えてないが、聖国とバストークからも人が出ているらしい。
南の連合軍と戦っている間にたどり着くだろうと予想している。
ただまあ、そっちはあまり心配していないというか、手は打ってある。
最低でも時間を稼ぐことはできるだろうし、こっちを一週間以内に片付ければ問題ない。とは思う。
というか、そもそもここまで辿り着けるか怪しいけどな。だってあいつらがこっちにくるには超えなくちゃいけない関門がいくつもあるし。襲いかかってくる植物とか巨人の成れの果てとか奇襲を仕掛けてくる犯罪者とか。
「ねえねえ! 私にも見せてー!」
リリアがぴょんぴょんと周りで跳ねながらうるさいので、持っていた望遠鏡を渡してやると「わあ〜」と声を上げながら楽しそうにしている。
あれがこれから攻めてくるってのに、どこが楽しいんだか……。
「もっとも、そのうちの半分程度は戦闘用ではありませんが」
「らしいな。物資の運搬とか補助部隊だろ?」
「はい。ですが当然ですね。収納に関する魔法具があったとしても、全てをそれで運ぶということはできません。流石に数が足りませんからね」
しかしだ。敵は今回何十万と数を揃えてやってきたが、そのうちの半分は戦いのための部隊ではない。
これは今回が特別とかではなく、常識的なことだ。人が生きるためには食料や水が必要になるが、敵地ではそれを確保するのは難しい。
まあ今回に限っては厳密には敵地と言い切ることは難しい状態ではあるのだが、それでも毎日新しい物資調達することはできないのだから手に入れたものを運搬する必要はあるわけだし、そのための部隊がいるのは当たり前のことだ。
さらには敵軍の中には純粋な兵士や騎士だけではなく、商人たちもいるし、傭兵たちもいる。
これも物資の運搬役だろう。売れば売るだけ売れるんだから金になるこの状況では、運搬も込みで物を売りつける者だって出てくる。あとは敵軍がこの街を倒して占領した後に食料を売ったりな。勝ったとしても物資を補充できるかはわからないため、補充できる食糧などがなければ高値で売りつけることもできるとか。傭兵たちは戦争のためってのもあるけど、どっちかっていうとその商品の護衛の方が比率が大きいらしい。
もっとも、その商品がちゃんと高値で売れるのかっていうと微妙だけどな。普通ならできることも、そこに『扇動者』の存在があるとなると、どの程度の金額で売るのかはわからなくなってくる。高値で軍に売ろうとしても絶対に口はさんでスキルを使ってくるだろうし。というか、そもそも金を払いすらしないかもしれない。いざとなったら『魔王退治』のための支援だか接収だかで全てを巻き上げることも考えられる。
まあその辺の事情はどうでもいい。あそこに混じった商人たちの金事情なんて俺たちには関係ないし。
関係あるとしたら、商人たちの連れてきた護衛の傭兵や冒険者たち。あくまでも商品の守りが優先だと思うが、中には突撃してくる奴もいることだろう。その辺はスキルでの洗脳がどう作用しているかわからないから始まってみないとなんともいえない。
まあ、ここにくるようなのは成り上がりを目指す木端ばかりで、傭兵たちもそれに合わせた雑魚ばかりだそうだから気にすることでもないとのこと。金担当のエドワルドの言葉なので間違ってはいないと思う。曰く、普通の戦争とは違ってこんなところに来るのは危険が大きすぎるから、大手は物資を売ることはあってもそれ以外では参加しないとかなんとか。
それから、カラカスの領土内に入ってから洗脳した市民達も問題だ。これは殺すわけにはいかない。いかに洗脳されていたからとはいえ、それで虐殺なんてしたら今後誰もカラカスの領土内には残らないだろう。それじゃあ困る。流石に国民何十万何百万を全員奴隷で賄うわけにはいかないし、そもそもそれだけの数の『誓約』をさせられない。
なので、他はどうでもいいがそこだけはどうにかして回収しないといけないわけだ。
とは言っても、手足の一つや二つは折れるかもしれないし、何人かは死ぬだろうが。
「でも、戦う奴が全体の半分だとしても、十五万くらいはいるわけだろ?」
カイルは少しばかり不安を声に滲ませて呟いているが、俺としては問題ないと思っている。
確かに三十万の軍隊と仮定したとして、その半分だとしても十五万はいる計算になる。
ただし、その十五万全部と戦うわけではない。
「そっからさらに別れるわけだけどな」
「この花園とカラカスで、だろ?」
敵の狙いはどうやらカラカスで間違いないのだが、その前哨戦というか、カラカスと戦っている間に挟撃されないように、どちらかと言ったら守りの薄い花園の方から攻めてくることにしたようだ。
しかし、花園だけに攻め込めばやっぱりカラカスから挟撃を受けてしまうので、相手は軍を二つに分けて攻めてくることにしたようだ。その比率は二対一。カラカスが一で、花園は二の割合の兵数で攻めるらしい。
そしてカラカスに嫌がらせをして時間を稼ぎ、その間にカラカスよりも多めに割いた兵で花園を陥とし、そこを拠点としてカラカスを潰すのだそうだ。
という話を、数日ほど前に聞いた。
誰から聞いたのかって? そりゃあもちろんフローラからに決まってんだろ。野外で作戦会議とか、こっちに全部筒抜けだっての。植物さえあれば室内でもだけど。
便利すぎて相手に同情できる。だからといって手加減はしないけど。
ちなみに、姉王女様——改め魔王討伐軍総指揮官様は……やっぱり長いから姉王女でいいや。名前も忘れたし、そっちの方がわかりやすい。まあとにかく、姉王女様は花園攻略の方に参加するそうだ。こっちの方がメインの戦場だし、数も多いからそうだろうなと納得できる。
「仮に片方に集中したとしても、十万も二十万も大して変わらないだろうけどな」
だが、どんな敵が来ようとやることそのものは変わらない。前回と同じで俺が大群を処理して、討ち漏らしは親父やその配下が処理する。それでおしまいだろう。あの姉王女様がいくら軍を揃えたところで、所詮は雑魚の集まり。規格外の存在の前には多少の煩わしさを感じさせる程度で大局にはさして関係ない。
もっとも、それは相手にいるのが〝雑魚だけ〟であれば、の話だが。
元は第三位階程度しかなかった姉王女だが、今では立派な……かどうかはわからないけど、第十位階にたどり着いた化け物の一人だ。
婆さんの『娼婦』が操った奴らを強化するスキルがあるように、『扇動者』だって何かしらの強化、或いは狂化スキルがあるかもしれない。
そうなったとしても対処できるとは思うが、多少は厄介なことになるだろう。
それに、姉王女本人も問題だ。もう一つの職である『闇魔法師』の方だって第十位階になってるっぽいから、そっちにも気をつけなくちゃいけない。
一応能力について調べはしたが、ザヴィートの城でも詳細がわからないと言われていただけあって大したことはわからなかった。精々が第四位階程度までの技と、不吉だ、と一部の場所では言われているということだけ。
あとは直接戦ってみるしかないだろう。
「いや、だいぶ変わるだろ」
「そうか?」
確かに数字の上では変わるだろう。だが、さっきも考えたようにどれだけ集まっても雑魚は雑魚だ。一体一体斬り殺すならめんどくささはあるだろうが、まとめて踏み潰すんだったらちょっと手間が増える程度でおしまいだ。
それに何より、こっちに来る相手の数が増えるってことは、カラカスに向かう数が減るってことで、そうなったらカラカスにいる防衛戦力をこっちに回すことができる。
「でも、相手が別れなきゃこっちに全戦力投入できるわけだし、そうなったら親父も来るぞ?」
そう。あっちの戦力がこっちに来るってことは親父も来るってことで、そうなったらむしろ俺たちの負荷は減ることになる。
それに気づいたカイルは納得したように頷いた。
「あ〜。そういやそうだった。ボスが来るんだったら、むしろ別れてる状態の方が手強いのか」
「あいつ、頭おかしいからな。見える範囲が全部間合いとか、どんな冗談だよ」
「範囲に関してはヴェスナー様も同じでは?」
「まあそうだけど、でも俺の場合は防ごうと思えば防げるから。親父のは防御不可の距離無限だから」
《神剣》。親父が作ったスキルにない馬鹿げた威力のスキル。
制限はあるみたいだし、一度の戦場で何度も使える物でもないらしいが、それでも十分すぎるほどに凶悪な技だ。
前に見せられたことがあるが、剣を振るうだけでその直線上の全てが斬れる上、斬るものと斬らないものを選択して斬ることができるから巻き込むことを考えずに好き勝手暴れることができるそうだ。
全くもってふざけてるとしか言いようがない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます