第406話盗聴開始と一休み
──◆◇◆◇──
・姉王女
「——異常は?」
「ございません」
私の問いかけに対して、速やかに望んだ答えが返ってきた。
そう。それでいいのよ。それでこそよ。私が上で他が下。世界はそうでなくてはならないの。
「そ。ならこれまで通りやりなさい。魔王を倒し、全てが終われば、お前たちにも相応の報酬を渡します」
返ってきた答えに頷いた私は、そう言って目の前に跪く者達を見下ろす。
この者達は私が今率いている軍隊の雑事をこなすための将軍や貴族達。
今は行軍中に毎夜行っている定期報告の場ではあるが、特に話し合うことなどない。それも当然で、これまでも、そしてこれからも目的地までは多少の何がしかは起こるでしょうけれど、この軍隊であればそれも大した意味をなさないのだから報告することもない。
精々が怪我や病気の類や、新たに軍勢に加えた平民達について。或いは物資や近隣からやってくる貴族達の私兵の存在程度。そしてその程度であれば私に報告なんてしないようにさせている。だって面倒だもの。どうして私がそんなどうでもいい雑事に手をやかなければならないというの?
とはいえ、普通ならばそれなりに立場のある者達を跪かせたりすれば反感を買うかもしれないけれど、それを許されるのが私。
この軍はすでに私のスキルの影響かにあるため、『魔王討伐』から大きく行動をズレさせなければ大抵のことは怪しむことなく言うことを聞いてくれる。
雑に扱ったところで、誰も文句を言う者などいないわ。
「はっ。ありがたきお言葉。我々は魔王を倒すべく全力を持ってことにあたる次第でございます」
「下がりなさい。ああ、聖国とバストークには報せを送りなさい。これより『魔王討伐』を行うと」
「はっ!」
けれど、なんでもいうことを聞いてくれるとはいえど、不満がないわけではない。
「まったく、どうして私が行軍などという野蛮なことをしなければならないのよ……」
そう。そもそもの問題として、どうして私がこんな行軍なんてしなくてはならないのかということがある。
本来私は王女として生まれたため、こんな疲れる、汚れる、退屈、と不満しか出てこない行軍なんてことをしなくてもよかった。戦闘の訓練はあったとしても、それは自己防衛、或いは拠点防衛だけだったから移動なんてしなくて済んだ。
けれど、今回に限ってはそれらの不満を押し殺して行軍なんてことをしなければならない。それもこれも、あの愚妹のせい。アレさえいなければ、私は今も変わらずに王城で優雅に過ごすことが……いえ、むしろ昔よりも優雅に暮らすことができていたはずなのに。
アレがいたせいでこんな生活をっ……。
それでも、ようやくよ。ようやくここまでやってくることができた。あとはこの軍隊を引き連れてカラカスを滅ぼして手中に収め、そこを足掛かりとしてザヴィート王国を私のものへと変えていく。
そうして最後は城を制圧し、王の座を手に入れる。それが私の計画。
けれど……
「扇動者というのも、あまり使い勝手の良いものでもないわね」
便利ではある。民衆を自由に動かすことのできるこの力が私に宿ったということは、世界が私のことを認めている証左に他ならない。
けれど、何度もかけ直さなくては強い命令はこなさないということと、文字通り〝思い通り〟に操ることはできないということ。そして何より、私が率いていないと効果が薄れてしまいろくに命令を聞かないという不満がある。
「ですが、その分大規模に行うことができるのですから、今回使うのにはちょうど良いものです」
ロナの言ったように有効なのは私も理解しているけれど、やはりそれでも面倒であり好ましい状況ではないというのは変えようのない事実なのよね。
「それは理解しているわ。けれど、そもそもこうして私がわざわざ出てこないとならないというのは、やはり面倒なことよ。それに、疲れるし見栄えが悪いわ」
だからこそ、私は揺れる馬車の中から外の景色へと視線を移し、代わり映えのしない景色にため息を吐き出した。
「それも今しばらくの辛抱でございます。カラカスを落とし、殿下の手中に収めてしまえば、後は殿下の思うがまま。国を奪ることも、世界に覇を唱えるも可能となります」
「扇動者、それに闇魔法ね。疎ましいと思ったことはあるけれど、まさかこれほど役に立つとは思わなかったわ」
幼い頃はその名前の不吉さから遠ざけられてきた。
けれども、その希少さから手放されることもなく、飼い殺しにされてきた。
そんな状態であっても王族であるが故に贅沢はできた。誰も私に逆らわず、他の王族達以外には好きに命令を下すこともできた。
けれど、私の命令を聞く一方、誰もが多少なりとも腫れ物を扱うが如き視線を向けてきた。
それがとても気に食わなかったけれど、それら全てを殺すことはできなかったから気づかないふりをしてきた。
その結果が今。父である国王からは見捨てられ、愚妹からは踏み躙られ、こうして他の国へと捨てられた。
けれど、それももうおしまい。だって、私はこの力の真価に気づいたのだから。
もっと早くに気づけていればと思うこともあったけれど、今の状況もこれはこれで良いと思わなくもない。
「それも殿下が神々より愛されている故かと。殿下こそが世界を支配するに相応しいお方です」
「ふふふ。そう。そうよね。ええ、私は選ばれた存在ですもの。私を捨てたお父様——国王も、私に刃を向けたあの愚妹も、全て排除してあげないと。そうして私のための世界を作り上げるのよ。私にはそれが許されているのだから」
国王は私を追い出しておいて、不甲斐なくも反抗勢力に狙われ——死んだ。
もっとも、ロナ曰くそれも嘘か真かはわからないらしいけれど。
しかし、今は死んでいるのかいないのかわからないけど、おそらくは生きていることでしょう。自分の父だからこそわかる。あの男がそんな簡単に死ぬはずがないと。逃げたとしてもいずれ戻ってくるのだと。
だから、その時には私の王国を使って遊んであげましょう。
そして愚妹も他の王族も消す。そうすれば後は私に逆らうことのできるものなどいなくなる。貴族や大臣達も唯一の王族が私だけとなれば私を戴くでしょう。
そうして国を手に入れてやることも終わったら……今度は世界統一でもしようかしらね。
世界中の者が私の支配下に入る。全てのものが私を仰ぎみる世界。それはとても楽しいことでしょう。
普通なら不可能なこと。でも私は、私ならそれができる。だって私は選ばれた存在なのだから。
「あなたにも何か報酬を渡さないとですわね」
「殿下が国を得た暁には、我が一族をいつまでもおそばに置いていただければ、それこそが最高の報酬でございます」
「ふふ、そう。ならずっと私に尽くしなさい」
そのためにも、まずは掃き溜めの掃除を終わらせないとよね。
──◆◇◆◇──
親父達に情報収集を押し付けられた俺は、夜中ではあるがフローラの本体である聖樹の前にシートを敷いて座り込んで真夜中のピクニックを行っていた。
そこにいるメンバーは、俺とフローラ。それからソフィアとベルとカイルの三人。後ついでにリリアだ。ソフィア達三人は俺とフローラの世話と護衛のためにいるわけだが、リリアに関してはマジで余分というか、こいつはもう本当に家に帰れよと思う。
だが、すでに何度も言ってきたのに聞かないんだから今更言ったところで意味はないだろう。
他にも聖樹を中心として周囲には離れたところに護衛のエルフたちがいるが、俺たちからは見えないところにいるので気にする必要もない。
と、そんなふうにいわゆるいつものメンバーで適当に話しながら待機していたのだが……
「——だって〜」
「……相変わらずあの姉上様はそんなこと言ってんのか。まあ、今更考えを改めるわけがないし、わかってたことだけどな」
元々あいつらがどんな目的でここにきたのか、どう動こうとしているのかはわかっていたが、改めて目的を聞かされるとうんざりする。
確かに能力は強いし、戦ったら厄介だろう。それを使って世界征服なんてことをすることも可能かもしれない。
だけど、そんな能力があるんだったら普通に国を治めて発展させとけよと思う。そっちの方が楽しいだろうに。
まあ、今回のこれが復讐を兼ねてるんだってんだったら、何を言ったところで無意味だろうな。
楽しい未来について考えるなんて、今抱いてる胸の内の想いを消さない限り、できはしないんだから。
とはいえ、そんな復讐のために俺たちがやられてやる義理はなく、普通に迎え撃つけどな。
それよりも、第十位階になった経緯は分からなかったな。その辺が一番知りたいことだったんだけど、まあ仕方がないか。こんなことを誰かに話すはずもないし。
けど、おそらくは闇魔法師の方が影響してると思うんだよな。さっき「扇動者と闇魔法が役に立つ」って言ってたけど、扇動者の方は確かに役に立ってるからいいとして、闇魔法は活躍してないだろ?
にもかかわらず役に立つってことは、どっかしらでその恩恵があるってことだ。これまで闇魔法を使った様子はないし、恩恵があるとしたらそれは見えないところでのものだろう。つまり、第十位階に上がるための補助と考えられる。
どうして闇魔法なんかで位階が上がるのかは知らないけど、まあ多分他人の命を奪って、ついでに位階も奪ったとかそんな感じじゃないか? だって『闇』だし。
いや偏見なのはわかってるけどさ。でもそれ以外に思いつかないんだもん。
まあ、答え合わせは直接顔を合わせた時でいいだろ。どうにも俺のことを探してるっぽいし、そのうち出くわすはずだ。そうでなくてもこっちから顔を見せるつもりだけど。
「フローラえらい〜?」
「ああ、えらいよ。ありがとな」
「えへへ〜」
色々と教えてくれたフローラが、地面に座っている俺に飛びつきながら褒めて欲しそうに見てきたので、頭を撫でて褒めてやる。
それだけでフローラは本当に楽しそうに笑い、ごろんと俺の足を枕にして寝転がった。
……フローラに失礼かもしれないが、なんか子供っていうより懐っこい犬みたいな感じがするんだよな。
「ねえねえ、終わったんなら遊びましょーよ」
フローラにかまっていると、もう一匹の大きな犬——リリアが眠そうな顔をして目を擦りながらそんなことを言ってきた。
「目え擦って眠そうにしてる奴が何言ってんだよ」
眠いなら寝ればいいのに、なんでか知らないがわざわざこの時間まで起きてるリリアに文句を言う。
だが、リリアは寝るつもりはないようで立ち上がりながら話しを続けた。
「え〜。でもでもぉ、こういう時に起きて遊んでるって、なんか特別感あるでしょぉ?」
「まあわからないでもないけどな」
夜更かしすると健康にいいとか悪いとか、そういうのはあるだろうけど、でもこうやってみんなで夜に集まっているのって妙に楽しい感じはする。普段とは違う非日常感とでも言うのかな。
ただ、面倒なことに変わりはない。それに、今日はフローラと触れ合う日だ。リリアはお呼びじゃないんだよ。
「犬の鳴き真似したら遊んでやる」
「わんわん!」
……なんの躊躇いもなく真似するのかよ。
断るために適当に言ったのに、リリアは一瞬すら迷うことなく犬の鳴き真似をしてみせた。
その真似が上手いかどうかはともかく、まさかここまでためらわないとはない。俺の予想では、『悪』とやらのプライド的に断るかと思ってたんだが……。
「すまん、間違えた。猫の真似してくれ」
「にゃ〜ん!」
一度目はその場のノリで真似できても、改めて頼まれると恥ずかしくなってやめるんじゃないかな、とおもって今度は猫の真似を頼んだ。
だが、リリアは恥ずかしがるどころか楽しみだしたようで、今度は手を丸めてぴポーズまで取り出した。そして、そのまま踊り出した。
「お前、『悪』としてそれでいいのかよ。プライドとかかっこよさとか、その辺の意識ぶっ壊れてないか?」
「遊ぶときは遊ぶ! 休むときは休む! そのメリハリがつけられてこその一流よ! 今は遊ぶときでしょ!」
言いたいことはわかるし正しいとは思うが、こうもはっきり分ける奴も珍しいだろ。
と言っても、そもそもこいつほとんど遊んでないか? 真面目にやる時なんてほとんどない気がする。
まあ、仕方ない。少しくらい遊んでやらないと静かにならないだろうし、遊んでやるとしよう。
「なら次は鳥の真似してみろ」
でもその前に、最後のお願い……って言うとなんか不吉な気もするけど、そんな感じでまた真似を頼むことにした。
これで失敗したら遊びは無しってことで。
「コウ、コッコッコッ、クエ——」
「……なんでそこだけ絞める声なんだよ」
両手をばたつかせながらの声は無駄に上手く、感心するが、なんでそんな鳴き声を選んだのか理解できない。普通に普通の真似をしてればよかっただろうに。
だが、成功してしまった以上は遊んでやらないとな。
でも何するか……特に遊ぶようなものはないし、できることならあんまり動きたくない。だって疲れるし。
それでもやることといったら……キャッチボールとか? ボールの代わりに拳大の種を使うことになるけど。硬球よりも硬いからぶつかったら痛いじゃすまないだろうな。
むしろ、キャッチボールなんかじゃなくてボール投げでいいんじゃないか? 俺がなげてリリアがとってくる感じで。
それなら前にもやったことあるし、変に問題がどうのなんて心配する必要もない。
というわけで……
「ほーら、とってこーい」
「わーい!」
「あのボールはわたしのよ!」
リリアに対しての遊びだったんだが、なぜか寝転がっていたはずのフローラまでもが反応して走り出した。
いやまあ、それが楽しいならいいんだけど、二人ともボール(大きな種)を投げた瞬間に走り出すのは本当に犬みたいだな。
投げられたボールを追って走っていった二人の背中をみつつ、先ほどフローラから聞いた話を改めて思い出す。特に新しい情報はないけど、考えるのが無駄ってことはないだろ。
……そうして思い返してみたのだが、あの姉上様のことを称賛したいと思わなくもない。
フィーリアに負けて大人しく消えたと思ったが、まさか裏で暗躍なんてしてたなんてな。まあ、称賛以上に呆れを感じてるけど。
一応フィーリアも大人しく消えないだろうとは予想していたが、まさか軍隊引き連れてこっちくるとはな。
前は結構直情的だった感じだからこんなことをするとは思ってなかった。何かやるにしてももっと直接的な何かだと思ってたんだが、まさかだな。
まあ今回の軍隊引き連れてってのも直接的と言えばそうなんだが……やっぱり前とはちょっと違うよな。フィーリアに負けて追い出されたことで色々と考えたのかねぇ?
そんなことを考えながらその日の夜は適当に遊びつつ話しつつゆっくり過ごし、敵が来るまでの間ダラダラと過ごしていくのだった。
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