第411話姉王女:開戦

 

「攻撃が行なわれたようですね」

「そうね。……広範囲に広がる炎。前に聞いたことがあるわね」


 ここを攻めるに当たってある程度は情報を集めていたけれど、その中にはどんな攻撃をされたのか、という情報があった。その中で魔王は炎を操り、戦場を赤く染め上げた、と聞いている。

 それと同じことが起こるのならば、魔王がこちらにいるのではないかと一瞬だけ思ったけれど、おそらくは違う。

 私の考えでは、『魔王』を演じる集団の一部が存在していることはほぼ間違いない。そして、その集団がこちらに配置されているのなら、この攻撃もおかしなことではないでしょう。


「それにしても、自国民でさえも躊躇わずに焼くとは、流石は魔王と言ったところかしら?」

「威力自体はそれほど強くはないようなので、死んでいるものは少ないでしょう。ですが、仮に生き残ったとしても、今後まともな戦力にはならないと思われます」

「構わないわ。元々、ちょっとした嫌がらせと様子見のためであって、戦力としては数えていなかったもの」


 でも、こうも簡単に国民を殺すと言うことは、時間稼ぎのためにカラカスの街へと送った民衆も一瞬で処理されてしまうかもしれないわね。


 けれど、まあいいでしょう。処理をするのにもスキルを使わなくてはならないし、その分の力を消費させることができると考えれば、マイナスではないはずだもの。


「次は……空中に浮かぶ土。例の大規模魔法かしらね?」


 炎の次に私の目に映ったのは、兵士達の頭越しに遠くに見える空中に浮いた土……いえ、地面ね。

 一つあたり直径百メートルはありそうなそれが、視界内にいくつも浮かび上がっていた。

 それは、先頭を進んでいたカラカスの国民の後ろを進んでいた我が軍の部隊を攻撃するためでしょう。


 けれど、やはりあれだけの規模の魔法を一人で行うというのは無理がすぎる。私の予想通り、複数人で『魔王』を演じて超常の存在を演出しているのでしょうね。


 まあいいわ。こうなることは予想していた。そのための捨て駒の二万であるのだから、特に問題はない。駒を潰されようと、今のところは私の想定通りに進んでいるだけよ。


「おそらくは。……やはり、殿下の予想された通り、この地の『魔王』とは個人ではなく組織の名を表しているのでしょう。そうでなければ、今の攻撃も広範囲に攻撃したいのであれば、第八位階の《地割れ》を使えばいいはずです。ですが、これはわざわざ地面を持ち上げるという手間をかけています。言ってしまえば魔力の無駄遣いです」


 そう。ロナの言ったようにそこも『魔王』が個人ではないという証明になる。

 確かに見栄えとしては、宙に浮かぶ無数の大地というのはいいかもしれない。けれど、その後の戦いでも魔力やスキルを消費することを考えると、無駄でしかない。


 けれど、そんなことは相手もわかっているはず。その上でそうしたということは、そこに何かしらの意味があると言うことに他ならない。


「まあ、そうよね。ならこれで、ここの『魔王』は魔王ではない、ということで確定してもいいかしら?」

「カラカスの街に送った軍の状況次第ですが、おそらくは。少なくとも、話に語られているような存在はいないと思って構わないでしょう」

「そう。……それにしても、よく考えたものよね。『魔王』が魔王でないなんて。確かに、戦わなくてはならないとなったら、そちらの方が厄介なことこの上ないものね」

「そうですね。これならば第四位階の《土操作》で同じようなことができますし、第八位階を用意するよりも簡単にできます。同時に魔法を使っての合わせ技には訓練が必要ですが、それもひと月もあればあの程度はできるでしょう。一人が死んだところで『魔王』は死なず、敵からしてみれば不死身の存在が出来上がります」


 そうね。第八以上の位階の者を用意するよりも、第五以下の位階の者を百人用意する方が楽というのは理解できる話ね。

 私も、軍として運用するのであればどちらを選ぶのかと言ったら後者でしょう。

 替の効かない唯一を用意するよりも、代用できるその他大勢の方が使い潰すこともできるし、位階の低いものの方が私のスキルの効きが良いと言うのもある。たとえ私が第十位階であっても高位階の者はスキルにかかりづらいから。


 何よりも私に不敬を働いた場合でも難なく処理することができる。


 唯一の強者であれば、その後のことを考えて殺さないという選択を取らざるを得ないことも出てくるでしょうし、そんな私の言うことを聞けない、私に逆らうような者を使わないといけないのは苦痛だもの。


「だとしても、地面を持ち上げた理由がわからないわね。魔王の仕業に見せかけるのなら、第八位階の《地割れ》を真似した方が良くはないかしら? まあ見た目に華があるというのは認めるけれど」

「集団で一つの技を再現するのが難しかった、というのはあるでしょう。あれならば、個人個人でスキルを使えばいいだけですが、《地割れ》ですと本当に息を合わせて一つのスキルのように見せなければなりませんから」


 ただタイミングだけを合わせればいい攻撃と、タイミングの他に発生地点や規模や方向、全てを合わせないといけない攻撃。どちらが大変かと言われれば明らかに後者であるでしょう。

 一人が死んでも入れ替わることができる『魔王』を演じるのであれば、入った者がすぐに攻撃に参加できるよう楽な方を選ぶでしょうね。


「それに加え、普通に攻撃しても、防がれればそれでおしまいです。ですが、ああして地面をひっくり返されてしまえば、その後の行軍にも支障を出させることが可能になります。地割れでも同じような効果を期待できますが、ただ地面を割っただけでは視界が通ってしまいます。ですがああしてひっくり返したのであれば、兵士たちの前には山や丘があるように見えることでしょう」

「ならあれは、攻撃に期待しつつも、直接的な被害よりもむしろその後の阻害を目的としている、ということ?」

「ではないかと考えております」


 ロナの言葉を受けて改めて戦場へと目を移してみると、言われた通り視線が通りづらくなっている。ここからはまだ距離があるから相手の街を見ることができているけれど、真下にいる兵たちからは見えないでしょうね。


「まあ、確かに移動は面倒になったわね。攻撃そのものの被害はどうかしら?」

「少々お待ちを……二万の兵のほとんどが呑まれたようです」

「そ。所詮は捨て駒とはいえ被害が出たのは業腹だけれど、二万程度の犠牲で済んだのなら上出来ね。全軍で進んでいればその倍は被害が出たんじゃないかしらね?」

「最悪の場合はもう少しいったやもしれません」


 もし全軍で進んでいれば、あれに巻きこまれて全体の半分は潰された可能性がある。それを考えると、ごみが五千、志願兵一万、主力の中でも弱い者を五千の、合計二万程度の被害で済んだのは十分に良い結果だったと言えるでことね。


「二度目はあると思う?」

「おそらくはないかと思われますが、警戒するのならば後一度でしょう。いかに協力して魔法を使用したと言っても、あれだけの大規模の魔法を高範囲に使ったのであれば、常人にはきついはずです。第八、第九などの高位階の者が混じっていれば余力はあるでしょうけれど、あってもう一度だけのはずです。それなりの位階のものがいても、所詮はそれなり止まりということ。数もさほど多くはないでしょうから」


 まあそうなるでしょうね。今のが集団での攻撃だったとしても、数万を殺す規模の魔法なんてそうそう使えるものではない。

 カラカスはあぶれ者達が集まるため、普通には存在しないような強者が存在しているのは周知の事。

 けれど、そんな者達であっても所詮は第十位階にたどり着けない凡人でしかない。それどころか、第九、第八すらも辿り着くことはできていないでしょう。


 故に、もう一度囮として同程度の数を進ませていけば、その犠牲で「もしかしかしたらもう一度」なんて不安をつぶすことができる。


 けれど、ただやられるだけなのは癪よね。


「……ロナ。うちに土魔法師はどれくらいいたかしら?」

「二千未満といったところでしょうか」

「ならそいつらを使って地面を慣らしながら進みなさい。それなら次に同じような魔法を使われても対抗することができるでしょう。あとは幻影系のスキルを使って位置や姿を誤魔化しなさい。距離的に大して意味はないでしょうけれど、全くの無意味ということもないはずよ。位置の指定が正確でなければ、魔法の効果は落ちるから抵抗も楽になるはず。ああ、一応今回も先行させなさい。そうね……数は三万程度もいれば十分でしょうけど、そのうち二万は志願兵から連れて行きなさい。さっきよりも数が多ければ、魔法を使えたのに使わない、という選択はしないでしょうから」


 できることならカラカスの国民を先行させたかったけれど、残念ながらもう手元には残っていない。

 こんなことなら、私が支配した後のことなんて考えず、もう少し立ち寄った場所から連れて来ればよかったかしら?


 ……いえ、それで状況が崩れて村や街が破綻して崩壊しては意味がない。

 多少私の軍の被害が増えるとはいえ、最終的に勝てることに変わりはないもの。この選択は最善だったはずよ。


「かしこまりました」


 土を操作して自分たちの進む道を支配しながら進む。

 そうすれば、敵がもう一度土魔法を使ってきたとしても、その場の支配の主導権を握り合うことになる。もしその勝負に負けたとしても、被害はさっきのものよりも遥かに小さなものに収まるでしょうね。


「さあ、これでどう出るかしらね?」


 そう呟いて私はことの次第を待つことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る