第398話魔王戦・上
「こいつ、どう思う?」
「どうって確実にやばいやつだってのはわかるが、聞いたこともねえな! そもそもここらの生態じゃないだろ! ——っと。このっ!」
俺たちを殺す気なのだろう。話す時間すら与えてくれることはなく、推定魔王は触手を使って攻撃を仕掛けてきた。
鞭のようにしなりながらこちらに向かって振り下ろされた触手をカイルが迎撃し、そのまま突っ込んでいった。多分、時間稼ぎをしてくれるんだろう。
「件の魔王ではないでしょうか? 私の記録の中にも似たような生物はありますが、そっくり同じものはいませんから」
「それに、見た目だけじゃなくて力もかなり普通からズレてますし、魔王でいいんじゃないですか?」
ソフィアもベルもいつもと変わらない様子でそう口にしたが、そこには普段とは違って焦りが混じっているのがみてとれた。
「魔王? ……魔王! アレがそうなの!?」
しかし、そんな中であっても呑気に喜んでいるバカが一人いる。言わなくてもわかるだろうが——リリアだ。
「うへぇ〜……きもいわね……」
リリアはそう言って顔を顰めた。他の三人もそれに同意するように頷いている。
……でも、あれ海老と蛸となんかそこら辺が合体した生物だと思えば、意外といい味しそうな気がしないでもないよな。いや、あれは蛸の足じゃないし、本当に食べたりはしないけどさ。
「よかったなリリア。お前の求めてる魔王だぞ。ハグしてきたらどうだ?」
「やーよ。あんなのお断りだってば」
魔王に来てほしいと願っていたし、実際に来て喜んでいるリリアだが、流石にあれはきもいと感じるようで、接触することは嫌なようだ。よかった。あれで可愛いとか言われたらちょっとこいつの頭の中を心配することになってた……いや、もう結構な頻度で心配してたな。もし仮にここでさらに一つ変な趣味が加わったところで今更ではあったな。
まあでも、一つでも頭のおかしいところが少ないのはいいことなので、リリアが触手好きじゃなかったことを喜んでおこう。
「じゃあ仮にアレを魔王だと仮定して、どうするべきだと思う?」
「「逃げるべきです」」
「え、戦わないの?」
俺の問いにソフィアとベルは口を揃えて即答し、リリアはそんな答えに首を傾げた。
「水辺からあまり離れられないようですし、ここに用があるというわけでもないでしょう。ですので、ここで引けばわざわざ追ってこないはずです」
「……まあ、そうなるか」
水棲の魔物がベースになってるんだし、これまでの状況を見てもこの魔王は水辺からそう離れられない。俺たちなら逃げることくらいなら余裕を持ってできるだろうし、勇者でもなんでもないんだから倒す必要もない。ここは身の安全を第一に考えて逃げるべきだろう。
しかし、そんな俺の答えを聞いて待ったをかけた者がいた。
「ねえ待ってよ! 逃げるって、でもそれじゃあここの周りの人達はどうするのよ!」
リリアのその言葉に、俺は顔を顰めるが、それは俺だけではなく逃げることを提案したソフィアとベルも同じような様子だ。
当たり前だ。ここで俺たちが魔王を止めずに逃げれば、魔王はそばにある村を襲うだろう。そうなれば、当然ながら村人たちは死ぬ。トレントが植っていると言っても、その程度では魔王に対する守りにならないだろう。
俺は俺や仲間の命が大事だしそれらを守るために行動する。だが、それはそれ以外の全てを切り捨てると言うことではない。
村人たちとはそう長い間ではなかったが、話をして触れ合ったのだ。そんな人たちが殺されると分かっていて見捨てる選択をすることに、なにも思わないわけがない。
「……それは仕方のないことかと」
だが、その上で俺は俺たちが助かることの方が大事だと判断した。生き残らなければなんの意味もないんだと。
「いやよ! ここはわたしの支配下にある場所なのよ! それを守らないで逃げるだけだなんて、そんなのわたしの目指してる悪じゃない! なにをしてでも、誰が相手でも仲間を守るために自分を貫き通して立ち上がる。それがわたしの憧れた姿だもの! だからわたしは逃げたりなんてしないから!」
しかしだ。しかし、それでもリリアは言葉を重ねる。そんなものは自分の望んだ姿ではないのだと、そう自分の信念を口にして。
その選択は馬鹿なものだろう。この状況で自分たち以外の誰か大勢を助けるために戦おうとすれば、俺たちの危険性は相当なものになる。
俺の個人的な感情を抜きにしたとしても、俺たちが生き残る方がいい。命の価値は平等ではないのだ。
本気で仕事をしてるのかと言われると、そこまで本気でもないと答えるだろうが、それでも俺は王様やってんだ。そしてソフィアたちはその側近で、リリアはエルフの里のお姫様。
そんな俺たちが生き残るために一般人百人の犠牲で済むのなら、それは「良かった」と言えることだ。
だがしかし……
「一当たりしてみてダメそうだったら退く。それでいいか?」
俺の言葉にソフィアとベルは僅かに顔を見合わせた後に仕方がなさそうに笑った。
「はい、それで構いません」
「私もです。ただ、どこまで力になれるかわからないですけど。私のスキルは対人用のものばかりなので」
「それを言ったら私はそもそも戦闘に使えるようなものは持っていないのですが」
悪いな。本当ならやっぱり逃げるべきなんだろう。
だが、さっきのリリアの言葉は、なんだな……聞き入れるだけの価値があるものだった。
……いや、そんな飾った言葉で誤魔化すべきじゃないか。俺はただ……
「おい! そろそろこっちにも手ェ貸してくれよ!」
「カイルが泣き言言い出したし、そろそろやるか」
魔王の足止めをしているカイルの叫びを聞いて、俺はそう軽口を吐いてから一度だけ小さく深呼吸をし、フッと笑いながら一歩前に出た。
「リリア」
「なによお!」
「お前に言っておくことがある。ここはお前の支配下じゃなくて俺の国で、俺の支配下の領土だ」
まさか……ああほんとに、まさかだよ。
「それから……ありがとな」
「? どういたしまして? ……でも何のお礼?」
「さあな。まあ感謝してるんだからありがたく受け取っておけ」
……まさか、俺がこいつのことを「かっこいい」と思うなんてな。
「さて、魔王退治と行こうか」
リリアの頭に手を乗せて少しだけ乱暴に撫でると、俺はリリアの横を通り過ぎて進み、魔王へと近づいていった。
まず最初にやるのは調査だ。今はカイルを狙っているが、何をどこまでやればその狙いは変わるのか。どんなことを嫌がるのか。何が有効打たり得るのか。そういった諸々が知りたい。
「カイルはまだいけるだろうから、俺たちは調査から入るぞ。警戒して深追いせず、確実に避けながら情報を集めろ」
「「はい」」
「おい!」
そのために俺はソフィアとベルに指示を出してそれぞれバラけて動き出す。
カイルは自分への助けが後回しにされたからか文句を言っているが、こっちの様子を伺いながら文句を言う余裕があるんだからまだ平気だろう。本気でやばかったらここでもっと言い募るだろうし、もう少し後退気味に戦うはずだ。いつでも逃げられるようにな。それをしないで前線で戦ってるんだから、まだ大丈夫ってことだ。
「あ、ね、ちょおっ! わ、わたしはっ!?」
問題を起こしはするが、この状況で戦力になることは間違いない。
この魔王は、ゲーム的に考えるんだったら見た感じから判断できる相手は系統は防御系だろう。触手のキモさと多さっていう見た目で誤魔化されてるが、攻撃性能自体はそうでもない気がする。こう言っちゃなんだがさほど高位階ってわけでもないカイルが一人で対応できていたことからも間違いではないだろう。
そして攻撃の際に魔法を使ってこなかったってことは魔法系ではなく物理系の防御が主体のステータスをしてると思われる。なら、魔法攻撃が有効な可能性は高いんじゃないかと考えられる。
と言っても、あくまでもゲーム的に考えたらって話であって、本当に魔法攻撃が有効打たり得るのかはわからない。
だが、可能性があるのなら使わない手はない。
リリアの攻撃が効果があると分かってこいつのことを頼るようになれば、こいつは戦いに中であったとしても調子に乗るだろう。
そんな調子に乗ったこいつのフォローをするのもめんどくさいし、終わった後のテンション高い状態の相手をしなくちゃならないってのもめんどくさいが、背に腹は変えられない。
「……全員に結界張ってろ」
しかし、こいつが前に出てくるのはまだ先だ。今はとにかく安全最優先にして情報を集めるべきだろう。そのために、リリアには結界を張ってみんなの守りを固めてもらおうと思ったのだが……
「え〜! もっとこう、ビカーッてかっこよく戦いたいんだけどぉ〜」
ビカーッてなんだよ。また目眩しでもやるつもりかよ。……はぁ。
「その時になったら見せ場を作ってやるからそれまで結界やってろ」
「ほんとお? ほんとにほんと?」
「いいからさっさとやれや」
俺の顔を覗き込んでくるようにして何度もしつこく訪ねてくるリリアの鼻を指で押して、リリアを俺から離れさせる。
鼻を押されたからか、豚の真似をしているんだろうか。「ぷひー」なんて鳴いて頷いたのだが、その鳴き声が気に入ったのか「ぷっひぷっひ♪」と楽しげに口にしながら緊張感のかけらもなく魔法の準備をし始めた。
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