第399話魔王戦・中

 

 そうしてしばらく戦って分かったことがいくつかある。

 まず一つ目は、一定の距離に近づくと交戦中でなくても攻撃してくるということ。


 二つ目、三人同時に同じ距離にいた場合、どう言うわけか俺を優先して狙うということ。魔王が人間の身分で標的を決めるとは思えないし、まさかエルフ達みたいに水が出せるかどうかで判断するはずもない。おそらくは脅威度、もしくは位階の高さで対象を決めてるんだと思う。


 三つ目、半端な攻撃じゃ、あの殻には攻撃が通らないということ。鉄の鎧すら貫通できる俺の播種が防がれたんだから相当だと思う。触手の方ならギリギリなんとか刺さる程度には食らってくれるんだが、殻はまるっきり無理だった。


 四つ目、再生能力があるってこと。触手を切り続けてるのに尽きる様子がない。多分無限に再生すると考えた方がいいだろう。

 ……ただ、殻や鋏の一部がやけに傷ついてるのが気になる。あれは回復しないんだろうか?


 そして五つ目、魔法は使えないっぽいが、魔法のようなものは使えるってこと。

 どういうことかというと、魔王は背後にある川の水をある程度操れるようで、先ほどから触手の攻撃に加えてサッカーボール大の大きさの水の球を飛ばしてきていた。


 他にもいくつか、行動パターンとかも分かってきたが、特筆するべきはそんなところ。

 そろそろ攻勢に出ようかとそう考えた瞬間——


「津波!? ここは海じゃねえぞ! せめて洪水にしとけよ!」

「どっちも変わんねえだろうが! リリア、結界! ——《天地返し》!」


 一向に俺たちを倒せないことに焦れたのか、魔王はこれまでとは違って津波と間違えるくらいの水を操り、俺たちを押し流そうとこっちに向かって流してきた。流石にこんな量の攻撃は初めてだ。


 そのまま食らったらどう考えてもまずいことになるので、俺はそんな津波に向かって天地返しを使い、地面に穴を掘ることと掘った分の土を盾として宙に浮かせることで津波の勢いをとめようとした。

 それに合わせてリリアにも結界による守りを頼み、津波を防ぐ。


 結果として、津波そのものは俺の天地返しによって大きく威力を削られ、リリアの結界によって完全に防ぐことができた。


「あ——きゃあっ!」


 だが、津波の対処をしてホッと気を緩めた瞬間、結界が解けて俺たちに隙ができたのを狙って触手が伸ばされ、ソフィアが捕まった。


「チッ! ソフィアが捕まった! おい剣士! 触手を切れ!」

「どっちかっつーと俺は格闘家がメインだっつーの!」


『剣士』の副職を持っているカイルに頼んでソフィアを捕まえた触手を切り落としてもらうべく指示を出す。

 カイルは文句を言いながらも、それまでの訓練の成果を発揮するように触手による攻撃を掻い潜ってソフィアを捕らえた触手を切り落とした。


「ヴェスナー様!」


 しかし、ソフィアのことは囮だったのか、それとも捕まえられないのなら別のやつを、とでも考えたのかは知らないが、魔王は今度は俺に向かって触手を伸ばしながらその巨体ごと突っ込んできた。

 俺の触手プレイとか誰得だよ! こっちくんじゃねえ!


「くそがっ! 溶けろ!」


 いつもは大抵の場合播種で攻撃するんだが、こいつは魔王だ。これまでの様子から解ったが、播種ではダメージを与えることはできても大した傷にはならず、触手の動きを止めることもできない。

 なので、今までは触手に触れる必要があったために使ってこなかった《肥料生成》を、迫ってきた触手へと使用した。


 俺の手にも《肥料生成》のスキルにも、衝撃吸収機能があるってわけでもないから、勢いよく振われる触手を食らえば当然の如く吹っ飛ばされたんだが、それでも攻撃を喰らってる途中で触手が肥料へと変わったので衝撃はあんまりない。

衝撃がないって言ってもそれは位階のおかげで強化された体があるからだし、ダメージを軽減した代わりに全身に肥料をぶちまけられたのですごい気分悪いけど。


「《浄化》」


 しかし、カイルによって助けられたソフィアがすぐさま《浄化》をかけてくれたので、不快感は一瞬にして消えた。


「こっちは効くみたいだな」


 吹っ飛ばされて俺が攻撃範囲から外れたことで魔王はその動きを止め、俺たちはそんな魔王を警戒しながら一旦集まって言葉を交わすことにした。


「何か有効打を持ってるやつはいるか?」

「申し訳ありません」


 ソフィアは戦闘に関しては俺の下位互換みたいなものだから仕方がない。天職である『農家』の位階は俺より低いし、副職の方は『従者』って非戦闘職だからな。


「触手であれば切ることができましたが、殻はダメでした」


 ベルは『暗殺者』だから人間相手だもんな。魔王対峙なんて想定していないし、こっちも仕方がない。

 となると戦力になりそうなのはカイルとリリアだな。

 カイルはともかくとして……やっぱりリアを頼らないとならないのか……。


「俺も一応触手部分なら通るが、殻の部分は微妙だな。衝撃そのものは通ってると思うが、ちょっと動きを止めるだけだ。大技を使えば何とかなるかも知れねえけど、溜めがいるから当てられるかわからねえ。顔面か、あの傷のあるところに当てることができるんだったら、確実に、とは言えねえけど多分やれる」


 ……そうか。やっぱあそこが弱点に見えるよな。口は殻に覆われてないが触手の壁が厚すぎるから無理だし。

 どうにかしてあそこを壊すしかないのかね?


「ふふん! しっかたないわねえ。わたしが何とかしてあげる!」


 と、俺たちが悩んでいると、リリアが脳天気そうに自信満々でそう言ってきた。

 何かあるのかどうかってこの後聞こうと思ってたんだが、まあ自分から言い出してくれるんだったらそれでいいや。


「なんかあるのか?」

「え? わかんないけど、使える魔法を順番に試していけば何とかなるんじゃない?」


 自分から言い出しておいてそれかよ……。いつものことだが、微妙に使えねえなこいつ。


 だが、可能性があるってだけでもまだマシか。俺たちだけだったら、実質カイルと俺で頑張るしかないわけだしな。


 とりあえず、リリアはなんかできる可能性あり、と。カイルの攻撃を試してみた後にダメだったらリリアにやらせて見ればいいだろう。


「お前はどうなんだ? 何かできないか?」

「どうだろうな。さっきは触手は溶かすことができたが、殻の部分にまで通用するのかっていうとわからん。そもそもそこまで近づけないしな」


 俺の身体能力では厳しい。さっきは触手の方から俺に近づいてくれたから食らわせることができたわけで、自分からあの触手の群れの中に突っ込んでいって全部避けながら殻に触れるってのは、相当難易度が高い。


「後は焼却で熱することができれば殻の中身を焼くこともできるかもしれないが、水を操るんだからすぐに消されると思う」


 一応焼却なんて焼畑用(到底焼畑用とは思えない火力)のスキルがあるので、直接触手を焼くことはできなくても殻の中を蒸し焼きにすることはできるかもしれない。

 だが、水を操る以上自分に害があるとなればすぐに消しにかかるだろう。


「つまり、可能性としてはリリアの魔法とカイルの拳とヴェスナー様の腐食くらいですか?」

「腐食じゃなくて肥料化な。でもまあそうなるか?」


 ベルの言葉をちょっと訂正しつつ頷く。

 以前誰かにも腐食と間違えられたが、俺のスキルはあくまでも肥料作りだ。腐食がメインではないのだよ。


「後は、一応硬い殻を持つ種を放ったり、触手部分でも寄生樹を放てばなんとかならないこともない気もするが、正直どうなるかわからない」


 ヤシの実のような硬い種を撒けば触手は潰せるだろうが、殻を砕けるかというと微妙だ。

 それに寄生樹だって、触手なんて末端に埋め込んでも意味ないだろう。本体を狙おうにも殻の部分には効かないし、顔の部分は鋏や触手ではたき落とされる。


 最終手段としてトレントをばら撒いて生長させ、そのトレント達を犠牲にしながら動きを止めたところに攻撃を、って方法はあるけど……意思疎通できるだけにやりづらいんだよなぁ。特にトレントは他の植物達よりも意思がはっきりしてるし。


 そんなわけで、今のところはまだ余裕があるし、まずはカイルからやらせてみることにした。

 一応リリアの守りもあるし、俺も樹木を育てれば盾を作ることもできるから、最悪でも死ぬことはないだろ。


「じゃあ最初はカイルから試してみるか。カイルが突っ込んでって大技の準備。他はそれを放つ隙を作る感じだ。カイルはダメそうならすぐに引け」

「おう!」

「「はい」」

「りょーかい!」


 大まかな方針が決まった後は細かい作戦を伝えていく。

 作戦の内容としては簡単だ。俺が突っ込んでいって、囮になる。そうすれば魔王は俺のことを狙ってるからカイルのことは放置するだろう。その隙にカイルは魔王に接近し、一撃を喰らわせる。


 と、口では簡単に言うものの、俺の身体能力は一般人よりすごいが、戦闘職よりは劣るので普通にやったらちょっと……いや大分やばい。

 だから補助系の魔法が使えるリリアに強化と結界による守りを施してもらってどうにかするつもりなんだが、こいつに任せるのはちょっと不安が残るんだよなぁ。確かにさっきはかっこいいと、ちょっとだけ思いもしたが、それとこれとは別問題だ。


「おいリリア。俺の守りはお前に任せたぞ。いいか、絶対にミスるなよ? 絶対だぞ」

「わかってるわ。まっかせなさい! ふりってやつよね!」

「ちげえよ馬鹿野郎!」


 ふりなわけあるかよ! 途中で手を抜かれたら本気で死ぬぞ!?


「わ、わかってるわよぅ。冗談なのに……」


 んな冗談は求めてねえっ!


 ……本当に大丈夫だろうか? 作戦決めといてなんだが、不安になってきたな。

 でも、今んところはそれでどうにかするしかないんだから、やるしかない。一応案山子による囮も存在することだし、多分きっとどうにかできるだろう。……できると嬉しいな。できなきゃ死ぬし。


 しっかし、なんだった魔王は俺のことを狙って来んのかね? やっぱりさっき考えてた『位階』か『脅威度』が妥当な線か?

 これで俺が『魔王』なんて名乗ってるから〜、って理由だったら面白いんだけどな。相手も知能がないわけじゃないっぽいし、ない話ではないと思う。

 ……いや、やっぱ面白くねえわ。狙われるんだから面白いわけがなかった。

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