第397話異変。そして……
その後は何事もなく大本命である一番本流に近い川のそばにある村に到着し、状況確認と魔王についての説明を行ったのだが……どうにもおかしなことが起きているようだ。
おかしなことが起きていると言っても、そんな大袈裟なことではなく、二、三日前から馬や鳥たちに落ち着きがない程度のものらしい。
だが、ここは最も魔王がいる可能性が高い場所だ。動物は人よりも危険察知に優れていると言われているし、魔王の気配を感じ取った可能性だってあり得るかもしれない。
「出発する前にも話したが、魔王が来る可能性がある。……いると思うか?」
いないと思いたい。だが、もしかしたら本当にいる可能性だって十分にあるんだ。いるにしてもいないにしても、みんなから話を聞いておくのは無駄ではないだろう。
「ここは川といっても本流じゃないんですし、大丈夫じゃないですか?」
ベルは楽観視しているようだが、俺もその考えは十分に理解できる。
ここは川があるっていっても、あくまでも支流であって本流じゃない。だから魔王やその軍勢が来ることはまずないだろうと思っている。何せ、来る来ない以前に軍隊なんて数の魔物は入りきらないだろうから。逃げるために脇道に逸れたんだとしても、魔王の軍勢が小さな川に集まって屯してたらすぐにバレるだろ。
今回の魔王にそこまでの知能があるかは分からないからなんとも言えないけどな。
「ベル。ですがそう甘く考えていては下手を打つ可能性があります。魔王が来るかもしれないと警戒しておいた方がいいでしょう」
しかし、そんなベルを諭すようにソフィアは注意を口にした。
実際にはソフィアも魔王が来るかは疑っているのだろう。だが、従者兼護衛として警戒すべきだと気を張っている。
「今回のは海の魔王なんだろ? それが川に来るのかって気はするよな。だからってまあ警戒を疎かにするつもりはねえけどな。こいつに必要かは微妙なところだけど、俺たちは護衛なわけだし」
「必要だろ。何せ俺はかよわい『農家』だぞ?」
カイルは胡乱げな様子を示したが、それだけではなくソフィアとベルも苦笑いをしているが、俺が非戦闘職なのは事実だろ。
「ねえねえ。魔王が来るってほんと?」
俺たちは魔王が来るかどうか心配してるってのに、そんな中でリリアはなんだかすごく楽しそうな顔をして目をキラキラと輝かせている。
「なに目を輝かせてんだお前は。っつーか来るって決まったわけじゃない。そうかも、って話だ」
「でも、かもしれない、でも来るんでしょ? ふふん! ならその時はわたしが魔王に目にものを見せてあげるわ!」
……ああ。つまりこいつは魔王と戦って……いや、魔王を倒して有名になりたいわけだな。
確かにこいつはその能力だけを見れば勇者パーティーにいてもおかしくない能力の持ち主だ。『光魔法師』と『治癒師』なんていう、能力〝だけ〟を見れば『聖女』と呼ばれも理解できる。
実際、聖女の条件は最低でも『治癒師』であることだが、今代の聖女も『光魔法師』と『治癒師』というリリアと同じ職を持ってる。
身分だって一応エルフの王女様だしな、こいつ。その点だって勇者パーティーにいてもおかしくない条件は整っている。
だから、リリアが魔王と戦うことになったとしてもおかしくないと言えばおかしくないのだが……なんかなぁ。本物の聖女とリリアが並んだ場合、どっちが勇者のお供として相応しいのかって言ったら、俺はまず間違いなく聖女の方を選ぶだろう。
理由? そんなの、こいつだからって理由で十分だろ?
一応こいつも一部では聖女なんて呼ばれてるし、その呼び方は俺も納得できるようなものだけど、本物じゃない。
それに何より、こいつと魔王退治なんてしたら、絶対に終わった後がめんどくさくなる。調子に乗る、なんてレベルの話じゃないぞ。
「目にモノ(光魔法)を見せた結果、前みたいにみんなの目潰しなんてするんじゃねえぞ?」
「し、しないもんっ! ……しないもん?」
「なんで疑問系に変わってんだよ」
説得する気ならせめて最後まで自信を持って言えよ。
「で、でもさ、ほら! ちゃんと役に立つからさ! ね? ね?」
魔王との戦いに参加する気で満々なリリアが鬱陶しい。そもそもまだ魔王と戦うと決まったわけではないのだが、リリアの中では戦うのは確定のようだ。
「でも、魔王じゃなければなんなんだ、って話にならねえか? 実際、動物たちはなんか感じとってるっぽいぞ」
「可能性としては、なんらかの災害が起こる予兆を感じ取った、というのが当たり障りのない考えでしょうか?」
「或いは……新たな魔王が生まれた、とか?」
カイルの言葉にソフィアとベルが答えるが、だがベルの答えは違うだろ。流石に二体目の魔王だなんていらないっての。
「いやいや、流石にそんなことはないだろ」
「ですよね。同時期に二体の魔王だなんて流石にないですよね」
俺の言葉にベルも苦笑をこぼしながら答えた。ベル自身、そう口にしただけで本当にそうなるとは思っていないようだ。
「あるとしたら、せいぜいが魔王に匹敵する強者がこちらに近寄ってきている、くらいではありませんか?」
「その場合、なんでそんな奴が……それも動物たちの様子がおかしくなるような気配を漂わせながらこっちに来てるのか、って話になるな」
動物たちが怯えるような気配を放ちながらこっちに来る理由はなんなのか、そもそもそんな奴が本当にいるのか。いたとしてそいつがどこの誰なのか分からない。
「それはなんとも……」
しかし、それは俺だけではなくソフィアたちも同じ事。何かが起きているかもしれない、としかわかっていない俺たちとしては、現状ではなにも言うことができない。
「っつーかさ、気になるんだったら植物たちに聞けばいいんじゃねえの? それなら魔王だろうとどこにいるのか、この近くにいるのかってわかるだろ?」
と、分からないことだらけで話が途切れたところで、カイルがそんなことを言ってきた。だが……
「聞ければいいんだけど、俺の能力って地上限定だろ? 上空とか水中とかにいられるとわかんねえって」
「そうなのか? 上空は、まあそうだとしても、水ん中なら海藻とかあるだろ。それじゃあダメなのか?」
「あ……」
「そういえば、水の中にも『植物』はありますね。……それが『農家』に関係あるのかと言われるとちょっとあれですけど」
「ですが、やってみる価値はあるのではありませんか?」
言われてみてハッとしたが、確かに海藻も水草も『植物』の範疇ではある。今まで話しかけたことはなかったが、試したことがないんだし絶対に無理だとも言えない。
「んー、まあ確かにそうか。やってみて不都合があるわけでもないし、特に手間がかかるわけでもないんだからやってみても——」
しかし、それを試す前に俺は……いや俺たちは異変を感じ取った。
「「「「っ!?」」」」
俺たち〝四人〟は突如感じ、徐々に強まるその気配に身を震わせ、一斉に川へと視線を向けた。
「何、この感覚……」
「なんかやべえのがいるぞ!」
「え? なに? なに?」
警戒心を最大まで引き上げている俺たちとは違ってリリアは一人だけわかっていない感じだが、これに気づかないとか……お前の危険察知の本能死んでんじゃねえの?
「噂をすれば影、ってか……」
こんなヤバそうな気配を向けてくるなんて、この状況じゃ魔王くらいしかいないだろう。
来てほしくなかったが、来てしまったものはしょうがない。どうする。どう動くのが最善だ?
とりあえず、敵の本領を発揮されないように川から離れて……それからは近くの村に知らせを出して避難させる? いや、下手に動かなければ刺激せずにいられるしそのまま去る可能性だって……ないな。ここまで強烈な気配を放ってるんだ。襲う気満々って感じだろ。
だが、どのみち村に知らせを出して逃すのは確定だ。魔王は俺たちが止めるにしてもその軍勢は全て止められるかって言うと怪しい。大部分は片付けることができるだろうけど、討ち漏らしが絶対に出てくる。
親父に知らせを出すべきだろうが、ここから街までは数日かかる。植物を介してフローラに伝えるにしても、どのみち親父がここまでくるのには時間がかかる。
なら俺たちのやる最善は、魔王を足止めしつつベルかソフィアを村まで行かせて魔王の出現を知らせること——
「ヴェスナー様!」
なんて、この後の対応についてどうするべきか考えていると、川から何かが飛び出して俺に向かって飛んできた。
それに反応したベルが叫びながら動き出したが、その前にカイルが剣を抜いて飛んできた何かを切り飛ばした。
「何だこれ……? 蔓……いや、触手か?」
カイルが切ったのはなんか得体の知れないものだった。多分、カイルの言ったように触手とかそんな感じのやつだろうな、とは思う。
その触手はビチビチと跳ねているが、能動的に何かをするつもりはないのか、できないのか、そのまま跳ねているだけだった。
だが、そんな触手になど意識を向けるべきではなかった。
「あ——」
俺たちが切り飛ばされた触手に注意を向けている間に、その触手の大元——魔王が接近していたのだ。
そして、ついにはその姿を表した。
「オウムガイとかアンモナイトとか、そんな感じか?」
それらに加え、だいぶ昔、転生する前に水族館で見たことのあるハネガイを足したような形をしている。太い触手と細い触手の組み合わせが最高にキモい。
それに加えて、カニのような大きな鋏まで持っている。二つの生物が合わさったような感じなので、どんな生態だよと言ってやりたいが、こいつはそういうものなんだろう。
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