第372話襲撃後の処理
「——今ので最後だな。そのうちあいつらもギルドに到着するだろうし、この辺りで俺たちもギルドに向かうか」
それからは様子を見つつ適度にランシエに手を出してもらっていたのだが、ついに全ての場所から違法奴隷として捕まっていたエルフ達を回収することができた。
後は助けた者達を率いてこの街から逃げるだけだ。
そのためにも、今は助け出した者達を集めてある冒険者ギルドへと向かおう。
「はーい。怪我をした人はこっちに来なさーい!」
ギルドに行くと、そこでは怪我をした者達が集まっており、その中でリリアが手をあげて振りながら怪我人を呼び集めている。
リリアはどうせ救出作戦に参加しても役に立たないし、『聖女様』が直接参加すればランシエが主導でやったって言い訳が使いづらくなる。
なので、今回リリアにはギルドで待機してもらい、助け出したエルフを安心させるための御子様役と、冒険者達の怪我の治療を任せることにしていた。
なお、もう『聖女様』の仮面は完膚なきまでにぶっ壊れているが、もう今更その程度気にしない。どうせもうみんなにはバレてんだろ。あの緩さがあいつの素だって。
「やあ、お疲れ様」
そんなリリアの様子を見てからギルドの中を確認していると、ランデルが姿を見せた。
普段のように朗らかに声をかけてきたランデルではあったが、その声と顔には疲れの色が滲んでいた。
当然だろう。これだけの状況になれば、疲れないわけがない。
「そっちもな。状況は?」
「死者は無し。ただ、助けたエルフ達の中には折れてる者もいる」
〝折れている〟か。それは、まあ……そういう意味だろうな。
「……そうか。だが、予想はしてたんだ。そういう奴もいるってな。数はどれくらいだ?」
「今のところは十人だね」
「助ける予定のやつは二十三人だから、大体半分か。思ったより少なかったな」
前に捕らえられた女性を見たことがあったが、助けられたとしても捕まっていた間の経験が消えるわけではない。
だから、どれだけの間捕まっていたのかわからないが、それでも半分もまともに精神を保っていられるのは不幸中の幸いだと言えるだろう。間違っても、そんなことを口にするつもりはないけど。
「エルフは人間とは時間感覚が違うから、たった十数年程度なら捕まっていても気にしない人もいるからね。でも、それでも折れちゃったってことは……」
「それだけの扱いをされた、か」
俺の言葉にランデルは無言で頷く。
そんな様子に俺はそれ以上何も言うことができず、ただ無意味に頭を振ることしかできなかった。
だが、そうしていると背後から危険な圧を感じ、咄嗟に振り返るが、そこには怒りを隠すことのないランシエが立っていた。
そしてランシエは身を翻し、ギルドの入り口に向かって歩き出した。
「待つんだ、ランシエ」
だが、それを叔父であるランデルが呼び止めた。
「どうして?」
呼び止められたことでランシエは足を止めたが、こちらへと振り返らないまま返事をした。
「君は、今回関わった貴族を殺しに……いや、滅ぼしに行くつもりだろう? それはダメだよ」
「……どうして?」
「君がここで動けば、やりすぎだ。違法奴隷を助け出すまでなら穏便に収めることもできるだろうが、皆殺しにされたとなれば問題だ」
「でも、先にやったのは向こう」
そう言いながらようやくこちらへと振り返ったランシエだが、その眼は暗い感情に染まっており、ランデルの言ったように関わった者達を完膚なきまでに潰しに行くつもりなんだろう。
「だとしても、だよ。今君が動けば、今後のエルフ達にとっての害になる。エルフは危険だ。この国にいていい存在ではない、というふうになりかねない」
今後の仲間達のため。
そう言われてしまえば、ランシエはそれ以上行動を起こすことができないようで、唇を噛みしめて俯いた。
「後のことは、彼と彼の仲間に任せるんだ。君は、第一王子との約束を果たすために城に行くといい。それが今回助けた同胞達のためにもなる」
それからどれほど経っただろうか? しばらくしてからランシエは顔を上げ、悔しげに顔を歪めながら俺を見つめて口を開いた。
「……後はお願い」
「ああ。そっちも、城のことは任せた。王太子が死ねば、面倒なことになるからな」
そうして捕らえられていた違法奴隷のエルフ達は全て助け出し、その夜のうちに街を抜け出して姿を消した。
——◆◇◆◇——
「第二王子の派閥と中立派閥の者達から、違法奴隷に関わった者が判明……か」
俺が読んでいるのは、街に張り出されている新聞だ。読んでいると言っても、直接手に持っているわけではなく、植物達の視界を借りて読んでいるだけだが。
その紙に記されているのは、昨夜の出来事だ。
違法奴隷に関わった者達がエルフの姫の主導のもと、八天の一人と冒険者の協力を得て逮捕された。
正確にはもっと詳しく書かれているが、書かれている内容としては概ねそんなもの。
後は違法奴隷の所有をしていて昨日捕まった貴族達の名前がずらりとかかれている。
逮捕されたとはいえ、相手は貴族だ。にもかかわらずこんなに堂々と名前を載せてもいいものなのかと思ったが、どうせこの新聞を発行してるのは王太子の手が入ったところだろうし、どうとでもなるだろう。
コンコンコン
「入れ」
正式な城の住人でもないのにこんな偉そうな態度でいいのかって感じだが、今更だ。
それに、部屋の前に置かれている花瓶のおかげで、誰が来たのかなんて分かってるんだから飾る必要もない。
「やあ」
俺の言葉を受けて部屋の中に入ってきたのは、この国の王太子で俺の実兄。ルキウスだ。
随分と緩い態度で話しかけてくるが、本来ならこんなところに来ている場合ではないだろうに。
「こんなところに来る暇はあるのか? 貴族達がうるさいんじゃないか?」
昨晩の事件に加えて、あんな新聞が張り出されているんだったら、貴族の対応がものすごい面倒なことになっているはずだ。
「ああ、もう知っていたのか。せっかく持ってきたんだけど、いらなかったみたいだね。それで、貴族達だけど、まあ君の言う通り文句を言ってくる者達はいるけど、実際に違法奴隷を所有していたのは確かだ。貴族だから処罰するのには時間がかかるかもしれないけど、いくら騒ごうとも、完全に否定することはできないんだからなんの問題もないさ」
いらなかった、と言いながらも、王太子はその手に持っていた新聞を部屋のテーブルの上に置きながら話を続ける。
「マーカスと裏切り者の繋がりもばら撒いてきたし、君たちの協力もある。うまく行けば、今日のうちにでもマーカスと裏切り者の戦いが始まるかな」
王太子の言った二人の争いは予想通り、というか作戦通りのことではあるんだが、思った以上に動きが早い。
「手が早いな」
「この程度なら、剣を振るうよりも簡単なことだよ」
そんなふうに冗談めかして言っているが、それは決して冗談ではないだろう。
確かに王太子なんだったら剣よりも政治の方が得意でもおかしくない。と言うかそうあるべきだ。
「でも、良かったのか? 今回の騒動は、お前の派閥からも捕まったんだろ?」
今回の違法奴隷の所有によって罪に問われた者の中には、第二王子や裏切り者の派閥だけではなく、王太子派閥のものまで入っている。
敵を潰すためのものだったんだし、自派閥から被害を出す必要はなかったんじゃないかと思わなくもない。
「そうだね。でも、第二王子派や中立派からは違法奴隷に関わった者が出てきたのに、僕の派閥からは一人も出ないとなれば、いかにも怪しいだろう? 自分の派閥だから隠しているんじゃないか。人はそう思うものだよ」
「だから少数を切り捨てた、か」
「元々、今回の者は根っからの僕の派閥というわけでもないからね。勢いが落ちればすぐにでも裏切るような者達だ。全くの問題がないわけでもないが、最良の方法だったと思っているよ」
確かに、周りが傷ついているのに自分だけ助かったらいかにも怪しい。
だったら、無傷で凌ぐよりも、自分たちも被害が出たんだ、と少数を切り捨てて身の潔白を証明した方がいい。
「ま、それはそれとして、これから奴らはどう動くと思う?」
「マーカスは、多分だけど僕を殺しにくるだろうね。そうでもしない限り、この状況をひっくり返すことなんてできないから」
現在第二王子の名声は地に落ちている。
昨日の事件のせいで、第二王子の派閥に所属している者達が違法奴隷を所有していたことはすでにバレているし、その影響で事件のきっかけとなった第二王子の振る舞い——聖女に対する乱暴も知られることになる。
そうなれば市民たちからの評判は落ち、賛同者も減り、その立場はこれからもっと落ちていくことになるだろう。
そんなだから、このまま順当に進めば王太子が国王として就任することになる。
それをどうにかするためには、よっぽどの偉業を成し遂げるか、もしくは王太子を殺すしかない。
王太子が死ねばどうしたって王位を継ぐことなんてできない。一番わかりやすく、簡単な方法だ。
もっとも、その後も簡単にことを進められるかって言うと別だろうけど。
だって、今の状況で王太子が急死したら、どう考えたっておかしい。
敵対勢力の殺しを疑うに決まってるし、その勢力は誰かって言ったら第二王子か裏切り者のどっちかだ。
もし本当に王太子が死んだら、市民達はその両者の区別なんてつけずに一緒くたに扱い、責めるだろうし、家臣達は王に疑念を抱くだろう。
だから、普通ならやらない方法だ。よっぽど自分の政治手腕に自信があるんだったり、どうにかする方法がすでに用意してあるんだったらあれだけど、多分そんなものはないだろう。
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