第373話公爵の処遇

 

「そんな短絡的に動くか? ……いや、動きそうだな」

「そうだね。普通ならしないだろうけど、追い詰められた者というのは無茶なこともやるものだよ。それが、元から愚かしさのある人間なら尚更」


 だが、そんな普通ならやらない方法でも、あの第二王子ならやりそうだというのが俺達の考えだ。だって本当にやりそうなくらいに馬鹿……いや、愚かなんだもんな。


 とはいえ、それは俺たちの考えだ。実際にはあれの周りにも家臣はいるだろうし、諫言を聞き入れておとなしくしていているかもしれない。


「で、殺しに来たら殺し返すってか?」

「できることなら、そうなってほしくはないんだけどね」


 そういった王太子の顔はどこか寂しげだが、兄弟で殺し合いをすることになってるんだから当然か。

 俺だって兄弟や親戚と殺し合えって言われたら悲し……いや、特に悲しくもないかな? 流石にフィーリアと戦うことになったら嫌だし、殺さないように気をつけるけど、それ以外は特に生かす理由がなければどうでもいいや。


「もし殺しに来なかったら?」

「その場合は、自派閥の立て直しを行うことになるだろうけど、今回の件でかなりの数が摘発されたからね。この混乱している時に混乱を呼んだ人材を囲っていたということで、市民からの評価は最低になるだろう。家臣達からの評価だって決していいものではない。そうなれば立て直しには時間が掛かるし、時間があれば僕の立場はより強固なものになる。その後は何をしてこようと、問題ないよ」


 まあ、それもそうか。殺しに来ればそれを返り討ちにして、殺しでなくても襲ってきたらそれを理由に糾弾。

 そもそも襲って来なければこのまま順当に王様になれるんだから、第二王子に関してはもう問題ないといってもいいわけだ。

 仮に襲われるようなことがあったとしても、周囲には『神兵』と『魔弾』がいるんだし、大抵の事では殺せないだろ。警戒するべきは毒の類だろうが、それくらいは理解してるだろうしな。


「裏切り者の公爵の方は?」


 そうなると、今度問題になってくるのはそっちだ。

 一応公爵が裏切り者であるって噂は流してあるし、今日の新聞に載ってる違法奴隷の所有者達との繋がりがあるって噂もすでに流してある。

 だが、まだ決定的な何かがあるとして罪に問うたわけではない。


「それは、多分だけど、自領に戻るだろうね。これ以上王都にいても騒ぎが大きくなるだけだし、今動いても力を回復するどころか逆に削れるばかりだ」


 まあそうだろうな。今のこの町での評判は最悪と言ってもいいようなもんだ。このままここに残り続けたところで、王太子に睨まれているとなれば誰も手を貸そうとはしないだろうし、戦力の回復なんてできるはずもない。


「殺さないのか? 処刑することはできるだろ? あるいは、なんらかの罰を与えるとか」

「いくら裏切ったとはいえ、今の状況で死んでもらっても困ることになる。何せ、大領地の当主だからね。そのうち当主引退を迫り、交代してもらうことになるだろう」


 確かに、大物貴族家の当主がいきなり死んだら色んな弊害は出てくるか。

 それに、色々と聞いとかないといけないこともあるだろうし、殺した場合のその後に起こる混乱を考えると、いきなり殺すことはできないんだろう。


 だが、結局は国に被害をもたらした裏切り者だ。そのまま放置ってわけでもないだろう。


「その後はどうする? 殺さないのか?」

「引き継ぎを終えた後は、いくら前公爵といえどそれほど力は持てない。新当主を傀儡にすることも考えられなくはないが、次期当主は利口で野心もないからね。少なくとも現当主よりは穏やかな人物だ。だったら向こうに利を示し、前公爵と僕。どっちに着くのが得になるのかを理解させれば勝手にこっちについてくれるさ」


 それならば確かに生かしておいても問題はないんだろうけど、だからといって殺さない理由にはならない。

 そりゃあこいつからしてみれば……あのカラカスと戦って敗走した時に、自軍の兵を生かすために残って命をかけたこいつからしてみれば、殺す人間は一人でも少ない方がいいんだろう。


 だが、あの公爵は生かしておけばまた何かをやらかすに決まってる。だって、それはあいつ自身がそう言っていたんだから。


「だが、いくら力がなくなるって言っても、それまでの繋がりや恩が消えるわけでもないだろ。それを使って裏で動いたらどうする?」

「むしろ、それでいいんだ。引き継ぎ後に動くとなった場合でも、何かをするには組織が必要になり、その組織のトップは公爵になるはずだ。他の誰かが自分の上に立つなんて、認めないだろうからね。でもそうなれば、そこさえ見張っておけばいいんだからわかりやすくなる」


 確かに、その方法は正しいんだろう。無数に散らばる悪人を見張るよりも、あえて一箇所に集めて管理した方が結果的に被害は少なくなる。


 けど、それじゃあ公爵の裏切りによって家族や友人が死んだ奴らの想いはどうするんだ?


「……そうか。市民としては今回の被害をもたらした裏切り者には死んでもらいたいと思ってるだろうが……」

「それは、そうだろうね。でも、それは仕方がないことだ。確かに苦しいし辛いだろうが、その感情は一時的なものだ。先に続く人間の未来の方が遥かに長く続く。そんな未来でより多くの人を生かせる方法があるんだから、その感情は飲み込んでもらわないと」

「……まあ、そうだよな。それが統治者の考えだ。大を救うために小を切り捨てる。俺でさえ知ってる当たり前のことだな」


 そうだ。それは王として、統治者として考えれば当たり前のこと。

 全員がただの一般人だった場合、百人を救うために一万人を犠牲にする奴はいない。


 この王太子は何も間違ったことは言っていない。王太子として……王として正しい判断をしているだけだ。


「もちろん、その分の補填はするつもりだ。街の復興が終われば、今回の害を被った者は補償金を出すし、再就職の機会も与える。家だって、無償でとはいえないけど相場よりも安く買うことができるようにするつもりだよ」


 けど……俺はその正しさが気に入らなかった。


「そうかよ。まあその辺はどうでもいいさ。俺はこの街の住民でもないし、この国の人間でもないからな。好きにすればいいんじゃないか?」

「……そろそろ僕はいくよ。いくら問題ないとは言っても、あまり空けすぎるのも良くないからね」


 最後に俺が適当に流したからか、あるいは俺の態度の変化を感じ取ったからか、王太子はこれ以上ここにいても意味がないと感じたんだろう。そう言って神兵を引き連れて部屋を出て行った。


「……なあ、ソフィア」


 王太子が部屋を出て行ってから少しして、俺はそばで待機していたソフィアに顔を向けることのないまま話しかけた。


「はい。いかがいたしましたか?」

「お前だったら、俺が死んだら……殺されたら、どうする」

「殺した者を殺し、ヴェスナー様のあとを追います」


 俺の問いかけにソフィアは迷うことなく答えたが、そのあまりの答えの早さに俺は思わずソフィアの方へと振り向いて、その顔を見つめた。

 その顔を見ればわかる。こいつは本当に言葉通りにするだろう、って。


「……俺としては、俺が死んでも生きてほしいと思うんだけど、その考えを押し付けるのは俺の勝手か」

「失礼を承知で言わせていただけるのであれば——はい」


 俺としては、主人である俺が死んだ後も生きていてほしいと思うんだが、それは俺の思いだ。もちろん俺は殺されるつもりなんてないし、その予定もない。

 それに、ソフィアがどう感じるのか、どうするのかはソフィア自身の勝手だ。


 だが、こうもはっきり頷かれてしまうと、やっぱりもしもの場合は生きていてほしいと思ってしまう。


 なんて思いながら見ていたからだろうか。ソフィアが徐に口を開き、話しを始めた。


「人間が生きるためには、目標が必要です。目的や願いでも構いません。そういったものがあるからこそ、人間は人間らしく生き、前に進むことができるのです。ですが、それらが失われれば、その人生に価値などありません。ただ息をするだけの人形です。……以前の私がそうだったように」


 以前のソフィアとは、俺が、というか親父が買う前の、奴隷として売られていた時のことだろう。


「そのような無様を晒し、絶望の中を生き続けなければならないのであれば、そんなのは地獄と変わりません」

「誰だって地獄の中を歩き続けたくはない、か」

「はい」


 その辛さは俺も良く知っている。だって、俺が今の俺になる前、生まれ変わる前の人生は、まさにそうだったんだから。なんの目標も目的もなく、ただ周囲に流されるまま、誰かに言われるままに生きていた。

 それはなんと空虚で、なんと辛いことか、体験した本人にしかわからないだろう。


 こう言ったら怒る奴もいるだろうが、飢えで苦しみながら毎日を必死に生きている者の人生の方が、俺からしてみれば素晴らしい人生だとさえ言える。


 ……いや、俺のは違うか。俺の場合は最初から持っていなかっただけだ。初めから目標も希望も持っていなかったから、俺の歩んでいた薄っぺらな人生は絶望ではない。ただ何もなかっただけ。

 そうではなく、元々は持っていたのにそれを失ったとなったら、それは俺が感じた空虚さよりももっと酷い物だろう。それこそが絶望。自ら命を絶ってもおかしくないほどの苦痛。


「だが、地獄が永遠に続くと限ったわけじゃないだろ? 進み続けた先に、天国が待ってるかもしれない」

「ですが、待っていないかもしれません。そんなあるかどうかもわからない不確かな中を進み続けられるほど、人間は強くありません。そんな地獄の中を歩くくらいなら、死んだ方がよほど幸せです」


 ……そうか。

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