第371話エルフ奪還作戦開始

 翌日の夜。ついに作戦決行の時間となったのだが、集まった冒険者の総数は二百以上。

 予定よりもかなり多くなった数だが、それだけではな。


 信者の中には冒険者登録なんてしていない者も当然ながらいた。それでも自分たちも聖女様のために、と協力を志願し、最終的に五百人くらいが参加することになった。

 ろくに戦えない者たちではあるが、それでも数は武器だ。裏方や補助など、やってもらうことなんていくらでもある。


 元々は百人ちょっとくらいで作戦を実行しようと思っていただけに、これだけ増えたのは誤算だがありがたいことでもある。


「それじゃあ、これから作戦を開始するが、手早くな。捕まってもどうにかできるけど、そんなミスするなよ」


 俺は今回の作戦において、最初に貴族の家に手を出して奴隷を攫ってくる役割を果たすカラカスの住民、および仲間のエルフ達に話しかけた。


 エルフ達はこれから仲間を助け出すんだ、と気合いに満ちている。中には貴族の家に入り込むってことで緊張している奴もいる。

 こいつらエルフは、能力はあるけど実際に行動した回数で言えばそれほど多くないし、侵入して奴隷を助け出すなんてのは初めてのやつだっているだろう。だからそんな緊張も無理からぬことだ。


 そんなエルフ達と比べて、カラカスの住民達はかなり緩い態度だ。


 だがこれは、緊張はしていないが、舐めているわけでもない。

 この態度は今回のことを甘く見ているからではなく、こいつらにとっては慣れた仕事だからだ。だって、カラカスの住民だぞ? それも、花園に行かずにカラカスに残ってるような奴ら。

 しかも、今回こっちに来ているのは情報収集や裏工作を得意としている、貴族の家だろうと盗みに入ったことがある奴らばかりだ。

 この程度で緊張なんてするわけがない。


「坊ちゃん。あんまし冗談言わねえでくださいよ。この程度の仕事でヘマするやつなんざ、あの街にはいやしませんって」

「まあ、だろうな。でも、予想外の強者がいる可能性もあるだろ。もっとも、そんなのがいたら俺かランシエが潰すけど」

「任せて」


 今回は、当然のことではあるがランシエも参加している。いくら城との繋がりを隠したいとはいえ、今回はランシエを外すことはできなかった。

 それは作戦に八天がいた方がやりやすいって理由もあるが、一番の理由はランシエ自身の意思だ。同族を助けるために同族が動いているのに、自分だけ何もしないで居るというのは許せなかったのだという。


「——行け」


 そう告げると、その直後には各自がそれぞれ作戦通りに動き出した。あと数分もすればどこかから騒ぎが聞こえてくるだろう。


 作戦としては単純だ。

 俺達が違法奴隷の囚われている家に侵入し、騒ぎを起こしてから脱出する。

 巡回していた冒険者達がそれを発見し、助けに入る。

 できることならそのまま貴族の家の中に入り込んで調べて欲しいが、そういうわけにもいかないだろうから、メインの目的としては対象の家の奴らが動きづらくなるように足止め、それと証人だ。


 騒ぎの起こった家からエルフが拐われ、それを見ていた者が大勢いれば「エルフの奴隷なんていなかった」と言い張ることはできない。

 事前にどの家がどれだけ奴隷を持っているのか、どんな使用人がいるのかは調べてあるので、あのエルフは奴隷ではなく使用人の一人だった、なんて言っても意味がない。


 そうしてエルフの違法奴隷を所有していたのがバレれば、後はもう犯罪者として扱うことができる。


 もちろん、冒険者はどの家がどれだけ奴隷を所有しているのかなんて知るわけもないんだから、冒険者が発見した時点では罪に問えない。


 だが、騒ぎが起これば巡回の兵士や城の騎士達が大人しくしているはずもない。


 冒険者達が足止めして時間を稼いでいる間に騎士達が到着すれば、後はエルフ奴隷の存在は冒険者達が証明してくれるし、捕まえることができる。

 もしその家の当主や関係者が逃げるために騎士達と戦闘になったとしても、冒険者がいるから早々逃げることはできない。


 だが、一箇所だけではなく幾つもの家で同じようなことをすれば、どう考えても騒ぎになる。

 貴族達は賊の捜索を城に頼むだろう。貴族達が違法奴隷を所有していたのは犯罪だが、それを助けるためとはいえ家に侵入することもまた犯罪なのだから、城としても無視することはできない。


 調べればすぐに『聖女様』主導で行われたのはバレるだろう。いくらリリアがエルフの王女様として扱われていると言っても、他国であるこの国でそんな乱暴なことをすれば問題にならないわけがない。


 だが、そこで役立つのがランシエだ。

『聖女様』はあくまでも補助で、実際に主導していたのは自国の『八天』だとなれば、どうすることもできない。


 ランシエを責める声は出てくるだろう。罰しろと言われるかもしれない。

 だが、それで困るのはこの国だ。

 現在は『八天』が二人しか残っていないわけだが、そのうちの一人がいなくなるとなれば大問題だ。


 だから貴族達は、責める相手は分かっていても、責めることができない。少なくとも、ランシエが『八天』としての地位についている限りは。


 そして、そもそも貴族達が違法奴隷なんてものを持っていたのが悪いとし、第二王子の失態や裏切り者の話に持っていって盗みに入ったこと自体は有耶無耶にする。


 まあ、そんなうまく行くとは思えないが、大まかな流れはこんな感じだ。

 細かいところはフィーリアや王太子に任せればいいし、そもそも、完全に誤魔化せなくても時間さえ稼げればそれでいいんだ。

 だって、どうせ第二王子派閥の奴らなんて叩き潰すし。


 違法奴隷の件をきっかけに、第二王子派閥の者達が落ちていくのは決まっている。

 それまで問題を先延ばしにできればそれでいいし、潰された後では誰も文句を言う奴はいないだろう。

 そんなわけで、最終的には『違法奴隷を所有していた奴らが悪い』、で落ち着くことになっている。


「後はこのまま様子を見てるだけで、っと」


 貴族街を囲んでいる壁の上に座り込み、夜の街を見下ろす。

 よく見ると街の中には普段はないはずの人の動きがあり、あれが冒険者なのだろう。


「ありがとう」


 植物達とも意識を繋げて状況を確認していると、隣にいたランシエが小さく感謝を口にした。


「ん? ああ、気にするな。どうせ俺の——魔王の気まぐれだ。運が良かったとでも思っとけ」

「そう。……ありがとう」

「……はいはい。どういたしまして」


 別に感謝されたくてやったわけではないことだし、ランシエが感謝する必要もないんだが、それでもランシエは頭を下げた。

 だが、こうして真正面から感謝を示されると……どうにも気恥ずかしさを感じてしまう。


「それよりも、そろそろ動きがあるぞ」

「……もう?」

「自慢じゃないが、うちの奴らはその道のプロだからな。あの程度の警備なんてざると同じだ」


 カラカスの人間なんだから、この程度の侵入で時間をかけるわけがない。

 エルフ達だって同じだ。あいつらは実際に盗みには行ったことはないけど、その武力に関しての練度は高い。真っ当な勝負だったら、うちの配下の奴だろうと負けることだって普通にあるくらいだ。


 もっとも、それは武力に関してはであって、他の部分での信頼は決して高くない。と言うか低い。だってエルフだし。

 何か〝やらかし〟がないように一つのチームに絶対一人はカラカスの住民を組み込んでるくらいだ。


「ん? あそこの冒険者達はちょっと不利そうだな」


 そうして状況を見守っていたのだが、うちの仲間がエルフ達を拐って逃げ出した後、どうやらその家の者と近くにいた冒険者達が戦闘になったようだ。

 だが、その状況がどうにも良くない。あそこはそれなりに家格を持った家だったから、その分所属の騎士も強いんだろう。


「せっかくだ。見せしめに潰すか」


 このまま見守っていても、しばらくすれば城から騎士達が来そうだが、その前に一度こっちで〝やらかして〟おいてもいいだろう。


「ランシエ。お前がやれ」

「いいの?」

「ああ、目立つように、派手にな。エルフを奴隷にすれば八天が襲ってくるとわかれば、今度はそんなことをする輩も減るだろうから」

「わかった」


 俺がそう言えば、ランシエは特に何の文句を言うこともなく弓を構えた。


 弓を構えた瞬間、ランシエの体から感じる気配が薄くなり、まるで夜の闇の中へと溶けてしまったんじゃないかと思えるほどだった。


 普通こういう時はやる気に満ち溢れて力み、存在感が増すものじゃないかと思うんだが、流石は弓使いの頂点か。

 弓を放つ瞬間が気迫でバレては意味がないからこうも気配を薄くしているんだろうが、見事なもんだ。

 やっぱり、『八天』の中ではこいつが一番相手にしたくないな。


「《流星》。……《襲雨》」


 《流星》と言うスキルは以前にも別のやつから使われたことがあった。

 本来はある程度溜めてから一つの強力な矢を放つ、ある意味大砲のような攻撃だ。

 だが、ランシエはそれをすぐに放つことはせずに弓を空に向け、追加でスキルを使った。


 《襲雨》も見たことがあるが、あれは空に矢を放つと標的の真上で無数に分裂して降り注ぐというスキルだ。


 そんな二つを同時になんて使えばどうなるか……


「流星ってか、流星群だな」


 その結果はご覧の通りだ。


 空からはまるで天罰かの如く強い力を秘めた矢が降り注ぎ、冒険者と騎士達の奥にあった屋敷へと命中した。


 全ての矢が降り注いだ後には、残骸へと変わった屋敷だけが残っていた。その前で戦っていた冒険者と騎士は、今では戦いの手を止めて呆然と壊れた屋敷を見つめていた。


 そりゃあ、あんな光景を見せられれば当然の反応だろうな。

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