第356話『化身』様
二日後。俺は第二王子に関する悪評を噂として広めるため、街に街に出る事になった。
と言っても、俺が直接噂を流すんじゃなく、こっちに合流したカラカスの奴らが流すんだけどな。一応俺も参加するが、現場指揮の意味合いの方が近い。
それに、理由はそれだけではない。
噂を広めることの他に、リリアが街に出たいとうるさくなってきたことと、あとは王太子、それからフィーリアの評判を上げるために、ってのも街に出る理由の一つだ。
評判を上げるのにリリアを連れていってもいいのか、平気なのかと思うかもしれないが、むしろリリアは絶対に連れていかなくてはならない。
聖女なんて呼ばれた存在がフィーリアに保護されているとか、フィーリアは王太子と協力しているとか、まあそんな感じの話をしながらリリアに怪我人を治癒をしてもらえれば、それだけで多少なりとも評判は上がるだろう。
「それじゃあ、わたしの伝説を作るためにい……しゅっぱーつ!」
「しゅっぱーつ!」
しかしだ。そんなわけで街に赴く事になったわけだが、出発前から不安をひしひしと感じている。というか不安しかない。
だが、それでも俺たちは行動するしかなく、前回リリアを回収したところあたりまで向かう事にした。
「この辺だったよな」
しばらく歩いていると、巨人の被害にあって建物がメチャクチャになっている地区にたどり着いたので、いったん足を止めて後ろに振り返った。
「そっちは任せた。俺も多少はやるが、あの馬鹿の管理でそこまでは動けないだろうからお前ら頼みになる」
「へい。わかってやす。一般人に紛れて噂を、なんてのあ朝飯前です」
「上手くいったら報酬ははずむから、頼んだ」
そうして、俺の言葉を聞いたカラカスの住民達はそれぞれに動き出し始め、一分と経たずに街中に紛れ込んでいった。
「さて、俺たちは先に進むか」
「イエーイ!」
「はーい!」
街中に消えていった者達を見送ったあと、俺たちは再び前回の場所へと向かい出した。
だが……
「なんか、人が多くなってるか?」
「そんな感じだな」
「騒ぎでもあったのでしょうか?」
「……でも、そんな気配は感じられないですよ」
俺の言葉にカイルが反応し、ソフィアとベルも続くが、異変があるのは全員理解しているが、何が起きているのかは誰もわかっていない。
「はっやっくー。はっやっくー! ……あっ!」
そんな中でリリアだけが楽しそうにしているのだが、途中で何かを見つけたのか走り出した。
「おいっ。勝手に走るな!」
なんて、親が子供に言うような忠告をするが、当然のこと聞き入れられることはない。
どこにいくつもりだ、なんて思っていると、リリアは一人の女性のもとへと駆け寄っていった。
「大丈夫? 治したげるから待ってて! えい!」
その女性は足に布を巻き付けており、その布は一部が赤黒く染まっていた。
おそらくは怪我をしていたのだろう。それを証明するかのように壁に手をつきながら歩いていたのだが、それもリリアが治癒をかけたのだからもう治っただろう。
「え……あ、あの……っ!? あ、足が……」
「どう? もう痛くない?」
「な、え、あ……治して、くださったのですか?」
女性は、初めは突然声をかけられてわけが分からなそうな顔をしていたが足の調子が戻った事に気がついたのだろう。
そしてその後にかけられたリリアの言葉で、怪我が治ったことを理解したようで驚いた様子を見せた。
「そうよ!」
「あ、ありがとうございます! で、ですが、今はお金の持ち合わせが……」
「ふふん! そんなのいらないわ! これも上に立つ者の義務だもん。素直にわたしの施しを受け取っておきなさい!」
怪我を治すことができたからか、リリアは女性の言葉を拒絶し、自信満々に腰に手を当てながら胸を張ってみせる。
「あ……ああ……ありがとうございます! 聖女様!」
そんなリリアの言葉で感極まったのだろう。先ほどまで怪我をしていた女性は、リリアに向かって地に頭をつけて感謝を口にし、リリアが聖女だなんて呼ばれる人物だと気がついたようでその名を呼んだ。
「お前、今更だけど『悪』っぽくないよな」
「何言ってんのよ! 困ってる人を助けないで見てるだけなんてカッコ悪いじゃない! 『悪』ってのは、すっごいかっこよくないといけないんだからね! 理不尽に逆らって弱者を守るために力を振るってこそ、立派な『悪』ってもんでしょ?」
言いたいことはわからないでもないが、それでもやっぱり世間一般でいうところの悪ではないと思う。
だがまあ、こいつの考えに俺がとやかくいうことでもないし、こいつはそれでいいと思う。
「……ん? ……んんー?」
それからも俺たちは目的地に向かって、途中で適当にリリアが治癒を使いながら進んでいったのだが、なんだか目的地の周りの様子がおかしい気がする。
「なんか……なんだろうな。……あれは、崇められてる、のか?」
そう。なんでか知らないけど、住民達が奥の方に向かって跪いて祈りを捧げているように見える。
奥には俺がこの間植えた木や、地面に生い茂る緑が見えるから場所を間違えたわけではないはずだが、それ以外にも何かいる、もしくはあるんだろうか?
「——ん? あ……。せ、聖女様だっ。聖女様がいらっしゃったぞ!」
訳がわからないながら様子を伺っていると、集まっていたものの一人がこちらに……というかリリアに気づいたようで、一瞬目を丸くしたのちに大声を出して周囲に知らせた。
「え? え? なになに? なんなの?」
その瞬間、ぐるんっ、とどこかホラーじみた動きでその場にいたもの達が一斉にこちらを振り向いてきたせいで、その視線を一心に浴びたリリアはビビって一歩後退りしながら疑問を口に出した。
「聖女様」「聖女様」「ああ、なんと神々しい」「どうかわたしの怪我を治していただけませんか」「私の子をどうか」
そんな言葉がかけられたことで、リリアはこの集まっている者達が自分を頼ってここに集まったのだと理解したのだろう。それまでのビビりを消して、にまっと笑って頷いた。
「みんなわたしの凄さにメロメロみたいね。流石わたし! そう思わない?」
そう言いながらこちらに振り向いてきたことで、その場に集まっていた者達——信者達の視線がリリアから俺たちに映ったのが感じられた。
もしかしたらこの前と同じように、聖女様を返せ、とか、独占するな。何者だ、みたいなことを言われて争いになるかも、なんて思ったんだが……
「化身様もお越しになられているぞ!」
なぜかそんなことを言いながら俺達……いや、『俺』に対してそう言って頭を下げてきた。
「化身? それ、俺のことか……?」
なんだよ化身って。訳がわからない。いや、ほんと。まじで。
「……これはどういう騒ぎだ?」
それから数秒ほど混乱で固まっていたのだが、ハッと気を取り直してなんとかそれだけを問うことができた。
「皆の怪我を治してくださった聖女様と、我々を飢えから救ってくださった化身様への感謝を込めて、皆ここで祈りを捧げているのです」
この信者達がここで跪いている事に関しては理由がわかった。
だが、俺が聞きたいのはそこじゃない。
「……なるほど。まあ、お前らの行動についてはわかった。だが、なんで俺が化身なんて呼ばれてるんだ?」
「エルフ達の故郷には、彼らが大事にしている御神木があるという話を聞いたことがあります。聖女様が従っている貴方様は、その御神木より生まれた化身様であると考えました」
「御神木か……。確かに存在はしてるし、無関係とも言えないが……」
御神木とは聖樹のことだろう。そうだとすれば、俺は無関係とは言えない。それどころか、大いに関係ある。何せ俺は聖樹から父親と呼ばれているんだから。
俺はマジの聖樹の化身であるフローラの父親で、聖樹から力を与えられているんだから、ある意味で聖樹の化身とギリギリ呼べない事もないかもしれない。
聖女——リリアが俺に従っているのはそれとは違う理由だが、エルフ達が従っているのはその聖樹の事があるからだろうし。……多分そうだと思うけど……どうだろう? もしかしたらそんな事関係なしに水が欲しいからかもしれない。
いや、でも聖樹の力も関係してるだろ。少なくとも多少は影響しているはずだ。
「やはり! 一目見た時からそうだと思っておりました! あのような素晴らしい植物をお贈りいただき、誠に感謝しております! おかげで我々は生き延びることができます!」
しかし、そんな曖昧なことを口にしてしまったせいで、信者の一人は俺が本当に聖樹の化身なんだと思ってしまい、そう叫びながら再び頭を地面につけながら感謝を口にしている。
「いや、俺は別にそんな感謝をされたいからやったわけじゃないんだが……」
「おお! 化身様はなんと謙虚で慈悲深いお方でしょうか!」
「どうしてそうなる……っつーか化身って呼ぶのやめろ」
「ですが……っ! いえ、はい。かしこまりましたっ」
なんだその、「自分はわかっていますよ」みたいな顔は。てめえ絶対に勘違いしてるだろ。
でも、そう言ったところでめんどくさい事になるだろうし、ぶっちゃけ『化身』と呼ばれようと害があるわけでもないから放置でもいいか。
「とりあえず、リリア。怪我人の治療だ」
少なくとも敵対されて邪魔されることがなくなるんだから、こいつらのことは無視して俺はここにきた目的を果たす事にしようと決め、行動を開始する事にした。
「我々にも何かお手伝いをさせていただけないでしょうか!」
「あ? あー、じゃあ今日はここを拠点に活動するから、離れたところにいる怪我人をここまで連れてきてくれないか?」
「はい! かしこまりました!」
まあ一応こいつらの手伝いを当てにしてた部分はあるし、進んで協力してくれるんだったら願ったりだろ。
「それじゃあ、行動開始といくか」
そうして、『リリアの聖女様活動』と『第二王子と裏切り者の関係の噂』について、あらかじめ決めていたように動き出したのだった。
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