第357話違法奴隷のエルフ
「——というわけで、俺たちはフィーリア王女の伝手で城に泊めてもらってる」
「そうでしたか。ですが、聖女様と化身様がお力を貸してくださるのでしたら、きっと今回の事も予想以上に早く元に戻ることができそうですね」
今回ここにやってきた目的の一つとして、リリアが治療を施している間、俺はすでに治療の必要がない者達に雑談の体をとって、俺たちがフィーリア王女の仲間であることを話した。
今はフィーリアや王太子に協力して、今回の襲撃の調査や復興支援を行なっていると教えたので、あとはここから噂話のような感じで広がっていくだろう。
尚、化身様という呼び方はもう諦めた。一応本物の聖樹の化身としてフローラがいるんだけど、フローラを紹介したら騒がしいこといなりそうなのでやめておいた。
だって、フローラって俺の子供だぞ? ついでに、母親はリリアだ。俺たちが直接あれをあれして産んだわけでもないんだが……もう、ね。なんというか、厄介ごとになる未来しか浮かばない。
なのでフローラは〝ただのフローラ〟だ。
「さて、どうだかな。どうもあの戦いはきな臭い気がする」
「?」
そして、復興に協力していることを教えて王太子達の株を上げたら、今度は第二王子の株を下げる番だ。
「簡単に言えば、まだ終わってないかもってことだ。今城では、王太子が裏切り者探しで躍起になってるみたいだし、まあ、いたんだろうな。敵を招き入れた『裏切り者』が」
「え? ……。……っ! ま、まさかっ! そ、そんなことが本当に……!?」
俺が話をしていたものの一人が、思わずと言った様子で声を漏らし、数秒してから言葉の意味を理解したのだろう。目を見開きながら声を荒げた。
「事実かは知らないさ。あくまでも状況的なものからの考えだ」
「で、では、その裏切り者というのは、第一王子のことでしょうか? その調査のために化身様と聖女様は協力をされているのでしょうか?」
俺の言葉をどうとったのか、俺の言葉から何を思ったのかはわからないが、集まっていた者達の中から先程の男とは違う者がそう口にした。
「は? 違う、と思う。いや多分だが……どうしてそうなる?」
「え? で、ですが、第二王子殿下は巨人を倒し、敵を討ち取ったのですよね?」
なるほど。巨人を倒してくれた第二王子が裏切り者な訳がない、ってそういう認識がもうできてしまっているのか。
けど、それも仕方ないかもな。だってこんなやばい状況が突然やってきて、それを解決したんだ。崇拝、とまでは行かなくても、信じてしまうものだろう。
「そういう事になってるけどな。実際はどうだか」
「ち、違うのですか?」
自分の信じたものを否定されたことで困惑気味に問いかけてきたので、頷くことはせずに肩を竦めてから答えることにした。
「第二王子を見たことがあるが、あれにそれだけの力と根性があるとは思えない。自分の功績を自慢してばかりのやつだぞ? それまでの評判は決していいものじゃないし、今回だけ活躍したってのは違和感があるだろ。今回は国の危機だから勇気を出したってよりも、最初っから予定内の行動、つまりは自作自演だったって言われた方が納得できるってもんだ」
「自作、自演……」
「まああくまでも可能性の話だ。明確な証拠なんてないし。王族じゃなくて高位貴族の中にいたのかもしれない」
これはあくまでも憶測であって、噂話でなくてはならない。だから曖昧に答えるしかないんだが……。
「ただ、もし本当に貴族の中に裏切り者がいるんだとしたら、第二王子と繋がっていてもおかしくはないよな、とは思うな」
別に、噂の方向を誘導するのはやってもいいよな?
「第二王子以外の可能性は、ないのですか?」
「さあ? だが、一応フィーリア第三王女はないな。でなけりゃあ俺達が力を貸したりしないさ。それに、そんなフィーリア王女が協力してる王太子も違うだろうな」
俺がそう言うと、その場に集まっていたもの達はそれぞれが何かを考えるように、あるいは隣にいたやつと顔を合わせながらも黙り込んでしまった。
「まあ、今言ったのは所詮状況からの憶測でしかない。これ以上は俺から変に話すことはやめておこう」
「……余計なことを、聞いて、申し訳ありませんでした」
「いや、勝手に話したのは俺だ。気にするな」
そうして話を終わらせたのだが、その場から俺が離れても先ほどの話を聞いたもの達は小さく話し合っている。
多分、さっきの話が本当なのか、或いは嘘なんじゃないかと議論していることだろう。
「……エルフ? 身内じゃあないよな?」
なんて思いながら適当にぶらついていると、建物の陰に見窄らしい格好をしたエルフの姿を見つけた。
辺りを見回してみるが、同じエルフとは言ってもうちの連中とは着ているものが違う。
いや、そもそも比べるような次元の話じゃない。むしろそこら辺の浮浪者の方がマシかもしれないと言えるような格好をしている。
「……奴隷か」
その着ているボロもそうだが、全体的に怪我をしているし、素足で歩き続けたからだろう。まだまともに見ることのできる手と違って、足の方はひどいことになっている。
それになにより、首についている金属が奴隷なのだということを証明している。
ただのファッションってことはないだろう。だって、俺はあの形をよく見慣れているんだから。
「そこのエルフは誰の持ち物だ?」
エルフのそんな姿を見てしまった以上、放置することはできず、放置なんてしたら評判にかかわるし、助けないで放置したらリリアとフローラ、それから聖樹から文句を言われそうだからな。
それに、うちの勢力でエルフってのはかなり重要だ。数は少ないが力は持っているし、その存在が協力しているという事実自体も意味がある。
そんなエルフ達に嫌われるようなことはできるだけ避けたほうがいいだろうし、助けないという選択肢はあり得ない。
「へ? あ、ああ。えー……誰だ?」
「隠してるわけじゃあないよな? お前らが聖女って言ってるあいつはエルフだぞ? もしわかってて黙るんだってんなら……」
「そ、そんなことは! 違う! 俺は知らないんだ!」
その辺にいたやつに件のエルフについて聞いてみたのだが誰も知らないようで首を振っている。
「そこのエルフ。お前はどうしてここにいる? 持ち主は誰だ?」
「ひうっ!」
陰からこっそりとリリアや他のエルフ達のことを見ていた奴隷エルフに近づき、話しかけたのだが、怯えるように声を出し、こっちに体を向けつつも視線を逸らして固まってしまった。
多分だが、奴隷として結構な扱いを受けたんだろう。そのせいで恐怖を抱くことになっているが、それでも逃げ出さないのは勇気からか、それとも逃げ出してはならないと体に染み付いているからか。
安心させることができるかはわからないが、それでも多少なりともどうにかするためにリリアを指差しながら話しかけることにした。
「あそこにいるのは聖樹の御子だ。事情があるなら伝えてやるが、どうする?」
「ふえ……。み、御子、様? ……み、御子様!」
俺が『聖樹の御子』と口にしただけで、そのエルフは間の抜けた声を漏らしてからゆっくりと顔を上げ、俺をじっと見つめてから涙を流し、大声を出しながら抱きついてきた。
……いや、抱きついてきたってよりも、縋り付いてきた、か。
「俺じゃなくてあっちだ」
「みござまあ! たしゅっ! たしゅけけくじゃさいっ!」
「……落ち着け。何言ってるか分からん」
俺としてはリリアのことを示したつもりだったんだが、俺も聖樹から力をもらっていて『聖樹の御子』なわけだし、エルフからしてみれば俺もリリアも大して変わらないんだろう。
だが、御子に会えたのが嬉しいのはわかるが、喜びのあまりまともに話すことができていないでいる。
縋り付いてきた奴隷エルフを宥めるように、その頭に手を置いて——水をかけた。
「ほわぁ……」
水をかけたと言っても、いつものようにザバッと乱暴にしたのではなく、指先から滲ませる程度にちょろちょろと出しただけだ。
だが、そうした状態で頭を撫でてやればそれなりに効果はあったようで、奴隷エルフは涙を引っ込め心地好さそうな様子を見せた。
「——で、なんだ? 多分助けてって言ったんだと思うが、何がどうなって何から助けろって? そもそもお前の名前も状況も知らないんだが?」
それからまた少しして落ち着かせたあと、俺のことを掴んで離さなかった手を離させ、話を聞くことにした。
「わ、わたしは——」
そうして聞き出した話は、まあありふれたものだった。
森で暮らしていたら人に攫われ、売られた。言葉にしてしまえばそれだけだ。
リリア達の里のように聖樹があれば聖樹の力で結界でも張って守ってもらえるが、そうでないエルフ達は自力で守らなくちゃならない。
そのため、結界に綻びが出たり、破られたり、そもそも結界なんて張っていなかったりする場所もあるらしい。
だから、そういった場所は人の侵入を許し、攫われることが多々あるそうだ。
このエルフもそうして攫われた一人だという。
そして貴族に売られ、おもちゃになっていたが、先日の巨人騒ぎで屋敷が壊れ、なんとか逃げ出すことができたのだという。
だが、主人の命令ではないのに勝手に離れたことで、死にはしないが今も身体中に痛みがはしっているらしい。
「貴族の奴隷か。街では見たことがなかったが、まあエルフは高いからな。一般の市民が持ってるようなもんでもないか」
エルフはその数の少なさだけではなく、人間からしてみれば永遠と言っていいほど若い状態が続く。そのため、愛玩用としては重宝されている。
自分が老いてもエルフだけは老いず、変なことをして怪我をさせたりしな限りはずっと使い続けることができるんだから、その分高くなっても不思議ではないな。
もっとも、今のカラカスではエルフの取引は禁止だが。だってそんなことしたらエルフからも聖樹からも嫌われるし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます