第355話尽きない食糧の使い方
「まだあるのか」
「次で最後だ。もう一つだけ協力して欲しいことがあるんだが……」
……これまで情報収集や護衛でいろいろと協力してきたつもりだし、近いうちに協力する予定もあるんだけど、更に、か。
「食料を提供してくれないかな?」
「食料? ……ああ、そういえば足りないんだったな」
街の状況を見ていたときに、足りていないんだろうなとは思っていたが、ここで俺に頼んでくるほどか。
「もちろんタダでとは言わないさ。正式な手順と額で買わせてもらう。だから、民が飢えないだけの食料を用意してほしい」
「親の実家を頼ったらどうだ? 王太子の親なんだ。それなりの地位も領地も持ってるだろ?」
〝第一〟王妃となれるような力を持っている家なんだ。食料くらい、揃えようと思えば揃えられるんじゃないだろうか?
ここは王城で、相手は王太子なんだ。金はあるだろうし、買い付けができない、ってことはないと思う。
「一応こちらとしても母上の実家を通じて用意はしているが、足りないのが現状だ。そもそも、母上の実家はこの国の食糧庫と呼べるほどの穀倉地帯を持っているというわけでもないから、どうしたって量は揃えづらい。被害のないところから買い揃えることはできるだろうが、それには買い付けるまでの交渉や運搬で、どうしても時間がかかる」
「けど俺に頼めば、次の瞬間には尽きることのない食料が、か」
俺は、種さえあればそれをばら撒いて育てることができるし、育て始めてから一日と経たずに収穫することで食料を作ることができる。
もちろん量を作ろうとすればそれなりに疲れるし、手抜きをすれば味や品質は落ちるだろうが、飢えることはなくなる。
「ああ。自分たちの街が壊れ、親しい者を亡くし、明日への不安がある中、飢えが広まれば民の不満が溜まる。そして、その不満はいずれ爆発するだろう。だが、食料を確保さえできていれば、民の不満や不安はある程度は解消できる」
先日見た光景を思い出すが、空腹でまともに動けない奴もいた。あれがさらに進行して飢えが広まり餓死者が出てくるようになったら、それこそ暴動が起こるだろうな。
「まあ、俺としても一般人が餓死にするのは望むところじゃないし、支援は構わない」
俺は魔王とは呼ばれているが、人に死んでほしいとか人が死ぬのが楽しいとか思っているわけじゃない。敵対しないなら、手を差し伸ばしてやる事に否はない。
実際、リリアを回収したときに街中で育ててるし。今更隠すことでもないしな。
だが……
「けど、その対価は?」
「対価……? お金なら相応の額を……」
俺の言葉の意味がわからないようで、王太子は眉を寄せながらそういってきたが……違う。
「金じゃない。確かに俺はお前達に協力するとは言ったが、それは相応しい見返りを求めてのことだ。俺達は協力関係であって、上下関係があるわけじゃない。俺だけがお前に奉仕するのは違うだろ? ……ああいや、上下はあったな。俺が上でお前が下だが」
俺は、俺に利点があるからこいつに手を貸してやっているんだ。
その利点は、金なんていう、手に入れようと思えば手に入るようなものではない。もっと別の、俺では手に入れるのが面倒、あるいは難しいような事だ。そのために俺は手を貸してやるんだ。
「でもまあ、そういうわけだ。俺がわざわざ力を使ってまで『協力』するだけの価値を、お前は示せるのか?」
そんな俺の言葉に、王太子は視線を逸らして僅かに逡巡した様子を見せたが、すぐにこちらに視線を戻してから口を開いた。
「……今回、食料問題を解決して民からの支持を得られれば、僕の立場は盤石なものになるだろう。そうなれば、多少の無茶や慣例から外れることをしても問題にはならなくなる。今回の問題だって早く解決できるだろうし、僕が王位に着くのも早まるだろう」
まあ、それはそうだろうが……こいつは何が言いたい?
「君たち家族が共に暮らすことができるように手配しよう」
そう言われた瞬間、俺は何を言われたのか理解できなかった。
だって仕方ないだろ? 前にこいつには『家族』という立場を利用されて、それで怒ったんだ。こいつもそのことは理解している。
にもかかわらず、またここで『家族』の存在を利用して話を進めようとしているんだ。
そんな事をするわけがないと思っていただけに、突然のその言葉は衝撃的だった。
「具体的には、こちらに君達の家を作っても良いが、それは望まないだろう。だから、君の母親や妹を、或いは両方を特使としてカラカスに派遣しよう」
王太子の言葉に俺がなんの反応もすることができないでいる中、それでも王太子は言葉を紡いでいく。
「本来ならば前王の王妃を派遣するなどありえないが、多少の無理してでも話を通すことを誓う」
普段よりもどこか早口に聞こえるそれは、多分『家族』を人質にして話を進めようだなんて思っていない事を証明したい故の焦りなのかもしれない。
そんなことが頭の冷静な部分では理解できている。
だが、それでも『家族』を出しにされたことで、体が熱くなっているのも分かるんだ。
「それから、正式にカラカスが独立した事を認める旨を宣言しよう。だから、どうだろうか?」
……こいつに悪意はない。こいつに敵対するつもりはないんだ。ただ、条件に相応しいだろうと思ったのと、俺のことを気遣ってのことだ。きっとそうだ。
だから、落ち着け。ここで苛立ちに任せて席を立ったところでなんになる。
こいつと敵対してもいいことなんてないし、この話そのものは俺にとっての利点だ。何せ少しスキルを使うだけでいいんだから。
そう自分に言い聞かせると、次第に落ち着きを取り戻すことができた。
「……母さん達のことはお前にはどうでもいい事だろうが、カラカスの独立に関しては国として考えるなら痛手じゃないか? そうまでして食料が欲しいのか」
そうして冷静になった頭で話し合いを再開するが、こうしてすぐに落ち着けるようになったんだから、俺も多少は成長してるな。
……なんて、冗談を考えてないとやってられない。まだ、完全に冷静になったわけでもないし、不快感がないわけでもないのだ。
「武で劣っていても、知で劣っていても、飢える不安のない治世を行える王は賢王とされるものだ。それさえ用意できるのであれば今後の民からの信用を勝ち取れ、貴族にも力を見せられる。それにカラカスの独立に関してはもうどうしようもない。であれば、宣言しないであやふやなままでいて誰かが問題を起こす前に明確に宣言をしてしまい問題が起こりづらくし、問題が起こったとしてもその責任を問いやすくしたほうが良い」
俺が席を立つことなく話を続けたからか、王太子はホッとした様子を見せてからそう説明した。
その言葉は先ほどと同じで心なしか早口だったが、多分先ほどとはその意味合いが違っているだろう。
さっきのは俺を説得するためで、今のは俺が心変わりしないうちに話をつけてしまいたいという思いからだろう。
「だが、俺だっていつまでもここに居るわけじゃないぞ。尽きることのない食料、なんてのは叶わない」
「分かっているさ。だから、ここにいる間だけでいい。その間に、最低限の状況は整えてみせよう。もっとも、君が帰った後も継続して売ってくれると言うのならありがたいことだけど」
「その辺は後でうちの担当と話しとけ」
俺だってここにはそう長くいられるわけでもないから、『無尽の食料』なんて用意できない。
俺がカラカスに帰った後も、カラカスに買い付けにくれば売ることはできるが、欲しいならエドワルドと直接交渉してくれ。
「だが、話は理解した。場所さえ用意できるなら、食料の用意はしよう」
「ありがとう」
そうして俺と王太子の話は終わり、俺の休憩時間をつまらないものにした王太子は席を立って去っていった。
——◆◇◆◇——
王太子の話が終わってから、俺は自分が造った庭の中を歩いていたのだが、途中でその足を止めた。
「——で、誰だ?」
そんな事をしたのは、背後から俺のことを尾けている奴の存在を察したからだ。
俺の言葉を受けて、それ以上隠れることは無理だと判断したのか複数人の使用人服を着た者達が姿を見せた。
一口に使用人服と言っても全て同じではなく、それぞれバラバラなものを着ているが、その所作から同じ所属の者だと理解できる。
「……失礼いたしました。私はフィーリア王女殿下付きの『影』でございます」
そして、姿を見せた全員が跪き、そのうちの一人が自分たちの所属を明かした。
こうも簡単に明かしたのは、すでに面識があるからだろう。実際、俺は前にもフィーリアの『影』と会ったことがあった。顔の識別なんてしてないから誰が誰かなんて覚えてないし、こいつらにも見覚えはないけど。
「そうか。……で? なんのようだ? フィーリアから伝言でもあったか?」
これだけの人数が来たんだから単なる伝言ではないと思っているが、それでもとりあえず問いかけてみる。
「……お戻りになられないのですか?」
だが、『影』の口から吐き出されたのはそんな言葉。
「……あの王太子もそうだが、なんだってお前らはそんなに俺を引き止めたがる」
あの王太子も、以前に俺を城に引き留めようとした。今回は堂々と引き止められはしなかったが、それを匂わせるようなことは言われた。
だが、こいつらまでも、か。
まあ俺を引き止めたい理由はわかるさ。俺がここにいれば戦力も食料も確保できるんだからな。
「王族付きの『影』にも派閥があり、我々の派閥は第二王妃殿下よりお生まれになる御子様に仕えることになっていました。ですので、我々は現在フィーリア王女についておりますが、本来は貴方様にお使えするはずでした。亡くなったのであれば何も問題はございません。ですが、貴方様は生きておられます」
つまり今はフィーリアに仕えているが、それは本来の主人である兄——俺が死んだからであって、自分たちの本当の主人は俺だってことか?
で、そんな真の主人が生きていたのだから、そちらに仕えるのは『影の一族』として当然のことだ、と?
まあ、そう言われれば理解できないでもない。だが……
「それでも、今の主人は俺じゃなく、俺の妹だろ。俺は、血を引いてこそいるだろうが、ここの住人じゃない。俺の家はこんな城じゃなく、カラカスだ」
こいつら、真の主人は俺だと言っているが、その目がな……。どうにもただ忠誠心だけの存在ってわけでもないように見えて仕方がない。
多分こいつらは、派閥の中でもさらに派閥があるんじゃないかと思う。それで、成り上がるために俺側に着きたいと思ったんだろう。
まあ、想像でしかないが、そんな理由でもなければ、こんなことを言うはずがない。
職務、使命に忠実だと言えばそうだが、それでも今の主人はフィーリアだ。その今まで仕えてきた主人から乗り換えるだなんて、裏切りと捉えられてもおかしくない発言だ。
しかしどうしたもんかな。この手の輩は、下手に拒絶すれば害になりかねない。
「だから、お前らの主人はフィーリアだ。……まあ、お前らがカラカスに来るってんなら拒みはしないがな」
拒みはしないだけで、重宝するとも言っていないが。
まあ、来たら来たで役には立つだろうから、使うのは問題ないか。
本当に来るかはわからないけど、他に対抗勢力がなく、場所がカラカスだろうと俺は王で、王様の直属の『影』になれるんだ。鬱屈した思いを持ってる奴は本当に来るかもしれないな。
実際に来るかどうかはわからないけど、こうして逃げ道を与えておけば、少なくとも変に暴走して害になることはないだろう。
「理解したら下がれ。来るにしても来ないにしても、今はフィーリアの『影』だ。それを忘れるな」
「……はっ」
最後にそう頷くと、『影』達は姿を見せた時と同じように、素早くその場を離れて姿を消した。
「……本当にあの者らを雇うおつもりですか?」
『影』達がいなくなったあとはしばらく庭を歩いていたのだが、その途中でソフィアが悩ましげな様子で問いかけてきた。
「まあ、役には立つだろ」
「ですが、あの者らは真に忠誠心を持っているというわけでもないように感じられました」
「それはそうだろうな。でも、それを言ったらあの街の住人なんてほぼそんなもんだろ」
あの手の野心あるやつってのは、カラカスじゃそこら中にいる。
うちで働いてる奴らだって、中には成り上がりを企んで同僚を蹴落とし、裏切っている奴もいるだろうし、なんだったら王様の椅子を奪おうと考えているやつだっているかもしれない。
……ああ、エルフ以外な。エルフは多分何も考えてない。考えてるのは遊ぶことと寝ることと食べること、あとは水のことくらいだ。
で、まあそんなカラカスの住民だが、俺自身、俺に害がないなら『上』に上がるために努力するやつってのは嫌いじゃない。
「それに、こういうやつらをまとめられてこそ、カラカスの王だと言えるんじゃないか?」
「……はあ」
最後に笑いかけながらそう言ってやれば、ソフィアはため息を吐き出しただけで何も言わなかった。
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