第354話『裏切り者』

「そうみたいだね。一応裏付けもしてもらってるけど、今のところ不備はないようだし、基本的にはあれを元に計画を立てて行くつもりだ」

「具体的には?」

「まずは第二王子陣営と裏切り者とを反目させるために、ある噂を流す。『今回の悲劇は、第二王子によって引き起こされた』とね」

「……だが、アレは今回の解決の立役者……ああ、自作自演だったってことにするのか?」

「そう。そして、第二王子の陣営には今回敵を招き入れたものが所属している、と『裏切り者』の名前を出す」


 現在第二王子は街を襲った巨人と、そいつを操っていた黒幕を倒した英雄ということになっているが、もしそれが第二王子の自作自演だと分かったらどうなるか。

 しかも、その関係者として裏切り者の名前が出されたらどうなるか。

 そんなの、第二王子も裏切り者も、どっちもおとなしくしているわけには行かなくなる。だって、そのまま何もしないでいたら自分たちが悪者にされて処断されることになるのだから。


「他にも、軽い重いはあるけど数名ほどの貴族の悪事をバラす。そうすることによって、第二王子陣営は決して正しいだけの存在ではないと皆に理解させる。そうなれば、後はちょっとした噂であったとしても、それが悪いものであればすぐに燃え上がる」

「そうなれば第二王子は自分の潔白を証明するために、『裏切り者』を潰しにかかる、か」


 自分が裏切り者と通じていない、自作自演ではないのだと証明するには、第二王子は裏切り者として名前の上がっている者達との敵対を見せつけなければならない。


 裏切り者側としては、自分は裏切ってなんかいないと証明するためには身を粉にして私財を投じて復興の支援をしたり、王家への忠誠を誓うために行動しなくてはならない。

 だが、復興支援に関してはいいとしても、王家の忠誠を誓うためにおとなしくしていれば第二王子の手によって潰されてしまう。だから抵抗するために戦うしかないわけだが、そうすると王家への忠誠は示せない。どん詰まりだ。


 仮にどうにか切り抜けて潰れなかったとしても、被害は出るだろうし、復興の支援を止めることはできないしで、どうしたって力は削がれる。

 そうなったらそうなったでこいつの勝ちだろう。


「だが、『裏切り者』は第二王子の陣営じゃなかったはずだが?」


『裏切り者』は、元々は第二王女陣営だったが、今は中立のはずだ。


「そんなものは国民からはわからないさ。あるいは、表向きは陣営に所属していないけど裏では繋がっていた、ということにすれば、それで問題はない。繋がりがなかったことの証明なんてできるはずもないんだから」

「まあ、一般人は貴族の繋がりなんて気づけないだろうな。それも、隠すように裏で繋がっていた、なんて言われればどうしようもない」

「そう。ただ、これはあくまでも理想でしかない。噂がそんなにうまく広がるのか、望んだ方向に燃えてくれるのか、という疑念はある」


 噂なんてのは予想外の方向に燃え上がることがあるからな。扱い方を間違えれば、それで自分が火傷をする、なんてこともあるかもしれない。


「そこで、君の力を借りたい。君の勢力から、〝そういうこと〟が得意な者を派遣してくれないかい?」

「得意な者か……」


 ……ちょうどリリアが聖女呼びされてるし、それを利用すれば割と効果的に進められるか?

 たとえば、あいつが街に出て治療をしてる最中に噂を流すとか、リリアは第一王子の陣営だって知らせれば、良い感じに話を動かせそうな気はする。


 だが、作戦にあたるメンバーをカラカスから呼ぶとなればそれなりに時間がかかる。

 そんなにここに滞在するつもりもないし、やるなら早めにやっちゃいたいんだが……。


「まあ、今こっちに来てるメンバーでもできるか」


 つい先日カラカスから増援が来てくれたし、そいつらに頼めばやってくれるだろう。

 目立つことになるぞって言えば、リリアは喜んで協力するだろうからそこは問題ない。


「だが、市民はそれで良いとしても、貴族はどうする? 耳に入れることはできるだろうが、それを頭っから信じることはないだろうよ」


 いくら市民は騙せたとしても、流石に貴族達は有力者の勢力を間違えたりはしない。たとえ弱小貴族であってもだ。

 むしろ、弱小だからこそ間違えないだろう。どの勢力につくかを間違えたら自分たちの死活問題になるんだから、勢力に関する情報を間違えるなんてありえない。


「そっちはどうにかするさ。貴族が相手なら僕の領分だ」


 だが、そんな俺の言葉に、王太子は問題ないとばかりに自信満々に答えてみせた。

 確かに、こいつは王太子であり、本来ならカラカスに攻め込んできた時みたいに戦場に立つんじゃなく、政治的に裏で争っているような立場だ。

 あの時は本来の自分の能力を発揮できずに俺達に負けることとなったが、この『戦場』ならこいつの領分だと言ってもいいだろうな。


「だが、噂を流すのはいいとしても、お前達はどうする? 王族と貴族がこんな状況で戦い始めたら、どうしたって被害は出るぞ?」


 噂が広まり第二王子派閥と裏切り者が敵対することになり、それが武力にまで及んだとしたら、どうしたって被害は出る。

 それは物理的な被害もだが、王族や貴族が戦い始めたことでの不安の蔓延や、治安の乱れを感じた商人達の避難による物流の乱れなんかの事もそうだ。


「そうなったら、こんな状況で戦い始める者が王に相応しいのかと、マーカスの王としての資質を問うことができる」

「なら、そもそも騒ぎを止めなかったことに対するお前達への批判が出てきたら?」

「騒ぎといっても、その原因は民衆の噂だ。争いが起こったのだとしても、それは僕のせいじゃない。言うなれば民衆のせいだ。もし僕を批判する者がいるんだとしたら、その事を理解させるように動けば黙るしかないさ」


 まあ、争いが起こって害を被ったんだとしても、その争いが起きた原因が自分たちにあるとなれば、常識のある人間は黙るだろうな。そうでない人間は騒ぎ続けるだろうけど。


「それに、明確な証拠があるわけでもないのだからどうすることもできないよ。事の始まりは噂によるものだが、噂は民の娯楽とも言うし、そもそも噂を止めることなんてできないからね。無理に止めようとすれば、それこそ批判の対象さ」


 確かに、偉い奴が無理矢理噂を止めようとしたら、むしろ余計にその噂が広まることは十分に考えられる。それが真実だから隠そうとしているんだ、って。


「もちろんただ見てるだけじゃなく、止めようとする素振りは見せるさ。何もしなければそれはそれで批判されるからね」

「流れ次第では、貴族の争いを止められない無能、なんて評価をつけられかねないだろうな」

「けどうまくやれば、国民のために必死になって動いたが、最後まで聞き入れない愚かな弟を持った可哀想な王子、となる。その辺の対処は間違えなければ、僕の利に持っていくことは可能だ」


 そう言い切った王太子は、真剣な表情から一転して、俺に笑いかけてきた。


「色々心配してくれているようだけど、大丈夫だ。君の力を借りる以上は失敗なんてするつもりはない。だから、安心して任せてくれ」

「俺が心配してるのはお前じゃなくてフィーリアと母さんについてだ」


 俺がそう反論しても、王太子は笑っているだけで他にはなんの反応も見せない。


 別にこれはツンデレとかではないんだけどな。まじで。

 俺の行動はこいつのためではなく、俺自身や妹や母親のためだ。こいつに協力すれば俺達が得をするから協力しているだけ。それを勘違いしないでほしい。

 まあ、こいつの場合は意図的に勘違いしているんだろうけど。だってそうすれば味方風を吹かせることができて便利だから。


「——それにしても、本当に予想外だった。まさか、公爵が裏切り者だなんてね」


 そんな王太子の態度を不満に思っていると、王太子は再び真剣な表情に戻ってそう話し始めた。


『裏切り者』。その正体は、この国に三つしかない公爵家の一つ。

 そして、第二王女の母親である第三王妃の実家だ。


 第三王妃自身は平凡というか凡庸というか、野心も何もない、言いなりのお人形のような人だ。

 大して顔を合わせたわけでもないし、なんだったら一言も言葉を交わしたわけではないが、あの人は命令され慣れている気がした。

 多分、父親や周りの命令通りの人生を歩んできたんじゃないかと思う。


 ただ、その父親と娘は逆に野心の塊だった。

 今回の黒幕である『裏切り者』の公爵とは直接会ったことはないが、娘の方——第二王女の方は見ていればわかる。あれに野心がないと思う方がどうかしてる。


 あれの血縁なんだと考えれば、今回のように裏切りを起こしてもおかしくはないとすんなり納得できてしまう。


 一応他にも公爵に協力する裏切り者はいるが、そんなのは木端だ。国を運営する上で放っておくことはできないが、後でまとめて処理できる程度の雑魚でしかない。

 メインは公爵。処理をするんだったら、そこをどうにかしないと雑魚をいくら片付けたところで意味なんてない。


 だがしかし、国としては公爵なんて存在が『裏切り者』になるなんて、さぞ頭の痛い問題だろうな。


「まあ、公爵って言ったら国の中核と言ってもいい勢力だろうからな。だが、そもそもそれなりに力を持っている者じゃないと裏切り者になれるだけの力がないだろ。ある程度は予想できたんじゃないか?」


 裏切った存在が雑魚でも、状況を見極めて適切に行動して裏切れば大ダメージを与えられる。

 だが、それでも今回のような規模にはならないはずだ。


 こんな魔物の集団が王都に気づかれることなく接近し、大して守ることもできずに王都が陥落、なんて普通じゃあり得ない。

 しかも、今回は巨人なんて目立つものもいたんだ。そんな存在を気づかれずにここまで連れて来れるなんて、普通じゃできるわけがない。


 それができるってことは、必然的にかなり力を持った勢力であるに決まってる。


 まあ、そんな力ある勢力で、万全の対策をしていたんだとしても、こうして俺に情報は漏れているわけだが。

 まさか、花瓶の花が自分の言葉を聞いてるなんて、誰も思わないよな。おかげで情報集めを開始してから割と早いうちに裏切り者が誰なのか分かったし、どんな計画だったのかもわかった。ついでに今後の動きもわかってる。

 植物達が便利すぎて困るが……いや、別に俺は困らないな。植物万歳。


「もちろんそれはわかっていたさ。あの家は王家の分家と言えるような家だからね。成り代わろうとしているのなんて気づいていたさ。でも、そのために必要な駒であり孫娘である第二王女が他国に飛ばされたことで、その意思は消えたと思ったんだ。あの子がいなければ、どう足掻いても王位は手に入らなかったからね。……今回のような強引な手を使わない限りは」


 正攻法で王位を狙うんだったら、王女を使うってのは当たり前の発想だな。

 極論、他の王族全員が死ねば自分の孫が王になれるんだから、使わない手はないだろう。

 まあ王族皆殺しなんてすればその後が面倒なことになるだろうから、実際にはやらないだろうが。


 だが、その王女が南に送られてしまったことで計画がぶっ壊れた。

 そこで公爵が諦めればよかったんだが、そもそもその程度で諦めるような奴が王位を自分の手に、なんて考えるはずもなく、強引に動くしかなくなった。


「で、その強引な手を使ってきたから予想から外れた、か」

「うん。本当に、まさかだったよ。ただ、これでは終わらないだろうね。こんなことをしでかしたんだ。一度の失敗で諦めるはずがない。だからこそ、今回潰すしかないんだ」


 盗み聞きした限りでも、今回使った力を補充したらまた動く、みたいなこと言ってたし、止まるつもりはないだろうな。


「それから……」

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