第353話歩み寄り
正直、今の態度は我ながらガキっぽいと思ってしまっている。
そりゃあ嫌なことがあった、嫌な対応をされたからといって、こんなにも引きずって関係をこじらせるのは正しい対応なのかって言われると、違うと言える。
しかも、俺は『俺個人』ではなく『王』としての立場もあるんだ。今は非公式であり、相手は一応の兄弟だとはいえ、他国の王太子相手にこんな態度ではまずいだろう。
それに、人間なんだし、誰だってあんな状況であれば自分が生き残るために態度が変わるのはおかしなことではないと理解できる。俺だって、いざとなったら自分でも思いもよらない行動を取るかもしれない。
だから、あの時のことばかりを持ち出していつまでもぐちぐち文句を言い続けるのは、良い事ではない。カッコ悪い、みっともない、とも言えるかもしれない。
「……第二王子はこれからどうするつもりだ?」
そう考えて、今度は俺から話を振ってみたのだが、そのことが意外だったのだろう。王太子は怪訝そうにわずかに首を傾げてから反応を見せた。
「え、あ、ああ。……おそらくは、処理することになるだろうね。このまま順当に行けば、僕が王になる。だが、それをあの子が認めるとは思えない。実際、今も諦めずに動いてるようだしね。このままいけば、二度目の反乱となりかねない。だからそうなる前に……処理することになるだろう」
まあ、前にみたあの態度なら、もしこの王太子が次の王になったとしても素直には引かないだろうなってのは理解できる。
今はこの街は色々と大変だし、そこでさらに問題を起こされるよりは、兄弟であろうと先に潰しておいた方が国のためになるだろうな。
「処理ね……まあそれはどうでもいいが、そもそもお前は家臣達から信じられているのか? 有事の際にいなかった王太子。その首が落とされるところも大勢が見ている。実際には影武者だったとはいえ、それを証明できるかと言われれば、できないだろ?」
「確かに、僕だけでは僕が本物の王太子かどうかを証明はできない。だが、こっちには神兵がいる。彼の証言があれば、僕のことは信じざるを得ないさ」
そうは言うが、それがどこまで本当かは微妙なところだと思っている。
「神兵……八天の一人か。だが、八天って言っても、所詮は一人だろ。一人の意見でどうにかなるものか?」
普通、いくらすごいって言ってもたった一人の言葉ではそれほど効果は出ないだろう。
「なる。この国において、八天というのはそれだけ力を持っているんだ。大臣の言葉よりも、八天の言葉の方が重い。ともすれば、王族の言葉よりもだ。もっとも、大臣が全員で反対したのならそれは流石に押し通すことはできないけど、こちらにはまだ僕についてくれる臣下がいる。フィーリアが引き入れた勢力もある。それを利用すれば、僕が本当に本物なんだと認めさせることは可能だ」
だが、俺はまだ第十位階って存在の凄さを理解しきれていなかったようで、王太子ははっきりとそう言い切った。
俺としてはそう言われてもまだ信じきれないでいるが、まあこの国の王太子がそう言うんだったらそうなんだろう。
それに、もしダメなのだとしたら、こいつが事を進めようとするはずがない。俺なんかが心配せずとも、勝手にやって結果を出すことだろう。
「で、あれを処理した後はどうするんだ? すぐにお前の戴冠か? それとも、やっぱり一年やそこら国王が戻ってくるのを待つのか?」
こいつが帰ってくる前にフィーリア達と話した際に、王を決めるにも一年位かかる、みたいな話をした。
ならばこいつもそれくらいで王になるんだろうか?
あるいは、王は行方不明になっただけだと判断して、数年空けてから王位に着くとか? そうすれば自分は王様のことを心配してるんです、なんてアピールはできるかもしれない。
けどまあ、それはないだろう。だって数年も国王が不在の国なんて、なしだろ。
「いや、王の不在はできる限り短い方がいい。ことが落ち着いたらすぐにでも王が決められるはずだ。それに父は……先王は帰ってこないよ」
帰ってこない? そうもはっきりと言ったってことは、何かしらあいつの行方に関しての情報を手に入れたってことか?
「断言した、ってことは、相応の理由があるんだな?」
「いや、ない。けど、帰ってこないよ。だって、死んだんだから」
「理由はないのに、死んだ? それは……ああ、〝そういうこと〟か」
あの元国王が死んだって情報もないのに死んだと断定するのはどういうことかと思ったが、その言葉の真意をすぐに理解することができた。
つまりは、〝そういうこと〟だったことにする、ってことだ。事実なんて関係なく、それが真実かのようにしてしまう。そういうことだろう。
俺が理解したのをみて、王太子はわずかに表情を曇らせて言葉を続ける。
「……先王は、今回の混乱の最中、僕を逃す囮となって死んだんだよ。だからこそ、僕はあの中でも逃げ出すことができた」
「ってことになってる、か」
「違う。それが『真実』だ。少なくとも、みんなはそう信じる」
まあ、王太子自らが広めたとなれば、それは真実になるだろうな。
しかし、そのやり方は問題がある。それは、本物が帰ってきたらどうするんだってことだ。
「それ、国王が帰ってきたらどうするんだよ。今どこにいるのか知らないけど、逃げ出したまま逃げ続ける、なんてことはしないだろ。落ち着いたと見るや帰ってくると思うぞ」
「おそらくはそうだろうね。でも、詐欺師なんて世の中のどこにでもいるものだろう?」
つまり、国王が戻ってきたとしても、それは偽物だ、詐欺師だと言い張るつもりか。
そう上手くいくかと思うが、こいつの勢力はそれなりに数がいるし、城や街の門番あたりにでも事情を知ってる配下を配置しておけば、国王が現れた際にすぐに対処することも可能だろう。
それでも失敗する可能性はあるが、まあそれは俺の知ったこっちゃない。どうせ他にも何かしら策を考えているだろうし、俺はこいつのやる方向性だけ把握していればそれでいい。
「そうかよ」
「もしその詐欺師を捕らえることができたのなら、その時には君にも教えるから安心してくれ」
それは俺があの元国王のことを気にしていたのを見抜いてのことか、あるいはただ実の父親である相手について教えてやろうと気を利かせたのか。
「それはどうもありがとうございます。王太子殿下」
皮肉のつもりを込めて、投げやりな態度ではあったが言葉だけは丁寧に返事をしたのだが、王太子はそんな俺の言葉に何も言うことなく笑みを見せることで反応を示すだけだった。
「それで、これからはどうするつもりだ?」
「まずは、第二王子陣営の戦力を削ぐ。それから、裏切り者達のもね」
裏切り者を、と言ったが、裏切り者が誰かなんてそう簡単にわかるものでもない。簡単にわかる程度の存在なら、ここまで良いようにやられてないだろうからな。
だが王太子は裏切り者が誰なのか分かっているかのような口ぶりだ。
「裏切り者が誰だかわかってるのか?」
「ああ。フィーリアから情報はもらったよ」
「……そう言えば、あいつが全面協力するんだったな」
言われてみれば、フィーリアと協力した……というかフィーリアがこいつの下についたんだから、その持っている情報はほとんどこいつに渡っていてもおかしくはないか。と言うよりも、渡っていると考えるべきだっただろう。
フィーリアは裏切り者の存在について知っているし、他の貴族達の弱みなんかも知っているんだから、こいつも知っていて当然か。
「受け取った情報は、まさに『すごい』の一言に尽きるね。僕達の『手』では届かない物ばかりだった。どうやってあれほどの情報を手に入れたのか、恐ろしくもあるよ」
俺はフィーリアの有利になるような情報を集めるため、王都全体を範囲に植物達から色々と話を聞いたり視界を送ったりしてもらっていた。
録音、録画はできていないけど、その情報があるだけでフィーリアもこいつも大分動きやすくなっただろう。
どれほど隠していようと、植物のあるところで放った言葉は全て盗聴されてしまうのだから、悪事を働くもの、なにがしかの企てをする者にとってはこれ以上ない脅威だろうな。
遮音のための結界を張っていれば聞こえないだろうが、それはそれで情報になる。
それに、そもそもそういう行為が必要な話をする場合は、部屋全体に遮音が施されている場合が多い。だから部屋の中にある植物には普通に聞こえてしまっている。
そうして王都中の秘密を集めた俺だが、確かに普通ではどう足掻いても集められないような情報だろうな。
「まあ、こっちはカラカスだからな。その程度なら、難しくはあっても不可能ではない」
なんて、そう言ってはぐらかしたが、実際のところカラカスの勢力なんて使っていない。
この情報を集めるために動いたのは一人だけ……と言うか、俺だけだ。
もっとも、『人』でないのなら協力者はたくさんいるけどな。
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