第352話王太子と魔王。兄と弟。

 

「な、何をして……」


 俺がやったことの意味がわからなかったのだろう。周りで見ていた者の一人がそう呟いたが、その言葉は途中で止まることとなった。

 なぜなら、それまで何もなかったはずの場所から、突如として植物が生え出し、緑で溢れることになったのだから。


「な、なんだあっ!?」


 突然の出来事にあたりからは驚愕の声が上がる。

 すでにリリアによって怪我そのものは治されているため、いくら腹が減っていて体力がないと言っても、立ち上がることくらいはできるはずだ。

 にもかかわらず、目の前で行われたあまりにも非現実的な光景を前に、立ち上がることを忘れて驚くことしかできないようだ。


 今俺が播いたのは、豆と芋の種だ。結構な量を撒いたし、それなりの量は採れるだろう。

 別に小麦とか米でも良かったんだが、ああいうのって結構収穫してから食べるまでに時間がかかるんだよな。器具も必要になるし、調理の手間もかかる。

 それに比べて豆や芋は割と簡単に収穫でき、そんなに気を使わなくても保存もできる。食べるのだって火さえ用意できれば食べることができるので便利だ。


 しかし、これで終わりではない。

 芋は飢えを凌ぐには役に立つがそれだけで生きていけるわけでもない。何より、味気ない。


 なので、追加でいくつかの種をスキルを使って播き、再び生長させる。


「「「……」」」


 その場にいた者達は啞然とばかりに口を開きながら、自分たちの背以上に育った果樹を見上げていた。

 これでも栄養的には十分とは言えないが、数日程度ならここにいる奴らは飢えることなく暮らせるだろう。


 ……ああ、ついでにもう一つ種をバラ撒いておくか。これは食用じゃないから役に立つかわからないけど、まあ役に立たなかったとしてもそれはそれで良いって事で。


「またこいつを連れて戻ってくるから、それまで〝それ〟食って待ってろ」


 そう言い残して、俺は再びリリアの手を掴み、寝起きでふらついているエルフ達を引き連れ、城へと戻っていった。


「ただいまー!」


 だが、そうして城に戻ってカラカスの奴らと合流したわけだが、リリアは何も問題なかったかのように堂々と挨拶をした。

 悪びれる様子が全くないのはある意味すごいと思う。他のエルフ達見てみろよ。はぐれていたことで申し訳なさで震えてんじゃん。……まあ、あれは知らないところで視線が集まってびびってるだけだと思うけど。


 びびってると言っても、卑屈に見えるわけではなく背筋も伸ばしている。顔つきも凛々しいので、見ようによっては武者振るいとかに見えなくもない。

 だが、あいつらの実態を知っている俺としてはびびっているようにしか見えない。

 実際、何人かが助けを求めるかのような視線をこっちに向けて来ている。——が、無視だ。こうしていろんなやつから見られるのが嫌なんだったら、次はお前らのお姫様の暴走をとめておけ。


「お手数おかけして申し訳ありませんでした、ヴェスナー様」


 リリアを連れて来たことで、フローラを俺のところによこしたソフィアが頭を下げた。


「いや、偶然見つけただけだし気にするな。それより、お前達も来たんだな」


 ここに来たのはソフィアだけではない。ベルとカイルも一緒に来たようで、ソフィアと並んで立っている。


「はい。主の元で仕えるのが私の人生ですので」

「仕事じゃなくて人生かよ……」

「はい」

「私もです! 私もヴェスナー様にお仕えするのが人生です!」


 そうまで言ってもらえるのは主人としては嬉しいんだろうが、人生とまで言われるとちょっと重い気がする。


「さあ! 私の部屋に案内しなさい!」


 自分の家ではなく他人の家……どころか他国の城であるにもかかわらず、まるで自分がこの場所の主人かのように振る舞うリリアを見て、俺はため息を吐き出す。

 あんなのを好き勝手させてたら、絶対に問題が起こるだろうな。


「もう少し大人しくしてろ馬鹿野郎」


 一人で勝手に行動した結果迷子になったにもかかわらず、今もまた勝手に城の中に進んで行こうとするリリアの頭を叩いて止めたのだが……


「いったああああい!」


 辺りにはリリアの悲鳴が響き渡った。


 ——◆◇◆◇——


 そしてリリアを回収してカラカスの奴らと合流した翌日。

 今日は城の中でおとなしくしていようと考え、城の一部ではあるが巨人との戦いで壊れた庭園を借りて適当に作り直すことにした。

 別に俺がそんなことをする必要はないんだが、俺ならすぐに植物を育てられるから簡単にできるし、暇つぶしにはちょうどいいのだ。


 そして、その庭園造りもひと段落して休んでいるところに、あまり好ましくはない顔が見えた。


「やあ」


 姿を見せたのは王太子ルキウスだ。

 一応護衛に八天の『神兵』もいるが、そっちは特に俺に用があると言うわけでもないんだろう。王太子から少し離れた場所を歩いているだけだ。


「少し、話をしないかい?」

「……立場の違いに気をつけろよ〝王太子〟」


 それまではそこそこ楽しい時間を過ごせていただけに、あまり好ましくはない顔が見えたことで不満を感じてしまい、つい敵対的な態度を取ってしまった。

 一応協力関係にあるんだし、もう少し歩み寄った、とまでは行かなくても、喧嘩腰であるとは取られないような態度でいなくてはならないとは思うんだが……。


「確かに、今の僕はまだ王太子程度でしかない。けど、ここでは僕の方が上だということにしておいた方がいいんじゃないかな? 君だって、自分の身分を大っぴらに言ったらどうなるかなんて、わかっているんだろう? 魔王陛下」


 本来なら王(俺)と王太子(ルキウス)が会話をするんだったら、身分の差があるんだからこんな砕けた話し方なんてできないはずだ。

 国力の差があったとしても、少なくとも表面上は俺のことを敬わなくてはならない。だって俺は王様だし。


 しかし、この王太子が言うように、今は場所が悪い。俺……魔王がここにいるって事はバレないほうがいいし、そのために俺に対する態度を改めるってのは正しいことだ。


 そのことは理解できるんだが、言い負かされ、やり込められたようで落ち着かない。


「どうぞ」


 お互いに無言で視線を交わしていると、ソフィアが俺の前に座った王太子に飲み物を出したことで、それまでの空気が少し緩いものへと変わった。


「君は、これからどうするつもりだい?」


 これからどうするか。さっさとこの場から離れるか。でもそれも逃げるようでカッコ悪い気がする……。

 なんて思っていると、王太子がそう切り出した。


 だが、どうするか、なんて聞かれても反応に困る。


「……どうもしないさ。お前が戻ってきたんだってんなら、次の王はお前だろ。弟が何かしてるようだが、意味ないだろ?」


 今のところ、向こうは王太子は偽物だ、とか、敵を倒して国を取り戻したのは自分だとか喧伝しているけど、フィーリアの勢力が合わさったこいつの勢力は、第二王子陣営に比べて圧倒的と言ってもいい。

 今は向こうに好き勝手させてるけど、準備が整って動き出せば、どうとでもできるはずだ。


「意味がないということもないけれど、問題があるとは言えない状況ではあるね」


 王太子は曖昧な笑みを浮かべながらそう口にした。

 その言葉はどこか胡散臭さというか、その姿は表面上のものだと感じる。だが、それは間違ってはいないだろう。

 今は城という自分の領域にいるからか、前にカラカスであった時よりも堂々とした態度になっている。あの時とは心構えや安心感が違うか態度も違うんだろうな。


 まあ、そんなのはどうでもいいことか。


「なら、俺が何かをする必要もないだろ。こんな話をする必要もな」

「随分と嫌われたものだね。これでも、人から好かれるのは得意なんだけど」


 確かに、胡散臭さを感じるとはいえ、それは俺がこいつの本性を、あるいはその一部を知っているからだ。

 普通に今みたいな態度で最初から出会っていれば、胡散臭さなんて感じないで、邪険にすることもなく接していたかもしれない。


「普通だったらそうだろうな。俺も、基本的にはお前はそう悪いやつでもないと思ってるさ。話もしやすいし、弟の方と話すよりは有意義な話ができるだろうとも思ってる。だが、あの時の対応はいただけない」


 だが、そう。最初の出会い方とその後の対応が悪すぎた。


「初回の印象がそいつの全て、というつもりはないが、本質のかけらではあると思ってる。内心では他者を見下し、いざとなったら自分を最優先にして他者を食い物にする。それがお前だと感じた。仲良くしたいと思える相手じゃないってことは理解できるだろ?」


 もっとも、自分が良ければ他人はどうでもいい、なんてのは俺もフィーリアもそうだから、こういう血筋なのかもしれないな。


 俺がそう言うなり、王太子は表情を歪めて若干視線を下げて俯きがちになった。


「……確かに、あの時は僕自身でも拙かったと理解しているよ。あれは混乱の中にあったとはいえ、口にすべき言葉ではなかった。改めて謝罪させてほしい」

「謝罪なんていらねえよ。誰かに謝るのなんて、そいつの自己満足でしかない。それが被害者に求められてした謝罪ならいいが、そうでないのに勝手に謝るのは害悪でしかない。許したくないのに、謝られたのなら許さなくてはならないんだから。許さなければ、今度は許さない方が悪になるからな。だから、自分勝手な謝罪なんてのは、被害者にとってはむしろ迷惑だ。本当に悪いと思っているんなら、最後まで恨まれる覚悟をしろ。それが加害者が被害者にできる一番の謝罪だ」

「……そう、かもしれないね。次からは、気をつけることにするよ」

「まあ、そう思ってるのは俺だけかもしれないけどな。世の中には、加害者の方から謝ってほしいっていう奴もいるだろうよ」

「……」

「……」


 俺の言葉に、王太子は何も言えなくなってしまい、その場には無言の空気が流れてしまう。


 だがそれでも王太子は諦めることなく口を開いた。


「それから、もうひとつ伝えておきたいことがある。あれから僕はこっちに戻ってきて、君も知っての通りアルドノフ領に向かったのだけれど、君から聞いた話は本当だった」

「だろうな。嘘なんてついてないんだから」

「ああ、そうだね。すまな——」


 俺の言葉を受けて王太子は謝ろうとしたが、先ほど謝罪は自己満足だ、なんて話をしたからか、その言葉は途中で止まってしまう。

 ろくに話をすることもできず、謝罪もすることもできず、王太子はどこか所在なさげな顔をしている。


「……」


 ……少しくらい、歩み寄りを見せた方がいいだろうか?

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