第351話ペット枠
「……それだけか?」
「そうだけど?」
つまりこいつは、俺のところに遊びに来たけど、たどり着いたこの街で怪我人がいたから横道に逸れてみんなを治してたってことか?
みんなに持て囃されてたのも、最初っからそうするつもりじゃなくて、ただ善意で怪我を治してた結果だった?
それは……確かに、そんなことを当然の如くやろうだなんて考えて、実際にみんなを治してたこいつは、『聖女』なんて呼ばれてもおかしくないと思える。
いや、俺がこいつに関しての先入観を持っているから素直に頷けないだけで、こいつがやったことだけを素直に受け取れば、それは正しく『聖女』の行いだ。
「そんなに睨むことないじゃない。わたしだって良いことしてたんだもん……」
こいつの言葉を聞いて、俺は知らず知らずのうちに眉を寄せてしまったが、それを見たリリアは俺が怒っていると勘違いしたのか、少し拗ねた様子を見せた。
「そうじゃないが……まあ良いか。……はあ。立っていいぞ」
とりあえず、勝手にやって来たのは減点だが、話を聞いた結果正座させ続けるのもどうかと思ったので、立たせることにした。
「お前、一人でここにきたのか? ……いや、そういえばエルフ達が近くにいたな」
「ふふん! そうよ、舐めないでよね。私だってちゃんと学ぶんだから! 一人で、なんてそんなことしたらママに怒られるし、今回はちゃんとみんなと来たんだから!」
怒られるのが嫌なら、そもそもこっちに勝手にやってくるなと思うが、まあ言っても無駄だろう。だってこいつだし。今回は一人ではなくお供を連れているだけ成長したんだと考えるべきか。
「……ああ、そうだな。でも、あれだけか? あれが護衛じゃ役にたつか微妙だし、エルフだけだとまたなんか変なことに巻き込まれるぞ」
しかし、連れて来たのがエルフだけってなるとそれはそれで問題だ。戦闘力的な意味では全員が高位階なんだろうが、あんな人前に出て来られないような引きこもり体質の奴らばっかりでは、いざって時に動けないだろう。
それに、奴隷ではないエルフを見かけたんだとしたら、今のこの街の状況だと誘拐される恐れがそれなりに高い。
だから、できることなら他のカラカスの住人を連れて来て欲しかった。まあ、そいつらはそもそもリリアの勝手を止めるだろうけど。
「え? 何言ってんのよ。今回はちゃんとカラカスのみんなと一緒に来たんだから、そんなのそこらへんに……あれえ?」
なんて考えていると、リリアは腰に手を当てながら威勢よく辺りを見回した。
だが、その言葉は途中で止まり、首が傾げられることになった。
それからリリアは不思議そうにしながら顔をあっちこっちに向けて何かを探し始めたのだが、結局求めているものは見つからなかったようで、腕を組んで不思議そうに首を傾げた。
「あっれ〜? う〜ん……ねえねえ、なんでそんなに少ないの? 他のみんなは?」
どうやら他にも一緒にやって来た仲間がいたようなのだが、それがいなくなっているらしく、そいつらについてリリアはお供のエルフ達に聞いた。
だが、残念なことにエルフ達はみんな酔い潰れている。水で。
それから何を考えたのか、リリアは一つの答えに辿り着いたようで、途端に涙目になって慌て始めた。
「ねえ、どうしよう……。みんなが迷子になっちゃったっ……!」
「迷子になってんのはお前だよ」
なんで他人が迷子になったことになってんだよ。まるっきり迷子になるやつの言い訳じゃねえか。
「他の奴らがどこに行くとか話は聞いてないのか? 例えば、城に行くとか」
もし他にエルフ以外で来てる奴らがいるんだったら、そいつらはまず俺に会いに来るために城に向かうはずだ。
「え? うん。そうだけど? なんで知ってるの?」
植物達に確認してみると、カラカスの一団が城にたどり着いていた。
その中にはリリアがいなくなって慌ててるエルフがいるし、頭を抱えているカラカスの住民達もいる。
カラカスの住民達が来てるってことは、リリアが勝手に来たってことではなく、カラカスの奴らと計画的にやって来たってことになる。
婆さんかエドワルドかわからないけど、こっちの状況を聞いて支援を送って来たんだろう。リリアはそれについて来たと考えるべきか。
リリアがこんなところにいるのは、城に向かう途中で怪我人達を見つけ、黙って抜け出して聖女活動をしてたんだろう。
俺が城を出てこなければ合流できただろうが、どうやらちょうど俺とすれ違ったようだ。
『フローラ。ヴェスナー様に私たちがやってきたことを伝えていただけませんか? それから、リリアがいなくなったことも』
『はーい!』
城の近くに生えている植物達を通してカラカスの奴らのことを確認していると、そんな声が送られてきた。
どうやらソフィアやフローラも一緒に来ていたらしく……
「ナーナー! フローラ達がきたよー!」
そう言いながら精霊状態のフローラが姿を見せた。
「ああ、ちょっと待ってろ。もうすぐ戻る」
「うん! ……あっ! それからリリアが迷子になっちゃったー」
「大丈夫だ。それはもう解決した。一緒に連れて行くから、ソフィア達にはお菓子でも用意して待ってろって伝えてくれ」
「お菓子! わかったー!」
聖樹本体から離れたところだとそう長く依代から離れられないため、それだけ話すとフローラはフッと空気に溶けるように姿を消し、依代へと戻っていった。
「とりあえず、合流するぞ」
そう言ってから、今度はリリアが勝手にどっかに行ってはぐれないようにリリアの手を掴んだろう。
「えーっ! まだいっぱい治してあげないといけない子がいるのにー!」
「はいはい、後でな。許可をとってからにしとけ」
そうして歩き出そうとしたのだが、足元でぶっ倒れているエルフ達の存在を思い出した。
「にしても、こいつらはどうすっかな……」
俺がやったことなんだが、潅水によって出した水で酔いつぶれているエルフ達を放置していくわけにもいかない。
あとで回収しにくるってわけにもいかないし、酔いが覚めるまで待つしかないか?
リリアの治癒で解毒ってできないだろうか? ……でも被ったのって酒じゃなくて単なる水だしなー。意識をはっきりさせる魔法とかってあったっけ?
無理だったら、ここにいる奴らから何人か雇って連れていくしかないか。
「リリア、こいつらだけど起こせないか?」
「え? うーん……多分できると思う」
「じゃあ、たのむ……」
「聖女様を、どこへ連れて行くつもりだ!」
エルフ達の酔い覚ましをリリアに頼もうとしたところで、さっき俺に襲いかかってきて今は倒れている男の一人が、敵意をむき出しにして叫んできた。
「どこって……城だよ。こいつは元々城にくる一団の中にいたはずなのに、勝手に行動してここにいるんだ。向こうだって混乱してるだろうし、連れて行くのは道理だろ?」
倒されてもなお聖女の心配をするのは、正しく信者の鑑と言えるだろう。
だが、俺が『城』と発言をしたことで、その男の気勢は削がれた。怪しいやつだと思ってたらお城の関係者だとわかったのだ。そりゃあそうなっても仕方ないだろうなと思う。
「せ、聖女様……そいつは、何者なのですか……?」
俺にぶっ倒された信者の中の一人が、震える声で
「んー? んーっと……一応わたしの主人(上司)?」
「しゅ、主人(夫)!?」
あ、なんか決定的に何か食い違ってる気がしてならない。
「あ、でもまだ候補かなあ?」
「候補……。なるほど、それで無理矢理……!」
「許すまじ……」
そうして吐き出された信者達の声が震えているのはさっきまでと変わらないが、その震えの意味はさっきまでとは違ったものに思える。
だが、信者達の中でも比較的まともな者は、俺達の様子に疑問を持ったようで、睨みながらではあったが問いかけてきた。
「お前は何者なんだ……」
なんだと言われればカラカスの王様だが、そんなことを伝えるわけにはいかないし、『魔王』なんて呼び方を言うわけにもいかない。
「一応王女に雇われてる護衛で、それの飼い主だ」
「飼い主!? 〝それ〟ってわたしのことっ!?」
「うるせえペット枠」
「ペット枠!?」
リリアは俺の言葉に目を見開いて驚きに声を荒げるが、俺の中ではお前は聖女じゃなくてペット枠だよ。前にボール遊びしてやったし、間違いじゃないと思う。
「聖女さまをペットだと!?」
「そんなことが許されると思うのか!」
「……うらやましい」
「聖女さま、こちらへ来てください! 俺達がお守りします!」
『自分達の聖女様』がペットと言われたことで、それを聞いていた信者達はふらつきながらも立ち上がる。
「まだやるつもりか?」
だが、攻撃を仕掛けてくる様子はなく、それどころかまともに歩くこともできずにぶっ倒れた。
「……なんだ?」
俺はこいつらを倒しはしたが、そんなに立ち上がれないほど強い攻撃をしたつもりはなかった。
だからこれだけ時間が経てば、戦えないまでも立ち上がることくらいは余裕でできるはずだと思ったんだが……。
「あー、あの子達、みんなお腹減ってるみたいなのよね。怪我は治せるけど、お腹が減ってるのはどうしようもなかったの」
リリアは寝ていたエルフ達を起こすために魔法を使った後、そう言いながら倒れている奴らに近寄っていき治癒を施した。
「こんな状況じゃ、まともに食いもんが手に入らなくても仕方ないか」
確かに、こんな瓦礫だらけの場所で暮らしているような奴らだ。金なんて持ち出してなかっただろうし、今の状況じゃ金があったところで物価の値上がりがひどいことになってるだろうからまともに食料を手に入れることなんてできないだろう。
元々貧乏だった家なんて尚更だ。生き残るだけで精一杯だろうし、それどころか生き残ることすらできない奴らもいるだろう。
とはいえ、それを見過ごしたところで俺に何か害があるわけでもないから、このままリリア連れて帰ってもいいわけだ。
だが……
「……まあ、妹のいる街だ。少しくらい治安維持に協力してもいいだろう」
そう口にしてから、俺は一握りの種を取り出し、それを人のいないそれなりにひらけた場所へと、スキルを使ってばら撒いた。
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