第350話聖女様を守れ!

「リ、リーリーア様!?」

「ご無事ですか!」


 しかし、そんなことに考えが及ばないのか、それともわかっていても心配なのか、周りの信者達は落下したリリアのことを慌てて心配し始めた。


「あんた、そんなことをしていいと思ってるの!?」


 リリアは信者達に起こされ、集団の中から先頭に姿を見せた。

 先頭に来るってことは俺に近づくことになるんだが、まあそうしないと人混みの中に埋もれてお互いの姿なんて見えないし、まともに話もできないからな。


「いいだろ別に。ほら、お前の仲間はこっちに来てるぞ」


 だが、俺のことを指差しながら叫んだリリアに答えるように、俺は指先を向ける方向をスッと移動させると、そっちからフラフラとゾンビのようにエルフがやってきた。

 物陰に隠れながら様子を伺っていたはずなのに、こうも簡単に出てくるとは……それでいいのかエルフ。


 そして、俺の前に辿り着いたエルフ達は俺の指先から溢れる水を頭から浴び始め……倒れた。


「なっ! き、貴様何をした!」

「その症状は……まさか麻薬か!」


 倒れたと言っても意識を失ったりしたわけではなく、エルフ達は恍惚とした表情で倒れながら楽しそうにゴロゴロと転がったり体を揺らしたりしている。


 そんな突然の変化だ。この様子を見ていれば、確かに頭がおかしくなったと思われても仕方ないだろうし、麻薬を与えたんだと思われてもおかしくないだろう。


 だが、これはただの水だ。


「麻薬? これがか?」


 そう言いながらリリアの信者達に向かって水を飛ばすが、信者達は恐ろしいものでも見るかのように後退りをした。

 そんな反応するようなもんでもないんだけどな。


 ただ、信者達とは違ってリリアはその水に反応して近寄ろうとしてる。……あ、止められた。


 でもまあ、確かにエルフ達にとっては麻薬に近いものかもしれない、のか? ……いや、依存症も身体的な害もないし、多分麻薬じゃないだろ。


「これが麻薬だってんなら、お前らも食らってみろよ」


 そう言いながら、俺は信者達に向けていた水の威力をあげ、先頭にいた一人の顔面を濡らす。

 リリアからは自分に向けられなかったことで「ああぁぁ……」なんて声が漏れているが、無視だ。お前、こういう場面ではもうちょっと緊張感を持ったほうがいいんじゃないか? 色々と台無しになってるぞ。


「ぶわっ! この、何をする!」

「どうだ? 何か異変があったか? ないだろ? ただの水だ」


 突然濡らされた男は非難の声をあげたが、俺はそれを無視して今の水が麻薬かどうかを問う。


 その言葉にハッとして男は自分の体の様子を確かめるが、何もないのだろう。首を傾げて不思議がっている。

 当然だ。だって本当にただの水なんだから。少なくとも、人間相手には。


「いいや違う! きっと、エルフにだけ効果のあるものなのだろう!?」

「そうだ! そもそも、それが麻薬でないのだとしたら、その状態をどう説明するというんだ!」


 それを言われると困るんだが……。

 ……というか、説明する必要あるか? 多少強引でも、リリアだけを連れ帰れればいいんだから、周りの信者は無視してあいつだけに話しかければいいんじゃね?

 リリアが納得すれば信者達も理解してくれるだろうし。


「リリア。こっちに来ないとレーレーネを呼ぶぞ。ここまでな」

「え? ……。……ええっ!? う、嘘でしょ!? だってこんなところに来るわけないもん!」

「お前がここにいるって話せば、いくらでも来てくれるだろうよ」


 レーレーネはリリアの母親であるが、エルフの里の長でもあるためにそうそうあの森から離れることはない。そもそもあの森のエルフ達同様、あの場所から離れることを嫌うしな。

 出てくることがあっても、自主的にくることはないだろうし、来たとしても花園までだろう。

 だが、俺からの頼みで、しかも娘がバカをやらかしていると話を聞けば、ここまで来てくれると思う。

 まあ、来なかったとしても、話をするぞ、とリリアに伝えるだけで脅しにはなる。


「それが嫌なら、さっさとこっちに来い」

「う……う〜〜〜……」


 母親を呼ばれることは嫌なのか、迷った様子を見せているリリアだが、それでもまだ何かやりたいのか俺の言葉に頷くことはない。

 まったく、何をそんなに迷ってんだか。


 まだ遊び足りないってか? そんなの、また今度来ればいい……そういえば、戻るとか連れ帰るとかは言ったけど、またここにくることもできるんだってことは伝えたっけ? ……伝えてなかった気がする。


「またここに来たいってんなら、連れて来てやる」

「え、ほんと?」


 やっぱり遊び足りなかったのか、またここにくることができるんだとわかると、リリアはそれまでとは違った反応を見せた。


「ああ。もちろん制限はかけるし監視もつけるし、なんだったら勝手に行動しないように首輪でもつけさせてもらうがな」


 そうして説得しようとしたんだが、その言葉が悪かった。


「く、首輪……?」


 俺たちからしてみればいつもの会話、ちょっとした冗談の類だが、周りで聞いているもの達にとってはそうではなかったようだ。


「せ、聖女様に近寄るなあ!」


 俺の言葉の意図を勘違いしたのだろう。信者の一人が近くにあった角材を手にして襲いかかってきた。


「こ、このおお——おぐっ」

「心意気はいいと思うが、力がなさすぎる。ついでに、相手が悪すぎる」


 が、所詮は一般人。位階による身体強化率もそれほど高くなかったみたいで、大したことなく転ばせることができた。


「別に俺はお前達をどうこうするつもりはないんだ。リリアだって傷つけるつもりもないし、辛い思いをさせるつもりもない。そもそも俺たちは知り合いで、そいつが勝手に動き回ってるから回収するだけだ。そいつと遊んでくれていたことは、まあ一応感謝するし、求めるなら謝礼もだそう。だから、ここはそいつを渡してくれないか?」


 しかし、俺は戦いたいわけでも、一般人を打ちのめしたいわけでもないので、それ以上襲いかかってこないように改めて信者達を説得することにした。

 だが……


「回収ってなんだ! 聖女様はものじゃないんだぞ!」

「謝礼だと? 俺たちが金で聖女様を売ると思ってんのか!」

「俺はこの方に脚を治してもらったんだ! その御恩を仇で返せるかよ!」


 そういって、信者達は男も女も関係なく武器を手にして俺を威嚇し始めた。


「聖女様! あんな奴のところになんて行かなくても大丈夫です! 俺たち……俺が守りますから!」

「何が『俺が守る』だよ。俺もやるぞ!」

「そ、そうだ! 抜け駆けなんてさせるかよ! 俺もやってやる!」

「み、みんなっ……!」


 なんかこれ、俺が悪者になってないか? いやまあ、あいつらからしてみればその通りなのかもしれないけど……なんかなあ。


 攻撃されたところでこの程度なら問題なく勝てるんだけど、できることなら穏便に事を済ませたいし、やっぱりここはリリアに止めてもらうのが一番だろう。


「リリア。そいつらを止めろ。止めないと——」

「うるせえええ! さっさといなくなれよクソッタレエエエ!」


 だが、俺がリリアを説得し切る前に信者達がこちらに向かって突っ込んできた。


「……はあ。——《案山子》」


 小さくため息を吐き出してから、背後に案山子を十体ほど出現させた。それも、なんかすごい強そうな禍々しい鎧姿のやつらをだ。


 そうするだけで、こちらに向かって来ていた男達の足は止まり、次第にその目には怯えを含み始めた。


「死にたくないなら退け。敵対しないなら危害は加えない」


 言っておきながらなんだけど、これってすごい悪者っぽいな。


 だが、そんな案山子達の効果はあったようで、突っ込んで来る者はいなく——


「う、うおおおお!」


 ——ならなかった。


 ——◆◇◆◇——


 結局、その後も襲いかかってくる奴らがいたので、できるだけ怪我をさせないように倒した。

 現在は倒れた奴らの真ん中で正座をしているリリアを説教中だ。


「それで? お前の弁明を聞こうか? どうしてすぐにこっちに来なかった?」


 こいつが最初っから俺のいうことを聞いてこっちに来てれば、こんな一般人をぶっ倒すなんてことしなくても済んだ。

 もしくは、とぼけることなく俺達が本当に知り合いなんだって頷いていれば、こんな面倒なことにはならなかった。


「うう……だってぇ……。だって、あんなにみんなが持ち上げてくれたのに……。まだ帰りたくなかったんだもん……」


 ……はあ。まあ碌でもない理由だとは思ったけど、そんな理由かよ。

 まあ確かにこいつからしてみれば、みんなからもてはやされてる状況ってのは大歓迎だろうけどさ。


「そもそも、なんだってこんなところにいるんだ? いや勝手に来たんだろうが、それは良いとしても、なんでこんなことしてんだ? 素直に俺んところに来ればよかっただろ」


 こいつがここにいる理由はわからないが、まあ前科があることだし、俺の後を追って勝手にやって来たんだろう。

 だが、どうしてこんなところで遊んでるんだ?


 ……いや、俺が城にいるってのがわからなかったとか? 一応カラカスには俺の状況が伝わってるはずだけど、それをこいつが知っているかってなると微妙だ。だってリリアだし。俺がどこにいるのかわからなくて迷った可能性は十分にあるだろう。

 でも、一応エルフ達も何人か一緒にいるし、全員が全員城に行くって発想が出なかったわけじゃないと思うんだが……。


「え? だってみんな怪我してたし。痛いのはかわいそうじゃない」


 だが、俺の言葉にリリアはキョトンとした顔で首を傾げた。まるで、当たり前の道理を聞かれたかのような、そんな様子だ。

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