第349話聖女リーリーア様

 

「……なんか、聞いたことがある声だな」


 なんだかどこかで聞き覚えのある声が、どこかで聞いたことがあるような感じで叫んでいたのが聞こえてきたんだが……これはどういうことだろうか?

 他人の空似であれば良いんだが、どうにも嫌な予感がする。予感、というかほとんど確証があるけどな。


 でも、どうしてアイツがこんなところに……いや、前科があるわけだし、アイツがここにいてもおかしくはないか。


 しかし、声だけでは状況がわからないし、詳しい場所もわからない。

 そのため、植物達に周囲の情報を集めさせたのだが……


「……どういう状況だ?」


 なんでか知らないけど、あのバカ——リリアは、即席で作っただろう台座のようなものに座らされ、周りに人を連れて街を歩いていた。

 まじで状況がわからないんだが、何が起きてるんだ?


 ……あ、でもエルフもそこにいるんだな。陰の方でひっそりとしながら「ひ、姫さま……」って呟いてるだけだけど。

 一応手を伸ばしかけてるから、止めるつもりはあるのかもしれないけど、完全に伸ばされているわけじゃないし多分危害は加えられてないし、まあいっか。みたいな感じじゃないか?


 呼んでもいないのに勝手にこっちに来ていることから、また一人無断でこっちに来たんじゃないかと思ったんだが、お供はいるようだから向こうでの許可は得たんだろう。

 ……どうだろう? 勝手にリリアが連れてきただけかもしれない。だって、許可を出すんだったらもっと大勢護衛や付き人をつけるだろ。


 いや、そんなことを考えるのは後でもいいか。とりあえず、今はアイツのところに行って話をしないと。


 でも、あの中に入ろうとしても弾かれそうなんだよなあ。それだけの熱気を感じる。

 強引に割り込んだりリリアの元まで駆け抜けることはできるだろうが、それをすると騒ぎになりそうでまともに話ができるとは思えない。

 アイツらがどこに向かっているのかわからないし、ともすればこのまま誘拐、なんてこともないわけではないだろう。アイツを油断させるために担ぎ上げた、なんて可能性もあり得るのだ。


 そうなると、どこかに行く前にあの行進を止めて話をするしかないか? 動きを止めるだけなら列の前に出ていけば止まるだろうし、俺のことを見ればアイツも気付くだろうから話に応じるだろう。


「聖女様。次に向かう場所も多くの者達が嘆いております。どうかお助けください」

「任せなさい! どんな怪我だろうと、私が全部治してみせるわ! この私が!」

「「「おおー!」」」

「……ん? 誰だ?」


 そう思って行進を続けている列の前に姿を見せたのだが……


「道を開けるのだ! 聖女様は怪我人を治すために他の場所へ行かなくてはならないのであるぞ!」


 聖女って……いやまあ、状況的にわかってたけど、こいつが聖女かよ。これが聖女……はあ。


 取り巻き、とでもいうのか、周りにいた奴らの中から一人が俺に対して無理して尊大に振る舞おうとしているような言葉遣いで叫んできた。


「おい、そこのバ——」


 そこのバカ、といつもの調子で言おうとして、今この場ではそれがまずいことに気がついた。流石にアイツのことを信仰しそうな勢いの人達がいる状況で、アイツのことをバカにしたら怒られるだろう。


「リリア。こんなところで何してんだ?」

「リリア? 誰のことを言っているんだ?」

「ここにおわすはリーリーア・エルドラシル様だ! 気安くよぶとは何事だ! 疾く道を開けよ!」


 リリアという愛称を知らないのか、周りにいた……信者たちは俺が誰のことを呼んでいるのか一瞬わからなかったようだ。

 そして、信者でもないぽっと出の俺が愛称でリリアのことを呼んだことが気に入らなかったようで、信者のうちから敵意を向けられることとなった。


 どうでも良いけど、『愛』を『称』えるで愛称なんだよな。俺、リリアに対して別に愛なんてないんだけどなあ。


「げっ!?」


 なんて、敵意を向けられたからといってここで一般人に手を出すわけには行かないので、どうでも良いことを考えながら聞き流していると、とうとう俺のことに気が付いたのか、リリアは俺を見ながらすっごく嫌そうな声を出した。


 そして、その表情は徐々に引き攣っていき、震える手で俺のことを指さしてきた。


「あ、あんた、なんでここにいるの!?」

「それはこっちのセリフなんだが? なんだよこの状況は」


 なんで、と言われても、俺がここにいるのはお前も知っていたことだろうに。

 もっとも、こいつが聞きたいのはこの街に、ではなくこの場所に、って意味だろうが、なんでこの場所にいるのかって質問は俺の方がしたい。


「あの、聖女様。あの者はお知り合いなのでしょうか?」


 俺たちが知り合いのように話していたからか、俺を退かそうと声を荒げたリリアの信者は、少し困惑したような様子で振り返りながらリリアに問いかけた。


「え、えーっと……知り合い、といえば知り合いだけどぉ。そのぉ……ね。なんというか……」


 だが、そんな信者の言葉にリリアは挙動不審に視線を辺りに巡らせつつ、はっきりとしない返事をした。しまいには、身につけていたローブのフードをかぶって俺から顔を背けた。


「ヒ、ヒトチガイジャナイカシラー?」


 いや、馬鹿かよお前。どうしてそこで誤魔化そうとするんだよ。すでに身バレしてんだから、今更誤魔化したところで意味なんてないだろうに。


 だが、そんなリリアの態度に何を思ったのか、信者達は先程よりも敵意を増して俺を睨みつけてきた。


「聖女様がここまで言い淀むとは、お前は、さては聖女様にとっての敵だな!」

「なんでそうなるんだよ。本人も知り合いって言ってるだろ」


 信者達の言葉に、呆れながらそう口にしたが、それでも誰も俺の言葉を信じようとしない。

 まあ、当の聖女様本人がはっきりと認めていないんだから、少なくとも聖女様が歓迎するような相手ではない、と思ってもおかしくないんだろうけどさ。


 リリアが素直に頷いていれば解決した事態なだけに、こんな面倒な感じになってちょっと苛立ちが起こるが……。

 ダメだ落ち着け。相手はリリアだぞ? こんなのいつものことじゃないか。この程度で怒ってちゃやっていけないだろ。


 冷静に、焦らずじっくりと話をしていれば、きっとこの信者達だって理解してくれるはずだ。

 だって人間は手を取り合っていけるんだから。ラブアンドピース! …………はあ。

 とりあえずリリアの奴は回収したら説教と罰をプレゼントしてやろう。


「知り合いだからといって、それが良い者である保証なんてないだろ!」

「そうだ! それに、このなんでも素直に言葉にするような裏表のない方が、これほど言い淀むことなど普通ではない!」

「そうだ! リーリーア様はちょっと抜けてるところもあるけど、なんでも正直に話してしまう純粋な方なんだぞ!」

「おいてめえ、何勝手に聖女様の名前呼んで抜け駆けしてんだ!」


 なんて、俺がリリアの知り合いであると弁明してもその言葉が信じられることはなく、俺に対して怒声がかけられた。

 まあ、中にはなんかへんな声も聞こえた気がするけど、そんなにそいつは良いものか?


 ……まあ確かに、リリアの見た目は聖樹の力を特別受け継いでいるからか、その体の作りは人間離れした美しさだと言える。少女と女性の中間のような、触れればその絶妙なバランスが壊れてしまうような危うささえ感じられる。


 だが、それは黙ってじっとしていればの話だ。黙っていれば美少女。それは間違いない。俺も認めよう。黙っていればな。


 加えて、そんじょそこらではお目にかかれないような美少女であるにもかかわらず、あんな性格だから外見からのとっつき辛さはないし、金がなくても治してくれる、話しかけてくれる、笑いかけてくれる。

 その上、偉そうな態度は取るけど、それも悪虐を尽くす貴族のような偉ぶり方ではなく、子供がごっこ遊びをしているような、可愛らしいとも言えるような振る舞いだ。


 ともすればそれは、自分のやったことで褒められるのに慣れておらず照れ隠しをしている、とも取れるかもしれない。いや、実際にこいつらはそうとったんだろう。

 リリアの言っている『悪』というのは、怪我をさせる前に止められなかった。ここに来るのが遅かった。助けられなかった人もいる。なんて意味であると都合の良いように解釈した奴だっているかもしれない。

 じゃないと、こいつらの熱狂ぶりは理解できない。


 だが、確かにそこまでされれば聖女だと言いたくなる気持ちも理解はできる。

 平和だったところが突然巨人や魔物に襲われ、家をなくし、家族を亡くし、自分だって怪我をしている状況で、まるで作り物のような美しさをした美少女が、泥で汚れることを厭わずに怪我人に駆け寄り治癒を施す。

 しかも、そこには利益も打算も何もない、純粋な善意だけがある。


 自分で言っておいてなんだが、これだけ聞けば本当に聖女のようだ。魔王と戦っているだけの〝役立たず〟より、よほど『聖女』の称号がふさわしいだろう。


「あー、それはまあ、理解できなくもないな」


 純粋は純粋だけど……なんかその言葉を聞くとリリアはバカにされてるような気がするんだが、多分本人は意識してないんだろうなあ。


「けど、悪いがそいつに用があって来たんだ」


 しかし、俺がそう言っても信者達はリリアを手放そうとはせず、俺を睨んでいる。


「ほら、こっちに来い。戻るぞ」


 そう言ってもまだ、リリアはこっちに近寄ってくる素振りを見せなかったので、ため息を吐き出してから指先を目の前にいる集団に向け……


「あ、あ、ああ〜……。な、なんてことをっ……!」


 指先から《潅水》を使って水をチョロチョロとだした。


 誰も、何も受け止めることなくただ無駄に地面に溢れていく水を見て、リリアは信じられないものを見るかのように目を見開いた。


「あん、たああああ!? ぶぎゅ」


 そして、俺のやったことにあまりに驚きすぎたのか、神輿の上で立ち上がってしまい、バランスを崩して地面に落下した。


 顔面から落下したように見えたリリアだが、多分死んでないだろ。あれでそれなりに高位階だし、怪我してても治癒できるし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る