第348話街に聖女がやってきた?
王太子達が帰還した翌日。
死んだと思われていた王太子が帰還したことで、城内は……いや、街中は俄かに騒がしくなった。
だが、王太子が生きていてよかったね、で済む話でもない。
俺たちの予想通り、第二王子は王太子ルキウスが本物ではなく偽物であると騒ぎ始めたのだ。
一応は八天である『神兵』が証言したが、それで全てが解決するわけでもない。元々王太子派閥だったもの達や、フィーリア側に着こうとしていた者達は素直に認めて喜んだが、第二王子派だった者達は第二王子を筆頭に王太子の生存を認めないでいる。
天職の中には嘘を見抜くスキルを持つものもあるが、それは相手の位階がスキルを使ったものより上位だと効果が発揮しない場合があるため、信用できないと言い張られている。
そうなれば、あとはどっちが王様になるのかの戦いが始まってしまう。
——が、今のところ俺のやることはない。
協力することは伝えてあるが、何をしてほしいとも頼まれているわけではないし、むしろ今は休んでいて構わないとさえ言われている。
しかし、城にいても自由に動くことができるわけでもないし、じっとしているのも飽きた。
「フィーリア、ちょっと出かけてくる」
なので、少し城から抜け出して街へと向かうことにした。
「それは構いませんが、どちらへ?」
「そろそろ状況も落ち着いたし、街の様子を見てこようかと思ってな」
「街とは、王都のことですよね? お兄さまは見に行かずとも知ることができるのではないですか?」
確かに、俺は植物達の力を借りればわざわざ自分で足を運ばなくてもその場所の光景を見ることができる。
だが、それじゃあ楽しくない。誰かが撮ってきた写真だけを見てその場所に行った気分になれるのかって話だ。
実際に自分で行かないことには、本当の意味でその場所のことを楽しむことはできない。
それに加えて、もう一つ理由がある。
「ああ。でも知ることもみることもできるけど、それは自分で直接みるのとは違うからな。……それに、少しここから逃げたかったし」
ここ最近、というかこの城にいる間、母さんがずっと俺に構ってくるんだよな。しかも、話をしすぎて特に話すことも無くなったってのに、それでも一緒に居てことある毎にじっと俺のことを見てくるんだ。本を読んでいても、食事をしていても、昼寝をしていても……。
母さんとしてはいなくなった息子と一緒にいられて楽しいのかもしれないけど、もうちょっとどうにかならないものかと思う。
「逃げる……ああ。確かに、そう思っても仕方ないかもしれませんね」
「母さんの気持ちは嬉しいとは思うんだが、日替わりでわざわざ服を用意しにくるのはやめてほしいよ」
「昔は私も似たようなことをされましたので、諦めるしか無いと思いますよ」
そう言ったフィーリアの顔には、どこか哀愁のようなものが漂っていた。
「まあ、なんにしても少し出てくる」
「わかりました。ですが、あまり遅くなりすぎないようお願いします。もし遅くなれば、お母様が探しに行かれると思いますので」
「……ないと言えないところが恐ろしいな」
俺のためにって理由で母さんが暴走する光景なんて、容易に想像できてしまう。
そうして俺は城を抜け出して街へと向かったのだが……実際のところ、こうして出てきたのは暇だったから、というだけではない。
もちろん暇は暇だったんだが、そこにもう一つ理由が加わる。
何やら、昨日から母さんと親父の様子がおかしくなり始めたのだ。
今の親父は、母さんの護衛としてそばにいることになっているんだが、どうにもその様子が普段とは違うものになっている。
多分、親父はイルヴァに言われたこと——母さんとの結婚について意識してしまっているんだろうけど、母さんも母さんでイルヴァから提案でもされたんじゃないだろうか?
だからお互いに意識している。俺がいない時とか少し離れた時なんて、なんか二人の雰囲気が若返ったみたいに初々しい感じになってる。
別にどっちかが告白したり結婚について口にしたわけではないんだろうけど、付き合い始めのピュアなカップルとか、お互いに好意を持っているけど言い出せない幼馴染的な、そんな雰囲気だ。
お前ら、それを息子の前でやるんじゃねえよ。どう反応すればいいのかわからないだろ。
ただ、二人がちゃんと話をできないのは俺がそばにいるせいなのかもしれないとも思う。雰囲気は本人達が意識していないものなのだろうから仕方ないにしても、息子がいる前で親が恋愛シーンを繰り広げるわけにはいかないだろ。だからどっちも何も言い出さないんじゃないかな、と考えた。
だからまあ、そう言った事情もあって、ちょうど暇してたし街に行ってみることにしたのだ。
だが、これで時間を作ってやったんだから話をすることくらいはできるだろ。……多分。
「街の復興はまだまだ不十分。どころか、大して進んでいないのが現状、か」
自分で言っておいてなんだが、そりゃあそうだろうな。最高責任者である王様が不在だったし、その候補である王太子も不在だった。
その次の候補達はお互いに蹴落とそうと争っていたし、混乱から落ち着かせることまではできたとしても、復興の指揮まではできないだろう。
そもそも、スキルがあるって言っても二週間程度じゃどうしようもないってのが実情だろうしな。作るにしても材料は必要だし。
そう考えると、木材を街の外、あるいは街中に用意した方がいいか? 木を切るのも運ぶのも、俺なら《収穫》と《保存》を使えば一瞬でできるし。
加工は任せることになるけど、それくらいはどうにかするだろ。
「巨人が動き回ったんだから、むしろこれくらいの被害で収まってるのは幸い、なのか?」
街の半分くらいは大なり小なり被害があるが、完全に使い物にならない場所ってのは思いのほか少ない。消滅していないだけマシだと思ってたけど、それよりもだいぶ状況は良いな。
それでも……
「スリをするんだったらもっと上手くやれよ」
スリをしようとしたおっさんの手の表面に、《紐切り》を使って軽く傷をつける。
「いっ!?」
突然手に痛みが走ったことで驚いたのだろう。おっさんは俺に伸ばしていた手を引っ込めて、逆の手でその傷を押さえる。
「な、なんっ……!」
そして自分の手と、スリに気づいていた俺を見比べ、そのまま走って逃げていった。
その反応の遅さや表情、あとは逃げ方の様子から、素人臭さというか慣れていない感じがしたから、多分初犯だろう。
こんな感じで、完全に元のままってわけでもないし、家を失った者もいるわけで、治安はだいぶ悪くなってる。
まあ、悪いって言ってもカラカスとは比べ物にならないくらいの〝お遊び〟程度のものだけど。
服は特に着替えないまま上にローブを羽織っただけで出てきたからな。その気がある奴が見れば俺はお忍びの金持ちとか、カモに見えることだろう。
でも、そうだな。こんな状況なら、俺の格好はまずかったかもしれないな。俺にとっても、俺を見た奴にとっても。
突然の出来事で生活が一変して、苦しくなった。そんなところにちょろそうなカモがいたら、魔がさすかもしれない。
とはいえ、そこまで気にする必要があるのかと言ったらない気もするが、変に騒ぎを起こすのを望んでいるわけでもないので、できるだけおとなしくしていよう。
「フィーリアに迷惑をかけるわけにもいかないし、ちょっと見てまわったらお土産でも買って帰るか……ん?」
まだ出てきてそれほど時間は経っていないが、それでも街の雰囲気や状態は知ることができた。軽い気分転換もできたし、あとはもう少し歩いて適当にどこかの店で何かを買ったら帰ろう、とか思っていたのだが、その途中で俺は足を止めることとなった。
「あっちだ! あっちにいけば怪我を治してもらえるぞ!」
「でも、それって本当なのか? 怪我を治すって、魔法なんだろ? 治癒の魔法はかなり珍しいっていうし、金取られるんじゃねえのか?」
「それが、どうにも無償みたいなんだ。聖女様がやってこられた! ってドーン爺さんが言ってた」
「聖女様って……んなもんがここに来るもんかよ。勇者様と魔王退治してるんじゃなかったのか?」
「いや、そこらへんは知らねえけど、とにかく怪我が治してもらえるんだ。聖女だろうと聖女じゃなかろうと、どうでも良いだろ」
「まあ、治してもらえるんだったらなんでも良いけどよ……」
俺の目の前を、どこか怪我をした様子の姿勢で走っていった二人組の男だが、それはどうでもいい。問題はその話の内容だ。
「聖女? そんなもんが来てるなんて情報はないはずなんだが……」
聖女が来るってなったら、まず城に来るはずだ。だが俺はそんな奴の姿は見ていないし、話も聞いていない。いくら俺が王子ではなくただの客人扱いだとしても、何も知らされないことはないだろう。
特に、母さんやフィーリアは何かを言ってくるはずだ。……あ、いや、母さんは何も言ってこないかも。俺のこと以外はどうでも良い、みたいな雰囲気出してたし。
まあでも、親父も何も言ってなかったし、間違い無いだろう。
あとは、聖女が来るなんてことになったら当然その準備のために慌ただしくなるだろうが、そんな様子はなかった。流石に気づかなかった、ってことはないし、やっぱり聖女は来ていないと考えるべきだろう。
だが、そうなるとどうして聖女がここにいる、なんて話になるのか理解できない。
とりあえず、さっきの奴らが向かった方向に進んでみるか。
……ああそうだ、植物達に情報を集め——
「さあみんな! 次はあっちよ! この調子でみーんな元気にしちゃうんだから!」
「「「おう!」」」
——情報を集めてもらおうとしたところで、少し遠くから声が聞こえてきた。
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