第347話魔王の情報

 

「——それにしても、まさかここまで急激に事態が動くとは思わなんだな」


 話がひと段落ついたことで、イルヴァはふうっと大きく息を吐き出してから別の話題へと切り替えた。


「それに関しちゃあまあ俺も同感だな。色々と変わるだろうってのはわかってたが、こんな城が襲撃を受けたり国王が逃げたり、国防力が半分以下に減ったりなんてのは想定外だ」

「防衛に関して言えばそちらの責任なのだがな」


 イルヴァは親父の言葉に少しの批難を込めて反論したが、だが親父はそんなことは知らんとばかりの態度のまま言葉を返す。


「攻めてきた方が悪い。それに、やったのは俺じゃなくてこいつだ。あんたの孫のやったことなんだから責任を取るとしたらそっちも道連れだな」


 まあ確かに責任を取らせるって話になった場合は、俺の関係者であるアルドノフの家も責任を取らされることになるかもしれないな。


「それは困るな。……だが確かに攻めてきた方が悪いのは間違いないな。つまりはそれを命じた国王に責任があるだろう」

「だな。そうしておけば一番丸く収まる」


 そして命じた国王はどこぞへと逃げてしまったから弁明することもできない、ってか。


 国王は今はどっかに逃げたらしいけど、こりゃあ戻ってきたとしても大変だろうな。戻ってくるのか知らないけど。どこに行ったんだろうな?


 反乱軍に城を占拠されて逃げたんだとしても、この国から逃げるか?


 ……いやー、ないな。普通ならどっか別の貴族たちのところに駆け込んで、どうにか城を取り返そうと画策するもんだろうが、今のところそんな情報はないし、もしそんなことをしてるんだったらすでに戻ってきてるだろう。


 でも、俺がここに滞在している間に戻ってくるなんてことはなかったし、どっかに匿われているとか療養しているとかの話も聞かない。


 そうなると外国に逃げたってことになるんだが、そんなことするか? 東も西も敵国で、南は一応同盟を結んでいるが魔王関連のゴタゴタがあるから助けてくれるかは怪しい。まあ逃げ込めば生活を保証してくれるくらいはしてもらえるかもしれないから、一番の可能性としては南だろうな。娘である第二王女もいるし。


 もっとも、死んでなければ、の話だけどな。どこかでのたれ死んでる可能性もない訳じゃない。


 しかしなあ。これは、ある意味復讐の手間が省けたって言って良いんだろうか? 最初は俺が自分の手でできないってことでがっかりもしたが、『王様だった者』にとっては普通に殺されるよりもよっぽど惨めな状態だろうし。


 まあ、実感がないから微妙な感覚は残ったままだけどな。


「しかし、反乱軍か……。南では魔王が新たな動きを見せ始めたと言うし、また何か面倒が起こらなければ良いのだがな。特にお前達のところは色々とあるのだからな」

「ん、魔王が動いたのか?」


 話が終わり、空気が緩んだことで俺はイルヴァの言葉に問いをかえした。


「む。ああ、どうやらそのようだ。此度の魔王は水棲の魔物が進化したものであるために陸への侵攻が遅く、現状では停滞している、と言うのは知っているか?」

「ああ。だからそのせいで南は対魔王のためにまとまることができずに争ってる」


 そう。そんな状態だから『勇者』なんて『成功することが決まっている存在』を異世界から呼び出してもいまだに倒せずにいる。

 海沿いで戦っているために、怪我を負わせることができたとしても倒しきれずに海に逃げられてしまう。

 そして魔王は怪我が治ったら再びどこか海沿いの場所に魔物を引き連れて現れて村や街を襲う。

 魔王が現れるとその気配にあてられたのか、出現地点の周辺の魔物達が活発になって暴れ出すからその対処もしなくてはならず南の連合軍は常に人手不足が続いているそうだ。

 そして魔王出現の知らせを聞いて勇者が倒しに向かうが、また逃げられる。ここ一年それの繰り返しだって話だ。


 そんな魔王を倒しきれない状態な訳だが、逆に言えば魔王も海から一定範囲以上は攻めることができず、内陸の方では魔王に対する警戒心がかなり低いことになっている。


 伝説にも出てくるような、国を滅ぼし、場合によっては大陸すらも滅ぼすと言われている魔王が、大した被害を出すこともできずにまごついてるんだ。危機感を持てなくても仕方がないだろうな。


 でも、そんな危機感のない膠着した状態が続いているせいで誰が魔王を倒すのか、どこの国が一番の功労者になるのか、そんな裏での争いは起きているし、なんなら表立った侵略戦争だって起こっている。


「そうだ。しかしその状況になってから早一年。魔王とて元が魔物とはいえ、多少の頭はある。このままではまずいと言うのは理解しているのだろう。当初戦闘が行われていた地域から東へと徐々に移動しつつ水辺から近しいところを攻めているようだ」


 イルヴァ曰く、今までは別の場所に現れると言っても割と近場に現れていたらしいんだが、それが東にずれていき、今まで現れなかったような場所にまで出現するようになったとのことだ。

 まあ年単位で戦ってればな。流石に魔物だって学ぶだろうな。


 でも、東か。東ってカラカスの方か。あそこは海沿いって訳じゃないから


「東? ……ってーとあのクソッタレの神官たちの国か?」


 親父はそう言ったが、神官達の国ってのはカラカスの南東にある宗教国家のことだ。

『神聖法国スレイズ』が正しい名前で、略称は『スレイズ』か『聖国』。


 なんで神に仕えるはずの神官たちをクソッタレなんていうのかと言ったら、まさにそんな感じだからだ。

 確かにちゃんと宗教やってるし、神様のいるであろうこの世界ならそんな国があってもおかしくはないんだが、宗教といっても人間がやっているだけあって清廉潔白というわけにはいかない。

 宗教を盾に強引な外交を行うこともあるそうだし、武力をひけらかすことだてあるらしい。


 宗教が武力? ってなるかもしれないけど、あそこも神様崇めてるだけあって『神のかけら』の育成——つまり位階の上昇も真面目にやってる奴が多いから高位階のものも多いんだよな。だから武力もそれなりにある。

 流石にこの国みたいに第十位階が何人もってわけにはいかないらしいけど、一般兵の戦力を比べたらこの国は負ける。それどころかこの国以外の他の国だって負けるだろうな。


 そんな国がカラカスの南東——東にある訳だが、親父は俺とは違って魔王が向かった先としてそっちを思い浮かべたらしい。


「神官に対してその言い方はどうかと思うが、その通りだ」


 親父の言葉に苦言を呈しながらも同意したイルヴァだが、否定しないのはそれが共通の認識だからだな。それくらいあの国の態度は悪いそうだ。実際に行ったことも会ったこともないから知らないけど。


「自分から勇者の国に行くとはな。魔王にゃあ人間の事情なんてもんはわからねえだろうから仕方ねえのかもしれねえが、何とも残念なやつだな」


 あー、言われてみればそうか。あの国は異世界から勇者を召喚した国なわけで、勇者の本拠地と言ってもいい。

 そんな場所に勇者の敵である魔王が向かうだなんて、なかなか無謀なことだよな。普通は勇者が魔王の城に攻め込んでいくのに、その逆ってわけだ。


 東に進んだら勇者の本拠地があるなんてことは考えていないだろうし、そもそもそんなものがあるなんて知らないだろうが、結果としては魔王自ら倒されに向かっていることになる。

 それまでいた場所から西か東の二択のどっちかに移動すると考えて行動し、ハズレの方を引くとはなかなかに運がないな。


 もっとも、魔王一人で国を滅ぼせるくらいの力があるんだったらハズレを引いたんじゃなくて意図して進んだってことになるんだが、多分そんなことを考えてなんていないだろうな。


 しかし、イルヴァは首を横に振った。


「いや、そうとも限らぬぞ。現在勇者は魔王と戦うために南へと赴いている。つまりは聖国には不在というわけだ。このまま移動を続けた場合、陸と海ではどちらが早く着くのかと言ったら、それは海だろう」


 ……なるほど。確かに勇者は魔王を倒すために南にいるわけだし、分身や瞬間移動ができるわけでもない勇者は現在聖国にはいない。

 その隙を突くことができるってんなら、あながち魔王の行動もハズレってわけでもないのか。


「なるほどな。つまり、今回の魔王はむしろ運がいいわけか」


 だとしても俺たちは特に気にする必要もないと思う。だって俺たちカラカスは海に面してないし。海に面している領地とは面しているけど、直接繋がってないんだからそれほど気にかける必要はないと思う。


 もちろん気にしないってのは戦闘面や危険性の話であって、魔王がどこを攻撃したとかどこを滅ぼした、誰を倒したってのは気にするべきだろうけど。


「でも、それって俺たちには関係ないだろ? この国には海はあるが、それはほんのちょっとだけだし。移動を続けながら攻撃ってことは、被害が出たとしてもずっとその場に留まるわけじゃないんだから大したものにはならないんじゃないか?」


 イルヴァは俺たちに何か起こるんじゃないかと考えているみたいだが、魔王関連ではそんなに心配することはないと思う。


「だといいのだがな」


 だが、イルヴァは相変わらず何か引っかかることがあるのか、どこか不安げだ。


「何か心配事があんのか?」

「我が国で唯一海に接している領地。カラカスにも面している領地だが、そこからはそれなりに大きな川が国内へと通っている。もしかしたらそこを通って我が国の内部へと来るのではないかとな。実際、南では川から奇襲を受けた事例もある」


 東に行って途中で見つけた川で一休みってか? あるいは川を上って内陸を攻めようって?

 ……まあ、その可能性もないとは言い切れないな。


「無警戒でいれば痛い目に遭う、か」


 俺たちもその川は使っているから、そこに魔王が進んでいけば俺たちにも被害が出てくるだろう。

 だが……


「って言ってもさ、俺たちには関係なくないか? いや一応国のことだし、これからフィーリアが関係してくるんだったら俺たちにも関係するだろうけど、直接的に魔王に遭遇したりなんてことは起こらないだろ? うちに流れてる川はその海に繋がってるやつの支流だし、あるとしてもその海沿いの領地が魔王に襲われた際、もしくはその後の処理だろ」


 色々と面倒なことは起こるかもしれないが、直接的な問題や危険なことってのは起こらないはずだ。

 魔王だって進むとしたら本流の方を上っていくだろうし、横に逸れることはないだろう。


「……さてな。それはどうか、まあ神様の思し召しってやつかね」


 しかし、そんな俺の考えは甘いとでもいうかのように親父は含みのある言葉を口にした。


「親父は俺たちが魔王に遭遇するとでも思ってんのか?」

「お前が今言ったみてえに、うちの領土には川が流れてっからな。つっても本流じゃねえ上にそんなでけえ川ってわけでもねえからな、たまたま偶然、何の因果かそこに留まるなんていらねえ奇跡が起こらねえ限り問題はねえだろうが……」


 だよな。うちに流れてる川はそんなにでかいものじゃないし、そこにくるんだとしたら、なんだってわざわざうちのところに来るんだよって話だ。

 絶対に来ないとは言い切れないだろうが、まず来ないと考えていいだろう。


 だが、親父は俺を見ながら軽く息を吐き出しながら首を軽く振り、続きを口にした。


「お前のこれまでの厄介ごとの多さからすると、絶対にねえとも言い切れねえ気がすんだが、そりゃあ俺の気のせいか?」


 俺ってそんなになんか面倒事が多いか? まず思いつくのは王族に生まれたけど捨てられたことだろ。


 あとは……あー、カラカスのボスに絡まれたこと? まあ確かにあれは厄介事だったな。俺としてはどうするつもりもなかったのにあっちから突っかかってきたんだ。


 王女の身内争いに巻き込まれたこともそうか? でもあれは半分以上自分から突っ込んでいったものだし、そんなに面倒だったってわけでもないな。


 その後は……ああ、ドラゴン。それから敵の侵攻か。でもあれだって面倒ごとの方からやってきたってわけじゃなくて、俺が突っ込んで行ったことだ。まあ身内が厄介ごとに巻き込まれたってのも俺の不幸話に加えるんだったらあれも俺の身に起こった厄介事と言えるか。


 んで、これは記憶に新しいが、西のボスの反乱とそれに合わせた周辺諸侯の襲撃。

 それから独立宣言と迎撃。で、今回の反乱軍か。


 ……いやー、改めて考えてみると普通の人生では一個か二個経験すれば十分な出来事があるな。何割かは俺が自分から向かってった責任があるから必ずしも運が悪いとか呪われてるってわけじゃないだろうが、俺の身に起こった出来事って意味では間違いなく多いな。


「……気のせいだろ」


 でもそれを認めるのは癪なので俺はスッと親父から視線を逸らしながらそう言い訳を口にした。


「だと思うなら真っ直ぐ俺の目を見て言いやがれよ、まったく……」


 親父はそんな俺を見て呆れた様子を見せているが、だが大丈夫だ。流石に俺が自分から首を突っ込まない限りこれ以上変なことは起きたりしないだろ。今回の魔王だって、ねえ? ないない。

 魔王なんてうちの領土には来ない。その魔王を追って勇者が来るなんてことも、ないだろう。さらにそっから勇者を倒したせいで聖国と戦争とかも……起こる訳がない。断言でき…………どうだろう? なんかちょっと不安になってきた。


「……いや、きっと気のせいだ。そんな奇跡みたいな確率で魔王に遭遇するなんてことはあり得ないだろ」

「だといいんだがな」


 ないって。そんなこと絶対にないよ。

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