第346話イルヴァからの提案

 

「それで? 俺に何のようだ? それとも孫の方に用事でもあんのか?」


 俺も残されたってことは俺にも関係ある話なんだろうが、多分メインは親父の方だろうな。だって、さっきっからなんでか知らないけど親父のことを意識してたし。


 でも、人払いしてまでの話ってなんだろうな。母さんや俺に関して改めて礼を言うとかか? 母さんを前にしてたら言いたいことも言えないだろうから。


 でも、それだったら俺も席を外させてもいいだろうに。

 もしかして、俺は人払いに気づけないと思われたとか? ……ないとは言い切れないな。


「いや、黒剣よ。お前は王になる気はないのかと、少しな」


 だが、そんな俺の考えとは違ってイルヴァは突然そんなことを言い出した。……はあ?


「……はあ? 俺が王〜? 何だってそんなことを? 俺は柄でもなけりゃあ王族でもねえぞ?」


 親父は突然の言葉に一瞬呆けたような様子を見せたが、すぐに立て直して呆れたように答えた。


「古来より、圧政を行なった暴君を打ち倒した者が次代の王になることはままあった。今回で言えば功績十分すぎるものであろう? それに、お前が王となればヴェスナーもここにいることができる。そうでなくても自由に行き来することができる」


 うんまあ、確かに悪の王様を反乱軍が倒して革命をする、ってのはあったことなんだろう。

 今回は実際に王様を倒したわけじゃないし、国軍を倒した反乱軍をさらに倒したんだからちょっとややこしいことになってるけど、状況的には理解できないわけでもない。


 でも、さっきの話の直後にそれかよ。それって完璧に王太子に対する裏切りだろ。

 別に、元々はフィーリアの勢力であり、王太子に力を課しつつもその勢力に入っているわけでもないから裏切りではないかもしれないが、それでもさっきの話をした後だと、何言ってるんだってなる。


 ってか、その理由が俺のため? 俺がここで暮らしても問題ないようにするために親父をこの国の王様に、って?


 ……いや、はっきり言って訳がわからん。なんだってそんなことをするんだ? ここにいて欲しいと求められるほどこの人に好かれているわけでもないだろうし、自分の行動の結果生まれて捨てられた俺への罪滅ぼし、って感じでもない気がする。


「王家の血筋って正当性はどうすんだ? 貴族はそう言うのが大好きだろうが」

「そんなもの、現在の王女と結婚すればいい」


 確かにそうすれば次代の王は血筋的には問題なくなるよな。

 だが、それを聞いた親父はものすごく嫌そうな顔をしている。そうなるだろうなって感じはするけどな。


「王女って……こいつの妹とか? 冗談だろ?」

「まあ確かに歳は若いが、若すぎると言うこともあるまい。フィーリアは王女としては適齢期だ」


 今あいつは、確か十五くらいだったはずだ。この国の成人は十五で、二十までに結婚をしなければ行き遅れと言われるくらいだ。しかも王女であれば二十以上での結婚なんてまずない。大抵が二十になる前に結婚、ないし最低でも婚約はしている。

 だから十五歳ってのは適齢期といってもいいだろうな。


 だが、親父はイルヴァの言葉に首を横に振って答えた。


「そうじゃねえよ。ガキほどに離れた女を抱けってのかってことだよ」

「貴族では親子どころか孫ほどに離れた者を囲う者もいないわけではないが……」

「そんなのと比べんなってんだ」


 確かに貴族の中には六十と十ちょっと、って歳の離れた結婚もあり得る。大抵が正妻ではなく側室だけど、結婚の状況としてはない話ではない。


 だが、そんな事実があるんだとしても、親父はそれを受け入れるつもりはないようで相変わらず嫌そうな顔を……いや、さっきよりもより嫌そうな顔をしている。


「では——リエータとならばどうだ? リエータにも3代ほど前になるが王家の血は入っている上、打ち倒した国の王妃を娶って統治するというのはよくある手法だ」


 まあ実際あの真の王族を名乗ってた今回の敵の親玉も、母さんを手篭めにしようとしてた。結局その際中に俺たちが城に突撃してったことで邪魔されて終わったけど。


 いやー、うちの母親大人気だな。まあ実の息子から見てもすごい綺麗な人だと思うけどさ。

 第一王子の母親——国王の正妻とか見たけど四十そこそこの年相応の見た目してたしな。それがいいって人もいるだろうが、この国では若い方が良いとされているのが一般的だ。

 それに、他の王妃も見たけど母さんの綺麗さには負ける。母さんだけずば抜けて若々しいまま、綺麗な姿を維持している。


 そうなっているのは多分位階が高い影響だろうな。位階が高いと老化が遅れる、みたいは話はあるし。位階が高まると老化が遅れるって……神様にでも近づいてるのかね? 位階が上がるってのは『神のかけら』が成長してるって意味だし。

 それでいくと、うちの母さんは女神様候補ってか。綺麗なのも頷けるわな。

 ……まあ、それで行くと俺も神様候補なんだけどさ。あとついでに親父も。


 でも、親父はこれも断るだろうな。


「っ。……俺が、王妃様と……?」


 なんて思っていたんだが、親父はわずかに動揺したように体を跳ねさせ、言葉に詰まった。


 親父がそんな様子を見せるなんて珍しい。

 だが、なんだってそんな珍しい状態を今見せることになってんだ?


「……いや、だが——」


 少し遅れてから言葉を返そうとした親父だが、その言葉を遮ってイルヴァは話を進めていく。


「それに、お前はリエータの息子の養父であり、その関係は悪くはない。結婚し、家族となったとしても問題はさほどないだろう」

「……どうしてそんなに進める? ただ単に俺を王にしたいって話じゃあねえよな」


 うんまあ、確かにイルヴァの話は急ぎすぎているように思える。イルヴァの中ではすでに結論が出ていて、その答えに導こうとしている感じだ。

 さっきのフィーリアとの結婚の話だって今の話の前置きでしかない気がする。


 そんなふうに俺でもわかるくらいに強引に母さんと結婚させようとするなんて、そんなに親父を王様にしたいのか?

 でもそうする理由はなんだ? 今の状況を考えると……国防のため、とかか? 

 現在この国は色々と出来事が重なって戦力が落ちているが、親父がいれば八天なんていなくても国を守れるだけの抑止力たり得るだろうし、他国との戦争に関しては問題なくなるだろう。

 あとは親父がこの国の王様になれば、俺たちも攻め込んだりすることは絶対になくなるしな。イルヴァがカラカスのことを脅威と思っているんだったら、あそこが絶対に攻め込んでこないって保証は欲しいものだろう。


「どうして、か……ふっ」


 だが、そんな俺の考えに反してイルヴァは打算を感じさせる笑みではなく、自嘲するかのように笑った。


「いやなに、この国の戦力は現在かなり落ちている。であれば、その補強をしたいと思うのは当然ではないか? お前のように桁外れの実力者を囲い込むことができるのであれば、それは国のためになる。貴族の娘として、リエータもその役に立てるのなら理解を示してくれるだろう」


 その理由としては俺が考えたものと同じだった。だが、本当にそれだけか?


「……あんたは、こんな時まで貴族だっていうのか?」

「そうだな。ああ、私は貴族だ。そうして生きてきたし、今更変えることなどできんよ」


 今は俺が口を挟む時じゃない。そばで聞いているだけでいようと思っていたのに思わず溢れた俺の問いに対して、イルヴァは答えた。

 だが、そう言ったイルヴァの表情はどこか悲しげなもので、やっぱり今言った理由が本心だってわけでもないと思う。

 確かにそんな考えもあるにはあるんだろう。だが……


「断る。愛した女は誰かに譲ってもらうんじゃなくて、自分の言葉と意思で手に入れるもんだろうが」


 イルヴァに向かって親父はそうはっきりと断言した。

 そんな親父の言葉を聞いて、イルヴァはわずかに目を丸くした様子を見せた。

 まあそうだろうな。俺だって親父がそんなことを言うなんて思ってもみなかった。


 ……でも、そんなことを言ったのもわからなくもない。

 確かに親父はカラカスなんて場所に住んでて乱暴者の一員って評価に違わない生活をしているが、人情とかそういうのがないわけでもないんだよな。

 親父は案外お人好しだし、まっすぐな性格をしている。だって、じゃないと俺みたいなのを助けたりなんてしないだろ? 拾えば面倒ごとが降りかかってくるってのはわかってたはずなのにさ。


「……ふっ。そうか。いやそうか。ならば失礼したな。老人のたわいない戯言だ。忘れて構わぬ」

「なにが老人の戯言だ。クソッタレが」


 驚いた様子を見せたあと笑いながら話を終わらせようとしたイルヴァに対して、親父は苦々しい表情でそう吐き捨てるようにして言った。


 話はそれで終わった。……終わったのだが、疑問というか違和感というか……さっきのイルヴァの言葉に対しての親父の答えが少し気にかかる。親父のあの言い方だと……親父は、母さんのことが……。


 ……。…………。…………………………。


 ……まあ、親の恋愛話なんて頭を突っ込むもんでもないし、そうなったらそうなったで構わないから無視でいいか。


 そういやあ、前にエディにどうして結婚しないのか聞いたことがあったな。あの時エディは、自分たちが結婚なんてしてもいいのか怖かったから、なんて言ってたが、親父だけは少し違うって言ってたような気もする。


 母さんがいる時の親父の反応もなんかおかしいって違和感感じることがあったし、もしかして王妃に一目惚れして操を立ててたとかそんなんだったり?


 ……いやいや。ないないない。親父に限ってそんなロマンチックっていうか乙女チックっていうか、そんなことがあるわけないよな。

 でもこいつ案外真っ当な性格してるし、ありえない話でもないか?


 もし昔に好きになったんだとしたら……えーっと、親父が騎士やってたのは今から大体十六年前だろ? で、十歳くらいから十年ちょっと傭兵やってたって言ってたから、まあ騎士やってた当時は二十五歳かもうちょっといってるくらいか。

 とりあえず親父を二十五歳と仮定して、母さんが確か十六で嫁いだって話だから、二十五歳が十六歳に恋をした? ……まあ、ない話じゃないだろう。十歳差程度なら普通、だと思う。


 いやでも……まじで? あー、まあ別に構わないんだけどさ。でも、もしそうなら、親父は俺のことをどんな気分で拾って育てたんだろうか? もしかしたら、俺が王妃の息子だったから拾った、なんてこともあるんじゃないか?


 ……だとしても、親父がこれまで俺を育ててくれたことに違いなんてないし、そこに愛情があったことも間違いじゃない。それくらいは理解できるさ。俺がそこを間違える訳がない。

 だって、俺たちは親子だからな。


 とは言っても、だ。これは俺の妄想だ。今のイルヴァと親父の会話から察しただけの妄想で、それが実際にそうなんだって確定したわけでもない。実際にそうだと分かるまでは心のうちに留めておいたほうがいいだろう。

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