第345話今後の対応について

「だが、それだけかい? 君の状況、功績を考えれば、もっと言ってもいいものだけど、他には何かあるかな?」

「そうですね……ああ、ではもう一つ。いえ、二つ、でしょうか」


 フィーリアはそう言いながらちらりとこちらへ視線を向けたが……なんだ?


「カラカスが攻め込んでこない限りこちらから攻め込むのはやめていただきたいのです。それから、この場にいる者が同行している場合に限りカラカスと城の自由な行き来を許可していただきたく」


 カラカスに攻め込むことに関しては割とどうでもいいが、その後の二番目の約束ってお前、それは……。


「……一応確認をするが、『この場にいる』というのは、『この席についている僕たち』という意味でいいかい?」

「はい。いかがですか?」

「大丈夫だ。僕が王になった後に出すしかないから許可そのものはまだしばらく先になるだろうが、僕が王になった後は許可証を含め今の約束を叶えることを誓おう」


 王太子はその場にいた者達を見回し、最後に俺を見てからはっきりとそんな約束を口にした。


 それはつまり、母さんは自由にカラカスに来ることができるし、俺も自由にこっちに来ることができるということだ。

 実際には自由にとは言っても、無計画に、無条件に移動できるわけでも会いに行けるわけでもないし、こいつの頭の中には俺と仲良くできるとかそんな感じの打算があることだろう。

 だがそれでも、俺たちが家族として会うのになんの問題もなくなったことになる。


「——だが、本当に良かったのかい? 確かに僕の方が優勢だろうが、今ならばわからないんじゃないかな?」

「そのために色々と手を打ちましたから。ですが、不利であることに変わりはありません。私は女ですので」


 そう言ったフィーリアの表情は少し不満げだ。能力はあるのに性別だけで優劣を決められてしまえばそれを不満に思っても仕方がないだろう。


 でも、王になるのは男が望ましいって理由も理解できる。だって、身もふたもない言い方をすると子供をたくさん作らないとだし。

 女は一人の子供を作るのに約一年かかるが、男はタネをばら撒くだけでいいんだから一晩で終わる。

 それが当たるか当たらないかはさておき、いくつも同時に子供を作ることができるから、後継者を残さないといけない王様としては男の方が有利だ。身重の最中は仕事にも支障が出てくるだろうしな。


 あとは普通に今までの習慣や常識の問題だな。

 女は貞淑であれ、みたいな。家に籠って家庭を守れって。

 そんなだから女が前に立つことを良しとしないものだっている。というか、その方が多いのが現状だ。


「……そうか。なら、君の分まで僕が王になるとするよ」


 そうしてフィーリアと王太子の話し合いはひと段落つくこととなった。


「しかし、マーカスに関してはどうしたものかな。敵の首魁の首を取ったという話は本当なのだろう? 最終的に勝てるとしても、そこにたどり着くまで余計な手間がかかるだろうね」


 俺としてはできるだけ早くこいつに王になってもらいたい。

 別にこいつ自身のためを思ってとかではないし、むしろどうでもいいが、こいつが王になればさっきの約束もそれだけ早く叶えてもらうことができるからな。

 だから手を貸してもいいんだが……さて、何をどうしたもんかな?


「あー、まあ、俺が手ェ貸してやってもいいぞ」


 だが、俺がどう行動するべきか悩んでいると、親父がそんなことを言い出した。


「……あなたが、ですか? 何かされるつもりでしょうか?」


 その言葉は王太子としても意外だったのか、訝しげに眉を顰めている。


「なに、こいつのためになることをしてくれるんだってんなら、ちょっとくれえは協力してやろうってだけだ。具体的にゃあそうだな……そちらさんが演説でもして、その時に俺が剣を空に浮かべてあの時の再現をする。それだけで誰が巨人を倒して、誰の仲間なのかがわかんだろ」


 剣を空に浮かべる、か。まあそんなことをすれば一目瞭然だろうな。

 今のところ第二王子は自分が王家の秘術を使って一度限りの大技を使ったとか言ってるけど、親父が目の前であの時の再現をしてしまえば、もう何も言えなくなるだろうな。だって実際に使えてるわけだし。

 一度きりなんて確認できないあるかないかも分からない秘術よりも、目の前に存在している第十位階の方がよっぽど信頼性が高い。


「……なるほど。噂になっているくらいですし、あの剣を見ていたものはそれなりにいます。そうしていただけるのでしたら確かに助けになりますね。第二お兄様はすでに自分が巨人を倒したのだと振る舞っていますから。確かに嘘はついていませんが、民衆からすれば嘘をついていようがいまいが、騙されたのであれば抱く感情は変わりませんし疑念を持たれることでしょう」


 そうだな。嘘をついていなかったんだとしても、騙されたんだとしたら感情的には変わらない。むしろ、そんな『嘘をつかない』なんて狡い手を使ってまで自分たちを騙そうとしたんだって怒りは強くなるだろうな。


「僕がここにいなかったという問題はあるが、潜みつつ準備をしていた、といえばごまかしはできるか。殺されたのは影武者だったといえば、それ自体は事実なわけだしね」

「敵の襲撃からなんとか逃れ、アルドノフに救援の要請をしていたとすれば、あの時城にいなかった言い訳にもなります。事実として、援軍は連れてきているわけですから」


 確かに、話の筋としては通っている。ただ逃げ出したとか、ただその時丁度いなかったなんて話よりはよっぽど理解できる話だ。


 とは言ってもまだまだ問題はあるだろうが、まあこいつのことだからどうにかするって言った以上、どうにかするんだろう。

 仮に失敗して王位が遠かったとしても、その時は最初の計画通りフィーリアを王に据えればいいわけだし、どうでもいいか。


 本当に最悪の場合は、第二王子は〝病死〟することになる。たとえば……苔が喉に詰まるとか、胃の中が苔で埋め尽くされるとか? 遺体解剖とかしないだろうし、バレることはないだろ。多分。

 まあ、実際に何かやるとしたらもっとよく考えるけどさ。


「ところで、他に敵はいるのか? 第二王女はとっくに脱落だし、第一王女とかその辺は?」

「第一王女は東に一つ国を挟んで向こう側の国に嫁ぎました」

「第三王子以下は目立った功績もないですし、順位的にも年齢的にも私たちの下。唯一の対抗馬になり得るのは第二王子だけですがはずれ、それは今話した通りですね」


 俺の言葉に王太子とフィーリアが答えるが、そうなるともう王様なんて決まったようなもんだろ。


「そうなると……次の王様ってもうこいつで決まりじゃん」

「一応障害がないわけではありませんよ。たとえマーカスが民を騙していたと気付かれても、犯罪などの致命的なミスを犯したわけではありませんから。いざとなれば、力技で押し通るでしょう。もっとも、マーカスがどんな手を隠していたとしても負けるつもりはありませんが」

「しかし、次の王が決まったとしても、その後もしばらくは大変な状況というのは続くであろうな。国軍は弱体化し、襲撃によって首都は混迷を極めておる。完全に元通りにするには、年単位の時間がかかろう」


 まあそうだろうな。スキルなんて奇跡を使えたとしても、一般人なんて一日に十回二十回程度しか使えないんだ。瓦礫の撤去や被害者の治療から始めないといけないわけだし、壊れた街の修復なんてのは後回しになる。

 元通りの町並みを取り戻すのもそうだが、城も半分以上が壊れたし、一度は国を奪われたから権威も傷ついてることだろう。王様が逃げたってことで信頼も消え去ってるかもしれない。それらを完全に元に戻すってのは、かなり時間がかかるだろう。

 ……まあ、城を壊したのは半分くらいは俺たちの責任もありそうだけど。ないとは思うんだけど、請求とかされないよな?


「ワシらが全力で支援をすると言えば、そして今回巨人を倒した立役者が味方に入ると言えばある程度の混乱は抑えられよう。事実、我らは支援を行うために軍を率いてきたのだからな。仮に第二王子がなんらかの勢力を率いて玉座を奪いに動いたとしても、牽制にもなる。我らアルドノフは実質的に国境を任されている精鋭とされているからな」


 アルドノフはそれなりに大きな貴族だ。そんな家が表立って特定の誰かを王に推すと言ったら、賛同する者も出てくるだろう。国軍の力が落ちている今なら、武力を持っているアルドノフを敵に回したくはないだろうし尚更賛同者も増えるかもしれない。


「ついでにカラカスとも喧嘩せずに済むとでも言えばもっといいんじゃねえの?」


 親父がこっちを見てニヤリと笑っているが、まあそうかもな。

 あの仲間の体から植物が生え出した光景がトラウマになってる奴らもいるだろうし、そんな奴らと戦わなくて済むんだったら安堵するものもいるだろう。


「そうだな。あそこが独立したのであれば、襲われるかもしれないと疑念を抱くものはいるだろう。それを解消できるのであれば、よりやりやすくはなるだろうな。もっとも、その場合は少々手を打ってからでなければ、余計なことを言い出す輩が出てくる可能性があるので慎重に動かなければだがな」


 しかし、あの時の光景を知らないイルヴァは俺の考えとは違って少しずれたことを言っている。だが、まあ指摘することでもないしその意見が間違ってるわけでもないんだからこのまま流しておこう。


「——方針としては決まったか。なら、僕は動くとするよ。できるだけ早くに動き出した方がいいだろうからね」


 そういうなり王太子は立ち上がり、俺に向かって一礼してきた。


「それでは、また話ができる時を楽しみにしています。魔王陛下」


 そして、一緒にやってきた男含め、護衛や従者達を引き連れて部屋を出て行った。


 あの王太子、前にあった時にふざけたことを抜かしたから気に食わないはずなのに、雰囲気や話し方から『いい人』って感じがして、つい許しそうになる。

 ……いや、許しそうにってか、怒っていたことがどうでもよく思えてしまってくる。もう怒っていても仕方ないか、みたいな。それが余計に気に食わない。ただ単に俺が意固地になってるだけな気もするけどさ。


「さて、わしはもう少し話をしておきたいところではあるが……」


 王太子が部屋を出て行った後、イルヴァはそう言ってから母さんとフィーリアの二人に視線を向けた。

 少々不自然なその態度が意味するところは……


「——あら、いけないわ。お茶を切らしてしまった見たいね。ごめんなさい。少し席を外しますね」

「では、私も少々失礼致しますね。これからのことに関して配下の者達に話さなければまいりませんし、ルキウスお兄様も私がいた方が話がスムーズに進むでしょうから」


 その視線が意味するところを理解した二人は、そう言って席を外し、付き人達と共に部屋を出ていった。

 今の二人へと向けたイルヴァの視線の意味は、簡単に言えば人払いだ。「これから内密な話をするので部屋から出ていってください」って意味。


「なんだって人払いなんてもんをしたんだ?」


 イルヴァは自分の身内である娘や孫ではなく、特に関わりのない他人であるはずの親父を残した。

 そのことに疑問を感じた親父は、わずかに眉を寄せながら問いかけた。


「流石に気がつくか」

「ああもあからさまだと隠す気もねえだろ」


 親父はつまらなそうに鼻を鳴らして答えたが、あまり政治や腹芸に長けていない俺だってわかるくらいだ。イルヴァはあえてわかるようにやったんだろう。

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