第344話王太子と第三王女の話し合い

 

 俺がフィーリアから聞いた情報ではそうだ。こいつは死んだはずだ。

 それはフィーリア以外の他の場所でも同じような話が聞けたから間違いない。王太子は自分たちの前で死んだのだと誰もが言っていた。

 なのにどうして……。

 実は死んでいなかった? まさか。首を切られたってのにそんなことが……いや待て。死んでいなかったって、ない話でもないか? 


 俺だって親父のせいで体が上下で分かれたことはあった。だが、それはリリアみたいな高位の治癒が使える奴がそばにいれば治すことができる。

 もし首を切り落とされても、脳が血液不足で死に切る前に胴体とくっつけて治す事ができれば、理屈の上では首を切り落とされても生きていられる。


 あるいは単純に別のやつが身代わりになったか。


 だってこいつは王族。それも王太子だ。どっちの可能性だってないわけじゃない。

 けどまあ、単純に考えるんだったら身代わりか? そっちの方が用意しやすいだろう。


「んお? ああなんだ、お前も生きてたのか。っつーかそいつについたのか」

「……悩みはした。けれど、やはり私は〝この国の騎士〟なのだ」

「そうかい。ま、好きにすりゃあいいんじゃねえの? ちっと残念ではあるがな」


 王太子と一緒に入ってきた男について知っているのか、親父はその男に話しかけた。

 ……誰だ? どっかでみたことがあるようなないような……わからん。


「殺されたのは、僕の友人——影武者だよ。僕はちょっと用があって外に出ててね。でも一応謹慎を受けてたから身代わりに影武者を置いて秘密裏に街を出ていたんだ」


 正解は身代わりの方だったか。まあそうだよな。首を切り落とされてくっつけるなんて考え、普通はしないか。

 でも、ここを離れていたってのは事前に知ってのことなのか、それともただ運がいいだけなのか……まあどっちでもいいか。

 ただ、生きてるならそれはそれで面倒なことにもなるな。


「秘密裏に、ですか……。それは、お爺さまがこちらにきたタイミングと重なったことと関係がおありですか?」

「ああ、そうだね。実は、少し話をしたくてアルドノフ領に行っていたんだ。……そちらの少年の出生についてをね」


 王太子がそう言った瞬間、フィーリアの目がスッと細められて俺と王太子へと向けられ、その様子を伺った。

 そういえば、こいつにはバラしたって話してなかったっけ。

 でも、フィーリアも知らないってことは、こいつは約束通り俺について話をしなかったみたいだな。


「……ご存知だったのですね」

「本人から直接聞いたからね」


フィーリアの視線がこっちに向けられたので、肩を竦めながら答える。


「まあ、そうだな。疑うならアルドノフに聞きに行ったらどうだとも言ったな。……王太子自身が直接聞きに行くとは思わなかったけど」

「疑っていたわけではないのだけどね。君の祖父や伯父に話を聞ければ、少しくらいは歩み寄れるかなと思ったんだ」

「そうか。お疲れさん」


 こいつとしては、前回別れた時の埋め合わせというか罪滅ぼしというか、なんでもいいが失態を取り戻す何かがしたかったんだろう。


 でも、信頼は壊れるのは一瞬だが築くのは難しいてのはその通りだな。協力してもいい、手を貸してもいいとは思うが、仲良くしようとは思えない。


 そんな俺の適当な返事も想定内なんだろうな、侍女によって新たに追加された椅子に王太子が座る。


「——さて、王位についての話だが、父上の行方がわからない以上、確かに奪い合いになるだろうね。そして誰が王になるのか、その可能性は王族であれば誰にでもある」


 王太子は席につくなりその場にいる全員を見回してから、そう口を開いた。

 そして、そう言い終えるなりフィーリアへと顔をむけ、真っ直ぐ見つめ出す。


「フィーリア。君が王の座を求めることは否定しないよ。君ならまともに運営できるだろうし、してくれるだろうからね。ただ、僕としてもそう易々と負けるつもりはないよ」

「……」


 そんな王太子の言葉に、フィーリアはわずかに眉を動かして反応を見せたが、それ以外は特に動きを見せることなく〝無表情〟のまま王太子へと視線を返した。


 王太子はそんなフィーリアの反応に特に何かを言うでもなく視線を移した。


「ちなみに、今はどんな状況なのかな? おおよそは把握したけど、すり合わせをしておきたいんだ。お互いが食い違ったことを言って、家臣や民の信頼を失うのは嫌だろう?」

「……今は、第二王子が敵の首魁の首を取ったと喧伝していますね」


 一瞬反応が遅れはしたが、無表情のままフィーリアが王太子の言葉に応えた。


 俺もこれまでの二週間の間に色々調べて知ったんだが、あの第二王子はなんというか本当にフィーリアの兄なのかって思えるくらいの愚図だ。醜聞もちらほらとあったし、無能さのエピソードもそれなりに。

 唯一誇れるのは剣術だそうだが、それだって一般人から比べてみれば、って程度でものすごく才能があるわけでもない。ぶっちゃけ、王族なんていう最高級の指導が受けられる中にいるということを考えれば、才能はない方だろ。『剣士』の天職を持ってるくせにな。

 職として設定できるものは本人の才能の上から順に選ばれるはずだから、それで選ばれた『剣士』の才能がないって、どんだけ不出来なんだよって感じはする。


「む? そうなのか?」


 そんな第二王子の不出来さを知っているのか、イルヴァはあいつが敵の親玉を倒したときいて訝しげに首を傾げ、他の者達の反応を伺った。王太子もどこか不思議そうにしている。

 でも……


「まあ事実だけ見れば?」


 事実だけ見れば間違いではないんだよなあ、残念なことに。


「どういうことだ?」

「では、ひとまず初めから説明いたしますね」


 俺の言葉だけでは状況が理解できなかったんだろうイルヴァに対して、フィーリアが状況の説明を行い始めた。


「敵の首魁は使役系の天職の持ち主でした。そして複数体の魔物と二体の巨人を操り王都を襲撃し、独立を宣言したカラカスの征伐にて八天が減っていたために対抗できる戦力も残っておらず、呆気なく敗北。敵はそのまま城を占拠しましたが、二週間ほど経ってお兄さま方が救援に来られ、捕えられていた者達を解放しました。その後、敵の首魁と遭遇し、お兄さまとそちらの『黒剣』が巨人を撃破。お母様と私が他の敵を処理し、最後に敵首魁と問答しているところで横から割り込んできた第二お兄様が首魁の首を取った。——と、そういった流れになります」


 改めて言われると、よくよく考えてみれば俺たちの責任も多少はある気もするなこれ。だって俺たちが、というか俺が八天を潰さなければ巨人でも対抗できただろうし。


 ……いや、でもどうだろう? 普段は自領に引きこもってるから巨人が攻めてきたとしてもその時に王都に詰めているとは限らないか。


 でも、八天がいないからこそ今を選んだってのも多少なりともあったと思う。まあ、もう終わったことだけど。


「……それではやつに手柄などないも同然ではないか」

「ですが、本人のおっしゃられているように『首を取った』という事実だけは嘘ではありません」


『商人』や『占術師』なんかが持つ嘘を感知するスキルを使ったとしても、その部分だけは嘘を見抜くことはできない。真実ではなかったとしても、事実ではあるから。


「でも、そうなると少し困ったことになるね。それだけで王になれるほど甘くはないけど、厄介であることに違いはない」


 王太子がそう言って表情を曇らせると、何を思ったのかフィーリアが何か覚悟を決めたかのような顔つきで口を開いた。


「私の手勢をお使いください」


 そんな言葉に驚いたのは、王太子だけではなくその場にいる全員だった。

 当たり前だ。この二週間近くの間、フィーリアは王になるために行動してきたのだから。手勢を使えってことは、王を諦めるってことに他ならない。


「……いいのかい? それは君が王になる機会を捨てることになるけど、それが理解できないわけではないだろう?」

「はい。もともと私が王になりたいのは、自身の幸福と安全のためです。自分が幸せに生きることのできる環境を用意でき、安全に過ごせる場所が手に入るのならば、と王を目指しました。第二お兄様が王になれば、私は厄介者扱いされるでしょうから。アレが相手ならば勝てる自信はありましたし、問題はありませんでした」


 ……どうでもいいけど、兄をアレ呼ばわりか。しかもその第二王子の名前も口にしていない。

 改めてしばらく一緒にいてわかったことだが、フィーリアは第◯王子、あるいは王女と名前で呼ばない時は、そいつのことを見下している時だ。名前で呼ぶ価値もない、って感じ。今回の王子しかり、以前の姉王女しかりな。

 玉座を求めた理由についても結構身勝手な理由だし、いい性格してるよな。もっとも、王を目指すものなんて大抵が身勝手な理由かもしれないけどさ。


「ですが、ここでルキウスお兄様が戻ってこられたのであれば、日和見の貴族達はお兄様を推すでしょう。戦力としては、楽観的に見積もっても良くて五分。実際にはもっと差があるでしょう。王位を争って負けた場合、負けた側の扱いなど良くなるわけがありません。ですがそれは私の願いとは違うものです」


 リスクをとって失敗したら自身の願いは叶わなくなる。だったら多少の不自由は覚悟してもリスクを捨てるわけだ。

 まあ、そもそも王が自由かと言ったらそんなこともないだろうけど。

 むしろ、余計な責任も仕事もないだけに、安全やある程度の自由さえ確保できれば全部任せたほうがフィーリアの願いには沿うのかもな。


「ですが、私の力を貸す条件として、いくつかお約束いただきたいことが」

「言ってみなさい」

「まずは私、及び私に与している者達の安全と立場の保証です。今後はルキウスお兄様に協力をすることになる者達ですが、一度は背を向けたとなれば処罰、ないし冷遇をされるのが常です。ですので、優遇しろとは言いませんが、普通に扱っていただきたく願います」

「承知した。もとより罰するつもりはないよ。僕に背を向けた、と言っても、僕を裏切って害を与えようとしたわけではない。死んだことになっていたんだから他の者につこうとするのは当然の話だからね」


 フィーリアの願いに対して特に迷った様子を見せることもなく頷く王太子。だが、不思議でもなんでもない。

 兵を助けるために戦場に残って魔王に捕まったくらいだ。こんな願いなんて迷うことなく聞いてくれるだろうな。


「次に、私の自由を認めてください」

「……自由、とは何を指しての意味かな?」


 だが、今度の言葉には王太子も一瞬迷ったような様子を見せた。


「王族としての立場を捨てるつもりはありませんし、それに相応しい振る舞いもしましょう。王族として仕事も行いましょう。ですので、私をここから追い出すようなことをしないでいただければ構いません。具体的には、自由時間における行動の制限をなくし、婚姻相手の選択に関してはその裁量を私に任せていただきたいのです」

「ああ、それも構わない。……だが、そんなことを言うということは、意中の者でもいるのかい?」

「いえ、そんなものは微塵も」


 フィーリアの願いに頷きながら、冗談めかして言った王太子だったが、フィーリアは特に反応を見せることなくキッパリと否定してみせた。


「先ほども申しましたが、私は自分が幸せで安全を確保できればそれでいいのです。ですので、勝手に結婚相手を決められて勝手にこの城から追い出される、ということが何よりも許せません。それをしないで好き勝手させていただけるのであれば、私は玉座になんの未練もありませんので力をお貸しいたします」


 そんなフィーリアの言い分を聞いた王太子は、これも特に迷うことなく頷き、了承の意を示した。

 まあ当然だろう。『フィーリアの婚姻』という手を捨てるだけで簡単に戦力が手に入るんだから。


「わかった。その提案を受けよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る