第343話祖父と養父の顔合わせ
「お茶会……とは、随分と落ち着いた状況なのだな。ここに来るまでにも思ったが、もう終わったのか?」
「ええ。襲撃があり、捕えられた直後はどうしようかと悩んだものでしたが、私の危機にわざわざヴェスナーちゃんとヴォルク様が助けに来てくれたんです。そのおかげで、私は怪我一つ負う事ありませんでした」
……母さんの言葉は間違いではないかもしれないが、なんというか、違和感がすごい。
確かに親父はわざわざここまで助けに来るのに手伝ってくれたし、実際に母さんを助けてくれたんだから『様』とつけられて呼ばれるのも理解できる。
だが、親父が母さんから様付けで呼ばれるなんて、その上敬われるなんて、普段のこいつの生活の様子を知っているだけに、なんかなあ……。という感じがしてしまうのだ。
母さん、夫であるはずの国王ですら『どうでもいいもの』として切り捨ててるのにな……。
「そうか。それはよかった」
そんな俺の微妙な心境など無視して話は進んでいく。
「だが……そちらはいいとしても……」
深呼吸をしたイルヴァは、顔を上げるとスッと目を細めて親父のことを見つめた。
「お前が『黒剣』のヴォルクか」
ヴォルク、という名前で親父が誰なのか理解したんだろう。あとは俺が一緒にいたことも理由かもしれないが、ともかくイルヴァは親父の正体を理解したようだ。
普通なら名前をげられたところで細かい個人を特定するようなことなんてできないだろうが、俺たちの場合は別だろうな。母さんや俺に関係している前侯爵なんて立場の者が、俺のことを拾った親父について知らないわけがないんだから。
「ああ。お初に御目にかかりまして……なんて挨拶したほうがいいか?」
「いや、よい。ここは公式な場でもあるまいし、上っ面ばかりの挨拶などされたところで意味などないのでな」
「話がわかるやつで助かるわ。できねえわけじゃねえが、まあめんどくせえんでな」
今でこそ普段通り話している親父だが、最初は母さんに対してはなんか丁寧な話し方をしていた。
そんな親父だが、他の者にはそんなこともないようで普段通り乱暴な言葉で話している。
……一応相手が偉い立場の人だから態度を変えてたのかと思ったんだが、そんなこともないっぽいな。でも、じゃあなんだって母さんにはあんなおかしな態度を取ってたんだ? ……わからん。
「お前とは以前より言葉を交わしてみたいと思っていたのだ」
新たに用意された椅子に座ったイルヴァは、改めて親父へと視線を向けてそう口にした。
「へえ。そりゃあどうも光栄だな」
「なに、孫の恩人であり、娘の恩人でもあるのだ。当然のことではないか?」
そう言ったイルヴァだが、相変わらず鋭い視線は変わらない。感謝はしているのだろう。だが、それ以外にも見定めるかのような色が混じっている。大事な娘や孫娘のそばに男が、それもカラカス所属の男がいるんだからそうなるのも当然だな。
「娘の恩人っつっても、今回のはヴェスナーが何もやらなきゃ俺も来なかったぞ。言っちまえば俺はついでだついで」
ついで、なんて言ったが実際に母さんのことを助け出したのは親父で間違いじゃない。
……なんか親父のやつ、ここにきてからやけに謙遜したがるよな。自分はメインじゃない、ただ一緒に来ただけだ、みたいな感じで。
俺の活躍なんだと功績を際立たせようとしているのか、とも思ったが、それもなんか違う気がする。
ほんと、わけわからんことばっかりだ。
だが、そんな親父の答えを聞いたイルヴァは、フッとそれまでの鋭さの混じっていた視線が柔らかいものへ……いや、柔らかいと言うよりも、力のないものへと変えた。
その視線は親父ではなく、どこか別の何かを見ているような、そんな気がする。
そんな考えは間違いではなかったようで、チラリと俺へ向けられたかと思ったら今度は母さんへと向けられた。
「いや、その件ではない。孫を連れ出してくれた件だ。あの時お前がいなければ、娘も……ここにはいなかったやも知れぬ」
娘もここにはって……そりゃあ母さんのことか? 俺を拾わなかったとしたら何が変わって……ああ、自殺か。
母さんの様子は、娘であるフィーリアからしても異常だと言われるほどに子供への愛情が強い。それは一度子供を捨てられることになったからだろうが、〝愛情が強い〟程度で済んでいるのは、その愛情を向ける相手が生きているからだ。
俺が死に、その愛情が向けられる先がいなくなれば、世界に絶望して自殺。あるいは国王を恨んで復讐なんてこともあったかも知れない。俺が生まれたばっかりの時はフィーリアもいなかったし。
「……そうかよ。なら好きなだけ感謝しとけ」
それが親父にも理解できたのだろう。それ以上何も言うことなく、少しだけ不機嫌そうに顔を顰めた。
「……それで、お前たちはこれからどうするのだ。王が不在となった今、残っている王族から次の王を選出することになるだろうが……」
ひとまずイルヴァから話したいことは終わったのか、話題は別のものへと移ることになった。
だが、その視線はなぜか俺へと向けられている。
「ああ、俺は辞退で。まあ辞退もなにも、そもそも参加権があるか知らないけど」
無理に話を進められても困るので、勘違いとかされないように最初にはっきりと断っておく。
それに王様なんてフィーリアがなりたがってるんだ。そっちに協力もしちゃってるし、今更裏切れんだろ。普通にそっちで話を進めていけばいいと思う。
「今からでも欲しいのならばねじ込むことは可能だぞ」
「だってよ。どうする?」
イルヴァの言葉に親父がニヤッと笑いながら尋ねてきたが、俺の答えは変わらない。と言うかこいつは俺がどう答えるかなんてわかってんだろうが。
「いやいらないし。そもそも俺、もう王様名乗っちゃってるぞ」
それに、そうだ。俺はもう魔王名乗ってカラカスを独立させたんだから、今更あそこを捨てて他の国の王になることなんてできない。するつもりもない。
「合併すればいいんじゃね? 元々ついこの間までは一つの国だし。ま、その場合はどっちが吸収される方になるのか、揉めるだろうけどな」
確かに親父の言う通りできないわけではないんだろう。だが、いやだ。
「やだよめんどくさい。俺はカラカスだっていらなかったんだぞ」
「まあそう言うなよ。せっかく手に入れたんだからよお」
俺に王様なんて役割を押し付けた本人は気楽そうに話しているが、俺は所詮凡人だ。位階やスキルはなんかすごいことになってるが、それだけだ。それ以外の才能は特になく、神様がくれたように『農家』や『盗賊』なんてもんが似合ってるくらいの一般人でしかない。
現代日本の生活や知識があるからまあマシに振る舞うことはできるが、ちゃんと統治者をやれって言ったら凡庸な統治しかできないだろう。暗君や暴君にはならないと思うが、それだってどうかわからない。俺のキャパシティを超える何かが起こったら、何か下手を打つ可能性は大いにある。
それでも今のところなんとかやっていけているのは周りが優秀だからだ。
でも、それもカラカスとその周辺だけで精一杯。これ以上治める領土が増えたところで、管理し切れるとも思えない。
それにそもそも、土地なんて増やす必要もないしな。食料は無限に作れるし、金だって困ることはない。別に統治欲とかないし、俺は俺が楽しく、俺の周りが幸せで暮らしていられればそれでいいんだ。
だからやっぱり、王様なんてガラじゃないし新しい領土もいらない。
「まったく……まあそんなわけで国なんていらないよ」
「ふむ。そうか」
「それに、もうちょっとしたら帰らないとだしなぁ」
とりあえず必要最低限のやるべきことはやっただろうし、フィーリアももうそれなりに安全な状況だと言ってもいいだろうと思う。
当初は一ヶ月くらいの予定でいたが、それももう半分は過ぎているしそろそろ帰ることを考え始めてもいい頃だろう。
「このままここに住むつもりは? 王にならずとも、暮らすことは可能だろう。今は王もいないのだしな」
「それも、まあ楽しい生活ではあるんだろうな。——けど、俺の家はここじゃない」
王がいなければ俺はここでそれなりに自由に暮らすこともできるだろうし、なんだったら出生を明らかにしてもいい。王に捨てられたって言うと問題になりそうだから、賊に攫われたとか、王家の威信に関わるから攫われたことは秘密にされた、とか適当に理由をつけておけば通すことはできると思う。
でも……
「まあ、思うところがないわけでもないが、それでもやっぱり帰ってくる場所はこっちじゃないんだよ」
俺の故郷はここじゃない。俺の故郷はカラカスで、帰る場所も死ぬ場所も多分あそこになるだろう。途中遊びに来たり寄り道することはあるかも知れないが、帰る場所はカラカスだ。まあ花園かも知れないけど、そこは同じ場所ってことでいいだろ。
「王様にはこいつを推しとけばいいだろ。少なくとも本人にその意思はあって……あるよな?」
そう言いながら俺はフィーリアを指差し、そちらを向いた。
「そうですね。できることならば王位は欲しいです。そうすれば、私の立場は確たるものになりますので」
「ってわけで本人にその意思はあって、あの第二王子よりは優秀で、継承の順番的には上の方となれば、それなりに王になる目はあるだろ?」
イルヴァは納得したのかしていないのかわからない神妙な顔をした後、軽く息を吐き出しながら緩く首を振った。
そして口を開こうとした瞬間……
「——確かに、この状況なら可能性なんていくらでもあるけど、僕を勘定に入れて考えて欲しいかな」
イルヴァの入ってきた扉から、何者かがそう言いながら入ってきた。
「る、ルキウスお兄様!? どうしてっ……! 殺されたのではなかったのですかっ!?」
入ってきた人物——王太子ルキウスに対して、フィーリアはガタリと椅子から音を立てて立ち上がった。
普段の態度とはまるっきり違う態度だが、それも仕方ないだろう。何せ、この王太子は死んだはずなのだから。
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