第324話物陰に隠れながら
「——ここだな。この階に並んでる部屋にそれぞれある程度まとめて押し込まれてるらしい」
今俺たちがいるのは城の中にある廊下の端。ここは人が捕らえられているだけあって流石にこれまで通ってきた道よりも人が多く、このまま無視して進んでいくのは難しい。そのため、この後はどうするべきか物陰に隠れて様子見中だった。
敵の編成としては、魔物はおらず、なんかまともに騎士やってそうな人間だ。騎士ならこの国だか王に仕えてるんだから、反乱が起こった場合相手に協力しなさそうな気もするんだけど、その辺どうなってるんだろう? 城にいる味方の中から裏切り者が出たってことでいいのか?
「今更なんだが、あれって裏切り者とかそんなんか?」
「……どうでしょうか? 騎士の鎧など調達しようと思えばいくらでもできますし、贋作を作ることもできます。ガワだけ変えられてしまえば、中が魔物であろうとわかりません」
「ああ、それもそうか」
カラカスでも注文を受ければどこどこの鎧、って作ってくれるところあるしな。ちょっと割高になるけど。
でも再現率で言ったら本物と同じできの物ができるので、ここでそういったものが使われていてもおかしくはない。それにそもそも城から盗んだ可能性だってないわけでもないだろうし、考えれば方法は色々ある。
問題としてはあれを倒してしまっても構わないのか、ってことなんだが……。
「もっとも、あそこにいる以上は敵でしょうし、倒してしまっても構わないという点では同じなので、特に気にすることはありませんね」
「もし操られてたら?」
今回の敵は魔物を操る。だが、人間も操れないというわけではない。効果も範囲も人数も落ちるが、やろうと思えばできるはずだ。
「そうであったとしても、敵に回った以上は仕方ありません。彼らももし本当に騎士であるのなら、主人である王族を傷つける前に死ぬことができて本望でしょう。それに、ここに来るまでも殺しているのですから、今更です」
「……そうか。ならどうでもいいな」
なんかどっかの誰かが城の騎士を騙っていたんだとしても、本当に騎士だったんだとしても、それは俺が関与することではない。後になってからこいつやこいつの周り、あるいは他の王族たちがどうにかすることだ。
こいつが倒してしまって良いというのなら、良いんだろう。
「それで、一部屋ずつ制圧しますか? それとも先に廊下の敵を全滅させますか?」
「お前、意外と脳筋だよな」
気づかれないように部屋の中に侵入する、とかのもっと慎重な案を出してくると思っていたのだが、出てきた言葉はそんなもの。
確かに俺たちなら制圧することもできるだろうけどさ。
「失礼ですね。こういった時は迅速さが重要になります。ここで下手に考えて時間を取られるよりも、行き当たりばったりになろうとも手早く行動した方が結果として良い方向に運ぶこともあるのですよ」
「いやまあ、それは理解できるんだけどさ。なんつーか、イメージに合わないよな」
もっと冷静に考えて、静かに事に当たるタイプだと思ってたし、雰囲気もそんな感じだったんだけどな。
これが素に近いのか、それとも緊張してるのか、あるいは友人の救出で気が急いているのか。
どれもなさそうに感じるけど、それは俺がこいつのことをよく知らないだけで、実はどれもあり得るのかもしれない。
「お姫様だからもっとお淑やかに、大人しく、ですか? 敵を蹴散らしながらここまで来たというのに?」
それを言われると確かに今更だな。お淑やかで大人しいお姫様は、脱出するにしてもあんなにも速やかに戸惑うことなく敵を斬り殺しながら逃げないだろうよ。
「まあいいか。そもそも、俺は別にレーネ以外は誰が死のうとどうでもいいわけだし。知り合いなんてレーネ以外にはいないんだから……」
騒がれたところで、レーネさえ救い出せれば最低限の目的を果たすことはできるので、多少乱暴でも構わないか、と考え、人数の確認とそれに対応できるだけの数の種を取り出していざ攻撃を——となったところで、俺はレーネ以外にいる知り合いの姿を思い出した。姿って言っても、それが本当の素顔なのかはわからないけど。
「そういえば、『草』の奴らはどうしたんだ?」
『草』というのは俺が普段から話している植物たちのことではなく、王族それぞれに付けられている裏の一族。暗部とか隠密とか、なんかそういう奴らだ。
俺も以前にあったことがあったが、そいつらは自身の担当する王族を守っているはずだ。
フィーリアが捕まった時にも当然いただろうし、その時には休憩していた他のものたちもいるだろうが、どうなったんだろうか?
「数名ほど死にましたね。他のものは逃げたのではないでしょうか? おそらくはそのうち奪還作戦などを立てて実行すると思いますが、今は使えないですね」
「そうか。ならまあ、誰が死んでもいいわけだ」
レーネ以外に気にかける必要のある知り合いがいないのなら、特に流れ弾や人質なんかを気にすることなく戦うことができるな。
「あの、できれば全員生かして助け出して欲しいのですが。ここで助ければ今後は私の味方になってくれるでしょうし」
だが、そんな俺の言葉にフィーリアは少しだけ苦笑しながら返してきた。
その答えは人助けをしたいからとか、大事な人がいるからとかではなくなんとも打算に溢れた答えだったが、それはこいつらしいとも思えた。
まあその考えは理解できなくもない。人材なんて必要だと思った時に集めたんでは遅く、手に入る時に手に入れておかないと後で苦労することになる。今の俺だってカラカスの領土内にある街を治める者が足りなくて難儀してるし。
一応エドワルドや婆さんのところから人を出して、或いは元々いたけど逃げ出さなかった奴らを使ってなんとか運営はしているし、この前の戦争で結構補充することもできたが、あくまでも〝なんとか〟であって、余裕なんて全くない状況なのだ。
だから人材の大切さってのは理解できるし、確保しておこうってのは普通の考えだろうな。
「随分と打算的だな。だがまあ、あくまでも〝できたら〟な。最優先はあくまでもお前の保護。次でレーネだ。他の奴らは大きく離れて一応の保護対象、ってところだな」
ただ、理解はできるが、今の状況でそれは余分なことだ。
俺としても助けてもいいと思ってるし、だからこそこうして助けに来ているわけだからあえて殺しに行くつもりはないが、いざとなったら見捨てるつもりだ。一応頼まれてるからやっているが、俺に取ってはどうしてもやらないといけないわけでもないしな。
「まあ、それで構いません。私とてこの状況で全員を救えるとは思っておりませんし」
フィーリアもそれを理解しているんだろう。無理にやれとは言わないようだ。
もっとも、敵が人質を取ったり無差別範囲攻撃をしたりしない限りは問題ないだろうとは思っている。
と、捕まっているものたちを助けるってことで一つ思いついたので聞いてみることにする。
「ああそうだ。なんだったら助けたやつの中から街の統治に使えそうなやつをよこしてくれないか? 王子が一人死んだんだったら、その派閥のやつとか引き抜けるだろ?」
ここにくるまでの間、フィーリアたち城側で何が起こったのか話を聞いたのだが、なんでも王太子が死んだらしい。死んだってか、殺された、だけどな。
一応面識があり、お互いに利用できそうな関係だったことで割と意識はしていた相手だ。
だからそれを聞いた時は、一瞬何を言われたのか分からずに混乱してしまったが、どうにもそうらしい。
こんな状況だし、予想外のことが起こるのも理解できる。そのうえ、奴は王太子だ。死ぬ確率で言ったら、他のどの王族よりも大きいんだから、死んでしまったのも仕方ないことだろう。
奴が死んだことは少し残念ではあるが、同時にどうでもいいとも思う。だってちゃんとした仲間ってわけでもないし。
……でも、ただで死ぬようなやつじゃないと思ってたんだけどな。
しかしまあ、そんな感じで第一王子様が死んだんだから、その派閥とか部下のやつを引き抜くことはできるんじゃないだろうか?
中にはあの方だからついていったのだ、なんて人もいるだろうからよりどりみどりってほどではないかもしれないが、それでも利益があるからついていったやつだっているはずだ。そういうやつなら、カラカス側に引き抜いていくこともできると思う。
さっきも言ったが、カラカスは今人材不足だからな。この前戦争で結構捕虜を確保したが、それでもまだまだ足りない。
単なる人手や戦力って意味なら問題ないんだが、普通に街を運営していくための管理できる者となると、その数は圧倒的に少なくなる。今の状態だと、何か不足の出来事が起こった場合に余裕がなくなってしまう。
「……それは今する話ですか?」
状況にそぐわない話だってのは理解してるさ。何せ今は敵陣の真っ只中で隠密中で、且つこれから襲撃しようってんだからな。
「まあ、今思いついたしな。それに、こんな数秒で済む話なんだ、いつしたって変わんないだろ」
後になってから話をするのとは救出時の対応も変わってくるだろうし、こういうのは先に話を通しておいた方がいいだろ。後から話しても、無理です、って言われるかもしれないし。せっかく助けるんだからこっちにだって利点が欲しいんだよ。
正直棚ぼただからなくてもいいんだけど、なんか手に入りそうなところではちょっと動いておこうかなって。
「……本来なら、もっとよく話し合って考えてから決めるものですけれどね。わかりました。どれほど送れるかはわかりませんが、事が終わり次第見繕いましょう」
フィーリアは俺の突然の言葉にわずかに眉を寄せて悩ましげな顔を見せた後、仕方ないとばかりに息を吐き出してそう言い、俺の言葉を了承した。
よし、これなら俺もちょっとはまともに頑張って人を助けようって気になれるな。
「ありがとな、っと。それじゃあそろそろやるとするか」
いつまでも話しているわけにはいかないし、親父もそろそろ母さんを助け出してる頃だろう。さっさとこの場を終わらせて逃げ出そう。
「それで、どうされるのですか?」
「どうもこうも、正面から行くんだろ? ただ問題は、レーネがいる部屋はこの廊下のちょうど真ん中あたりにいるってことだな。他の奴らも助けながらってなると、ちょっと助けに行くのが遅れることになる」
端っこの部屋にいればすぐに助けることができたんだが、廊下の真ん中の部屋ってなると俺たちのことが見つかった場合危険に晒されることになる。
見つからないでことを終えて辿り着くことができるのならそれが最高なんだが、この直線の廊下ではまず無理だろう。
「すぐにどうこうなるものではありませんし、構わないのではありませんか?」
ま、それもそうだな。俺たちが何かをしてそれが気づかれたとしても、俺たちの狙いがレーネだなんて気づけないだろうし、ピンポイントであいつを人質にしようとは思わないはずだ。人質を取るよりも先に、俺たち本人をどうにかしようと考えて動くと思う。
であれば特にあいつの心配をする必要はなく、端から順番に助けていけばいいだろう。どうせ全員助けるんだったら順番に大した意味はないんだし。
「見張りが廊下にもいるから、速攻で全部潰して一部屋ずつ助け出してくぞ」
そう告げた俺の言葉にフィーリアは頷き、俺は《保存》から種を取り出してそれを手に廊下の陰から顔を出した。
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